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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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51.魚体


 手鋏鮫の魚体が海面に浮かんでいるうちは、レイリーリャが握るロープに重さを感じながらも、引っ張る事は出来た。


 しかし水中からスロープの上に曳き上げてからは、魚体の腹部が引き摺って(ひきずって)しまう事でロープがより重く感じられるようになってしまい、魚体の半分も進んでいなかった。


 スロープは上り坂になっており、魚体との間に丸太のコロを挟んでも、漁船と同じ位の魚体を引き揚げるのは重くかなりの力を要する。


 レイリーリャは身体を後ろに傾けながら曳くが、手鋏鮫が曳かれる動きに変化はほとんど無かった。少ししか後ろに曳き上げられなかった。



「……こんな重いモノを、よく船でここまで運べましたね。」



 彼女は後ろに引っ張りながら、誰ともなく感心するのか呆れているのか混ざったような言葉が口から漏れてしまう。



「…………そうだな…………。」



 ハイリアルは身体ごと後ろに倒し、重心を後ろに掛けている。奥歯を噛み締め険しい顔をしながら力を入れ続けている。同意する以外の事を喋る余裕は無いようだった。



「……野郎ども、あともう少しだッ!力を込めて引っ張れ!」



 片手で突く杖を支えにして、漁民達の直ぐ横に立つ漁民ギルド長ザブトゲルクが、ロープを曳く漁民達に激励する。


 手鋏鮫の魚体はロープで曳かれ続け、海中に浸かっていた胴体が少しずつ海面から現れる。


 ハイリアルはそれを目にすると、ロープを曳いたまま漁民ギルド長ザブトゲルクに向けて顔を上げると呼びかける。



「魔法を使って良いか?引き揚げるのが、多少楽になるかもしれぬ。」



「……どうやるのか解らんが、火魔法で焼かないなら良いゾ。」



 漁民ギルド長は許可する。

 その眉間に皺を寄せているものの、疑いや嫌悪する様子は無かった。



「風魔法も使わん。……気を付ければ大丈夫なはずだ。」



 彼が返す言葉は微かに昂ぶっている。

 彼女やその周りでロープを曳いている者達に一旦離れる事を詫びる。そしてロープを掴む手を離すと、側に置いておいた薙刀を取りに行った。



……風魔法や火魔法を使わないとしたら……水魔法?


…………氷や水を出してどうするんだろう?…………



 レイリーリャはロープを曳きながら考える。



…………氷で冷やせば、長く鮮度が保つけど、……?……



 考えても彼がどうするのか解らなかった。


 ハイリアルは愛用の薙刀を持ってくると手鋏鮫の側に寄った。それからフードを取り魚体の尾の方を見ながら、薙刀の刃の先端をその方に構える。呪文だけではなく魔法の名前も口にしなかった。


 尾の下に魔術で出来た氷が盛り上がっていく。その上に乗る魚体も上がっていく。


 氷の上に乗った尾と、スロープに接する胴体との間にある魚体が、間にずれ落ちるように曲がる。


 そこにも魔術で出来た氷が盛り上がってくる。

 その上に魚体が乗り、そのまま盛り上がっていく。


 胴体の下にある氷が尾の下にある氷と同じ高さになると、その間を埋めるように氷の支えを魔法で作り上げていく。これを尾の下で支えている氷の隣まで繰り返して作っていった。


 魚体はスロープに接する胴体から尾まで、ほぼ水平になる。


 そうすると今度は、尾の下の氷がそれを乗せたまま盛り上がり始める。

 それに伴って魚体の尾びれ側が上に上げられ、頭側が傾いて下に下がる。



「氷の表面に水魔法流しているから皮に貼りついていないはずだ。引っ張ってくれ。」



 ハイリアルは後ろに振り返って告げると、直ぐに魚体の方を向いて魔法を唱える。


 尾を支える氷の手前を接する氷が上に盛り上がっていくと、それより一段低いところで止まる。

 そして更にその手前にある氷を、奥の氷よりも一段低いところまで盛り上げる。

 これを何度も繰り返して、乗っている魚体の頭が下に傾く氷の斜面を作り上げた。



「今はまだ手鋏鮫は滑ってはいないが、曳いてくれれば、魔法で氷の高さを調整して滑るようにしよう。」



ハイリアルは氷の斜面を見つめながら告げる。



「…………やるじゃねーか。」



 これを見て漁民ギルド長ザブトゲルクは口許に薄笑いを浮かべる。

 そして漁民達の方を向いて告げる。



「よしッ、ヤローども、良いというまで引っ張れ!」



 ギルド長の呼びかけの声は昂ぶっている。

 漁民達も昂り曳く力が入る。

 レイリーリャも再びロープを曳き始める。

 曳かれた手鋏鮫の魚体は動き始め、斜面の上をロープに合わせて引きずられていく。


 ハイリアルも魚体を見続けながら、その動きに合わせて、氷魔法を唱え氷の斜面を高くしていく。

 手鋏鮫の尾の下を支える氷の斜面が盛り上がり、魚体の頭が下に傾く。魚体は曳かれるのに合わせて、氷の斜面の上を曳かれていく。

 それと共に、木が転がって軋み、氷の上を滑る硬い音が発せられる。


 彼女が引っ張る両腕に抗う重みが弱まったように感じる。



「……すっごいなぁ。ハイリアルさま……。……助かります。」



 腰を降ろし重心を下げて曳くレイリーリャの口から感嘆の言葉が漏れる。


 手鋏鮫の頭の前に漁民がコロの丸太を置いていく。

 ハイリアルが氷の斜面を何度も魔法で調整しながら作っていく。

 鋏がスロープの斜面に引っ掛かりそうになると犬族獣人やヌ=エンビ達が抱え上げて直す。 

 曳かれる魚体も下に置かれたコロを軋ませながら、ゆっくりとスロープを上がっていく。

 


「あと8ルートメか?あの辺りまで引っ張ってくれ。」



 スロープの傾斜がなくなり平らになっている所を、漁民ギルド長が空いている方の手で指す。


 漁民達は指示が有った所まで魚体を曳いた。

 伏せられた手鋏鮫の魚体は台代わりのコロの上に乗せられ、港のたたきに晒される。


 漁民ギルド長の呼びかけに周囲の者達が集まる。

 漁民ギルド長ザブトゲルクは囲む漁民達を見回すと言い始める。



「ヤローども、ここまで曳いて、よくやったッ。」


 

 漁民ギルド長ザブトゲルクの賞賛する声が弾む。

 その口許に笑みが浮かべながら、ハイリアルに顔を向ける。



「ハイリアル、殿の、氷の坂は、本当に助かった。感謝する。あれが無かったら、重くて曳くのがもっの凄く大変になっていたなッ。」



 ギルド長は頷きながら『もの凄く大変』の部分を強調する。

 ハイリアルは淡々と何でも無いように聞いているが、口許には微かな満足感が表れている。



「夕方過ぎには、バラしたコイツの肉を調理して振る舞おう。コイツを殺る手助けしたヤツらはタダで食わせてやるッ。」



 ここで引き揚げをした漁民達は喜びで昂り声を上げる。



「さすがギルド長!」


「太っ腹ぁ!」


「樽ごと酒出せぇ!」


       (「…………ついでに)     (ハーフの娘さんも)     (食わせろ……。」)   


「今度、領都侵略するなら付いてくとテグドラウが言ってたゼ!」



 漁民達は興奮する。

 その姿に漁民ギルド長ザブトゲルクは苦笑いを浮かべる。



「落ち着け、おまえら。……好き勝手言いやがって……。



……領都なんか攻め落とせねーよー、バカヤロゥ。」



 そう小声で呟く。

 そうして落ち着くよう両手の手のひらを下げる身振りをした。



「…………なお、酒代は、……オマエらも払えよ。頭割なッ。オレも払うんだからなッ。…………」



 その口調には、他人の身体を掴んで池に落ちる道連れにする者のような、妙な嬉しさがあった。



「ケチンボギルド長!」


「チ○ポも小物ォ!」


「『オレが全部おごってやる』って言えねぇのですかぁ?!」


     (「…………それなら)   (奥さんの方でも構い)    (ませんッ……。」)


「前にやった時みたいに、この街にあるブコン屋の酒蔵襲いますね。」



 漁民達は不満の声を上げる。

 怒っているのか、ギルド長にヘンなレッテル貼れて楽しいのか、どっちとも取れるようなトーンだった。



「どアホ!やってない事でっち上げるなッ。トイチッ。」



 ギルド長は犬族獣人トイチに向かって、声を張り上げツッ込む。



「ブコン屋はまだ健在じゃねーか。バカヤロゥ。……『ザブトゲルク』は健全なんだよ。人聞きの悪い事言うなッ。



「…………それに、ゾーコン、てめぇはドサクサに紛れて、何ほざいてるんだぁ。…………オレの娘と妻を、どうしてぇんだ。ああん。」



 ギルド長は眉間に皴を寄せ目を吊り上げ威嚇しながら、ゾーコンの目を凝視する。

 それでもゾーコンはギルド長からの重圧を感じていないのか、表情を全く変えなかった。



「漁民ギルド長の、奥様と娘さんの健康と幸せを願って、毎朝沐浴を行って身を浄め、読経と勤行を欠かさず行い、日々祈っております。」



 報告するように淡々と告げると漁民ギルド長ザブトゲルクに向かって黙礼を行った。

 ザブトゲルクはゾーコンの顔を見続ける。

 驚いたのか呆れたのか、その泥棒髭で覆われた口許が閉じずに微かに開いている。



「…………てめぇはどこのクソ坊主だッ。信心など骸骨魚(スカルフィッシュ)の身よりも無いクセに……。


「…………本当にてめぇは、平気な顔をして、心にも無い事をほざけるなぁ…………。」



 呆れるその声の調子は力が抜けてしまっている。

 それでも泥棒髭は平静な顔を保ち続ている。

 ちなみに骸骨魚(スカルフィッシュ)は頭と尾の間は魚肉が無く骨しかない海水魚で、食用に適さないだけでなく、骨が網に絡まりやすい為に漁師から嫌われているのである。



「ネレイステセシア様は、我が真心を、全てお見通しになられております。」



 泥棒髭が返す声の調子はしっとりと敬意があるように装っている。


 泥棒髭が言い終わると、ザブトゲルクはその顔を何も言わずに凝視する。

 泥棒髭はその顔を見つめながら口許に柔らかい笑みを浮かべる。

 漁民ギルド長は手のひらで泥棒髭の額を叩く。

 手のひらからぺしっと音が立つ。



「…………てめぇ、何が『我が真心』だ。


 ……経典では『偽りの言葉で騙すなかれ』とあるぞ。………そのうち天罰が下るゾ。」



 ザブトゲルクは呆れ額に皴を寄せ、力無く開かれたままの口が歪む。



「…………どいつもこいつもロクな事ほざかんな……。」



 溜息を吐くと弱弱しく左右に首を振った。



…………ここの人たちは、何で、こんなとんでもない事をギルド長さんに言えるの?!ギルド長さん、怒らせると本当に怖そうなのに……。



 レイリーリャは漁民ギルド長ザブトゲルクとゾーコンら漁師達とのやり取りを見て、驚き唖然とする。


 引き揚げをした漁民達が興奮する一方、いまだに見つからない漁民と知己の者達であろうか、彼らはその姿をよそに険しい顔をして黙っている。


 手鋏鮫の魚体はたたきの上に伏せたまま、何一つ動きはしない。


 ギルド長は手鋏鮫の魚体に顔を向けて見る。

 魚体は中から弾けそうな張りがあり、胴体も腹部も充ちているようであった。



「…………これからこいつをバラす。」



 ギルド長の声のトーンが急に重く沈む。顔も両目が細まり厳かになる。


 それに伴い他の漁民達も何かを思い出したように俯き、急に重く沈む。


 レイリーリャは意識の上に現れてしまいそうな思いを、無意識のうちに思い出さないように抑えてしまう。



「ギルドのバラし屋とコックだけではデカ過ぎて明日になってしまいそうだ。……誰か手伝ってくれ。」



 レイリーリャはギルド長の顔を見る。



…………こういう作業は、こういう時こそ、わたしだけど、…………正直休みたいな……。



 ザブトゲルクはその視線に気付いたように目を合わせたが、直ぐに目を逸らせた。両眉と両口許が下がっていた。



「……レイリーリャ、……この後はさすがに、働かないでいいからな……。」



 ハイリアルは彼女の側に寄って小声で告げる。

 その顔は両眉が下がり額に皺が寄って、困惑しているかのような顔であった。



「……ギルドの建物の中で休んでいろ。」



「……解りました。ありがとうございます……。」



 彼女はこの指示を淡々と素直に受け入れた。

 こう礼をしながら、内心丁度良く休めて助かったと思い、ほっとする。

 肩の荷が降りたように全身に入った力が抜け、口許が緩む。


 空腹と疲れによって、この時していた彼の表情を認識しその意味を考える余裕は全く無かった。


 彼女が意識を逸らしている間に、別の知らない漁民が漁民ギルド長の要請を受けていた。



 この場からの解散後しばらく経った夕暮れ前に、行方不明だった漁民アンデンブルームの身柄が見つかったと、二人に知らされた。


 漁民は手鋏鮫の胃の中で、所々食い千切られて死亡した状態で確認されたというものであった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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