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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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49.帰港


 波止場には留められた漁船と手鋏鮫の魚体が横に並び、波が打ち寄せる度に波長を合わせ上下に揺られる。

 潮の香りも風に乗ってこの波止場に漂ってくる。


 レイリーリャは波止場に置かれた大きな木箱の上に座っている。木箱はその足よりも高かった為にその両足は地面に着かなかった。彼女はその両脚をぶらぶら揺らしながら、この波止場のある港を眺めている。

 甲板の拭き掃除を終えて、新たな指示があるまで待機するよう言われていたのだった。


 太陽は西に傾き始め陽射しの輝きは落ち着いている。贄羊の刻(14時)を過ぎているように彼女には感じられた。


 手鋏鮫はハイリアルとテグドラウによって倒された。港に戻った後に行った漁船の甲板掃除も終えた。


 レイリーリャがその後、速やかに行わなくてはならない指示を受けていなかった。指示があるまで待機するという指示しか受けていなかった。



…………何か、一気にお腹が減ったよね。

 まだお昼ごはんを食べていないけど。



 今頃になって空腹感を感じている。


 手鋏鮫が倒された上に、自分がやらなくてはいけない作業はひとまず終わったので、肩肘張る必要はなくなった。

 外から掛けられる圧力はなくなり、それまで感じていた緊迫感や義務感は消え失せ、身体に張り詰めていた力が抜けてしまった。


 その上、午前出航してから今現在まで、手鋏鮫駆逐の為に漁船で沖まで行って帰った後に漁船掃除を行い、その間に何も食事を摂らなかったのだった。


 その間は、気持ち悪くなって嘔吐を繰り返す船酔いになってしまい、体調不良で食欲もなくなっていた。そんな状態だった事もあり、昼食を摂るという考えも抜けていた。


 船酔いになってしまった事や、港に戻り体調が回復してきた事などから、彼女は今頃になって空腹感を感じ、まだ昼食を摂っていない事に気が付いたのだった。



……今、仕事してないし、ご飯食べてこようかな?


……そういえば、ここの漁民ギルドにも食堂あったよね?



 レイリーリャは空間に浮かぶ何かを見るように顔を上げる。その腹の中に拡がる空腹感を堪える。



…………港、なんだし、お魚食べれるよね。



 その口の中に以前食べた塩焼きにされた魚の白身の味が甦る。口許が締まり下唇が薄くなる。上がった尻尾も左右に揺れる。



…………予めご飯食べて良いか許可取るの忘れちゃったなぁ…………。


……ハイリアルさまに断りなく食事を食べに行くのは、…………マズいか……。



 下唇を軽く噛む。

 尻尾は下に力無く垂れ下がり、両耳は下に伏せる。


 波止場の上で這っている蟹が両目を見上げ、彼女の存在に気付いた。その途端両足を休まず動かして波止場の岸壁まで逃げ、その陰に身を隠した。



…………そんなら、ハイリアル様にご飯食べるの、許して貰お。



 レイリーリャは作業していた漁船を見る。その甲板の上でハイリアルがテグドラウ達漁民と集まって、何か立ち話をしているのが目に入る。作業を中断している様子は全く無かった。



―――今、ヒマそうだし、大丈夫でしょ。



 彼女は気持ちを昂ぶらせながら、今まで据わっていた木箱から飛び降りた。そして彼らがいる漁船に向かおうとした。


 その時、他の漁民やギルド職員が波止場に向かって集まり始めているのが目に入った。



「おーい。漁船が戻ってきたぞぉ。」



 灯台で物見していた漁民ギルド職員が、漁民ギルド事務所に向かいながら周りの者達に呼びかけている。


 レイリーリャはそれが耳に入ると、港の沖に目を向けた。

 そこには、手羽鮫からの攻撃を受けた漁船がこの港に入ってこようとしているのが目に入った。


 応急手当をしたものの、手鋏鮫の攻撃によって破砕されたその側面は、破砕面や割れ目、罅などはまだ残っていた。

 その支援と手鋏鮫への牽制をしていた二隻の漁船が曳航しながら、沈没せぬよう曳かれて戻っていた。


 合わせて三艘の漁船が帰港しようとしており、それに伴って漁民ギルド職員や漁民達がこの波止場に集まり始めている。


 漁民ギルド長ザブトゲルクも杖を突いて、漁民ギルドの事務所からこの場に来た。

 被害のあった漁船を見て一段と険しい顔をしている。


 漁船の上にいたテグドラウ達もそこから降りて、ギルド長ザブトゲルクを中心となって漁民達が集まっている所に近寄る。

 ハイリアルも彼等と一緒になって付いてきている。


 レイリーリャは彼がそこに来たのを見た。

 手鋏鮫を引き揚げる手助けをするか、あるいはそれ以外の何らかの指示がこれからありそうに思える。


 彼女の両眉が下がる。

 尻尾も力無く、真下に垂れ落ちる。

 食事を摂るタイミングを失った自分の運の無さにも、悲しく、全身の力が抜け落ちたように感じる。



「…………あーあ、これじゃあ、お昼ご飯食べれそうも無いよね…………。」



 彼女は彼の許に向かって歩きながら、誰に向かって言うつもりの無い言葉が口から漏れてしまう。

 その足取りは、探しても食い物が全く見つからない餓鬼のように重く鈍い。

 


 いつの間にかゾーコンもこの場に来ていて、犬族獣人とダベっていた。しっかり着衣して、弛んだ腹の肉を晒していなかった。



「……オマエ、ギルドの建物の中で何もしなかったのか?全裸になって、アイツらに見せつけてやらなかったのかぁ?」



 犬族獣人は口許に歪んだ笑いを浮かべながら、ゾーコンに聞いている。



「するワケねぇだろッ!」



 ゾーコンは犬族獣人に向けて強く言い放つ。



「自分勝手な文句をワメくだけの四本足ブイども相手に脱いで何が楽しいんだッ?!



 …………若いねーちゃん相手ならともかく。」



 そう言い終えると口許が歪み笑いが浮かぶ。

 犬族獣人も馬鹿笑いする。

 その周りにいて耳に入った漁民達も苦笑いしている。

 犬族獣人は笑うのを止め口を開く。

 その口許に薄笑いが浮かぶ。



「……四本足ブイは、あるべき海に戻した方が良いんじゃねぇか。」



 その口調は低く据わっている。



「落としただけじゃ、何も変わんねぇでやがるし……。


 …………やったらやり返される事解ってねぇんだよ。アイツら……。」



 ゾーコンは中空を見るようにしながら応える。

 まるで何かを思い出しているかのようだった。


 レイリーリャの耳に二人の会話が入ってくる。何か怖いのでその先を聞きたくないが、何か興味を引かれその先を聞きたくもあった。


 そうこうしているうちに手鋏鮫に襲われた漁船を曳航する船団が、彼女達が待つ波止場に辿り着いた。


 それらが辿り着くのを待つ間、空腹感はそのお腹の中でのたうち回っていた。



「…………お腹すいたー。………」



 思わず小さな声で呟いてしまう。

 その瞬間空腹感がなかった。

 周りでその呟きに気付いて目を向ける者はいない。



…………やっぱり何か食べたいよねぇ…………。



 そう思った途端、空腹感が蘇り腹の中を圧迫し始める。

 そう感じると、少し辛く感じ始めた。

 強くは無いが唇を噛みそれに堪える。



 船団が港からせり出した防波堤の間を過ぎると徐々に漁民達の騒めきは小さくなっていく。そして岸壁に着いた時には、待っていたギルド職員や漁民達は口を開くのを止め無言と化した。

 手鋏鮫に襲われ亡くなった漁民がいる事を、予め伝えられていた。


 漁民達は係船柱にロープで結んで停留させる。その間合図する言葉以外の言葉を言わなかった。作業をする音と足音だけが波止場に拡がる。沈んだ空気がのしかかる。


 漁船三艘が停留させられ、渡し板が設けられた。


 襲われた漁船から、怪我をした漁民達が渡し板を渡って下りてくる。足や胸など怪我した所に包帯を巻き、その上から赤黒い血が滲む。重症の漁民はそれより軽い怪我の漁民に肩を抱えられたまま下りてくる。

 怪我の軽重に拘わらず、その顔は暗く沈み、何かを堪えている。


 重症の漁民を肩に抱えた漁民が波止場に下りると、その場で控えていたギルド長達に何かを伝えた。ギルド長は他の控えていた漁民達に何か指示すると、二人の漁民が渡し板から昇って襲われた漁船の船内に入った。


 しばらくすると、二人は布で被せた物が乗った長い板の両端を、それぞれ掴んで船から下りてきた。

 二人とも顔は下を俯き無言だった。


 二人は波止場に下りると、慎重に運んできた板を下に下ろした。

 前で運んでいた漁民がそれを地面に着け手を離すと、ずれた被せた布を丁寧に被せ直した。そして何か呟くと、我慢するように唇を噛みしめそこから数歩離れた。


 布に被された物は全体を覆われ、表に現れていなかった。

 しかし布越しに浮かび上がる姿や、所々赤黒く滲んでいる事から、それが何なのか言われなくてもレイリーリャには解った。

 手鋏鮫に襲われ亡くなった漁民の遺骸であった。


 その姿から頭と両足は残っているようだが、覆われた布の脇腹の辺りから血が滲み赤黒く変色している。


 漁民ギルド長ザブトゲルクが遺骸に近寄る。岸壁の上に寝かせられた遺骸の側に屈むと、この漁船に乗っていた漁民にいくつか尋ね確認をする。そして遺骸の顔を覆っている布を上げ、その顔を見つめる。

 レイリーリャからは布に遮られ、遺骸の顔は見えない。


 ザブトゲルクは何も言わず、厳かな顔をしたまま見つめ続けていた。

 ネレイス教の祈りを捧げると、布を下ろし遺骸の顔を覆った。

 そして立ち上がり、集まっている漁民達を前に語り始めた。



「お前ら。このツィードフは沖で漁獲中に、手鋏鮫に襲撃され、その反撃をしている最中に襲われ亡くなった。……」



 レイリーリャはこれを知らされる前から、この襲撃によって死人が出たかもしんないなぁと、漠然とした想像をしていた。それでも実際に死んだ者がいると聞き、その亡骸が運ばれるのを見ると、気持ちが暗く憂鬱に沈まずにはいられなかった。


 ザブトゲルクの話は続く。



「……家族を抱え、その死は無念の極みだろう……。

 ……俺にそれを語り切る事は出来ない……。」



 彼は険しい表情で眉間に皺を寄せ唇を噛んでいる。厳粛にその死自体は受け入れてはいるが、死の理不尽さによって湧き上がる怒りなどといった感情を抑えているかのようだった。



「……みんな、ツィードフに黙祷を捧げてくれ。


 ……黙祷。」



 彼は目を瞑り俯く。

 レイリーリャも目を瞑り黙祷する。

 見知らぬ漁民の為、―――いや、漁民ギルド長から黙祷の要請があったから、ただそれに従っただけである。


 被害者に対して、可哀想な人だとは思っているが。


 この波止場にいる他の漁民やギルド職員達も、何も言わず黙祷をする。


 静まりかえる中、船だまりに打ち寄せる波の音だけが拡がる。



 ぐぅぅぅぅぅぅ。…………



 低い音がレイリーリャの腹から鳴った。

 何かを絞り出すように低く鳴り続けて響いた。

 彼女の腹の空腹音だった。


 それを聞いた瞬間、思わず彼女は手のひらで自らの腹を抑えてしまう。その音が聞こえてしまった途端途惑い、恥ずかしさも湧き上がってしまう。身体が熱く感じてしまう。


 すると犬族獣人が彼女に振り向く。悲しさと嫌悪が混ざったように、両眉が下がり口許が歪む。



「…………ねーちゃんさぁ、よりによって、こんな時に屁ぇコカないでくれよ……。」


 

 犬族獣人は音がしないよう抑えながら、鼻で数回臭いを嗅ぐ。

 哀願と嘆きが混ざったように、その声は小さく沈んでいく。


 レイリーリャはその言葉を聞いた途端赤面する。



「おッ、おならじゃなくって、……お腹が減ってお腹が鳴ってしまっただけです…………。」



 彼女は思わず大声出して言い返しそうになってしまったのに気付き、慌てて大声で言い返さないよう気持ちを抑え、声を潜めて言い訳の言葉を述べる。



「…………ご、ごめんさない…………。」



 彼女は犬族獣人に詫びる。

 よりによってこんな時に腹の音が鳴ってしまった自分自身の身体に自己嫌悪を感じると共に、腹の音を放屁の音だと誤解した犬族獣人に対して不満を感じる。

 その口許と顔が歪み、眉間に皺が寄る。


 周りにいたゾーコンや他の漁民達が振り向き彼女を凝視する。その中には忌々しそうに顔を歪める者もいる。


 ハイリアルは後ろを振り返り彼女を凝視する。



「…………静かにする位出来ないのか。…………」



 苛立ちを強引に抑えるように深い皺が眉間に刻まれ両目が据わる。



「…………申し訳ございません。気を付けます。」



 レイリ-リャは思わず頭が下がり謝った。

 周囲の雰囲気を感じ、罪悪感と自己嫌悪、悲しさや辛さ、情けなさなどが一体になったような気持ちも加わり落ち込んでしまう。


 そう謝る言葉を言いながらも、空腹を紛らわす為にこの場で何かを食べる訳にはいかず、どうやって気を付ければいいのか解らなかった。


 ハイリアルは彼女が頭を下げる姿を見ていたが、何も言わずに再び前を向いた。



 ザブトゲルクは黙祷し頭を下に傾けたまま、彼女達の方を見る。

 両目は見開き眉間と額に皺が寄る。



「……お前ら、黙れ。亡くなったヤツ悼む気あるんか。


 ……見て見ぬ振りが出来ねぇのか。たかが小娘がやった事ぐらい。…………」



 小さな声だったが、低く据わった口調で威嚇するようだった。


 レイリーリャはザブトゲルクを見れなかった。尻尾も真下に力無く垂れ下がる。

 怖さと罪悪感を感じ、身体が竦み俯いてしまう。

 自分のせいでギルド長ザブトゲルクを怒らせてしまったと思ってしまった。


 しかし心の底に泥のような意識出来ていない不満が沈んでいた。

 自分が一人の大人の女性では無く、『小娘』という未熟な者、こんな事が出来ないのが当たり前の者だとみなされた事に対する不満も無意識のうちにあった。



 岸辺に波が打つ音が繰り返すのだけがこの場に拡がる。


 この場にいる漁民ギルド員や漁民達は黙祷を再び始め、何も口を開かなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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