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第6話:不良彼氏、汚部屋に敗北する

「――おい、嘘だろ。あの『金髪の狼』が、星野さんと……!?」

その日、県立高校の校内は、かつてないほどの激震に見舞われていた。

教師すら避けて通る最凶の不良・黒崎龍二と、クラスのゆるふわマスコットである星野くるみが、どうやら「お付き合い」をしているらしい、という噂が駆け巡ったからだ。

事の始まりは、路地裏での一件から数日後のこと。

怪我が治りかけた龍二が、くるみのクラスに突然乗り込んできたのだ。教室中が「星野さんが殺される!」とパニックになる中、龍二は顔を真っ赤にして、持っていた紙袋をくるみの机にドンッと叩きつけた。

「こないだの……絆創膏の礼だ。食え」

中に入っていたのは、駅前で人気の、行列ができるケーキ屋のクッキーの詰め合わせだった。

「わぁ、ありがとう龍二くん! 一緒に食べよっか」

くるみは全く怯えることなく、ぽややんと笑ってその場でクッキーの袋を開け始めた。

その圧倒的なマイナスイオンと、龍二の耳まで真っ赤になった純情すぎる態度を見たクラスメイトたちは、(……あ、これ黒崎くんの方が完全に星野さんに手懐けられてるやつだ)と瞬時に悟ったのである。

そこからの龍二のアプローチは、不器用極まりないものだった。

放課後、くるみが日直の仕事を終えるまで、教室のドアの前に腕を組んで仁王立ちして待っている。(本人はエスコートのつもりだが、周囲からは完全に「見張り」か「カツアゲ」にしか見えない)。

しかし、くるみはそんな龍二の凶悪なオーラを全く意に介さず、「龍二くん、カバン持ってくれてありがとう。本当はすごく優しい人なんだね」と、真っ直ぐな言葉で彼の心を全肯定し続けた。

誰も自分を恐れない、等身大の「ただの男子高校生」として扱ってくれるくるみの優しさに、龍二は完全にノックアウトされた。

そして二人は、ごく自然な流れで、一緒に下校し、休日に会う関係――いわゆる恋人同士になったのである。

***

「お邪魔……しまーす」

初夏の日差しが眩しい、ある休日の午後。

龍二は、ガチガチに緊張しながら星野家の玄関をまたいだ。今日はくるみの両親が外出しており、「お家で一緒にお勉強しよう」と誘われたのだ。

(彼女の、部屋……! いい匂いがして、可愛くて、ふわふわした部屋なんだろうな……!)

龍二の脳内は、年相応の男子高校生らしい、淡くピンク色に染まった妄想で弾けそうになっていた。

「龍二くん、こっちだよー。ちょっと散らかってるけど、ごめんね」

くるみが二階への階段を上り、自室のドアノブに手をかける。

「散らかってるって言っても、女の子の部屋だろ。俺は全然気にしねぇ……」

ガチャリ。

くるみがドアを開けた、その瞬間。

「……え?」

龍二の口から、思考の停止した間抜けな声が漏れた。

ドアの向こうに広がっていたのは、「ちょっと散らかっている」などという次元の光景ではなかった。

ベッドの原型が見えないほどに積み重なった、無数の『ぬいぐるみ』の巨大な山。

床のそこかしこにそびえ立つ、教科書、参考書、プリント類が幾重にも重なった『活字の地層』。

さらに、机の周辺には、可愛らしいお菓子の空き箱や包装紙が、まるで何かの要塞のように複雑に組み上げられている。

そして、そのカオスな空間の中心を、茶色いむぎゅが我が物顔で歩き回っていた。

「さ、座って座って! 今、冷たいお茶淹れてくるからね」

くるみは、地層と地層の間にわずかに残された「一人分のスペース」を指差すと、パタパタと軽快な足取りで一階へと降りていってしまった。

一人、残された龍二。

彼は、部屋の入り口に立ったまま、ワナワナと肩を震わせていた。

(……なんだ、この部屋は。……危ねぇだろ!!)

龍二の脳内に芽生えたのは、幻滅でも呆れでもなかった。強烈な『危機感』と、謎の『使命感』である。

もし今、少しでも大きな地震が来たらどうなる?

あのベッドの上の「ぬいぐるみの山」が崩れ、横の「分厚い参考書のタワー」が倒れ込んできたら、どんくさいくるみのことだ、絶対に逃げ遅れて本とクマの下敷きになってしまう。

「あいつ、こんな危険地帯で毎日寝起きしてんのか……!?」

龍二は、無意識のうちに腕まくりをしていた。

喧嘩の時にスイッチが入るのと同じ、研ぎ澄まされた集中力が彼を包み込む。

「……やるしかねぇ。俺が、星野の命を守る……!」

龍二は、まず部屋の構造を鋭い三白眼で観察した。

ただゴミとして捨てれば早いのだろうが、龍二はくるみの性格をすでに理解し始めていた。彼女にとって、この部屋にあるものはすべて「大切なお友達」であり、勝手に捨てれば本気で悲しむだろう。

ならば、捨てるのではなく『整理・構築』するしかない。

龍二は、床に散乱していた空き箱を手に取った。

(こいつは、強度がバラバラだ。大きい箱を土台にして、小さい箱を中に組み込めば、収納スペースとして使える……!)

不良として培った空間把握能力と、バイクのエンジンを直感的に理解する彼の隠れた才能が、ここで奇跡的な爆発を見せた。

龍二は、崩れかけの「プリントの地層」を年代別、科目別に凄まじいスピードで仕分けし、空き箱を利用した特製のファイリングシステムを構築していく。

さらに、ベッドの上の「ぬいぐるみの山」には、部屋の隅にあった使っていない突っ張り棒とハンモック状の布を利用し、上空に「ぬいぐるみ専用の安全な待機場所」を物理的に作り上げた。

「オラァッ! 数学の参考書は重いから下段だ! 英語のプリントはここにまとめろ!」

龍二は汗だくになりながら、まるでテトリスを極めた職人のように、カオスだった部屋の物質たちを、次々と理にかなった美しい配置へと組み替えていった。

猫のむぎゅも、龍二の凄まじい気迫に押され、部屋の隅で大人しく香箱座りをしてその様子を見守っていた。

***

「お待たせー。麦茶と、お母さんが作ったクッキー……」

十分後。

お盆を持ったくるみが部屋に戻ってきた。

そして、部屋の中の光景を見て、目を丸くして立ち尽くした。

「……へぁ?」

そこには、見違えるように床が見え、プリント類が美しく箱に収まり、ぬいぐるみたちがハンモックの上で行儀よく並んでいる、信じられないほどに整頓された部屋があった。

その中央で、汗だくになり、Tシャツの袖をまくった龍二が、荒い息を吐きながら床に座り込んでいた。

「お、おう。星野……。ちょっと、勝手に動かしちまったけど、何も捨ててねぇから。空き箱も、全部収納に組み込んだ」

龍二は、少しバツが悪そうに視線を逸らした。

勝手に部屋をいじられて、怒られるかもしれないと思ったのだ。

しかし。

「……すごい! すごいよ、龍二くん!!」

くるみはお盆を机(ちゃんと天板が見えるようになっている)に置くと、目をキラキラさせて龍二に駆け寄った。

「くま吉たちも、高いところからお部屋が見えてすごく嬉しそう! プリントさんたちも、みんな仲良くお家に入ってる! 龍二くん、魔法使いさんみたい!」

くるみは、龍二の手を両手でギュッと握りしめ、ぽややんとした、けれど満面の笑顔で彼を見つめ上げた。

「ま、魔法使いって……大げさな……」

龍二の顔が、一気に沸騰したように赤くなる。

「ありがとう。私、お勉強に夢中になると、どうしてもお片付けできなくなっちゃうの。龍二くん、すっごくお片付け上手なんだね」

「……まぁ、パズルのピースをカチッとハメるみたいで、嫌いじゃねぇし……」

龍二は、照れ隠しに頭を掻きながら、整頓された部屋を見回した。

不思議な感覚だった。

今まで、他人を殴って、壊すことしかしてこなかった自分の手が。こうしてバラバラのものを組み立て、整理し、誰かのために安全な空間を作り上げた。

そして何より、その結果として、大好きな女の子からこんなにも純粋な笑顔と感謝を向けられている。

(……悪く、ねぇな)

龍二の胸の奥で、喧嘩では絶対に得られない、確かな『達成感』と『誇り』が静かに芽生えていた。

「さ、一緒にお茶にしよっか。その後は、お勉強教えてあげるね。龍二くん、次のテストで赤点取ったら、またお小言言われちゃうよ?」

「うっ……わ、わかってるよ。やればいいんだろ」

綺麗に片付いた机に向かい、二人は並んでノートを開いた。

この日、最凶の不良であった黒崎龍二は、星野くるみの『汚部屋』という名の魔境に完全敗北し、同時に「物を正しく組み立て、直す」という自分自身の隠れた才能に気づくこととなった。

圧倒的なマイナスイオンと、底なしの生活能力の欠如。

星野くるみのそのアンバランスな魅力は、周囲の人間を巻き込みながら、一つの荒んだ魂を、確かな夢へと向かって静かに、しかし力強く更生させていくのだった。

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