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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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36.指示


 ハイリアルとレイリーリャの二人は、灯台の側で集まっている者達の前に辿り着いた。


 灯台は二階建ての建物と同じ位高さのもので、こぢんまりしていた。


 その前には男達がおり、集まって相談をしている。

 その他の男達も、防波堤に繋がれている漁船に銛やロープなどといった道具を積み込むなど作業を追い詰められるように急いで行っている。


 彼らが互いに交わす言葉は攻撃的で厳しく激しさを帯びている。緊迫感と切迫感が漂う空気がレイリーリャの肌に纏わり(まとわり)付く。


 防波堤の外海側から先の沖には、側面を砕かれた漁船が漁港に向かって逃げており、途中で沈没させられないよう銛や魔法を放ち船体を守っているのが見える。


 手鋏鮫がその漁船からの攻撃を、海中に潜ったり両碗の鋏を使って避けながら追っている。その船体を両腕の鋏で挟んだり叩いて砕いたりしているのも見える。


 そしてそれとは別の一艘の漁船が、逃げる漁船に手鋏鮫の攻撃が集中しないよう、付かず離れずの距離を置いて牽制しているのも見える。


 彼女はこの空気に触れ思わず怯んでしまった。身体が竦み尻尾が力無く下に垂れる。



…………やっぱり、漁民ギルドの建物の所で、何か作業してた方が良かったかなぁ…………。



 思わず彼女は後悔をせずにはいられなかった。

 しかしハイリアルはこの様な空気に全く怯む事など無く、慣れているかのように男達の側に近付いた。



「我らは漁民ギルド長の指示によりここまで来た。我は攻撃魔法を使って攻撃が出来るが、何をすれば良いのか指示してくれないか。」



 彼が尋ねるその声は一本の芯が通っているように真っ直ぐだった。

 過剰な不安や驕慢さは現れていなかった。


 男達は話し合う事を止め彼が立つ方を向く。男達のその顔は話し合いの最中に邪魔された不愉快さと怪訝さが混ざっている。



「…………初めて見る顔だが、漁民ギルド員じゃないな……。」



 男達のうちの一人が彼の顔を見ると、値踏みするようにその身体を眺める。

 その男は男達の中で一番年嵩のようだ。



「そうだが。」



「……だったら、あそこにいる獣人に聞いてくれ。攻撃の指示はアイツに任せている。」



 年嵩の男がスナップで放り投げるように手が拡がったまま指す。その先には防波堤に繋がれた小さな漁船の前で、アザラシの顔した獣族の男が銛を握ったまま、その中にいる漁師達に何か指示をしている。



「承知した。」



 ハイリアルは同意すると、アザラシ顔した獣族の男の方に向かって歩き始めた。

 そして男達も彼の返事を聞くと再び顔を見合わせ相談をし始めた。

 その姿を見てレイリーリャは彼と男達を見回す。



―――えっ、えっ、わたしはどうすればいいの?


 

 レイリーリャは男達から自分への指示を貰えぬまま、放ったらかしにされて困惑する。



……この人達に聞いてみよう……かしら?



 改めて男達を見る。

 男達は話し合っている。ここで佇んでいる彼女の事を気にする様子など全く無い。一番年嵩の男がその場にいる別の男を声を荒げて詰り始める。詰られた男も厳しい顔して抗議する。抗議は他の男達も巻き込み、怒号が上がり揉め始める。



…………何か聞ける雰囲気じゃなくなっちゃったね。ごたごたしている場合じゃないのに…………。



 手鋏鮫による被害を防ぐ事など忘れたように、男達が胸ぐらを掴んで互いを貶し怒鳴り合い、相手を殴り喧嘩を始める。



―――わたしなんかじゃ、この人達のケンカを止められないよ。……どうすんの、これ……。



 彼女は途惑いながら、男達に嫌気を感じ始めている。

 


「レイリーリャ、こっちに来い。」



 ハイリアルが片手を上げ呼びかける。

 彼女はその声を聞きその方に振り返る。


「はい。ただ今参りまぁす。」



 彼女は彼のいる所まで届くように声を伸ばして応える。そして喧嘩をし続ける男達をちらっとだけ目を移すと、彼が待っている防波堤まで足を速め歩き始めた。


 彼女は彼のいる防波堤まで辿り着く。そこにはハイリアルだけではなく、アザラシ顔した獣族の男がその隣に立っていた。彼女は彼の側に近付き頭を下げる。



「ハイリアル様、遅くなりまして申し訳ありません。あの……ギルドの職員の方達でしょうか、あの人達同士で喧嘩をし始めて、私への指示を貰えませんでしたので、ハイリアル様に直ぐ付いてくる事が出来ませんでした。」



 彼女はそう言い訳をする。そう言いながら、内心ではしょうがないよねと自己正当化する。



「……こっちからも揉めているのが見えた。…………仕方ない……。」



 彼は眉間に皺を寄せ困惑する。



「…………またアイツらケンカしてるのか。……こんな時に、何やってんだ……。」



 アザラシ顔の男は溜息を吐く。その口許が忌々しそうに歪み眉間に皺が寄る。その男の顔は人間よりもアザラシ寄りで、その丸い顔一面に黒茶色した獣毛が生えている。そしてその身体は恰幅があるにも拘わらず、波と海風の中で鍛えられた漁師達の中でもひときわ鍛えられているように彼女には見える。


 アザラシ顔の男が気付いたように彼女のいる方を向くと、軽く手を上げ挨拶した。



「……ああ、挨拶が遅くなってスマンな。漁師のテグドラウだ。このあんちゃんに教えて貰ったけど、レイリーリャちゃんだっけ?

 …………なんでも、アイツらはオレの指示に従えって、言ったそうじゃないか……。


 ……丸投げしやがったな、あのバカども…………。」



 テグドラウは灯台の前で揉めている男達の方を眺めると、口許を歪ませ舌打ちした。



「―――おっと、アンタらは決して悪くないからな。気を悪くしないでくれ。こっちのにーちゃんの方にはさっき伝えたけど、オレと一緒にフネに乗ってあのハサミ野郎を殺る。」



 漁師の声の調子は据わっている。

 怒りを堪えているように、眉間に皺を寄せ唇を閉じる。



「……フネを出す時はオレが指示する。この堤防の反対側、あっちに留めてるフネと同時に出港したい。」



 逃げている漁船は潜って船首の方から襲うつもりの手鋏鮫を避けようと、港から離れるように大回りする。手鋏鮫によって砕かれた側面が、波の上に浮かび上下にうねる。



―――うわー、まだずっと遠くじゃん。港着くまでに沈没したらヤバいよ……。



 彼女は逃げている漁船を見つめ動揺する。

 漁師が彼女にこれからの行動を指示する。



「それで、メイドのおねーちゃんの方は「おい、あの船が飛び出しやがった!」



 突然叫ぶ男の声が彼女の耳に入る。彼女はその声が聞こえる方を向く。


 そこには開かれた灯台の窓があり、そこから男が身を乗り出して周りの男達に向けて叫び、飛び出した漁船に手で指し示していた。


 レイリーリャは男が指し示す先を振り返り凝視する。その先には、彼女達がいる向かい側にある防波堤から、小舟が手鋏鮫に向かって進んでいるのが目に入った。



「―――あのバカッ、まだ早ぇーよ。死ぬつもりかぁ。」



 テグドラウが顔を歪ませ腹立たしそうに舌打ちする。



「……仕方ない。にーちゃん。フネに乗ってくれ!まだ早いが、オレ達も行くぞ。」



 漁師はハイリアルと周りにいた者達に告げると、防波堤の内海側に係留している漁船に飛び乗った。漁船は左右に揺れるが、テグドラウを含めた乗船している者達はそれに全く気にする様子は無かった。


 ハイリアルはその漁船に向かって駆け始める。レイリーリャもそれに釣られるようにその後ろを追いかける。



―――えっ、えっ?


…………わたし、船に乗った事など一度も無いのに乗るの?戦えないのに……。



 彼女は足を船へと進めながらも困惑する。



…………海どころか、川で船に乗った事さえ一回も無いのに……。



 彼が漁船の前に辿り着くと、先にこの船に乗船している黒小人(フルーデル)の漁民が防波堤に渡し板を掛ける。



「この上を渡ぇ(わたれ)!」



 フルーデルの漁民が顔を上げ彼に告げる。その顔を見た瞬間、フルーデルの漁民の眉間と片側の口許が少し嫌そうに歪む。



「了解した。」



 ハイリアルは同意すると、渡し板に足を乗せ漁船に乗った。

 その様子を見てレイリーリャは彼を見る。彼は既に漁船に乗っており、テグドラウ達とこれからの打ち合わせをしようとしている。



…………わたしに指示が無いということは、この船に乗れっていう事なのかな……。



 レイリーリャは後ろを振り返り外海を眺める。これから乗船する漁船を留めている防波堤の内海側とは反対側で、陽の光が押し寄せる波に反射し白金色に燦めく。防波堤に打ち寄せる波の音が繰り返し響く。


 彼女はその光景を美しく感じ、心ならずも見とれてしまう。だがすぐに動きが止まり、身体が固まってしまう。


 その燦めく波の中で、追いかける手鋏鮫に小舟が向かっていくのが目に入る。



「おねーちゃんはフネに乗らんでいい。オレらがまた戻ってくるまで、ここで準備して待っていてくれ。」



 漁船の中からのテグドラウの叫びが耳に入り、両耳がびくっと鋭く揺らぐ。

 彼女は思わず声が聞こえた方に振り返り、声の主の顔を見る。



―――いけないいけない。こぉーんな大変な時に、ぼぉっとしちゃダメだよね。



 レイリーリャは苦笑いを浮かべる。

 テグドラウが乗船せずにこの防波堤の上で待機していいという許可を出したので、思わず安心感を感じ、身体に張り詰めた緊張感が抜けていく。



「はぁ~「いや、レイリーリャ。済まんが船に乗ってくれ。人手が足りなそうだ。戦わんでいい。」



 ハイリアルの頼む言葉が、彼女がした承諾の言葉の上から被さる。

 彼女はその声が耳に入った瞬間、驚きの余りその顔を凝視してしまった。


「道具を渡したり、ロープを引っ張る手伝いとかで良い。我が守ってやる。


「……操船を二人で出来たとしても、人が足りなさ過ぎるように見える。船に乗らない我でもそう思わざるを得ない……。」



 彼は眉間に皺を寄せ唇を噛んだ。


 彼女は船の中を覗く。船内にはハイリアルとテグドラウの他に数人漁師らしき男達がいるだけだ。


 そして後ろを振り返る。灯台の側にいる男達は今も揉め続けていて、先程ハイリアルと話した一番年嵩の男が他の男に後ろから羽交い締めにされ、別の男に殴られているのが目に入る。

 その瞬間に嫌悪感を感じてしまい、思わず眉間と口許が嫌そうに歪んでしまう。



「…………いや、おねーちゃん、こっちはオレ達で何とかするから乗らんでいい。大丈夫だ……。」



 テグドラウが彼女に断る言葉とは裏腹に、その表情は困窮し苦しいのを堪えるように眉間と口許が歪む。


 防波堤の端に打ち寄せた波によって溜まった水たまりを、フナムシがその周りを沿ってなぞるようにうごめく。



「…………本当に良いのか?……」



 ハイリアルはテグドラウに振り向き尋ねる。

 その口調は驚きでは無く、無理するのを心配するかのように柔らかかった。



…………アザラシの漁師さんの顔って、どうも我慢して言ってるように見えるなぁ…………。



 レイリーリャはテグドラウの顔を見る。

 目を合わさずに打ち沈むその姿が小さく見える。思わず彼女にはいたわしく感じる。



「…………アザラシの漁師さん、わたしの事をご心配してくれて、ありがとうございます。」



 彼女は恭しく頭を下げる。

 それを見るとテグドラウは相反するような感情を感じているように、眉間に皺を寄せた一方左口角が少し上がる。



「……ハイリアルさまのおっしゃる通り、船の中での人手が足らないように、わたしも思います……。」



 こう同意しながらその両耳は力無く伏せてしまった。

 彼は口を閉じ眉間に皺を寄せ何も言わず見つめる。



「わたしも一緒になって戦い、あの手鋏鮫を倒す事は出来ません……。


「……だけど、船の中で戦うのを手伝う事が出来ますので、わたしも、この船に乗って、行き、ます……。」



 レイリーリャは喋りながら、心うちで覚悟を決めようとする。しかし怯える気持ちを抑える事は出来ず、口から出る言葉は所々で震えている。


 そして彼女は言い終わると、テグドラウの顔を見つめる。

 彼はこれを見て、思わず困惑し眉間に皺が寄り両口角が下がってしまう。

 

 彼女はその表情を見つめながら、船に乗るという意思が折れ、彼がこれを断る言葉を言って欲しくなる。



「……本当にいいのか。」



 テグドラウは彼女に確認をする。

 その言葉に力は無い。



「……本当に良いです。」



 レイリーリャは折れそうになる気持ちに対して、気を張って堪える。

 両耳は伏せ尻尾は垂れ下がってしまっている。



「……正直、おねーちゃんが乗船して手伝ってくれると助かるが、…………。」



 テグドラウの口から弱々しい声が漏れる。

 そして話している途中で止めるように口を閉じた。

 俯くようにテグドラウの視線は彼女から逸れ下に下がる。


 外海からの波が防波堤の壁面に打ちつける。その波飛沫が宙に舞うと防波堤の上面に落ち音を立てた。

  

 レイリーリャはテグドラウの様子を見て哀れみを感じる。彼女自身も余り戦力にならないように思えるにも関わらず、意思を尊重し配慮してくれているように見えたからであった。



―――このアザラシの漁師さんとハイリアル様を放って置いて、この防波堤の上で、あの魔物を倒すまで待つのはなぁ…………。



 沖で逃げる漁船に、手鋏鮫が振り回す手鋏が船体を掠める。


 レイリーリャはハイリアル達が手鋏鮫を倒すまで、船に乗らずにここで待っている事に罪悪感みたいなものを感じる。



「…………だいじょうぶです。わたしもこのふねにのって、おてつだいします。……」



 彼女は承諾した。

 手鋏鮫への恐怖はまだ拭えずその声は弱々しいものの、決心するようにその語尾を言い切った。 



「…………よく言ってくれた。……」



 ハイリアルは頷く。

 その口調は少し昂り、両口許が上がっている。



「……おねーちゃん、ありがとよ。」



 テグドラウは片手を上げ彼女に感謝する。

 ぶっきらぼうながらもその声は嬉しさで晴れ晴れしている。



「…………何としてもおねーちゃんは無事に返してやるからな。安心してくれ。さぁフネに乗ってくれ。」



 テグドラウは彼女に向かって再び片手を上げて、仰ぐように手振りをして呼ぶ。



…………自分でもああ言っちゃったし、アザラシの漁師さんもあそこまで言って気を遣ってくれてるけど、やっぱり怖いモノは、怖いんだよねぇ……。



 レイリーリャは心の中で自嘲する。

 その尻尾は力無く垂れ下がったままだった。

 しかしその気持ちに逆らうように力を入れ足を進めると、渡し板の上に足を踏んで漁船に乗り込んだ。



……でも、気合い入れて頑張ろ。



 レイリーリャは気持ちを込め、右手を上げて拳を握り締める。

 浜風に煽られ、スカートの裾が力強くはためく。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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