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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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42.大事


 レイリーリャは怪我した金髪男の処置を終えると、横たわる金髪男のいる反対側を向く。そして息を大きく呼吸した。ツーン草の臭いを嗅がないよう今まで息を止めていたのだった。


 それをした途端、彼女は息だけでなく、溜まっていた余計な力も抜けた。安心感と解放感みたいな物を感じた。

 しかし気持ちは沈んだまま昂らない。顔が俯き、身体の両肩から下が重い。



「おねーちゃん、ありがとよ。助かるぜ。」



 テグドラウは彼女に笑みを浮かべ、片手を握りハンドサインを上げた。



「船酔いで調子が悪いのに頑張ってくれて、根性あるな。」



 ロープで引き上げた時の経緯を彼は見ていたので感心する。



「そんな事は全くありません……。」



 その声は沈み両耳は下に伏せてしまっている。

 改めて彼女は自らが行った行為を、ロープを引っ張るの手伝い、金髪男の身体を拭いただけで、大部分は船酔いで横になって寝ていただけだと否定的に見做している。


 ハイリアルやテグドラウ達が行った事と比べて、命がけで身体を張っておらず、労力や結果として大した事をしていないと低評価をしていた。


 その上に、仕事をほとんどしないで休んでいるなどと、伯爵宅のメイド達のように、彼らから非難される事を怖れていた。


 更に、吐く事を我慢してテグドラウ達を引き上げた事によって自惚れてしまった事もあり、この作業を行った動機は人助けでは無い不純な物のように自らそう見做し(みなし)、否定していたからだった。



 それらだけではなく、金髪男の身体を拭きながら、その乳首を気にして作業に専念出来なかった事も、自分自身を否定する要素となっている。

 ちらっと目に入ってしまった金髪男の淡い桜色をした突起のような乳首と小さな丸い乳輪を、はっきりと思い浮かべる事が出来てしまう。

 これは彼女の心の中に一生しまっておくつもりだったが。



「……そうか?メイド職は身体張って、ロープ引くみたいな肉体労働はしないぞ。フツー。」



 テグドラウは何かのウケを狙うかのように、頭をこてんと横に傾ける。



「下手したら、『それはワタシの仕事の範囲ではありません。それなのに要求するあなたは、面の皮が分厚く恥知らずですね。』とか言ってケナされるからな。」



 彼は片方の口許に歪んだ笑みを浮かべ、過去に実際に言われた経験なのか、真似するように表情と口調を装いながら喋る。

 思わず彼女の方も、勤め先だった伯爵邸のメイドでそういう事を言いそうな人間が頭の中に浮かんでしまい、その者に対して忌まわしく感じてしまう。



「……まぁ、それでも、皆さんのやった事に比べたら大した事ないですから……。」



 その声は段々沈んでいき、顔は上に上がらず下に俯くままだった。

 再び心の中で踏みにじるように自分自身を非難をして、自らの気持ちが沈み更に重くなってしまう。


 ヌ=エンビは今握っているロープを柱に繋ぎ作業を中断した。そして彼女に振り返る。



そぇ言うのなぁ(そういうのなら)、ワシも手鋏鮫倒していないかぁ、『大した事』してないな。」



 顔が皺に埋もれるその表情は、彼女を見つめたまま動かず固まっている。



「……フルーデルの漁師さんは、船の帆を張るとか、色々大事なお仕事、してたじゃないですか。…………ワタシと違って…………。」



 彼女は思わず両手を振ってヌ=エンビが言う事を否定する。そして自分の言った言葉で、船酔いで寝込んでいた事を思い出し沈み込んでしまう。



「……そういうオノレも『大事なお仕事してた』。ワシと違いは無い。


 …………大事で無いなぁ(なら)、ワシと同じような目的で、同じように仕事していたチーコォ(チーコロ)やアイツ達など、海に放っぽいていいな。」



 ヌ=エンビは後ろを振り返り犬族獣人達を指さす。

 突然指をさされた犬族獣人は今していた作業を一旦止めて顔を上げた。そして怪訝そうに彼等を眺めながら呼んだかと聞いた。

 その後ろでゾーコンが薄笑いを浮かべながら犬族獣人を指さし、掴んで海に投げ落とす身振りをする。


 ヌ=エンビは犬族獣人に詫びるように手を挙げると振り向き、彼女の顔を見る。その皺だらけの顔の右の口許に薄笑いを浮かべる。



「そしてワシと同じ目的で仕事したテグドァウ(テグドラウ)も、『大した事してない』事になぅ(なる)から、海に放っぽいていいな。」



「おいおい。オレまで捨てるのかよッ。あんまりじゃねーか。体形は似てるかもしれねーけど、ブイ(浮き)じゃねーぞ。」



 テグドラウは苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。



「……チーコロのヤツは、海水で頭冷やして、少し反省させた方が良いけどよ……。」



 その目許に浮かぶ笑みが収まり、薄い皺が眉間に現れる。



「いやいやいや。アザラシさん達は大切な人達です。放って良いワケなのありません……。」



 彼女は動揺し手を左右に振りながら、漁師のこの主張と振る舞いに否定する。

 そう言いながら、心の中の重く沈ませる物が溶けて無くなるような感覚を感じる。過去の記憶の中にあるレイリーリャの行った作業を全否定していた先輩メイドの姿も、圧力が無くなり虚ろな姿になっていくように感じる。

 両耳は上を向く。そして俯いた顔と肩も上がっていく。



「そうだ。例えば、数にしたぁ、五と百は程度に違いが有ぅかもしぇぬ(あるかもしれぬ)が、どちぁも(どちらも)大事な仕事だ。


 ……優先順位は有ぅかもしぇぬ(しれぬ)が、どちぁも(どちらも)大事な仕事だ。」



 ヌ=エンビの表情は元に戻っている。

 しかしこの時の声の調子は柔らかかった。



「程度に差があぇ(あれ)、大事な仕事は、大事な仕事だ。」



 漁船に向かって盛り上がる波頭が白く泡立つ。

 漁船は舳先を上げて寄せてくる白波を切った。

 


「…………ありがとうございます。程度に差があれ、大事な仕事は、大事な仕事ですね……。」



 レイリーリャは二人に向けて感謝する。

 そして心に記すように、ヌ=エンビの言葉を繰り返す。


 過去の先輩メイドから受けた仕打ちによる辛酸は、記憶から霧散出来てはいない。しかし自らの行動を二人には肯定的に受け入れて貰ったように思え、嬉しさと有り難さを感じる。身体の中に温かさが拡がっていくように感じ、尻尾が上がり左右に揺れている。



「……まだ港に着いてのぅ。油断すぅな。」



 フルーデルの漁師は再び振り返ると、引っかけたロープを掴み作業を再開した。



「……はい。」



 彼女は漁師を見つめ同意する。その言葉には力と感謝が籠もる。



「……おねーちゃん、悪ぃけど、このバカの様子見ててくれないか。大丈夫のような感じするけどな。」



 テグドラウはうつ伏せになったままの金髪男に顔を向けこう頼む。



「あのハサミ野郎を港まで曳いていくのに、ロープでこのフネと繋がなきゃいけないからな。」



 彼は手鋏鮫の死骸を指さす。

 海上に曝け出すその白い腹の上に海鳥が二羽止まり、嘴でその腹をつついている。



「あの鮫、港まで運ぶ事出来るんですか?」



 レイリーリャが尋ねる声は、驚きで昂る。

 手鋏鮫の死骸はこの漁船と全長がほぼ同じ位の大きさで、この漁船ではそれを曳航する力があると信じられなかったのだった。



「そうだ。この船の上に載せるんじゃないから、運ぶのは大丈夫だな。……それにハサミ野郎をここで棄てるだなんて、もったいねぇ事しねぇよ。結構良い値で売れるんだぜ。」



 彼は右の口許を引き上げ薄笑いを浮かべる。



「しっかも、焼いた新鮮なハサミの中の肉はぷりぷりして、特に旨ぇんだぜ。」



「そうなんですか。」



 彼女はそれがどんな味か想像出来ていない。

 その味見を出来るとは期待していないので、その味について追求する程の関心はまだなかった。


 

「おねーちゃんも功労者なんだし、分け前は期待していいぞ。」



「本当にわたしも食べれるんですか?!」



 その声が嬉しさで昂る。

 尻尾の毛も逆立ち上を向く。

 アザラシの漁師の一言で、自分も食べる事が出来るという期待を持てるようになったからであった。



「ああ、食わせてやる。漁民ギルドのヤツらにはオレが文句言わせねぇから。」



 彼は口許に得意げな笑みを浮かべながら右腕の拳を握りしめ、右腕の筋肉の盛り上がりを見せる。



「どんな味なんでしょうね~。」



 彼女は手鋏鮫を食べる事が現実味を帯びてどのような味か関心を持ち、うっとりしながら想像する。その目は陶酔の世界に入り浸り虚ろで、両口角は嬉しさで上がり、その声は浮かれ昂っている。



「楽しみにしてろよ。」



 彼は重そうに腰を上げ立ち上がる。そうしながら彼女の様子を見て、満足そうな表情を浮かべる。



「アザラシの…………テグドラウさん、大丈夫だとは思いますが、お気を付けてください。」



 彼女は彼に話しかけながら、ちゃんと名前で呼ばなきゃ失礼だと思い、名前を思い出して呼ぶ。そして言い終わると、きっちり行う事を意識しながら礼をした。礼をし終わった顔には、両頬が引き上げられた笑みが浮かんでいる。

 


「……やっと、ちゃんとオレの名前を呼んだか。現金だな。」



 テグドラウの眉間に皺が現れつつも、目許と口許に笑みが浮かんでいる。



「じゃ、行ってくるわ。」



 彼は彼女に片手を上げると、船尾に向かって歩き始めた。

 他の船員達と何か話し合い、この船と繋がれたロープを三本握りると、船尾から海の中へ飛び込んだ。そして水飛沫を上げると手鋏鮫の元へ泳いでいった。


 波の音がする合間に、テグドラウが両脚で掻いて海水を叩き続ける音もする。

 彼が引っ張る三本のロープは波に流され、弧を描くように海上でたわむ。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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