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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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40.口内


 ハイリアルが手鋏鮫に向かって戦い始めた時、レイリーリャは四つん這いのままで船縁まで辿り着き、その姿を凝視していた。船縁を握りしめながら怖れと不安、それに期待を感じながら、船酔いが治まらない気持ち悪さを堪えている。


 彼女は乗っている漁船が手鋏鮫に近付いてから見てみると、改めて今乗っている漁船と同じ位に見えるその大きさに驚愕した。

 そして金髪の男が手鋏鮫の手鋏に挟まれている姿を凝視した。実際にその手鋏で彼女自身が挟まれてしまったらどうなってしまうのか、その痛みを実際に再現するように想像する。そうすると脇腹が竦みその肌に鳥肌が立つような寒気を感じた。


 金髪の男は現在死の危険があるのか、今の容態はどれ程のもので治せるものなのか、彼女は悪い展開を想像し恐く感じた。

 その一方、ハイリアルが手鋏鮫と戦う姿には、不思議と不安を感じなかった。


 彼はテグドラウと違い、手鋏鮫からいくらか距離を置いて魔法を放っていたので、直接接してぶつかり合って戦わなかった。それに今までのゴブリンなどといった魔物を退治した際には、彼が攻撃を食らって苦しんだように彼女には見えなかった。それで手鋏鮫に彼が倒されるイメージが心の中に全く湧き上がらなかったのだった。


 それでも彼女はテグドラウが手鋏鮫と戦う姿を見ている時は、不安によって煽られるような興奮を感じた。無意識のうちにハイリアルでは無く、アザラシの漁師の身の方に被害を受けないか不安に感じていたのだった。

 そしてテグドラウが最後にその息の根を止めたのを見た時は、緊迫するものが融けたかのように、心の中がほっとし安心するのを感じた。

 


「……アザラシさんがざくっと倒しましたね。」



 レイリーリャは脱力して深く息を吐くように、口から言葉が漏れてしまった。

 口に出してしまってから、金髪の男の容態が大丈夫なのか、意識から外れかけていた物を思い起こした。



……どうするんだろう?



 そして海中に浮かぶテグドラウとハイリアル達三人の姿を、自らがどのように行動するのか考えずに、他人事のように眺める。



テグドァウ(テグドラウ)!こぇに掴まぇ」



 突然横からヌ=エンビの叫ぶ声が彼女の耳に刺さり、思わずその方を向いた。

 黒小人(フルーデル)が漁師達の方に向かって投げたロープを握っている姿が目に入った。

 レイリーリャは今の状況を思い出したようにはっとして、フルーデルの近くに寄った。



「魔術師のにーちゃんはこっちに捕まれッ!」



 ヌ=エンビの後ろにいる犬族の漁師が、ハイリアルに向けてロープを投げていた。


 彼女は途惑いながら見比べる。何とかロープに掴まる金髪の男を抱えるテグドラウと、投げられたロープに向かって泳ぐハイリアルの姿を。それとロープを投げたヌ=エンビと犬族の男、各々の姿を。



…………メイドって立場からしたら、主人なんだしハイリアルさまを最初に助けるべきなんだろうけど、……



 彼女はヌ=エンビが引っ張る方を見る。

 ヌ=エンビがロープを身体に巻き、片足を船縁に掛けて懸命に引いている。

 歯を噛み締め鼻柱に顔中の皺を集め、険しくキツそうな表情をしている。



……アザラシの漁師さん達の方が、重そうだよね……。



 レイリーリャはヌ=エンビが身体に巻いて余った方のロープを握り締め、後ろから曳き始める。両脚で踏ん張り後ろに倒すように身体を委ねる。両掌にロープが食い込む。



「…………思ったよりも、はるかに重いですねぇ。」



 溜め息を吐くようにその口から漏れてしまう。

 言いながら無意識のうちに同意して欲しくなる。



「腰にちかぁ(ちから)いぇて(いれて)曳けよ。」



 ヌ=エンビは後ろを振り返り彼女の姿を見ると、直ぐにロープの先、摑まるテグドラウ達の方に皺だらけの顔を向ける。

 彼女は同意すると、改めて吐き気による気持ち悪さで身体が重くだるく感じながらも、腰に力を入れる。


 テグドラウは険しい顔をして引っ張るヌ=エンビ達を凝視しながら、金髪の男と一緒に抱き抱えるようにロープを掴む。

 彼も水面下で両脚を蹴ってバタ足をし続けている。


 しかし波があり、長身の成人男性を抱えている事もあって、隣のロープを掴み引っ張られているハイリアルより先には進んでいなかった。


 漁船は帆を下ろし進む事を止め、その場で波に揺られ続けている。


 操舵場でゾーコンは動かぬように舵輪を握りその様子を見つめながら、何か独り呟いては薄笑いを浮かべている。


 すると犬族の漁師がロープを引くと船縁に握る手が現れた。そしてハイリアルが船縁を越えて船内に飛び込んできた。



「思ったよりも早く、ここまで上がって来れたな。」



 犬族の漁師がハイリアルに感心する。



「風魔法を補助に使って進んだからだ。」



 彼は安心したように、身体から力を抜いて薄笑いを浮かべる。

 レイリーリャはこれに気付くと、ロープを握りしめたまま彼がいる方に顔を向ける。



「……ハイリアルさま、無事で何よりでs」



 彼女が労う言葉を告げた途端、突然喉の奥から口の中に嘔吐物が込み上がる。再び嘔吐物の粘り気と生臭さが口の中に広がる。



―――ま、マズい。ゲロが口の中に……。



 気持ち悪く苦しくなりながら動揺する。

 船縁に行って口の中に溜まった物を吐いた方が良いのか迷い始めた瞬間、船縁の下からテグドラウの声が聞こえる。



「フネの側面まで着いた。さっさと上げてくれぇ。」



 ヌ=エンビが船縁から首を伸ばし下を覗き込む。

 金髪の男を抱えたテグドラウが漁船の側板に片足を掛けている。

 この姿は船体が妨げになって彼女からは見えない。

 


「解った。引っ張ぅぞ。」



 ヌ=エンビがそれに応え、全身に力を込め曳き始める。歯を噛みしめ顔面の皺がより深く刻み込まれる。

 レイリーリャが握るロープが両手に食い込み、より重く両手に重さが伝わる。



―――さっきより重くなった……。今、手を離したら、アザラシさん達海に落ちちゃう?……



 彼女は口の中に溜まる嘔吐物を頬に溜め堪える。



―――そうなると、本当に手を離しちゃあ、ダメだ……。



 彼女は舌に纏わりへばり付く嘔吐物の苦さと酸っぱさが混ざった味を堪えながら、辛く悲しく感じる。

 波に煽られ船体が落ちるように下に沈む。


 すると犬族の漁師がレイリーリャの反対側に走り寄り、レイリーリャが掴んでいる後ろのロープを握り曳き始めた。



「……アイツら、重めぇな。痩せさせるか。」



 ヌ=エンビの方を向いて軽口を言う。

 ヌ=エンビはロープの先を凝視したまま頷き同意する。

 ハイリアルもそれを見て思い出したように近寄り、無言でロープを曳き始める。


 ロープの曳かれる早さは増し、縄目は速やかに彼女の目の前から後ろへと流れていく。


 彼女はその両手に掛かる重さが減ったように感じる。今すぐにでも口内に溜まった嘔吐物を吐き出して片付けたく、今まで以上に委ねる身体に力を込めロープを曳く。



―――早く、早く!はやくあがってぇぇぇ!



 口内に拡がる苦味と酸味が混ざった嘔吐物の味に辛く感じる事を堪え、叫びたい事も我慢する。


 たちまち船縁から金色の髪を生やした頭が現れると、ヌ=エンビは船縁に寄り金髪の男の腕を掴み引き摺り上げる。



「上げぅぞ!もうひとぶんばぃ(ふんばり)だ。」



 ヌ=エンビは金髪の男の腕を抱え上げながら声を張り上げる。

 金髪の男の身体が横になったまま船縁に乗せられると、片足が垂れ下がり甲板に着き、頭は力無く下に項垂(うなだ)れる。

 それを見てレイリーリャの気持ちも昂り、嘔吐物を堪える辛さも一瞬だけ意識から外れる。


 ヌ=エンビが金髪の男の腕を抱えたまま甲板の上に横たわらすと、その腕を放し船縁の下を向いて呼ぶ。



「こっちはおぉした(おろした)!テグドァウも早く上がぇ!」



 フルーデル訛りの混じった大声は昂り、嬉しさも混ざっている。


 下から金髪の男の身体を押し上げていたテグドラウが、船縁に片手を掴み身を乗り上げる。そして船縁に片足を掛けると、船内に滑り降りるように乗り込んだ。


 この姿を見てレイリーリャはほっとし嬉しさも感じ、気張って全身に籠もっていた力が抜け落ちた。握っていたロープも下に屈んで甲板の上に落とした。


 テグドラウは周りを見回し大きく息を吐くと、甲板の上に沈み込むように腰を下ろし胡座をかいた。



「……とりあえず、こっちは何とか無事に片付いたか?……


「チーコロのヤツは、さっさと港に戻り治療術士が治せれば、…………大丈夫だろう。息はある。」



 テグドラウは自分自身を含め周りを納得させるように告げた。そして自らを落ち着かせるように口を閉じ、金髪の男が横たわる方に顔を向ける。



「アイツは大丈夫じゃないぞ。」



 ヌ=エンビが淡々と船縁を指さした。

 その先には、レイリーリャが船縁から頭を乗り出し、嘔吐物を口から吐いていた。


 テグドラウ達を船内に引き上げ無事を確認出来たので、口内に溜まった嘔吐物を吐く事を我慢する必要が無くなった。それで船縁に寄って船外の海面に向かい吐き出していたのだった。



「おうおうおう、ねーちゃん。欲張りだなぁ。」



 ゾーコンが操舵場から、上半身を船縁から乗り出すレイリ-リャを揶揄うように声を張り上げる。



「獲物は手鋏鮫だけじゃあ足りないから、撒き餌して釣りするってかぁ?」



 彼女の口から吐き出された嘔吐物は波に乗り海上に拡がっていく。



 その先には船尾や側面を手鋏鮫によって砕かれた漁船が、上下に波に揺らされその場で漂っていた。


 その側には今まで手鋏鮫を牽制していた漁船とは別の漁船が、救援する為に横付けしようと寄っている。


 双方の漁船に乗る漁民達が、衝突しないように身振りを交えながら互いに声を掛け合っていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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