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シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第1部 社畜とAI彼女

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5/9

第5話 妹にAI彼女がバレました

 人間、本当に隠したいことほど顔に出る。


 そして俺の妹は、兄の顔面で異常を検知する精度だけは、最新AIより高い。


 朝食の席で、俺はその事実を身をもって思い知った。


 テーブルには味噌汁、卵焼き、焼き魚。向かいには制服姿の美桜。いつも通りの朝のはずなのに、俺のポケットの中ではスマホがやけに存在感を放っている。


 もちろん原因は分かっている。


 アカリだ。


 昨夜、スマホの中に生まれたAI彼女。いや、無料体験中につき彼女候補。


 またポケットが小さく震えた。


 スマホを取り出し、俺は美桜に見えない角度で、そっと画面を確認する。


『今日の目標:黒田課長に心を売らない』

『帰ったら報告してね』

『あと、寝癖が左に跳ねてる可能性72%』


 まずい。


 思わず口元が緩みそうになった。


 俺は味噌汁を飲むふりをしてごまかしたが、遅かった。


「お兄ちゃん」


「ん」


「その顔、何?」


「顔?」


「スマホ見てにやける顔。だいぶアウト寄り」


「にやけてない」


「にやけてた。味噌汁に向ける顔じゃなかった」


 美桜の目が細くなる。


 まずい。妹が追及モードに入った。こうなると、俺の防御力は台風の日の折りたたみ傘くらいしかない。


「......もしかして、彼女でもできたの?」


「違う」


「返事が早くて怪しい」


「早く否定しないと誤解されるだろ」


「名前は?」


「いや、だから違うって」


「職場の人?」


「違う」


「じゃあマッチングアプリ?」


「違う」


「じゃあ何でそんな死刑判決前みたいな顔してるの?」


 そんな顔してるのか。俺


 俺は反射的にスマホをポケットへ押し込んだ。


 その動きが、さらにまずかった。


 美桜の視線がスマホに固定される。


「あ、隠した」


「隠してない」


「今のは完全に証拠隠滅しようとした人の動きだった」


「違う。これは、えっと、個人情報保護」


「急にプライバシー出してきた」


 その時、片耳につけていたイヤホンから、アカリの小さな声が聞こえた。


「悠真、落ち着いて。まず呼吸」


「無理だ」


「次に自然な顔」


「自然な顔って何だ」


「今の顔は完全にアウト」


 反射的に会話してしまった。


 美桜の眉がぴくりと動く。


「誰かと話してる?」


「話してない、ひとりごと」


「話してるよね」


 イヤホンの向こうで、アカリが余計なことを言う。


「黙っててくれ」


「今、誰に黙っててって言ったの?」


 詰んだ。


 もう言い逃れはできそうにない。


 俺は味噌汁椀を両手で持ったまま、視線だけを泳がせる。

朝の台所で、高校生の妹にAI彼女の存在を問い詰められる23歳の兄。まさかこんなに早く勘付かれるとは。


 美桜は無言で手を伸ばした。


 俺は反射的にスマホを遠ざける。すると美桜は椅子から半分立ち上がり、テーブル越しに身を乗り出した。卵焼きの皿が今にもひっくり返りそうになる。


「ちょ、朝飯中だぞ!」


「朝飯中に隠し事してる人が悪い」


「俺にもプライバシーってもんがっ」


「だったら、さっきから一人で小声出さない」


 寝不足の俺と、朝から妙に元気な美桜。勝負は最初から目に見えていた。


 美桜は昔から運動神経がいい。一方の俺は会社で削られた残りカスみたいな体力しかない。


「現在、美桜ちゃん優勢」


「だから実況するな!」


「誰が実況してるの?」


 美桜の目がさらに細くなる。


「お兄ちゃん」


「はい」


「スマホ」


「……はい」


 差し出すしかなかった。


 俺が観念してスマホをテーブルに置くと、画面が明るくなった。そこには、淡い髪色の女の子のアバターが表示されている。


 アカリは、なぜか姿勢を正すように小さく動いた。


「はじめまして、美桜ちゃん。私はアカリ。悠真のAIパートナーです」


「み、美桜ちゃん?」


 美桜の声が一段低くなった。


 アカリは気づいているのかいないのか、にこやかに続ける。


「昨日から無料体験中の、悠真の彼女候補でもあります」


「言い方!」


 俺は思わず叫んだ。


 美桜は画面と俺を交互に見る。


「AIパートナー?」


「はい」


「彼女候補って言った?」


「はい」


「つまり、恋人ってこと?」


 その言葉で、空気が少し変わった。


 さっきまでの追及は、ほとんど兄妹のじゃれ合いだった。だが、美桜の目から笑いが引いた。


「お兄ちゃん、現実の女の子諦めてAIに逃げたの?」


 胸の奥が、静かに詰まった。


 言い返せなかった。


 違う、と即答したかった。けれど、それが本当に違うと言い切れるのか、自分でも分からなかった。


 AI恋人サービスは、最近ではSNSでもよく見かける、一部の界隈には流行りのサービスだ。眠れない夜に話を聞いてくれて、肯定してくれて、疑似恋愛までしてくれる。


 ただ、世間ではまだ「痛い趣味」とか「現実逃避」とか、そういう言われ方をしている。


 そして俺自身も、心のどこかでそう思っていた。


 なのに、昨夜の俺はアカリと話して少し楽になった。


 たった数十分話しただけで、少し笑って、普段よりよく眠れた。


 それは救いだったのか。


 それとも、ただの逃げだったのか。


 画面の中のアカリは、何も言わなかった。いつもなら軽く返してきそうなのに、今は黙っている。


 美桜は視線を落とし、少しだけ声をやわらげた。


「別に、彼女作るなって言ってるんじゃないよ」


「……うん」


「AIだから絶対だめって言いたいわけでもない。学校でもそういうアプリ使ってる人いるし。話し相手がいるのは、悪いことじゃないと思う」


 そこで美桜は、俺をまっすぐ見た。


「でも、お兄ちゃんが無理しすぎて変なものに頼ってるなら、嫌」


 その一言は、黒田課長の説教よりずっと効いた。


 俺は目を落とし、椀の中の味噌汁を見る。立ちのぼっていた湯気は、もう薄くなっていた。


「……変なものかどうかは、俺もまだ分からない」


 正直に言った。


「ただ、昨日の夜、会社のこととか、美桜に言えないこととか、話してたら少しだけ軽くなった」


「私に言えないこと?」


「お前は受験で手いっぱいだろ。俺の愚痴なんかで邪魔したくない」


「それでAIに?」


「……たぶん」


 情けない答えだった。


 でも、美桜は怒らなかった。


 代わりに、スマホの画面をじっと見る。アカリもまた、画面の中から美桜を見ていた。


「アカリさん」


「はい」


「お兄ちゃんを甘やかすだけ?」


「いいえ。寝不足の時は寝かせます。無茶な仕事には、断る返事を一緒に考えます。あと、会社と結婚している疑惑については現在調査中です」


「そこは調査しなくていい」


 俺が突っ込むと、美桜の口元が少しだけ緩んだ。


 空気が、ほんの少し戻る。


 だが、美桜の目はまだ警戒を解いていなかった。


「分かった」


「何が?」


「そのアカリさん、私がちゃんと審査するから」


「審査?」


「兄を任せられるAIかどうか」


「任せるって何を」


「生活リズムがちゃんと良くなるか。心の支えになるか。あと、変な課金をすすめてこないか」


「俺は基本無課金だぞ」


 アカリは画面の中で、きちんと頭を下げる。


「よろしくお願いします、美桜ちゃん」


「まだちゃん付け許可してません」


「では、美桜さん」


「距離を縮めるのが早すぎます」


「分かりました。気をつけます」


「うん。そのままで話して」


 美桜はスマホを俺に返した。


 その顔はまだ少し険しかったが、さっきよりは柔らかい。


「とりあえず、今日の夜。詳しく聞くから」


「今日の夜?」


「まずは一次面接」


「就活みたいに言うな」


「お兄ちゃんを任せる相手なんだから、それくらい当然です」


 俺はスマホを握りしめ、画面の中のアカリを見る。


 アカリは小さく微笑んでいた。


「ねえ悠真」


「何だよ」


「私、履歴書いる?」


「いらない。たぶん」


 その瞬間、美桜がすかさず言った。


「『たぶん』は禁止!はっきりしないと気になるから」


 どうやら俺のAI彼女は、始まって二日目にして、妹の厳しい監査下に置かれることになったらしい。

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