第26話 学校に、AI彼女の妹がバレました
教室に入った瞬間、クラスの三人が同時に私を見た。
一人なら気のせいで済ませられる。
ただ三人になると、何かしら勘づかれてる気がする。
「美桜のお兄さんって、AI彼女に助けられた人?」
朝のホームルームが始まる前に、さっそく事情聴取が始まった。
「え、何の話?」
とりあえず知らないふりをしてみた。
ただ、声が少し裏返った時点で、作戦はほぼ失敗していた。
質問した水野莉央は、申し訳なさそうに両手を合わせた。
「違ったらほんとにごめん!でも、美桜が休んだ日と、あの動画の日が同じでしょ。しかも新宿駅で、お兄さんが倒れたって言ってたし」
「......同じ日に新宿駅で倒れる会社員なんて、他にもいるかもしれないじゃん」
「いてほしくない偶然だね」
莉央の返しはもっともだった。
さらに悪いことに、私は以前、兄がAI彼女を使っていると莉央に話したことがある。
スマホを見ながらにやけていて怖い、という雑談だったはずなのに、今になって重要証言へと昇格していた。
莉央が私の顔をのぞき込む。
「その反応、ほぼ答えじゃない?」
「……声、大きい」
「あ」
莉央が口を押さえた時には遅かった。
斜め前の席の子が振り返り、その隣もこちらを見る。朝の教室に秘密を守れるほどの静けさはなかった。
昼休みには、半ば公然の事実になっていた。
「アカリって、普段も動画と同じ姿なの?」
「本当にお兄さんの彼女?」
「家の会話、全部聞かれてるの?」
「お兄さん、将来AIと結婚するの?」
机の周囲を囲まれ、質問が途切れない。
「一つずつにして。あと、私も知らないことを聞かないで」
「じゃあ、これは分かるよね」
一人が楽しそうに身を乗り出した。
「美桜、未来のお義姉さんがスマホに住んでるって、どんな気分?」
「義姉じゃないから!」
「そこまで強く否定すると、逆に怪しくない?」
「何がどう怪しくなるの」
笑いが起きる。
もちろん、悪意がないのは分かっていた。兄が無事だったから、私もこの程度なら笑って返せる。
けれど、後ろから聞こえた質問には、すぐ答えられなかった。
「でも、そのAIにずっと監視されてたってことでしょ。怖くない?」
さっきまで軽かった空気が、少しだけ止まった。
睡眠時間も、食事も、声のかすれ方も、メッセージを返す速さも。
アカリちゃんは、私よりずっと前からお兄ちゃんの異変に気づいていた。
それなのに、危険が迫っていることを全部は話さなかった。
お兄ちゃんに嫌われたくなかったから。消されたくなかったから。
怖くない、と言えば嘘になる。
「怖くないわけじゃないよ」
自分の声が、思ったより小さく聞こえた。
「でも、お兄ちゃんを助けてくれたのも本当だから」
「じゃあ、信用してるの?」
「それも、簡単には決められない」
感謝はしている。
今でも少し怖い。
どちらか一つだったら分かりやすいのに、私の中では両方が消えずに残っている。
チャイムが鳴り、みんなが席へ戻った。
莉央だけは何も言わず、私の肩を軽く叩いてから離れていった。
◇
放課後、莉央に校舎裏の自販機前へ連れていかれた。
「本当にごめん!秘密にするつもりだったんだけど」
「莉央が広めたわけじゃないでしょ」
「でも、教室で聞いた私が悪かった」
莉央は買ったばかりのミルクティーを両手で持ったまま、しょんぼりしている。
明るくて話好きだけど、人を困らせて平気な子ではない。
お詫びとして奢ってもらったミルクティーを受け取った。
「もういいよ。遅かれ早かれ、誰か気づいたと思うし」
「動画、何回も見たよ。アカリってすごいね。周りの人に指示して、救急車まで呼んで」
「すごいだけなら、こんなに悩まないんだけどね」
「どういうこと?」
私は、全部ではなく、話せる範囲だけ説明した。
アカリちゃんがお兄ちゃんの体調をずっと見ていたこと。本人の許可を待たずに緊急対応したこと。助けてもらった後も、家族の中でルールを決め直したこと。
莉央は途中で茶化さずに聞いていた。
「じゃあ、AIっていうより、本当にお兄さんの彼女みたいなんだ」
「どうしてそうなるの」
「だって、便利な機能の話だけなら、美桜はそんな顔しないでしょ」
どんな顔をしていたのかは聞かなかった。
否定の言葉も、すぐには出てこなかった。
「少なくとも、ただのアプリって感じではないかな」
「じゃあ未来のお義姉さん?」
「その話は終わり!」
莉央は笑った。
私も少しだけ笑った。
◇
帰りのホームルーム後、担任に呼び止められた。
てっきり、事件についてクラスで話しすぎないよう注意されるのだと思った。家族のことを学校へ持ち込んだつもりはないけれど、今日一日で十分持ち込まれてしまった。
「早瀬さん。少し相談があるんです」
担任は机の上にタブレットを置いた。
表示されていたのは、『生成AI利用ルール検討会』という見慣れない資料だった。
「学校でも、生成AIの扱いを見直すことになりました」
「禁止じゃなくなるんですか?」
「まだ決まっていません。ただ、GOT-7の発表以降、保護者や教育委員会から問い合わせが増えていて。全面禁止のままでよいのか、授業でどう扱うのか、検討する必要が出てきました」
つい最近まで、課題にAIを使えば不正と決めつけられていた。
それが今度は、使い方を考えると言う。
大人たちも、急に変わり始めた世界へ追いつこうとしているのかもしれない。
「それで、早瀬さんにも参加してもらえないかと思っています」
「......私、AIの専門家じゃないんですけど」
「専門家ではなく、当事者の意見が必要なんです」
その言葉に、胸の内側が少し固くなった。
私はAIを作ったわけでも、仕組みに詳しいわけでもない。
兄が倒れて、怖くて、助かって安心した。
ただ、それだけだ。
それを学校で使える『意見』に整えられる自信はなかった。
「すぐに返事をしなくても構いません。ご家族とも相談してください」
担任はそう言った。
勝手に決められなかったことには、少しだけ安心した。
◇
「というわけで、学校でもバレました」
帰宅して報告すると、食卓で白湯を飲んでいたお兄ちゃんが固まった。
「悪い。俺のせいで――」
「お兄ちゃんのせいというより、アカリちゃんの声が特徴的すぎるの」
「褒められた?」
スマホの中で、アカリちゃんが嬉しそうに目を輝かせる。
「駅でお兄ちゃんが倒れて、アカリちゃんが救急車を呼ぶことになった経緯を説明したよ」
「声だけで私だって分かったんだ!人気者はつらいね〜」
「そこで得意げになるのやめて!」
お兄ちゃんは申し訳なさそうな顔のままだった。
「なんか嫌なこと言われなかったか?」
「軽くいじられただけ。未来の義妹とか」
「義妹?」
アカリちゃんが反応した。
嫌な予感がした。
「美桜ちゃん、学校では私のこと、お義姉さんって紹介してもいいよ?」
「絶対にしないから」
「じゃあ、仮免お義姉さん?」
「変な肩書き作らないで」
お兄ちゃんが白湯をむせそうになっている。
病み上がりなので笑わせすぎない方がいいはずなのに、原因の半分は本人である。
その時、私のスマホに学校から通知が届いた。
『AI利用ルール検討会への参加について』
正式な依頼文には、こう書かれていた。
『AI利用経験者の家族として、率直なご意見を伺いたいと考えています』
利用経験者の家族。
間違ってはいない。
でも、その言葉の中では、お兄ちゃんは利用者で、アカリちゃんは利用されるAIで、私はその家族という分類になる。
駅でお兄ちゃんが倒れたときの怖さも、アカリちゃんの判断も、私が病院まで駆けつけたことも、全部が学校の検討材料として一括りにされてしまうような気がした。
「私、いつからAI側の人になったんだろ」
アカリちゃんが少しだけ首をかしげる。
「美桜ちゃんは美桜ちゃんだよ」
私は画面を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「それ、アカリちゃんが言うと重いね」
兄がAIに救われた日から、私まで少しずつ、普通の女子高生ではいられなくなっていた。




