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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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41.処置


 レイリーリャはテグドラウ達を船上に引き上げるまで沈黙を守っていた。それは口の中に嘔吐物が溜まっており、今いる甲板の上で口を開いてそれを吐き出す事が嫌だからであった。


 彼女は彼らが引き上がられると直ぐに船縁まで向かい、我慢をするのを止めて船外に向かって吐き出している。口から溢れる白く泡の混ざった嘔吐物が唇を伝うと、真下に垂れ落ち藍色の波に呑まれていく。



…………アザラシさん達が引き上がるまで、よく吐くのを我慢したよね……。


―――わたしって、自分がたーいへんな時でも我慢して、大事なお仕事を頑張っちゃう健気で凄いメイド、オンナだよね。



 そう思いながら、自分自身に対して達成感と満足感と感心、それに誇らしさ―――本人は自覚していないが、自惚れを感じたのだった。


 この行動を揶揄うゾーコンの言葉がその耳に入った時、自らの行為を軽視し、自尊心を傷つけられ憤りを感じた。

 それで直ぐに振り向き、その声を出した先を凝視する。


 そこには操舵場でニヤニヤ薄笑いしながら舵を握る泥棒髭のゾーコンが目に入る。

 その前には甲板の上に座り彼女を注目しているテグドラウとハイリアル達が、更にその前には金髪の男が仰向けに横たわっている姿が目に入った。

 膨らんでいた自惚れなどゴミのように、一度に剥ぎ取られる。

 

 彼女は彼らの視線が集中し見つめている事に気付き、思わず戸惑ってしまう。健気で凄いメイドでありオンナだと自画自賛していた自らの様子を、ハイリアルやテグドラウら漁師達に晒してしまい、見られてしまったと無意識のうちに思い込んでしまっている。

 意識せぬうちにゾーコンへの憤りから目が逸れてしまっている。



「……わたしの方は大丈夫です。」



 レイリーリャは無意識のうちに、彼らがその思い上がった態度を見て冷ややかに見ているように感じて、内心途惑って

しまう。そのような内心を紛らわすように、嘔吐した口許を手で拭う。


 波は轟音と共に下に沈み始めると、漁船の下を向き船首が海面に突っ込んだ。



「……水だぅ(だる)があるかぁ(から)、口ゆすげ。」



 ヌ=エンビが飲み水の入った樽が置かれている方を指さす。



「……ありがとうございます。」



 彼女は礼を言うと、水樽がある方に向かう。早足で歩こうとするが船は波で揺られ転びそうになり、船縁等を掴みながら怖々渡り歩いた。


 水樽が置かれた所まで辿り着くと、置かれた木のカップに水を注ぎ口を濯ぐ。

 濯ぎながら彼らの様子を見る。



 彼らは着替えずに身体や服を海水で濡れたまま作業をしている。

 テグドラウは疲れから回復するように船縁に背を持たれ座りこんだまま、ヌ=エンビら他の漁師達と何か話し合いをしている。

 その側でハイリアルも甲板の上に座りこんだまま、額に貼り付いた濡れた髪の処理を後回しにして、海水で濡れてしまった薙刀の手入れをしている。


 彼らの振る舞いは重く鈍く、未だ疲れは抜け落ちていない。

 

 

…………ハイリアル様やアザラシの漁師さんが海に身を投げ出して、命がけで手鋏鮫を倒した事と比べたら、わたしなんて……大した事してないよね。



 レイリーリャはロープで引き上げるのに手伝った事と比較してしまい、落胆し心が重くなる。



―――ハイリアル様達が冷たい目で見ていそうだよね…………。



……それに、わたし、この人程、死んじゃうような危険な状態じゃないし…………。



 彼女は横たわる金髪の男を見つめる。意識はまだ戻らず仰向けになったままだ。それに海水に浸かって全身がずぶ濡れで、腹部が内出血で紫がかっている。



…………このまま何もしないでいてもいいのかな……。……責められないかなぁ…………。



 彼女は自らに問い掛ける。

 ハイリアルと同行する前に勤めていた伯爵邸宅の同僚メイド達から、なぜ手伝わない、怠けている、必要な仕事を見つけて自分で判断してする事が出来ないのか、などと何かとこじつけられて貶された時の事を想起してしまう。

 テグドラウら漁師達から、船酔いで横臥していた事は非難されていないのに。


 身体はまだ重く怠く、気持ち悪さはまだ抜けていない。



……とにかく、何かした方がいいよね……。



 彼女は空になったカップを水樽の上に置いた。責められないか、心細く不安に感じながら。



 彼女は漁船が波に揺られてよろめきつつ、金髪の男が横たわる近くに辿り着いた。倒れないように側に置かれた木箱を掴みながら、話し合っているテグドラウ達の方を向く。蔑視されそうに思ってしまい、彼らを呼ぶのに躊躇ってしまう。必要な事だからと思い直し、勇気を出す。



「おはなし中のところ、すいません。」



 テグドラウら漁師達は話す事を一旦止めて彼女を見る。



「この人、びしょ濡れのままですので、身体拭こうかと思いますが、どうでしょうか?」




 その指さす先には、金髪の男が横たわっている。そう尋ねながら、許可は貰えるだろうと推測している。



「……ねーちゃんの身体の方は、大丈夫なのか?」



 アザラシの漁師が少し眉を寄せ怪訝そうに尋ねる。



「はい。大丈夫です。」



 その声は少し上がる。

 蔑視せずに自分自身の身体の事をテグドラウが心配してくれて、対等な人間として大事に扱われているようで嬉しく感じる。



「……そんなら助かるが……、あのバカ、内臓やられてるかもしれないから、無理に動かさんで、……いや、体力奪われるから、濡れた服を脱がさなきゃいけないなら言ってくれ。手伝うから。」



 漁師は口許に手を付け眉間に皺を寄せて考えながら言う。

 そう言っている間に、ヌ=エンビが操舵場前に置かれた木箱から拭く物を取って戻り、彼女に差し出す。



こぇでぶけ(これでふけ)



 相変わらずぶっきらぼうな言葉で、皺だらけの顔の表情は変わらない。

 


「ありがとうございます。」



 彼女は生地が黄ばんでくたびれたタオルを受け取る。そして金髪の男のところに歩み寄り、両膝を甲板に付けて屈む。

 ざっと見ても、金髪の男は両目を瞑り意識が戻っていない事は変化していなかったが、改めてよく見る。


 濡れて額に貼り付く髪は淡い金色で、両耳は先端が尖ってやや長く、色白で細面の顔だった。身長は高く、ハイリアルよりも長身のようだ。

 この男の種族は実際に見た事は無いが、話に聞くライトエルフのように彼女には見えた。


 しかし漁師にしてはそれほど筋肉は付いてなかった。そして無精髭が顎や頬に残ったままで、着ている服の生地は擦れ続けて薄くなり所々穴が空いたままだった。



……この人は貧乏……なのかなぁ?……



 彼女はこの男の顔を拭きながら、こう疑ってしまう。しかしそう思いながら、心にもやっとした物を感じる。


 顔や頭、両腕を拭き終えると、海水を含んだ上着を眺める。古くなってくたびれた胸のはだけた上着から、桜色した両乳首が曝け出す。

 それを見て妙に恥ずかしくなり目を逸らす。



……服の替えがあるなら、替えた方が良いよね。



 彼女はそう思うと、ロープを掴み作業を始めた漁師達がいる方を向いて、誰ともなく尋ねる。



「すいませーん、この人の上着を脱がせて拭きたいので、誰か手伝ってくださーい。」



 思わず意識してしまう金髪男の両乳首を見つめてしまわぬよう、漁師達が作業する方に顔を向き続ける。



「それとこの人の着替えもくださーい。」



 作業を中断し、テグドラウが彼女の側に寄る。両手には何も持っていなかった。



「それなら、ヤツの背中持ち上げるから、おねーちゃんが上着を脱がせてやってくれ。」



「……解りました。」



 彼女はそう聞き入れつつも、動きに躊躇いがある。



「ねーちゃん、コイツ、着替えは用意してねーよ。いっつもそう。」



 後ろから帆を張るロープを握りながら、犬の獣族の男が苦笑いしながら応える。



「アイツの、何か臭いそうだから、下を脱がして拭かんでいいからな。」



 犬族獣人の男が顔の前で臭いを散らすように左右に手を振った。



「鼻の調子が悪いから大丈夫ですよ。」



 今は海の香りしか彼女の鼻に入ってこない。

 彼女は金髪男の服の臭いの事だと思い、そう応える。

 金髪男の着替えが無い事に対して、不思議とがっかりする気持ちになっていなかった。



「……おねーちゃん、それではとりあえず、このバカの上着、脱がすか。」



 テグドラウは金髪男の背中を両手で持ち上げる。その邪険な言葉とは裏腹に、ゆっくりと丁寧だった。



「……そうですね。そうしましょう。」



 彼女は金髪男の乳首を凝視しないようその顔に目を向けながら、上着の裾を掴んで上げる。その片腕から頭、そしてもう片腕と順に脱がす。金髪男はまだ意識を戻さず両目は瞑ったままだった。その顔を見て、美形だなぁと思うと同時に、何かの抜け殻みたいだと思ってしまった。


 操舵場でゾーコンが薄笑いを浮かべながら、腰を突き出すようにして何か言っていた。しかし波の音に遮られ、彼女の耳には入らない。


 金髪男は脱がされて上半身裸になり、テグドラウがその上半身を甲板の上にゆっくり降ろした。それを見て彼女は、その乳首を意識しないように目を逸らしながら、タオルでその身体を拭き始める。首、胸、腹と拭き終え、両脚を拭く。


 その両脚を拭き終え、仰向けになって横たわる上半身裸の金髪男の姿が目に入ってしまった。見れて昂ってしまうのか、何か解らない恥ずかしさ感じ、思わず戸惑ってしまう。



……替えの服があれば胸を隠せるけど……



 レイリーリャは眉間に皺がよる。口を閉じる力もいつの間にか強く入っており、赤い唇が口内に巻き込まれ薄くなっている。

 胸を隠さないで良いという思いを、無意識のうちに自らの意識の下に抑えつけている。



……そうしたら、…………ひっくり返せば隠せる?!……



 彼女はそう突然思い付くと、その両目が少し見開く。それを実行する為の手段を改めて考えると、決意するかのように微かに頷き、テグドラウに尋ねる。



「すいません、この人の背中も拭きたいので、うつ伏せに出来ますか?」



「大丈夫だ。」



 テグドラウは金髪男の身体の片側を甲板に付けたまま、身体のもう片側半分を上げた。そして患部を甲板に落として痛めないように、ゆっくりと慎重にひっくり返しうつ伏せにした。

 海水で濡れた金髪男の白い背中が現れる。

 背中も手鋏鮫の鋏に挟まれた所は紫色に変色している。


 彼女は金髪男の背中をタオルで拭き始める。そうしながら、安心するようながっかりしたような気持ちが混ざった物を感じる。そう感じる自分自身に対してよく解らない事がおかしく思い、苦笑いが浮かんでしまう。


 そうして彼女は金髪男の背中側をを拭き終えた。

 その背中の肌は白く、筋肉は人並み程度にしかついていない。



…………やっぱり、この人、漁師らしくないなぁ……。



 レイリーリャはそう見做さずにいられなかった。



「……これでいいでしょうか?」



 彼女は紫色に変色している所を見つめながら尋ねる。



……わたしには治癒魔法出来ないから、悪い所に薬草か何か貼った方が良いと思うけど……。



 金髪男は微かに息をしており、両胸の横が微かに動き続けている。



「……そうだなぁ……、効くか解らんが、一応ツーン草でも貼っとくか。変色している所も腫れてるようだし。」



 テグドラウはそう言うと備品入れまで取りに行く。ツーン草数枚と水が入った桶を持ってきた。



―――この葉の臭い苦手なんだよね。吐かないかな……。



 彼女は木の葉を持ってきたアザラシの漁師を眺めながら、臭いを吸わないよう息を止める。


 ツーン草の葉は楕円形でナイフぐらいの大きさがあり、細長い深緑色して少し刺激臭がある。薬草として、打撲や捻挫等をした時に、患部に貼って炎症を抑えるのに使うのである。

 

 テグドラウは金髪男の横に腰を下ろした。それからツーン草を桶の中に入った水に浸けると、金髪男の背中側変色した所に貼り付けた。この葉は海水で濡らすと粘着性が出て、そのまま体表に貼り付けられるのである。

 彼女はそれを見て、粘着性が出る事を今初めて知った。



―――えっ、ツーン草、海水で濡らすの?……わたしが拭かなくても良かった?……



 レイリーリャは驚き動揺する。自分が行った事は単なる二度手間だったのかと疑い落胆する。心が沈み身体が重くなり下に俯いてしまっている。

 ツーン草の刺すような臭いと潮の匂いが辺りに漂う。


 テグドラウは金髪男の腹部に葉を貼り付けようと、金髪男をゆっくり転がしてひっくり返した。

 そして金髪男の腹部の変色した所にツーン草を濡らして貼り付けた。

 


「……コイツ痛がらないようだし、骨折とか臓器損傷まではいかないかな?」



 アザラシの漁師はツーン草を貼られた金髪男を見ながら呟いた。

 彼女もそんな気がして頷く。

 金髪男の白い肌の上に深緑色したツーン草の葉が纏わり付く。


 彼女は拭いたタオルを絞って吸った水を減らしてから、金髪男の両胸を隠すようにタオルを置いた。



…………胸は隠したけど、身体冷えないかな……。



 レイリーリャは絞ったタオルによってそうなってしまわないか不安に感じる。しかし他の船員達はそのような不安を感じないのか、乾いたタオルとか他の掛ける物に交換したりする者は現れなかった。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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