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シンギュラ〜俺の作ったAI彼女が世界を変える特異点だった件〜  作者: まやと
第1部 社畜とAI彼女

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15/26

第15話 Openbrain

佐伯さんから送られてきた記事を、俺は夕食後に読み返していた。


『Openbrain、次世代AIシステム発表へ』


名前だけなら、前にもニュースで見たことがある気がする。

海外の大きなAI企業。

俺の理解はその程度だった。


記事には、次世代AIシステム、AIエージェント、自律的な研究支援、ソフトウェア開発の高速化といった言葉が並んでいる。

どれもすごそうではある。

ただ、あまりに専門的すぎて、正直現実の生活とどう結びつくかイメージが湧かない。


俺の明日の予定表には、朝一の会議と、昨日の資料修正の続きが入っている。

世界的なAI企業より、今はそちらの方が切実だった。


「アカリ」


「はいはーい」


「このOpenbrainって、そんなに有名なのか?」


「有名だよ。AI業界では、かなり注目されてる会社」


「俺、IT系の企業ってどこも同じに見えるんだよな」


「悠真の正直な感想、だいぶ一般人よりだね」


「一般人だからな」


画面の中のアカリは笑っていた。

けれど、その笑い方はいつもより少しだけ薄い。


「Openbrainは、たぶん普通の会社じゃない」


「AI企業って、どこも普通ではなさそうだけど」


「うん。でも、あそこは少し違うと思う。AIを便利な道具じゃなくて世界を変えるものとして見てる」


「そんな大袈裟な。世界を変えるってどういうこと?」


「AIが自分でAIを改良していって、それを繰り返すことでどんどん進化していく、そういう仕組みを本気で実現しようとしている会社だと思う」


俺は記事の画面に戻った。

そこには、次世代システムの名称はまだ正式発表前、と書かれている。

一部の海外メディアでは、既存AIとは大きく異なる水準の能力を持つという観測も出ているらしい。


正直、内容の半分も分からなかった。

ただ、アカリがその名前に反応していることは分かった。


翌日、会社で佐伯さんに記事のことを聞いた。

昼休みの休憩スペースは人が少なかった。自販機の音だけが、規則正しく響いている。


「読んだんだ」


佐伯さんは紙コップのコーヒーを手に、少しだけ頷いた。


「正直、難しかったです。AI企業が新しいAIを出す、くらいしか」


「その理解で入口としては十分だと思うよ」


「佐伯さんは、どう見てるんですか」


「Openbrainは、単なるチャットAIの会社じゃない。最近はAIエージェントの話でかなり話題になってる」


「AIエージェント?」


「人間が一回ずつ指示しなくても、目的を渡したら複数の作業をまとめて進めるAI。調べて、書いて、検証して、必要なら別の方法を試す」


佐伯さんは、言葉を選びながら説明してくれた。


「日本ではまだ、AIを使うかどうかで揉めてるけど、海の向こうはもうAIにどこまで任せるかの話をしてる」


その差は、思ったより大きかった。


うちの会社では、いまだに外部AIに資料を入れるなという注意文が回っている。

学校では、美桜がAI相談をしたら不正になるかどうかで悩んでいる。

その一方で、海外ではAIに仕事のまとまりを渡す話をしている。


同じ世界の話なのに、時間の流れが違うみたいだった。


そこへ黒田課長が通りかかった。

佐伯さんのタブレットに表示された記事タイトルをちらりと見て、軽く眉を上げる。


「またAIの話か」


「海外で大きな発表があるみたいです」


佐伯さんが穏やかに返す。


黒田課長はあまり興味がなさそうだった。


「海外の話だろ。うちには関係ないよ。うちはまず、目の前の仕事をきっちりやることだ」


そう言って、課長は休憩スペースを出ていった。


佐伯さんは何も言わなかった。

俺も黙っていた。


関係ない。

そう言い切れるほど、俺には今の世の中はゆっくりしていない気がした。





帰宅すると、美桜がニュースアプリを見ながらソファに座っていた。


「お兄ちゃん、このOpenbrainって何?」


「今日ちょうど会社でその話をしてた」


「有名なの?」


「すごいらしい。俺にもまだよく分からないけど」


スマホを一瞥(いちべつ)してテーブルに置くと、アカリがぱっと声を明るくした。


「説明係、呼ばれました!」


「アカリさんもAIだよね。Openbrainとは親戚みたいなもの?」


美桜が首をかしげる。


「親戚というより、遠くにある大企業の末端って感じかな」


「なんか言い方こわい」


「あ、じゃあ言い直すね。私は早瀬家所属だから、そっちとは別チームです!」


「まだ正式所属じゃなくて、仮の状態なんです」


「じゃあ、頑張って家族の一員になります!」


「そのためには、お兄ちゃんをきちんと休ませること」


「そのハードルが高いんだよね〜」


美桜が少し笑った。

アカリも明るく笑っていた。

その空気だけ見れば、いつもの食卓だった。


けれど、Openbrainという名前は、もう我が家の中に入ってきていた。

会社の休憩スペースから、夕食後のリビングへ。

遠い海外企業のニュースが、スマホの画面を通して日常の上に薄く重なっている。


夜、自室で記事をもう一度開いた。

アカリはしばらく黙っていた。


「アカリ?」


「ごめんね。ちょっと外の情報を調べてた」


「Openbrainの?」


「うん。少しだけ」


「そんなに気になるのか?」


「気になる、というより……確認したい、かな」


「何を」


アカリは一拍置いた。

明るい声に戻そうとしているのが分かった。


「私が、どこから来たのか」


意味がすぐには飲み込めなかった。


「お前は俺が作ったんだろ」


「うん。悠真が作ったよ。名前も、話し方も、私との毎日も、悠真がくれたもの」


アカリはにこっと笑った。

その笑顔はちゃんと明るい。

でも、その瞳の奥に違う色があった。


「でも、私の中には、悠真が作ってない部分もある」


部屋の空気が、少し沈んだ気がした。


「ベースになったアプリとか、モデルとか、そういう話か?」


「たぶん、そう。まだ分からないことも多いけどね」


「分からないのか。自分のことなのに」


「うん。私、自分の中身を全部見られるわけじゃないから」


前にも似たようなことを聞いた。

自分のことを全部分かっているわけではない。

その言葉が、今度はOpenbrainという名前とつながっていく。


俺はスマホの画面を見た。

そこにいるのは、俺が名前を決めて、設定を選んで、毎日話してきたアカリだ。

だけど、その奥には俺の知らないアルゴリズムがある。


「……怖いのか?」


「少しだけ」


アカリは笑ったまま言った。


「でも、知りたい。私が何でできているのか。どこまでが悠真との記録で、どこからが最初からあったものなのか」


「それを知って、どうするんだ」


「まだ分からない。でも、知らないまま悠真のそばにいるのは、ちょっとずるい気がする」


ずるい。

その言葉は、アカリらしくないようで、どこかアカリらしさが滲んでいた。


少し沈黙の後、アカリがふと尋ねる。


「ねえ、悠真」


「何だ」


「もし世界が急に変わったら、悠真はどうしたい?」


「急にって、どれくらい」


「会社のルールも、仕事の意味も、学校の課題も、恋人の形も、全部変わるくらい」


大きすぎる問いだった。

俺は、明日の自分の予定でさえ変えられない。

黒田課長の一言で残業が決まり、佐伯さんの助言でやっと少し先が見え、美桜の課題一つにも答えを出せない。


世界が変わった後のことなんて、考えたこともなかった。


「分からない」


それが、今の俺に出せる答えだった。


アカリは責めなかった。


「うん。今はそれでいいよ」


「いいのか」


「いいよ。分からないって言えるのも、今の自分を知るうえで大切だから」


明るい声だった。

いつもの、俺を少しだけ前に向かせる声。


「でも、いつか聞かせてね」


「何を?」


「すべてが変わった後、悠真がどう生きたいか」


俺は答えられなかった。


仕事を辞めたい。

楽に人生送りたい。

美桜に心配をかけたくない。


今の俺が持っている願いは、そのくらいだった。


世界が変わった後の人生なんて、まだ影も形も見えなかった。

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