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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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27.焼き魚

 しばらくして二人は港町キムタカシンに辿り着いた。

 町に入るなり潮の香りがレイリーリャの鼻をくすぐる。初めて嗅ぐ香りだった。



―――海ってこんな干した海藻みたいな臭いがするんだねぇ……。



 彼女は領都の市場で食材として売られていた干し海藻の臭いを思い出す。



―――やっぱり海の中に潜らないと、海藻って採れないものなのかな。



 顔を上げ海を見つめる。

 その視線の先には、暗く深い藍色と化した南の海原が拡がる。西に顔を向けると地平線の彼方へ沈もうとする夕日が、山野の木々を赤く染め始めている。奔鷲の刻(18時)近くになっていた。

 時間的にも丁度良いので、ハイリアル達はこの町の宿で宿泊する事にした。


 レイリーリャは乗ってきた馬達の入舎と餌やり、荷物の整理などといった諸々の作業を終え、ようやく夕食を摂る事になった。

 彼女が夕食を摂る前に、主人であるハイリアルの給仕を行った。



 ハイリアルの横に立つレイリーリャの鼻孔に、彼が食べる白身魚のクリームソースがけから漂う優しく香ばしい香りがまとわる。

 それが食欲を喉から舌に滾らせ、その上空腹で腹を圧迫され、堪えるのが辛かった。



…………『一口、くださ~い』とか言っておねだりして、食べさせて貰うワケにはいかないよね。……



 彼が黙々と白身魚のクリームソースがけを食べる姿を彼女は眺める。

 そうしながら心の中で本当にそう行動する気のない冗談を思い、少し楽しく感じる。

 ほんの一瞬だけ、空腹が紛れたような気がする。

 そう腹に意識をした瞬間、再び空腹感が腹に襲い始めた。


 

 彼の給仕が終わるまでレイリーリャは何とか我慢して凌いだ。遂に彼女の食事の時となり食堂の席に座る。

 浮かれるその前に、白身魚のクリームソースがけは出されなかった。出されたのは近海魚の塩焼きだった。頭付きで体型が楕円のような全長20cm位の、日本でいう鰺のような魚だった。


 

…………やっぱりメイドには、ハイリアルさまが食べてたのと同じ物は……出ないよねぇ。追加でお金を払えないし……。



 落胆が微かな期待の上を上書きしながら、苦笑いがその口許に浮かんでしまう。



―――この魚、食べるの初めてだけど、この瓶に入った黒い汁をかければいいのかな?



 テーブルの上に置かれた黒豆醤の小瓶を魚の塩焼きにかける。

 焦げ目がついた青い皮の上に赤味の混じった黒豆醤がかかると、体表を伝い皿の上に流れ落ちた。


 レイリーリャはフォークを胸びれの上辺りを刺し、その周りをナイフで囲むように刃を入れる。そしてフォークに刺さった魚肉を口の中に入れると、口の中に入れ咀嚼する。


 魚肉を一口一口噛み締めると、弾力の残る身の歯ごたえが口に伝わる。

 黒豆醤独特の味わいのある塩味と深い旨味が一噛み毎に交わって口の中に拡がっていく。



「……おいしい。……」



 彼女は感動する余り、思わず言葉が口から漏れてしまう。

 口の中の身を飲み込むと、再びフォークを身に刺してもう一口、口の中に入れる。



…………海の魚って初めて食べたけど、こんなに美味しいとは思わなかった……。



 両目を閉じたまま身を噛み締め、舌から拡がる味わいに浸る。

 生まれて初めて新鮮な近海魚を食べたのだった。


 彼女が住んでいた領都は内陸にある。その為に新鮮な海水魚が届く事はほとんど無く、市場に並ぶのは干し魚などといった加工品か、川で採れた淡水魚が大多数であった。


 今の彼女には、近海魚の塩焼きに黒パンとスープという、目の前に置かれた料理しか目に入らない。

 塩焼きをつつき、黒パンをちぎって咥え、スープを啜る。自分の料理だけをむさぼり続ける。



「さかにゃ、さかにゃ、しおしおさかにゃ~♫」



 気持ちが昂って即興の歌を小声で口ずさみながら、魚の身を刺したフォークの辺りを囲むようにナイフを入れる。



…………なぁんか、わたし、久し振りに猫族らしい事をしているような気がする……。



 魚を食べる事に夢中になっている自分自身を省みて、思わず苦笑いしてしまう。


 彼女が座るテーブルの横を通ったおかみの女性が、そんな彼女の食べっぷりを見るとその前で立ち止まった。おかみはふくよかな中年女性でオレンジ色の布を頭に被り、横に大きく広がる口に笑みを浮かべている。



「……おねーさん、この魚、かなり気に入ったみたいね。」



 片手に複数の空いた皿を掲げながら、彼女に声をかける。その声の語尾は少し昂る。



「ええ。とっても美味しくて大好きです。」



 その目が細めると共に両口許が上がり、とろけるような笑みが浮かぶ。



「この魚、初めて食べたんですけど、名前は何って言うのですか?」



 彼女はおかみの顔を見上げながら、フォークに刺した魚の身を口に入れる。



「これはねぇ、ギナウっていってねー、この辺りの海でよく捕れるのよー。」



 おかみは大きな口の口許に笑みを浮かべる。



「ギナウだったら、包丁でとんとんとんと、細かく刻んだ生のものを黒豆醤だれをかけて食べるのが、この辺りの名物なのよー。」



 空いた方の手を包丁に見立てて何回か上下に刻む身振りをする。



「なまで食べるんですかぁ?!」



 彼女は思わず、住んでた所の食習慣ではありえない食べ方の為に驚いてしまい、語尾が昂り顔が引きつってしまう。


 領都では川魚を使った料理はあるが、いずれも煮たり焼いたりして火を通した物ばかりだった。



「当たったりしないんですか?」



「ウチのは今朝漁民ギルドから仕入れた新鮮なものを使ってるから大丈夫よ。ご安心して、どんどんご注文して食べてくださいなぁ。」



 おかみはそう言い終わると、自らが言った事がおかしかったかのように軽く笑った。



「今晩は色々食べちゃいましたので、お腹いっぱいです。これ以上食べるのは無理ですので、また今度ですね。」



 彼女はそう口にしてしまいながら、今度がいつになるかは解らないなぁと自ら思う。


 別のテーブルにいる客達の話し声と食器の立てる音が食堂内に拡がる。


 向かいのテーブルに座っている白髪を横に流した初老の丸顔をした男が目の前の料理に黒豆醤をかけた。それはいくつも角が生えている巻き貝を殻ごと焼いたものだった。

 木のピックを貝の身に刺して身を捻り出した。

 黒豆醤で褐色に色づいたクリーム色した貝の身は螺旋のように丸まる。

 青黒い身の先が左右に揺れる。

 丸顔の初老の男は上から垂らすように青黒い身の先から口に入れる。

 身を一口咥えると顔を下に俯き、味わうように両目を瞑り噛み締め始める。



「……やっぱり『サイフワスレ』の壺焼きはたまらんなぁ。」



 丸顔の男は左右に首を振り噛み締めながら、左右の口許に笑みを浮かべ顔をほころばしている。



「……そういえば、クリームソースがけに使われる魚もギナウなんですか?」



 レイリーリャはハイリアルが食べた料理を思い出し尋ねる。



「……あれはねぇ、ギナウじゃなくて、五色ダイ。この辺りでもあんまり捕れない魚なの。」



 おかみは再び大きな口に笑みを浮かべる。



「ちょっと高くなっちゃうけど、クリームソースの優しい甘みと魚の上品な味わいが合って美味しいから、大物狩ってきた女性の己立者達がお祝いとばかりにこれ頼むのよねぇ。」



「そうなんですかぁ。」



 彼女は興味深そうな顔して相槌を打つ。



「おねーさん、ちょっとぉ。」



 離れたテーブルからおかみを呼ぶ声がレイリーリャの耳に入る。



「ちょっと前に頼んだ酢の物まだぁ。」



 おかみはその声の方向に顔を向け返事すると、再び彼女に顔を向ける。



「ゆっくり味わって、ねっ。」



 そう微笑むと再び声のしたテーブルの方に顔を向ける。



「はい、ゾンビフィッシュの酢の物ですね。少々お待ちくださーい。」



 そしてその場で声を飛ばすように返すと厨房に向かっていった。


 レイリーリャは再び自らの料理に目を向ける。

 片側の身を食べ尽くし、もう片側の尻尾の付いた身だけが残る塩焼きが目に入る。



―――己立者になったら、ハイリアル様が食べてた五色ダイのクリームソースがけ食べれるようになるかな…………。



 彼女は未だ食べた事の無い料理の品の味を想像する。

 舌の上に果実のように酸味がかった甘みに、味が抜けた乳脂肪が混ざったような味が感じられるような気がする。


 そのような想像をしてしまったが、実際のクリームソースの甘みとはかなり違うような気がする。



……まずは実際に頼んで食べてみないと色々解んないか……。



 彼女は持ったフォークを塩焼きの身に刺すと、ナイフも刺してとりわけ始めた。




 レイリーリャとハイリアルの二人の間を遮る川が流れる先には、海が繋がっている。


 この海には船が浮いていれば魚も泳いでいる。


 この二人の間を繋げる(つなげる)事が出来るものは、あるのだろうか。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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