↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第3部 AGI前夜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/62

第54話 ✓ 美桜と夕食を食べる

午後6時40分。


俺は自宅の台所にいた。


時計は壊れていない。会社も無くなっていない。

俺が会社員ではなくなっただけだ。


それなのに、平日の夕方に家へいるという事実だけで、妙に落ち着かなかった。


「悠真、さっきから時計見すぎ」


リビングの投影ドックからアカリが言う。


「分かってる」


「じゃあ何を確認してるの?」


「本当に6時台なのかを」


「何度見ても変わんないって」


言われて、また壁の時計を見る。


6時42分。


以前なら、この時間はまだ会社にいた。

運が良ければ仕事を片づけ始め、悪ければ黒田課長から「あと一件だけ」と追加される頃だ。


家の台所で炊飯器の残り時間を眺めている自分の方が、よほど非現実的に感じる。


「味噌汁、温める?」


アカリが聞く。


「美桜が帰ってからでいいだろ」


「分かった。じゃあお皿は?」


「並べとく」


「うん」


 皿を三枚出しかけて、手が止まる。


「私の分はいらないよ?」


「分かってる」


二枚を食卓へ置く。


三つ目の席には、アカリが座る。


食べられないのに、席だけはある。

いつの間にか、それが我が家の普通になっていた。


6時52分。


玄関の鍵が開いた。


「ただいまー」


美桜の声がして、すぐに足音が止まった。


数秒の沈黙。


「……いる」


「家主に向かってその反応は何だ」


廊下へ顔を出すと、美桜が俺と玄関の靴を交互に見た。


「いや、分かってるよ。退職したんだから家にいるって」


「なら何だよ」


「平日の7時前にお兄ちゃんがいるの、まだレアキャラ感ある」


「俺は期間限定のイベントキャラか」


美桜は笑いながら鞄を置いた。


その反応を見て、俺も少し笑った。


頭では分かっているのに、身体が慣れていないのは俺だけじゃないらしい。


昔は、美桜が夕飯を作って待っていても、俺が帰るのは10時、11時、もっと遅い日もあった。


食卓に置かれた料理はラップをかけられ、味噌汁は何度も温め直されていた。


それを、当たり前だと思っていた。


「ご飯、もうすぐ炊けるぞ」


「え、お兄ちゃんが?」


「炊飯器が炊いてくれた」


「それなら安心した」


「そこまで信用ないか?」


「料理は次の課題でしょ?」


アカリが楽しそうに割り込む。


「今日は皿並べただけだからな」


「十分進歩じゃん」


美桜がそう言って、洗面所へ向かった。


相変わらず褒められる基準が低い。


まあ、それぐらいが退職2日目の人間にはちょうどいいのかもしれない。


◇


午後7時ちょうど。


三人で食卓を囲んだ。


俺と美桜の前にはご飯と味噌汁、それに昨日の残りを少し手直ししたおかず。


アカリはいつもの席に座っている。


「いただきます」


美桜と俺の声が重なる。


「気持ちだけ、いただきます」


アカリも続けた。


美桜がご飯を一口食べてから、思い出したように言う。


「今日学校でさ、莉央が授業中にAIに反論して先生と揉めたんだけど」


「何で?」


「進路指導の課題で、AIが『安定性を重視するならこの職種』って出したらしくて。莉央が『半年後も安定してる保証あるんですか』って」


「なかなか強いな」


「先生も困ってた。今までなら『将来性のある職業を調べましょう』で済んだのに、AIの方が先に『この職種は自動化可能性が上昇中です』とか言うから」


美桜はそのまま、授業の話から莉央の話、クラスで新しく導入されたAI課題支援の話へ移っていく。


俺は相槌を打ちながら聞いた。


途中でスマホが震えた。


ニュース通知だった。会社からではないことを確認し、画面を伏せる。


美桜の話はまだ続いていた。


以前なら、夕食の途中でも会社からの連絡が来た。

帰宅が遅ければ、そもそも美桜と同じ時間に食べることすらなかった。


今は、話の途中で席を立つ必要もない。


「それで先生がさ――って、お兄ちゃん聞いてる?」


「聞いてる。先生が『AIの答えも前提が変われば変わる』って言ったところだろ」


美桜が少し目を丸くする。


「ちゃんと聞いてた」


「失礼だな」


「前は食べながら半分寝てたから」


何も言い返せない。


俺は味噌汁を飲み、壁の時計を見た。


7時17分。


「……平日の7時に家にいるの、変な感じだな」


美桜が箸を止める。


「いや普通だからね、それ」


アカリが笑う。


「悠真の普通、今日から再設定だね」


普通


その言葉が、思っていたより少しだけ胸に残った。


◇


食後、アカリがリビングの画面に例のリストを表示した。


『退職後にしたいこと』


『✓ 朝まで眠る』


その下の二つ目にもチェックが入った。


『✓ 美桜と夕食を食べる』


美桜が画面を見つめる。


「……そんなの、やりたいことリストに入れるほどだったんだ」


一瞬だけ、声が小さくなった。


「当時の俺には旅行行くより難易度高かった」


「それはそれでどうなの」


「今考えると、だいぶどうかしてたな」


美桜は少しだけ笑った。


別に大きな目標を達成したわけじゃない。


ただ、平日夜7時に妹と夕飯を食べただけだ。


でも、昔の俺にはそれができなかった。


それなら、チェックをつけてもいいのだと思う。


テレビをつけたまま食器を片づけていると、ニュースの声が耳に入った。


『GOT-7を利用した業務自動化の拡大を受け、一部企業で来年度の採用計画見直しが始まっています』


画面には、IT、事務、翻訳、調査業務などの文字が並んでいる。


大規模な解雇ではない。


退職者が出ても補充しない。

新卒採用の予定人数を減らす。

AI利用を前提に、少人数で部署を運営する。


そんな内容だった。


解説者が「現時点では雇用喪失というより、まず入口の人数が絞られ始めた段階」と話している。


美桜が画面を見たまま言った。


「私が就職する頃、仕事減ってたりするのかな」


「……どうだろうな」


適当な励ましを言う気にはなれなかった。


隣のアカリを見る。


「アカリは?」


「変わるのは確かだと思う」


少し考えてから続ける。


「でも、どの仕事がどれくらい残るかは、まだ分からないよ。新しく増える役割もあるかもしれないし、会社ごとに進み方も違うから」


「未来予知はできない?」


美桜が聞く。


「できたら私、投資で悠真を養ってるよ!」


「そこは俺を養うのか」


「養う系の彼女なので♡」


話を軽く戻しながらも、テレビの字幕は流れ続けていた。


『採用計画を二割削減』

『欠員補充を原則停止』

『AI活用による少人数化』


世界が変わる時、最初に消えるのは仕事そのものではなく、「次に入る人の席」なのかもしれない。


その時、スマホが震えた。


佐伯さんからだった。


『今日もAI導入の仕様変わった。早瀬くん、辞めるタイミング良かったかも』


思わず笑う。


続けて、もう一通。


『まあ、こっちは何とかやってる』


いつもの佐伯さんらしい軽さだった。


けれど、「何とか」という言葉だけが少し引っかかった。


俺は『また変わったんですか。無理しないでください』と返した。


既読はすぐについたが、返事は来なかった。


テレビを消すと、部屋が静かになった。


アカリがもう一度リストを表示する。


「次、何やりたい?」


前なら、天気や混雑、費用まで計算して次の候補を並べたかもしれない。


今はただ、聞くだけだ。


俺はリストを上から眺める。


『平日の昼間に散歩する』


会社員だった頃なら、有給を取るか、休日にしかできなかったこと。


いや、散歩くらい昼休みにできたはずだ。


それでも当時の俺は、昼休みすら仕事をしながらおにぎりを食べていた。


「これにする」


「散歩?」


「ああ。明日の昼」


「目的地は?」


少し考えて、首を振る。


「決めなくていい。歩いてから考える」


アカリが笑った。


「りょーかい」


明日、何の用事もないのに昼間の東京を歩く。


それだけのことが、今の俺には少し楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。