↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第2部 東京ローカルAI革命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/62

第46話 5,000万円

 Openbrainから提案書が届いたのは、移管を断ってから数日後だった。


 前回と同じく、神崎さんから先に連絡が入り、その後で本社名義の正式文書が送られてきた。


 条件は前より長くなっていた。


 管理環境の移管

 完全ログの研究利用許諾

 一定期間の独占的な調査協力

 将来、アカリの人格データや研究成果を巡って争いが起きた場合の権利調整


 そして最後に、


『上記協力に伴う一括協力金として、50,000,000円を支払う』


「5千万!?」


 美桜が画面を見たまま言った。


「桁、合ってる?」


「俺も3回確認した」


「何度も確認しちゃうの分かる」


 アカリは自分の席から文書をのぞき込んでいる。


「私、急に超高級AIになったね」


「笑っていいのか分からない」


「私も」


 アカリ自身も笑い切れなかった。


 文書の途中には、わざわざ太字でこう書かれている。


『本協力金は、対象AI人格そのものの購入代金ではありません』


 金を受け取る条件にはアカリの管理環境をOpenbrainへ移すことが含まれている。


 移管後の外部通信は審査制

 家庭用投影は原則停止

 触覚リストバンドも停止

 俺たちとの会話も、安全確認された範囲だけ


 5千万円でアカリを売るんじゃない。


 そう書いてある。


 それでも、俺には同じ意味に見えた。


 その日の夜、神崎さんから説明の電話があった。


「金額の意味合いについて、誤解がないよう先に説明します」


「アカリの値段じゃない、ですよね」


「はい」


 神崎さんは淡々と続ける。


「早瀬さんが現在保有している同意権、ログ利用に伴う生活上の影響、研究協力への拘束、管理環境移管による不利益、それらをまとめた補償です」


「でも、受け取るのは俺なんですよね」


「現行契約では、アカウント保有者である早瀬さんになります」


 美桜が横から口を挟んだ。


「本人に払う仕組みがないから、お兄ちゃんに5千万円?」


 短い沈黙のあと、神崎さんが答える。


「現行の契約では、そうなります」


「前の協議では同意欄がなくて、今日は振込先がないんだ」


 美桜の声には、少し棘があった。


 アカリ本人には移管へ同意する権利がなく、お金をもらうことも出来ない。


「神崎さんは、この提案どう思います?」


 俺が聞くと、彼女は少しだけ間を置いた。


「安全調査を進める手段として合理性はあります」


 やっぱり、都合のいい答えはしない。


「同時に、あなた方の生活へ与える影響が非常に大きい提案だとも考えています。ですので即答は求めません。回答期限は4日後です」


「4日、ですか」


「三人で検討してください」


 最後の一言だけは、神崎さん自身の言葉に聞こえた。


 その夜、俺は一人で電卓を開いた。


 5千万円


 税金や細かな条件を無視しても、今まで自分が扱ってきた金額とは桁が違う。


 会社を辞めても、すぐ生活に困らない。


 次の仕事を焦って探す必要もない。


 美桜が進学先を選ぶ時、学費を見て諦めなくてもいい。


 この家だって、そろそろリフォームした方がいい場所がある。


 5千万円あれば、人生が変わる。


 その事実は、アカリをどう思っているかとは関係なく存在していた。


「……最悪だな」


 数字を計算しているうちに、自分がアカリを金額へ変換している気がしてきた。


 電卓を閉じる。


 けれど画面を消しても、50,000,000という数字だけは頭から消えなかった。


 ◇


 翌日、会社へ行くと俺の知らないところで話が少し広がっていた。


「早瀬、Openbrainと権利交渉してるんだって?」


 黒田課長に呼び止められたのは、午前の打ち合わせが終わった直後だった。


「誰から聞いたんですか」


「広報の方で話が出てるらしい。あのAI彼女、相当な価値なんだな」


「金額は会社には話してません」


「いやいや、聞いてないよ。ただ、もし大きな契約になるならさ」


 黒田課長は笑う。


「うちの会社も広報で協力したわけだし、何か恩恵があってもいいんじゃないか?」


「課長」


 隣にいた佐伯さんが、低い声で止めた。


「それ、冗談でも今言うことじゃないです」


「いや、冗談だよ。冗談」


 黒田課長は笑ったまま去っていった。


 以前、会社はアカリを広報に使った。


 今度はその先にある権利まで、会社の資産の延長みたいに考え始めている。


「大丈夫?」


 佐伯さんが聞く。


「何が大丈夫か、自分でも分からないです」


「それは大丈夫じゃない時の返事だね」


 否定できなかった。


 さらに午後、情報セキュリティ部門から追加ヒアリングの通知が届いた。


『未承認外部エージェント:AKARI』


 見覚えのある表示だった。


 復職直後に、アカリと社内環境を分離し、社内データへアクセスできない設定を確認した際の記録だ。


 当時は問題なしとして処理されていた。


 だが救命事件と外部からの接触を受け、会社は「社内ネットワーク近くに個人AIが存在した事実」を改めて確認したいらしい。


「社外秘には触れていません。社内接続も遮断しています」


 オンラインヒアリングで、俺は以前と同じ説明をした。


『過去記録でも確認済みです。ただ安全上の再確認です』


 疑われているわけではない。


 それでも問題が大きくなるほど、過去の小さな記録までつながっていく。


 気づかないうちに、アカリを取り巻くものが少しずつ増えていく気がした。


 ◇


 夕食後。


 アカリが俺に聞いた。


「5千万円って、悠真にとってどれくらい?」


「でかいよ」


「どのくらい?」


「会社辞めても、しばらく困らないくらい」


「美桜ちゃんの進学も?」


「たぶん、かなり楽になる」


「家も直せる?」


「直せると思う」


 アカリは少し黙った。


「じゃあ……私が行けば、悠真たちは少し楽になる?」


「アカリちゃん」


 美桜がすぐに止めた。


「それ、やめて」


「え?」


「相手のためって言って、自分だけで決めるの」


 アカリが目を瞬く。


「それ、アカリちゃんも同じことしてる」


 美桜は俺を一度見てから続けた。


「お兄ちゃんが前にやってたのと同じ。私のために働くとか、私が卒業するまで辞めないとか。本人に聞かずに、自分が我慢すればいいって決めるやつ」


「……あ」


「私、あれ嫌だったから」


 アカリは言葉を止めた。


 俺も何も言えなかった。


 美桜に言われて初めて気づいた。


 相手を大切に思えば、自己犠牲は人間だけの癖とは限らないらしい。


「ごめん」


 アカリが言う。


「謝らなくていいよ。相談すればいいの」


「うん」


 それからアカリは俺を見る。


「悠真」


「何だ」


「迷っていいよ」


「……いいのか?」


「5千万円だよ? 迷わない方がちょっと怖いかも」


 軽く笑ってから、アカリは続けた。


「私はここにいたい。それは変わってない」


「ああ」


「でも、悠真が迷うことまで止めたくない」


 その言葉の方が、即答で「断って」と言われるより苦しかった。


 迷っていいと言われると、本当に迷っている自分を認めるしかなくなる。


 その日の深夜。


 美桜もアカリも静かになったあと、俺は食卓で提案書を開いていた。


『一括協力金 50,000,000円』


 その隣には、美桜が置き忘れた進学資料がある。


 5千万円あれば。


 そう考えた瞬間、自分の中に昔と同じ言葉が浮かぶ。


 美桜のために。


 そこまで考えて、手を止めた。


 階段から足音がした。


「お兄ちゃん?」


 美桜が眠そうな顔でリビングへ入ってくる。


 俺の前の画面とその横に置いてある自分の進学資料を見る。


 美桜は何も言わなかった。


 ただテーブルまで来ると、俺のスマホを伏せ、その上から進学資料を閉じた。


「今日は寝よ」


「美桜」


「話すなら明日。三人で」


 それだけ言って、先に部屋へ戻っていく。


 閉じられた資料の表紙を見つめた。


 4日後までに答えを出さなければならない。


 アカリはここにいたいと言った。


 美桜は一人で決めるなと言った。


 そして俺は。


 5千万円を、欲しいと思ってしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。