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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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50.亡骸


 漁民ギルド長ザブトゲルクは顔を上げる。気持ちを切り替えるように表情を繕い、黙祷を終える。



「……なおアンデンブルームの方は、現在捜索中で、まだその身柄は見つかっていない……。」



 その視線が下がる。

 その声は低く沈んでいる。

 その声がレイリーリャの耳に入る。



…………行方不明になったの沖の海じゃあ、見つけるの難しいよね?



 そう疑った途端、沈んでいる気持ちが霧が晴れていくように薄れてしまっている。彼女はそうなってきている事を気付いていない。

 



「……ツイードフに別れの挨拶をしたいヤツはここでしてくれ。ツイードフの家族が来るまでは、ここに安置する……。」 



 ギルド長はそう告げると、他の漁民ギルド職員達に向かって指示を行う。ツイードフの家族に死亡の知らせを伝えに行かせる。


 その遺骸の周りに漁民達が集まる。悲しみに堪える者、涙ぐむ者、俯く者、何らかの形で関心のある者達が囲む。


 テグドラウ達も度々港などで会い面識があったようで、遺骸の側に寄って見つめ別れを惜しんでいる。

 


 一方ハイリアルは立ち去らずにこの場に立ち止まっている。その場で遺骸がある方に顔を向けている。その見つめる姿から侘しさと寂しさが漂う。


 レイリーリャと彼には、この亡くなった者との面識は全くなかった。

 もし彼がすぐにこの場から立ち去ろうとしていたのなら、彼女も従者としてその後ろを付いていくつもりだった。


 しかし彼はこの場から立ち去ろうとはしていなかった。


 彼女自身もこの場から立ち去ろうとせずに、安置された亡骸とその周辺を見つめている。

 彼に従っているからという理由だけでは無かった。



 彼女は人の亡骸を見る事はこれが初めてでは無かった。

 今のところ伯爵邸で勤めてから見た事はなかった。しかし孤児院にいた時に、一緒にいた孤児が亡くなる事は数度も遭遇したし、スラム街の道端で殺され放置された死骸を見た事も度々あった。


 特に仲の良かった孤児が亡くなった時には、とても悲しく大泣きした事は覚えている。しかし、スラム街に転がっている見知らぬ人の死骸に対しては、度々見てしまった事もあり、特別な想いを抱く事は無かった。


 それでもこの死は、どうでもいいという気持ちにはさすがにならなかった。


 すぐにこの波止場から立ち去って、どこかで休もうという気にもならなかった。

 まだこの場を見続けなくてはいけないような感覚があった。


 亡くなった者の死因が、ハイリアルが倒した手鋏鮫による事もあるのだろうか。


 あるいはレイリーリャやハイリアル達と同様に、亡くなった者は手鋏鮫を駆逐しようと試みた同じ『同志』だという意識があるせいなのだろうか。


 彼女自身にはそれが何故なのか、はっきり把握する事が出来なかった。



 遺骸の周りに集まる者達が嘆き悲しむ言葉が波止場から拡がる。


 駐留する漁船のマストに止まっていた海鳥が両羽を広げて羽ばたくと、この場から飛び去って行った。



 いつの間にかゾーコンが遺骸の側に跪いている。何か告げながらその遺骸の肩を、手のひらで悔やむ気持ちをぶつけるよう叩く。そして堪えるように俯き、無言で遺骸の肩を握りしめていた。



………………何か、あのヘンタイさん、意外と感傷的で、らっしくないなぁ。こんな時でも、何かバカな事言いそうなのに…………。



 レイリーリャはゾーコンのその姿を見て自ら思いもよらない非難の言葉を思いながら、それに対して冷ややかに感じてしまい、自ら戸惑ってしまう。



…………いやいやいや……。さすがにそう思っちゃうのは不謹慎だし失礼でしょ。……



 彼女はそう感じてしまう事を振り払うように、その頭を左右に振る。


 ふと見ると、亡骸に被せられていた布がいつの間にか取られ、その顔を曝け出しているのが目に入った。


 亡くなった男の頭は横に傾き彼女達がいる方を向いていた。その口許は断末魔の痛みと苦しみ、辛さで歪んだままだった。


 しかし安らかに眠るように、両瞼は閉じかけられている。


 だが両瞼は閉じ切らず、その間から暗い色の瞳が晒されている。

 褐色したその瞳は一点を見つめるように固まったまま動く事は無かった。


 レイリーリャの目がその瞳と合い見つめ合う。

 瞳は陽射しを映すが、それに一切反応せず固まったままだった。


 その死骸は既に亡くなり、意志など無いはずだった。

 

 しかしそれに拘わらず、その目は彼女を見つめ、言えない想いを伝えたいように感じてしまう。



―――『他人(ヒト)に戦わせ、生き延びて嬉しいか。……』



 彼女を責める男の言葉が心の中で聞こえるように感じてしまう。


 その言葉は、声を聞いた事どころか生前会った事自体全く無い、存在自体知らないはずの、ツイードフの『言葉』や『詰問』、『非難』のように思えてしまう。


 心の内側からの詰責によって我が身を刃で貫かれそうで、思っただけで苦しく気持ち悪くなりそうな怖ろしさを感じてしまう。



………………いやいやいや……。あの亡くなった方と同じ船に乗ってないから、手鋏鮫と戦うのあの方に肩代わりさせた訳では無いし、直接戦ってはいないけど、ハイリアル様と同じ船に乗って、一応は支援したし…………。



 彼女は湧き上がってくる詰りの言葉を無くそうと、自らの首を左右に振る。

 

 しかしそれを行っても、薄目のまま見つめる遺骸の姿は、記憶の中に刻まれ溶け去って消える事は無い。


 レイリーリャの心に得体の知れない不安と怖ろしさが残る。

 

 それらを払い除けるように、死者に向かってネレイステセシア教に伝わる鎮魂の祈りを唱える。


 死者の世界が本当にあるのか解らないまま、悪魔払いをするかのように。



 船だまりの上に浮かんでいた水鳥が、頭を海中に突っ込み潜水する。

 そこから波紋が現れ周りに広がっていく。


 波紋が消えて無くなると、その近くの海水面から大魚が跳ね上がった。

 その口から羽毛に覆われた身体がはみ出している。


 その大魚が頭から着水すると水音と共に水飛沫が上がる。水飛沫が海水面に落ちるとさざ波が打ち寄せ、その跡を覆い隠した。



 ギルド長ザブトゲルクはしばらく遺骸を悼む漁民達の様子を眺めていた。その周りに集まる者達が減ったのを頃合いと見ると、辺りに散らばる漁民達に呼びかけた。



「……ツイードフの仇、手鋏鮫のヤツは、既に討ち取られ、この港まで曳かれている。」



 指さす先には船だまりに浮かぶ手鋏鮫の遺骸が、さざ波に乗って上下に揺らされている。



「……ヤロウ共、アイツを陸揚げしてバラし次第、調理して喰らい返し、ツイードフの敵討ちをしてやろうではないかっ!」



 漁民達に向けて叫ぶ。

 同意を求め。

 『共闘』を求め。

 その口許には薄笑いが浮かぶ。



「「「「「「おう!!!」」」」」」



 漁民達が拳を上げ『共闘』に応じる。

 それは港に拡がり、天に拡がっていく。

 その叫び声のトーンも悲しむ事を一旦休み、面白がって昂ぶる。



「……おう……。」



 レイリーリャもその求めに応じ、一緒になって片手を上げる。

 その手はこわごわしく、同意する言葉と共にゆっくりと上げる。


 周りの漁民達と同じように叫ぶのは何か恥ずかしかった。


 しかしザブトゲルクに煽られ、少し気持ちが昂ぶっている。


 手鋏鮫と直接闘う事は出来なかったが、こういう『形』なら敵討ちが出来る。


 そして何より、腹が減っていて手鋏鮫の肉を食べたかった。


 レイリーリャの尻尾が空に向けて張り上がり左右に揺れる。

 着ているメイド服の裾も海風に煽られ翻る。



 手鋏鮫の陸揚げが始まった。

 ザブトゲルクの指揮に漁民達が従う。

 テグドラウ達やハイリアルもこれに従う。

 レイリーリャは彼が行う作業を手伝うような感覚でそこにいる。


 手鋏鮫の魚体は湾内の護岸にロープで留められている。


 まずすぐ側にある船揚場まで魚体を曳いてから、そのスロープの上に引き揚げその場で解体する事になった。


 波に揺られ魚体の向きが変わり、その頭が護岸に打ち付けられる一方、魚体が波に流されてしまい尾が沖に向いてしまっている。


 ヌ=エンビや犬族獣人達漁民が船だまりの中に浸かって泳ぎながら、引き揚げる為のロープを手鋏鮫の鰓に通して結んだ。


 テグドラウ達漁民とハイリアルがそれを握り締める。レイリーリャも彼の後ろで掴む。


 ギルド長ザブトゲルクが声を上げ、引き揚げ開始の指示を告げた。

 テグドラウ達がロープを握ったまま、腰を下ろし自らの体重を後ろに掛けて曳き上げる。

 レイリーリャもしっかり腰を下ろし切らずに腰高ながら、両足を気持ち広げ後ろに引く。


 弛んでいたロープが真っ直ぐに張ると、結ばれている手鋏鮫の魚体の頭が進む方を向く。そして魚体は船揚場に向けてゆっくりと曳かれていく。


 彼女は腰を下ろして重心を下げ、後ろに曳いていく。ロープを握りしめ、曳いているその両手に魚体の重みが伝わる。


 魚体はゆっくりとスロープに向かって曳かれていく。

 側面に波が当たり水飛沫が上がる。

 魚体はスロープの手前まで曳かれた。これから頭の向きをスロープがある方に向けてから、スロープの上のたたきまで引き揚げられる。

 

 ヌ=エンビや犬族獣人達が再び海に浸かる。

 曳く者達はロープを掴み後ろに曳きながら横に移動する。

 海に浸かる者達も魚体の頭側を押す。


 魚体の頭の向きがスロープのある正面へと動いた。

 ロープを掴む漁民達はまた位置を変え、曳いて手鋏鮫を引き揚げる。

 漁民達は再び後ろに曳き始める。


 弛んだロープが真っ直ぐ伸びる。

 しかし両側の鰓にロープを通し曳かれる魚体は、真っ直ぐにスロープの上を引き揚げられなかった。

 頭の先が水中に傾き沈んでいく。

 頭の先を水底に着けてでんぐり返りをしようと構えるようであった。



「おーい。曳くの止めろッ。


 ハサミが底に引っ掛かってやがる。」



 ギルド長ザブトゲルクがロープを曳き続ける漁民達に向けて叫ぶ。

 身体が海中に浸かりながらヌ=エンビ達が、底に引っ掛かった手鋏鮫の左右の鋏を外そうとしている。

 犬族獣人が肩に掛け全身を使いながら鋏を下から押し上げる。力を振り絞り唸り声が口から漏れる。


 押し上げられ赤い右鋏が海面に現れる。



「……よーし、外れたな。また曳くぞッ。」



 ギルド長が反対側の鋏も底から外れたのを見ると、再び漁民達に向けて叫ぶ。

 それを受けて漁民達は掛け声を上げロープを曳き始める。


 魚体がスロープの斜面の上に乗り引き摺られる。


 曳き揚げるレイリーリャにはロープがより重く感じられた。

 しかし後ろにはほとんど曳かれていなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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