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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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43.拳


「もう少しフネを寄せれるか!」



「あったぼうよ!余裕のヨーゼフ夜這い妖蝸四手責めよ!」



 泳いで手鋏鮫の所まで辿り着いたテグドラウと漁民達が叫び声を掛け合う。



「西風が強過ぎぅぞ!一旦帆を下げぅぞ!」



 マストの下でヌ=エンビが握り締めたロープを引いて帆を動かす。


 後から救援の為に出港した船二艘が、手鋏鮫に襲撃された船まで辿り着き、今まで牽制していた船と共にその近くに停泊している。それらに乗っていた船員が襲撃された船を繋ぐ作業や乗り込んで救助活動を行っている。


 漁船の甲板の上でレイリーリャはただ座っている。

 それはテグドラウの頼みに従い、残って金髪男の容態を見ているからだ。金髪男は仰向けになったまま横たわり、呼吸して掛けたタオル越しに胸が微かに動いている。



……実際の所、この人、どうなっちゃうんだろう?アザラシさんは大丈夫そうな事言ってたけど……。



 レイリーリャはまだ少し疑いと不安を感じている。

 金髪男の腹と背中には深緑色したツーン草が、手鋏鮫に挟まれ変色した患部を覆うように貼られている。海風の風向きが変わり、その独特の臭いが向かって流れてくる度に鼻孔に来る刺激臭の辛さに、レイリーリャは堪え顔中の皺が鼻に寄せ集まる。



…………ツーン草貼られちゃったし、この人に今出来る事は全部やっちゃったことになるのかな……。



 レイリーリャは甲板の上に横座りをし直す。



……わたしの身体の方は、まだ気持ち悪いの残ってるし、正直、座ってこの人を見てるのは身体に悪い影響がなくって楽なんで、助かるんだけどね……。



 今もなお胸の中に船酔いによる気持ち悪さは残っている上に、吐き続けて体力を消耗し身体に力が入らないように感じる。

 横座りした両脚が伸び、両肘を前に甲板に着けて、姿勢が崩れる。

 両肘だけで無く、腹や胸まで甲板に着けてうつ伏せになって寝たくなる。


 そう感じる一方、伸ばした脚から何か動こう、身体に感じる重みに委ねてはいけないように感じる。


 レイリーリャは振り向き海に顔を向ける。

 テグドラウは、曳く為のロープを手鋏鮫の鰓に通している。



……詳しいところは遠くて見えないからよく解んないけど、手鋏鮫と繋ぐ作業の方は、スムーズに出来てるように見えるよね。



 テグドラウが作業をしているその先には、手鋏鮫の攻撃を受けた漁船の横に別の漁船が横付けして、漁民達が総出で修理などといった作業を行っているのがその目に入る。



……あっちの方は時間がかかりそうだよね。なんとなくけど。



 彼女は他人事のように思ってしまう。


 漁師達は各々担当した作業を行い、ハイリアルも船尾で手鋏鮫を曳くロープを持って作業を手伝っている。


 彼女の身体は波で上下に揺らされ、その頬を海風が掠り抜けていく。


 彼女は顔を上げると舳先の彼方がその視界に入る。藍色がかった海原には波がうねり、その彼方に見える水平線から白い入道雲が現れ山のようにそびえる。



…………何か海って良いなぁ……。



 自らを縛るものから解き放たれたような安らぎを感じる。



……屋敷にいたら、こんな事感じられないよね……。



 両腕と身体を前に伸ばしうつ伏せになる。



―――あーあ、お仕事じゃなかったら、もっと良かったのになぁ~。



 腰と両腕に力を入れて身体全体を伸ばし始める。しばらく続けてから息を吐き、身体に入れていた力を抜く。


 片肘を付けたまま横に顔を見上げると、空が目に入る。

 普段目にしているはずなのに、なぜか新鮮な感じがする。


 船は波を乗り上げると、船首が下がり波を降り始める。

 彼女の身体が急激に沈み、一瞬頭が甲板にぶつかりそうになる。

 船が波を降り切ると波飛沫が襲うように船内に飛び散り、彼女の身体にも冷たい飛沫がかかる。



「―――びっくりしたぁ。」



 彼女は驚きの余りに思わず独り言を言ってしまう。



…………ここまで波が飛んでくるんだもんなぁ……。



 気持ち悪さが胸の中に残っているのを感じ厭わしくなりながら、顔に付いた水飛沫を片手で拭く。突然、喉に込み上げる嘔吐き(えずき)が起こり、辛く気持ち悪くなる。

 甲板の上で吐かないよう我慢して口を開かずに船縁まで行くと、そこから頭を乗り出して吐き出した。口から透明な泡の混じった涎だけが海面に垂れ落ちる。

  


…………本当に海は、船酔いしなければ良いのにねぇ……。



 彼女は吐き出した海面を眺めながら、思わず独り眉間に皺を浮かべ苦笑いをしてしまう。

 濡れた頬を乾かすように海風が撫でていく。

 波立つ海面が陽の光を反射し燦めく。 


 突然彼女の背後から弱々しいうめき声が耳に入った。

 

 彼女は慌てて振り返り、金髪男が寝ている所まで戻った。金髪男は仰向けに横たわっており、薄く開けた目を手で遮っていた。



「大丈夫ですかッ。痛みはありませんかッ。」



 彼女の声は驚きで昂る。思わず金髪男に顔を寄せていた。


 金髪男は遮っていた手を下ろし、薄く目を開いたままそのの顔を見る。



「………………死んで、いない……のか……。」



 金髪男の声は弱々しく、語尾が沈んでいく。


 彼女はそれを聞いて判断する。力が尽き掛かっていると。不安で揺れ動く気持ちに流され、思わず金髪男の手を両手で握り締めてしまう。



「大丈夫です。生きてます。安心して下さい。」



 金髪男が死んでしまうのではないかと恐くなり、思いつくまま励ましの言葉を投げかける。声はその恐さに比例して、益々昂り大きくなってしまう。



「薬草貼りましたので治ります。大丈夫です。大丈夫ですッ。」



 その呼びかけの声は大きく他の漁師達にも伝わっていた。



「…………あのヤロウ、気が付いたのか?……」



 手鋏鮫をロープに繋ぎ終えて船まで戻り、丁度船尾から上がっていたテグドラウが、彼女の声に反応し顔を向ける。眉間に皺を寄せ右の口許が歪み、苛立ちが顔に表れている。

 彼が金髪男に詰め寄ろうと歩み始めた。その時だった。


 彼女は後ろから誰かの手によって脇に避けられた。それが誰なのか見ようと振り向くと同時に、金髪男は胸ぐらを摑まれ顔に拳を食らった。



「バカ野郎!危ねぇマネすんじゃねぇって、何度も言ってるんだろがッ!」



 ゾーコンが金髪男の胸ぐらを掴んだまま、両目を剝いて怒鳴っている。



「テメェを助けるヤツも、死んじまうかもしんねぇんだッ。少しは考えやがれ!」



 ゾーコンは金髪男を睨み凝視し続ける。


 レイリーリャはこの姿を見て思わず恐ろしく感じてしまい、両耳が横に伏せ身体が竦み固まってしまう。


 だが金髪男は何も言わずただ見ていた。両眉が少し下がってはいるが、何も反応や反発を表に出さなかった。


 それを見て、泥棒髭の両眉が一瞬だけ下がるが、直ぐに元に戻った。

 

 いつの間にか彼らの周りには、ハイリアルにヌ=エンビ、テグドラウが寄っている。



「…………ゾーコン、もう良いだろう。…………。」



 テグドラウがチーコロの胸ぐらを掴み続けているゾーコンの左腕を握り締める。



「……チーコロのヤツは、これでも、一応は怪我人なんだ……。ゾーコン、その手は下ろしてやって、くれないか?……」



 テグドラウは怒りを我慢するように、眉間に皺を寄せ下唇を噛みしめる。その頼む声は、ゾーコンの気持ちを理解しているように柔らかかった。


 泥棒髭は振り向き、眉間に深く皺を刻みながらテグドラウを見つめる。



「……苦労すんのは、実際に助けるおめぇだぞ……。」



 ゾーコンはチーコロの胸ぐらを掴んだ手を外し腕を降ろす。その声は悲しげで語尾が弱くなる。

 チーコロはゾーコンを見続けたまま何も言わなかった。


 泥棒髭は金髪男に目を向けず操舵場に戻る。

 甲板の上を踏み締める足音が船上に響く。

 泥棒髭は操舵場に戻ると操舵を代わっていた犬族の獣人に詫びた。そして預けていた舵輪を再び握り締めると、上半身を後ろに反らし、宙を見上げ言葉を上げた。



「…………   ジョウーイ、ジョイ、ジョイ、木馬責め!…………」



 レイリーリャは口を半分開けたまま呆然とする。

 ゾーコンが操舵場に歩いて戻るまで見ていたのだった。



…………このオッサン、いきなり何言ってるの?!こんな揉めてる雰囲気の中で、バカなの?


…………ワケ解んない…………。



 彼女は側にいたのなら、思わず肩をはたいてしまったのかもしれない位呆れてしまう。


 ゾーコンの側にいる犬族の獣人も、オマエ外したなと呆れたようにツッ込む。



……金髪の人に何か文句言うかと思ったけど、……本当にふざけた事ばかり言うなぁ。…………

 


 そんな無精髭の表情は元に戻り真顔だった。先程の奇妙な言葉と動作は、ウケ狙いで無ければ、何かを装い表面を取り繕うように少し昂っていた。

 その意図どころかその態度まで、彼女には見えていなかった。


 テグドラウは振り返りチーコロの顔を凝視する。



「…………ゾーコンがさっき言った事は、オレも同じ思いだ……。」



 テグドラウの指が金髪男の左胸を指さす。



「……次やったら本当に死ぬぞ。オレはもう助けるつもりは無いからな。


 …………絶対にこれ以上、死ぬようなマネするなよ。…………」



 アザラシの漁師の言葉の調子は低く据えていて、何かを抑えつけるようだった。

 そして振り返り金髪男の元から離れていった。

 金髪男は立ち去る姿に顔を向けず、目を前に向けたまま何も言わなかった。

 海風に晒されチーコロの金髪が後ろに靡く。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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