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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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48.甲板の上で


 レイリーリャは船の甲板の上を雑巾で拭いている。ヌ=エンビに指示された作業だった。甲板に付いた汚れや海水を拭き取り綺麗にする事によって、滑って転倒する事を防ぎ、甲板の損傷や劣化を抑える為であった。


 彼女は甲板の表面を雑巾で拭きながら、四つん這いになったり、尻を床に下ろし座り込んでいたりしている。

 船酔いによる身体の怠さが全然抜けていない。

 

 備えられたモップを全く見向きもせずに雑巾を手に取る。そして拭き掃除を始めた途端すぐにしゃがみ始めた。

 立ったまま、モップを握って作業する気は最初から無かった。

 立ち続けながら作業する体力は無かったし、そこまで意地を張る気は起きなかった。

 それに幸いにも、ハイリアルから立って作業をしろという指示や命令、叱責も無かった。


 雑巾拭きをしながら、怠さによって身体が重く感じる事を不快に感じうんざりする。



…………まー、正直身体はダルいけど、雑巾拭きはしないといけない事のようだから、一応はやっとかないとね。


…………自分からやるって言ったんだし……。



 そう自分で理由付けして自分自身を納得させている。さっさと休みたいという欲を意識下に抑えつけながら。


 それに手鋏鮫の陸揚げ作業は、まだ始まる雰囲気は無かった。


 漁民ギルド職員が灯台の周辺にいる漁民や職員達を呼びに行った。それにも拘わらず、時間が経っても灯台の周辺にいる者達が動く気配は無く、連れて戻って来なかった。


 それに腹が据えかねて、漁民ギルド長ザブトゲルクが片手で杖を突きながら呼びに行った。

 だが彼も戻ってこなかった。


 ザブトゲルクが灯台に辿り着くとそこに他の漁師やギルド員が集まった。しかしそのまま移動せずに固まったまま何か話し合っていたが、やがて喧嘩をし始めた。


 その様子は漁船で片付け作業をしているテグドラウやレイリーリャ達からも見える。怒鳴り声や叫び声も潮風に乗って伝わってくる。



「……あーあ、ザブトゲルクのおっさん、アイツらぶん殴っちまったか。」



 マストの上に跨がりながら作業をしている犬族獣人が嘲笑しながら、甲板の上で作業をしている者達に向かって言う。



「オレがギルド長なら、……やっぱりアイツらぶん殴るよなぁ。」



 テグドラウが作業を止め灯台の方を眺めながら、共感するように感情を込めて同意する。



「灯台のとこぉにいるヤツぁ(やつら)、我が強い上に、自分勝手な奴ァばかぃだかぁな。」



 ヌ=エンビが灯台の方を見向きもせずに、箱の中に入った道具類を調べている。

 その声は見限っているように冷ややかだった。



「洞窟でのさばぅ(のさばる)目無洞窟ガエゥ(ブラインド ケーブ フロッグ)みたいなモンじゃ。」



 犬族獣人が灯台の方を遠目しながら、感心と呆れが混ざった音色の口笛を吹く。



「ザブトゲルクのおっさん、やっぱすげーな。アイツら全員倒しちゃったぜ。


 ……おっさんの勝ちに賭けてりゃあ、儲かったのになぁ。」



 犬族獣人は座っている柱を両手で掴みながら笑い出す。



 レイリーリャも手を休めて、改めて灯台の方を見つめる。遠目なので良くは見えないが、倒れている者達の中で独りザブトゲルクらしき者だけが立っているのが解った。

 それらしき怒鳴り声もここまで届く。



「ここの漁民ギルド長は、杖突いているが、かなりの腕っ節のようだな。」



 ハイリアルが口許に笑みを浮かべ感心する。



「そうだ。ギルド長は元々、南方の海で荒らし回っていた海賊の船長だったそうだからな。」



 テグドラウが喋る声の調子は、少し楽し気に昂っている。その様子はギルド長の下で働いている事を、自らの誇りとしているようだった。



「なんでも、南の方にあった国の首都を陥落させた事もあるそうだな。」



 レイリーリャはそれを聞き唖然とする。

 ヌ=エンビが作業の手を休め、口を開く。



「倒したシーサーペントの魔石を家に飾っていぅそうだ。」



 淡々と話しつつも、両手を広げその魔石の大きさを示す。



「セイレーンの酋長の女房達を攫って(さらって)自分のモノにして、獣の仕来りを仕込んだと、ゾーコンのヤツが言ってたなぁ。」



 犬族獣人がマストに腰掛け喋りながら、からかうように笑い出す。

 それを聞きレイリーリャは絶句する。



…………セイレーンを攫うって、強引で凶暴だよねぇ。


…………それにしても、『獣の仕来り』って、何?…………



 それについて疑問に思ってしまったが、それが何のことなのか尋ねたら、ある意味マズそうな上に、何かいかがわしい者だと見做され(みなされ)そうな気がするので、そうする事を抑える。



「……何でもそれ絡みで追われていて、海賊業から足を洗ったそうだなぁ。」



 犬族獣人が何か言いたい事がありそうに、含み笑いを浮かべている。



「…………なんかここのギルド長は、とんでもない男のようだな……。」



 ハイリアルは内心面白そうに口許を開けて苦笑いをする。



「海賊稼業をしている時に会ってみたかったな。……」



…………もしハイリアル様と当時のギルド長さんが会ってしまったら、殺し合いになってしまわないかな?……



 レイリーリャはハイリアルが怒って激情を示し魔物を殺戮する事を知っているので、そう疑わずにはいられなかった。



 漁民ギルド長が倒し横たわった者達を踏みつけ威嚇しているのが、彼女の目に入った。

 そこに立っている者は漁民ギルド長しかいない。

 それで彼女は疑問に感じる。



「……ギルド長さんが灯台の方にいる人全員倒しちゃったら、誰が手鋏鮫を引き揚げるんですか?」



 彼女はテグドラウが作業をしている方を向いて尋ねる。

 それに気付くと彼は顔を向ける。



「…………倒されちまったら、無傷な訳はねぇし、…………引き揚げ出来ねぇよな?あの灯台の所にいるヤツら、口だけで根性無ぇんだよ。」



 手を止め眉間に皺を寄せ考える。その両目は宙を向いている。



「……今漁民ギルドに残ってるヤツらには…………力仕事出来そうなヤツはいないかぁ?ゾーコンのヤツはともかく……。」



「……事務のねーちゃん達呼んでも、ネコ被って力出さねぇだろー。『あたし、こんな重いモノ引っ張った事な~い。』などとヌカして、引き上げるの逃げそうだな。ババァどもはともかく。」



 犬族獣人が身体を左右に振って真似をしながら、右口許を歪ませ嘲笑する。その声のトーンは楽しげに昂ぶる。



「あの猫耳ねーちゃんの鼻クソでも飲ませりゃ、少しは成長して使えるようになんじゃねーか。」



 それが耳に入りレイリーリャは困惑し何も言えなかった。

 一方的に自分の鼻に指を突っ込まれてからほじくられて、鼻糞を曝け出されるのを想像し恥ずかしく感じた。

 その一方、褒められているようで、少し気分が昂ぶってしまう。



「……それ、タダの嫌がらせにしかなんねぇよ。」



 テグドラウは苦笑いしながら呟く。



オノェ(オノレ)はそんな事ばかぃ(ばかり)言ってぅかぁ(いってるから)、受付や事務のオンナ共にきぁわぇぅ(きらわれる)のだぞ。」



 ヌ=エンビが顔を上に上げ、マストの上にいる犬族獣人に向かって窘める。

 同じ内容の事を何度も言っているようで、その声は低く淡々としている。


 それを聞いた途端犬族獣人は薄笑いを浮かべる。



「……ヌ=エンビも、アイツらに好かれて良い事有るのか?……人並みに優しけりゃ、外見については、我慢してやるがなッ。」



 犬族獣人の声のトーンは怒りをぶつける意図があるように鋭かった。



「…………無意味な敵を作ぅ必要は無い。」



 ヌ=エンビは犬族獣人を見つめる。その眉間に力が入っている。



「……まぁ、そうだがよぉ、……獲った球フグをギルドの買い取り受付で出しただけでキレるようなヤツらと、仲良く出来るかぁ?」



 犬族獣人が男を見下ろす。

 その口許は忌々しそうに、鼻っ柱に皺が集まり右口許が歪む。


 それを聞くテグドラウも眉を顰め苦笑いを浮かべながら無言で頷いている。



……球フグってどんなのか解んないけど、どっこも色々大変そうだね。



 レイリーリャは犬族獣人に少し同情する。伯爵邸の同僚メイド達の彼女への攻撃的な振る舞いが想起される。


 ちなみに球フグは長さ1m位の大型フグで、怒ると球のように丸く膨らむ特徴が有る。内臓に毒があるが、肉は脂が乗ってこってりしており、フグらしくない旨味がある。



「…………あの女は被害妄想の自覚が無い。オノェ(オノレ)と険悪になぅ(なる)だぉ(だろ)


 …………あの女は異常にぶくよか(ふくよか)いぅかぁ(いるから)オノェ(オノレ)の当てつけだと思い込んだのだな。」



 ヌ=エンビは犬族獣人の方に顔を見上げている。その声の調子は、話に上がっている女性ギルド員を軽蔑するように冷ややかだった。



「ワタシはわぅく(わるく)ない。全部オノェ(オノレ)わぅい(わるい)考えぅ(かんがえる)奴だ。」



「そうだな……。ちなみにこのハナシをゾーコンのヤツに話したら大ウケしやがったわ。ヤツの事だから色々仕掛けてるな。」



 犬族獣人は薄笑いを浮かべる。

 声のトーンは娯楽を冷酷に愉しむようだ。

 それから犬族獣人がゾーコンがその女性漁民ギルド員に対して行っている攻撃を喋り出すと、他の漁師達は笑い出した。嘲笑するように引いた笑いだった。

 だがそれはレイリーリャには笑えなかった。



…………ひっどいなぁ。



 そう非難しつつも、嫌いな伯爵邸のメイド達に対してそれをやってみたい願望が底魚のように心の奥底に佇み、獲物が来るのを待ち構えている。



…………そういえば、何のハナシをしてたっけ?


…………誰が手鋏鮫を引き揚げる手伝いをするのかだよね。……



 何を聞きたかったのか思い出す。

 再びヌ=エンビに顔を向けて尋ねる。



「……話を戻しますけど、誰も手鋏鮫の引き揚げの手伝いに来れそうも無いという事ですか?」



 彼女は話を切るような事を尋ねつつも、さっきの話を続けた方が良かったような感じがしている。


 フルーデルの漁師は顔を向ける。



「……そうだなぁ……。ぶね(ふね)で戻って来ぅ者達待ちになぅな(なるな)……。」



 そして少し考えてから答える。そして沖の方を眺めると、少し首を左右に振って溜息を吐いた。



「……戻って来ぅまで、まだ時間がかかぃ(かかり)そうだ……。そぇまで、ぶき(ふき)掃除してぉ(してろ)。」



 彼女はそれを聞くと困惑し、斜め上に目と頭を向けながら考える。



「…………『ぶき掃除』って、あの銛とか磨くんではなく、この雑巾で船の床をこするんですよね?」



 彼女は見せるように、片手に持った雑巾を上に上げる。

 ヌ=エンビはそうだと頷く。

 その同意する声のトーンは落ち着いている。このように聞き間違われる事は何度もあったようだ。



 レイリーリャはそれを見て、再び腰を下ろし甲板の木の床を雑巾で拭き始めた。

 ヌ=エンビも再び作業を始める。



 やがてザブトゲルクは独り灯台から立ち去り、漁民ギルドに向かって歩いて行った。


 海面に浮かぶ手鋏鮫の魚体は、波に揺られ上下する。


 波止場と手鋏鮫の魚体との間に入った小波が岸壁に当たり、場違いな可愛らしげで軽やかな音を立てる。


 ザブトゲルクによって倒され横たわっていた漁民やギルド員達は、上半身を起こしはしたものの、その場に座り込んだまま動こうとはしなかった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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