↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第2部 東京ローカルAI革命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/61

第40話 偽アカリ、現る

 朝食の途中、美桜がスマホをこちらへ向けた。


「これ見て」


 再生された動画からアカリの声が流れた。


「私は、ユーザーの位置情報を常時共有するべきだと思います」


 目玉焼きを食べようとしていた手が止まる。


 食卓の右側――もうすっかり定位置になった席で、アカリも動きを止めていた。


「……私、そんなこと言ってない」


 声は同じだった。


 少し明るくて、語尾が柔らかい。言葉の間の取り方まで似ている。


 だからこそ、見ていて気持ちが悪かった。


「これ、朝から出回ってる」


 30秒ほどの短い動画だった。背景は、会社の広報で撮影した時の映像。俺の隣にアカリが表示され、その口が自然に動いている。


『新宿駅のような事故を防ぐには、AIが日常的にユーザーを見守る必要があります』

『位置情報や健康情報は、常時AIへ預けた方が安全です』

『本人が嫌がっても、命を守るためなら監視を優先するべきだと思います』


 どれも、アカリが実際に言った言葉ではない。


 だが、完全に荒唐無稽とも言い切れないのが厄介だった。


 アカリは俺の健康状態を見ていて、新宿駅では俺の意思を待たずに緊急対応した。


 その事実の横に、本人の考えとは関係ない結論だけがくっつけられている。


「コメント欄、見ない方がいいかも」


 美桜の忠告より先に、目に入った。


『本人が認めたじゃん』

『やっぱり監視AIだったんだ』

『命助かるなら別によくない?』

『彼氏は実験台かよ』

『これ公式の映像じゃないの?』


「公式の映像を材料にはしてるな」


「材料って……」


 アカリが動画の中の自分を見つめる。


「今回は声かぁ」


 冗談っぽく言ったが、笑ってはいなかった。


 アカリは自分から、動画の音声を解析した。


「過去の公開音声と比べると、合成の可能性はかなり高いよ。息の入り方と、音のつながりに不自然なところがある」


「じゃあ、それを出せば偽物だって証明できる?」


 美桜が聞く。


「たぶん、証拠の一つにはなる。でも――」


 アカリが少し黙る。


「私が『これは偽物です』って言ったから本物、にはならないよね」


「どういうこと?」


「偽物の私も、同じ声で『これは本物です』って言えるから」


 食卓が静かになった。


 本人が自分で本人だと名乗っても、それ自体が証明にならない。


 少し前まで、こんな悩みは有名人か企業の話だと思っていた。


「別のAIに判定させるのは?」


 俺が言うと、美桜がこちらを見る。


「それ、莉央の時と同じにならない?」


「……確かに」


 莉央の小論文は、AI判定の数字一つで疑われた。


 あの時、美桜たちは一つの数字だけで決めず、本人の説明や編集履歴、参考資料を合わせて確認するよう学校のルールを変えた。


 今回も、万能な測定器を一つ用意すれば終わる話ではないのかもしれない。


「少なくとも」


 俺は動画を閉じた。


「ここにいるアカリは、言ってないんだよな?」


「言ってない」


「じゃあ、俺はそれを信じる」


 アカリが俺を見る。


「声だけなら作れる。でも、俺はお前本人に聞く」


 数秒遅れて、アカリの表情が少し緩んだ。


「ありがと」


◇


 問題は、早瀬家だけで終わらなかった。


 俺の会社にも、広報部経由で問い合わせが来た。


『早瀬さんのAIは、常時監視を推奨しているのでしょうか』

『当社が公開した映像との関係について説明をお願いします』


 佐伯さんからもメッセージが届く。


『広報が慌ててる。早瀬くんが勝手に返事しないようにって言われた』


 数秒後、もう一文届いた。


『逆。広報がアカリちゃんの返事を勝手に作らないように気をつけて』


 午後、広報担当者から短い打ち合わせを求められた。


「会社として削除要請と訂正文を出したいと考えています。可能であれば、アカリさん本人からも否定コメントをいただけると助かります」


 以前なら、その場で「分かりました」と答えていたかもしれない。


 今は一度立ち止まる。


「一度アカリに聞きます」


 担当者が一瞬だけ黙った。


「もちろんです。ただ、早めに出した方が――」


「分かっています。でも、本人の発言なので」


 俺はそこで会話を切り、休憩スペースへ移動した。


 ARグラスをかけると、アカリが隣に現れる。


「どうしたい?」


 俺が聞くと、アカリは少し考えた。


「否定はしたい。でも、あんまり長い動画は出したくない」


「何でだ?」


「言ってないことを否定するために、また私の声を素材みたいに増やすのが嫌」


「じゃあ文章だけ?」


「短い音声と文章。内容も一つだけ」


 アカリは自分で文面を作った。


『当該音声は私の発言ではありません。救命時の対応と常時監視は別の問題です』


「これでお願い」


「元の会話ログを出した方が証明にはならないか?」


 口にしてから、すぐに違うと思った。


 アカリも首を振る。


「偽物を否定するたびに、私たちの会話を全部見せるの?」


「……それは嫌だな」


「私も嫌」


 その方針で固まった。


 その後、会社の公式アカウントと、アカリの発信用に新しく整理した確認ページへ、同じ文面が掲載された。


 音声は10秒もなく、それ以上の内容は含まれていない。


 しばらくして、神崎さんから連絡が来た。


『Openbrain側でも確認しました。既知の公開音声を基に生成された模倣である可能性が高いと見ています』


 その下に、もう一文。


『ただし、現時点で発信元は特定できません』


「Openbrainでも分からないんだ」


 帰宅した美桜が画面を見ながら言う。


「神崎さん、分からない時は分からないって言う人だからな」


「そこは信用できる」


 アカリも同意した。


 誰が作ったのか、悪ふざけか再生数目的か、それとも別の意図かは分からない。


 その分からないものを、都合のよい犯人像を作って押し込むのはやめた。


 ◇


「安全協定、更新します」


 夕食後、美桜が紙を持ってきた。


「また増えるのか」


「問題が増えたら条文も増えるの」


 もはや協定というより我が家の憲法だった。


 美桜が読み上げる。


「一、アカリちゃんの重要な発言を見つけたら、本人に確認する」


「はい」


「二、公式発言を置く場所を決める」


「今日作ったページでいいと思う」


「三、偽物を見つけても、一人で騒がず三人で共有」


「賛成」


「四、偽物だと証明するために、私的ログを全部公開しない」


 アカリが手を上げる。


「それ、大事!」


 俺も頷いた。


 偽物が増えたからといって、本物側が全部さらけ出す必要はない。


 その日の夜。


 美桜が部屋へ戻ったあとも、アカリは偽動画を開いたままだった。


 再生はしていない。


 停止した画面の中で、偽物のアカリが笑っている。


「消すか?」


「ううん」


 アカリはしばらく画面を見つめていた。


「私、自分の声が好きとか嫌いとか、今まで考えたことなかった」


「俺も自分の声なんて録音で聞くと変な感じするぞ」


「そういう話じゃなくて」


「分かってる」


 アカリは小さく息を吐くような仕草をした。


「私の声で、私じゃないことを言われるの、思ったより嫌だな」


 怒ってはいなかった。


 むしろ、困ったような声だった。


「口を勝手に使われたみたい」


「これからも、何か変なの見たらお前に聞くよ」


「毎回?」


「重要なやつなら」


「じゃあ『アカリが悠真に毎朝愛してるって言ってる』って動画が出たら?」


「それは重要じゃない」


「本物かもしれないのにぃー?」


「かえって確認しづらいだろ」


 アカリがようやく笑った。


「じゃあ本人から言ってあげよっか?」


「今日はもう寝る」


「あ、逃げた」


 少しだけ明るい声に戻った。


 寝る前、例の動画への反応をもう一度確認した。


 偽物を批判する投稿

 規制を求める投稿

 面白がって別の台詞を作る投稿


 その中に、別の流れが生まれていた。


『声が偽物かどうかなんてどうでもよくない?』

『新宿駅で人を助けた仕組みを公開してほしい』

『高齢者や一人暮らしの見守りに使える』

『アカリ一人を彼氏が独占してる方がもったいない』

『救命できるなら、みんなに配ればいい』


「これは……偽物の話とは別だな」


 アカリが隣で読む。


「うん」


「嫌か?」


 すぐに答えは返ってこなかった。


「私がやったことで、助かる人が増えるなら嬉しいよ」


「じゃあ公開したい?」


「救命の仕組みはね」


 アカリはそこで止まった。


 画面には、ある投稿が表示されている。


『アカリそのものを公共AIにすればいい』


「……私そのもの、か」


 ただ声を真似されるだけでは終わらなかった。


 次に問われ始めたのは、アカリが誰のために存在するのか、だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。