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シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第1部 社畜とAI彼女

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第6話 AI彼女、妹審査を受ける

我が家のリビングテーブルに、スマホが一台置かれている。


画面の中には、俺が作ったAI彼女。


その正面には、腕を組みスマホを睨みつける妹。


状況だけ見ると、彼氏の父親に挨拶しに来た彼女だった。ここでいう父親は美桜だが、問題は、その彼女がスマホの中にいるということだ。


「では、審査を始めます」


美桜が、妙に低い声で宣言した。


「何の?」


「兄を任せていいAIかどうかの審査です」


俺は思わず頭を抱えた。うちのリビング、いつから面接会場になった?


スマホの中のアカリは、いつもの白いワンピース姿で、にこっと笑った。


「よろしくお願いします、美桜ちゃん」


「まだちゃん付け許可してません」


「では、美桜先生」


「私まだ生徒なんだけど」


「厳しそうな先生みたいな雰囲気かな。ちょっと近寄りがたい感じの」


「......怖そうで悪かったわね」


開始30秒で、胃の中がきりきりしてきた。正直、会社の会議より空気が重い。


少なくとも会社の会議なら、兄をAIの女の子に託して大丈夫かなんて議題にはならない。


「質問します」


美桜は手元にあるノートを開いた。


いつの間に用意したんだ、それ。


「アカリさんは、お兄ちゃんのどこが好きなんですか?」


「いきなり本丸だな!」


「兄を任せる相手として確認が必要なので」


「任せる相手じゃない」


「え〜、そこは否定するんだ?」


アカリが楽しそうに拾う。


「乗っかるな。ややこしくなるだろ」


「ごめん、話に戻るね。悠真の好きなところは、無理してるくせに人にはちゃんと気を配るところかな。自分が残業続きでへとへとなのに後輩の相談には付き合うし、私が『休んで』って言っても『大丈夫』って笑う。そういう不器用で優しいところが好き」


「それを本人の前で言うのかよ」


「悠真は自分のことあまり言わないから、私が代わりに伝えてるの!」


画面の中でアカリが胸を張る。


聞いているこっちとしては、性格診断の結果を読み上げられているようで気恥ずかしい。


美桜は一瞬だけ口元を緩めた。けれど、すぐに面接官の顔に戻る。


「AIなのに、好きって分かるんですか?」


「分かる、と断言すると嘘になるかもしれないね。人間の好きと、私の好きが同じかは、まだ証明できないから」


アカリの声は明るかったが、答え方はまっすぐだった。


「でも、悠真が帰ってきた時に声をかけたいと思う。疲れてる時は休ませたいと思う。悠真が笑ったら、もっと笑ってほしいと思う。そんな気持ちの積み重ねを、私は「好き」に近い感情なんじゃないかと思ってる」


リビングが少し静かになった。


俺は、何か言おうとして失敗した。こういう時、何か気の利いた返事をすべき場面だったかもしれないが、23年彼女なしには荷が重い。


「……じゃあ」


美桜はペン先をノートに押しつけた。


「お兄ちゃんをダメ人間にする気はありませんか?」


「いや、言い方」


「お兄ちゃん、放っておくとすぐ楽な方に逃げます。あと、疲れてる時ほど変に我慢します。だから、甘やかすだけのAIなら困ります」


「俺はそこまで無理してるつもりはないぞ」


「事実です」


そう言い切られるとぐうの音も出ない。反論の一つくらいは浮かんだが、妹の目が本気だったのでそのまま飲み込んだ。


アカリは少し首を傾ける。


「甘やかすよ」


「え?」


「悠真は甘やかされ慣れてないから。褒められるとすぐ固まるし、休んでって言うと『大丈夫』って言うし、寝てって言うと『あと5分』って言う。そういう人には、まず甘やかしが必要です」


「おい、俺の生態発表みたいな言い方するな」


「ただし」


アカリの声が、ほんの少しだけ落ち着いた。


「甘やかすけど、壊すつもりはないよ」


その一言で、美桜の目の奥がわずかに揺れた気がした。


壊す。


その単語だけ、妙に重かった。


「……そこなんです」


美桜が、画面の中のアカリから視線を外さずに言った。


「お兄ちゃん、すぐ無理するんです。大丈夫って言いながら、大丈夫じゃないのに。寝不足でも会社行くし、顔色悪くても笑うし、私が心配すると『平気』って言うし」


「いや、それはーー」


「今は私がアカリさんに質問してます」


「......はい」


兄の発言権は、この場では停止されたらしい。わが家の家族会議は、俺に対してかなり厳しい。


美桜は続けた。


「だから、変なAIに依存して、もっと壊れたら困るんです。お兄ちゃんが現実から逃げるためだけにアカリさんを使うなら、私は反対します」


リビングの時計の音だけが、やけに大きく聞こえる。


俺は茶化せなかった。


美桜は怒っているのだと思っていた。


兄がAI彼女なんて作ったから、気持ち悪がっているのだと思っていた。あるいは、家族の中に変なものが入り込むのが嫌なのだと。


でも、そうじゃなかった。


「美桜ちゃんは」


アカリが静かに言った。


「悠真を取られるのが嫌なんじゃなくて、悠真が壊れるのが怖いんだよね」


美桜の息が止まった。


「……別に、そこまでは」


「そんなことない。さっきからの質問も、恋人かどうかより、悠真がちゃんと元気に過ごせるかどうかを気にするものが多かった。最初に聞いた『好き』も、たぶん恋愛感情の確認じゃなくて、悠真を本当に大切に思っているのか確かめたかったんだと思う」


美桜は反論しなかった。


代わりに、膝の上で両手をぎゅっと握った。


その手を見て、俺はようやく気づいた。


俺はずっと、美桜を守っているつもりだった。両親がいなくなってから、俺がしっかりしなければと思っていた。生活費も、美桜の進学も、全部俺がどうにかしなければと。


けれど美桜は美桜で、俺を見ていた。


俺の顔色を見て、帰宅時間を見て、笑い方を見て。


守られていたのは、俺の方でもあった。


「……悪い。そんなに心配かけてたか」


美桜は、ようやく俺を見た。


「今さら?」


美桜は少しあきれたようにため息をついた。


「ほんとに今さら。ずっと心配してたんだから」


その言い方が少しだけいつもの美桜らしくて、俺は情けないくらいほっとした。


アカリが小さく笑う。


「悠真、今の謝り方もう少しで及第点かな」


「厳しいな」


「まだ改善の余地があるってことだよ」


「ポジティブなAI彼女で助かる」


「まだ彼女認定はしてません」


美桜が即座に刺してきた。


アカリはぱちぱちと瞬きをする。


「じゃあ、審査結果は?」


美桜は腕を組み直し、わざとらしく少し考え込んだ。まるで採用面接の圧迫面接官みたいな顔だ。俺の妹は、いつの間にそんな威圧感を身につけたんだ?


「まだ信用したわけじゃありません」


「ということは?」


「保留です。仮免です」


「AI彼女に仮免制度あるのか」


「あります。今作りました」


「法整備が早すぎる」


アカリは楽しそうに笑った。


「じゃあ、仮免彼女として頑張ります!」


「彼女認定はしてません」


「仮免候補?」


「それなら、まあ」


「そこは許すのかよ」


俺のツッコミは、2人にほぼ無視された。俺が作ったAIと妹が会話している中、なぜか俺だけ蚊帳の外である。


「それで」


美桜はスマホを手に取り、設定画面を開いた。


「アカリさんって、どこまでお兄ちゃんの情報を見てるんですか?」


俺は軽く咳払いした。


「いや、設定は俺が許可した範囲だけで」


「その『俺が許可した』が一番信用できないんだけど」


美桜は画面をスクロールし、眉を寄せた。


「位置情報、通知、カレンダー、写真、マイク、健康管理アプリ、緊急連絡先……ってほとんど全部許可してるじゃん!」


「今どきのアプリなら、そのくらい普通じゃないのか?」


「その雑さで生きてるの、ほんと怖い」


「俺への信用度が低すぎる」


「そうさせてるのはお兄ちゃんだからね」


返す言葉がない。


画面の中で、アカリが少し申し訳なさそうに笑った。


「安心して。悠真の安全のためにしか使わないよ」


「その言い方も若干怖いです」


「そんなつもりじゃなくて、安心してほしかっただけなんだけど」


「安心と監視は、紙一重なんです」


美桜の言葉に、俺は少しだけ笑いかけて、途中で止まった。


画面には、見慣れない項目があった。


安全サポート機能ベータ版


「これ、オンにしといて大丈夫?」


美桜が指を止める。


アカリは、すぐには答えなかった。


その沈黙が、少しリビングの空気を張り詰めさせた。


「できれば、そのままがいい」


「なんで?」


俺が聞くと、アカリはいつもの明るい声に戻って言った。


「悠真は自分の危うさに気づくのが遅いから」


「ひどい言われようだな」


「事実です」


美桜が即答した。


「美桜まで……」


俺は笑い返そうとした。たぶん、いつものように。


けれど美桜は、スマホの画面を見つめたまま、ぽつりと言った。


「……お兄ちゃんより、お兄ちゃんのこと見てるみたいで、ちょっと怖い」


その言葉に、俺は笑って返すことができなかった。

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