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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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26.海


 南東の港町に着くまでの道中、二人の関わりに変化は無かった。

 相変わらず気軽に雑談をする事は無く、必要最低限の伝達をする事位しか無かった。


 そして、ハイリアルが苛立ちを抱え、それが表に出ないよう堪えている事も変わらなかった。


 レイリーリャは彼に対して怖々しつつも、何かと尋ねたかった。

 特にその身体の状態や罹っている病について尋ねたかった。


 しかしそれを行った事によって、今度はハイリアルが立腹し責められる事を怖がり、躊躇って(ためらって)しまうのだった。


 尋ねる事が出来ないからといって、その身体の状態についてどうなっているのか、関心が無くなる訳では無かった。


 二人だけで旅をしているにも拘わらず会話がほとんど無い分、余計に関心があった。


 レイリーリャは彼が馬に跨がっている時や休んでいるなどといった時には、振る舞いや態度などといった様子を見ていた。

 意識して観察するつもりは無かったが、それに気付かれて叱責されてしまう事を怖れ、ハイリアルの目線を合わないよう背後から見ていたのだった。



 ある日の贄羊の半刻(15時)位の時の事だった。 

 その時二人は路肩で休憩をしていた。

 しばらく馬に乗り続けたので、馬を休ませるのに丁度良かったからだった。


 彼は愛馬の横に添い、草を食べる様子を見ていた。

 その時彼女は座って休む準備をしようとしたが、その姿が目に入り気になってしまう。準備する手が止まってしまい、ぼぉっと後ろからその背中を目で追い始めてしまった。


 彼は直立したまま愛馬の状態を眺め観察していた。すると突然背中を丸め咳を繰り返した。それが止むと抑えた手を見つめているように、背中越しでそうしているように彼女には見えた。

 彼は手を見つめたまま動きが止まっている。

 彼女もまた動きが止まる。



…………咳って、……まさか、うつる病気ぃ?



 驚きと恐怖を感じ、寒気が全身を貫く。

 自ら気付かぬうちに上半身を後ろに逸らしていて、避けるように固まってしまったまま凝視し続ける。


 ハイリアルは彼女が見ている雰囲気を気付いたようで、その後ろに顔を向けた。避けるような彼女の表情や態度が目に入ると、何も喋らず座った目で凝視する。



―――しまったぁ!ハイリアル様に気づかれちゃったぁぁぁぁ!



 レイリーリャはその瞬間驚愕してしまい、怒鳴られる恐さを感じ始める。

 思わず目を下に逸らしてしまう。


 彼の病が感染ってしまう事に対する怯えを表に出さないように平静さを装いながら、地面に敷いたシートの上にカップを取り出し茶の準備をし始めた。

 彼に関心の無い振りをして誤魔化そうとする。

 その尻尾も下に項垂れる。


 そのような自らの振る舞いに対して、ハイリアルがどう捉えどのように思い感じるかを彼女は理解していなかった。

 いや、感染ってしまう事だけ考え、想像しようとさえしていない。


 彼女の想像に反し彼は怒らなかった。


 彼女を見つめるその目は悔やむように細め、遣る瀬なく無力感に覆われたような口許をしていた。


 

「…………嫌がるな。医者から伝染るとは、…………聞いていない。」



 その声は低く沈んでいた。


 彼女はそのような言動を見て動揺してしまう。


 彼に怒られると思っていたのに、落胆しているような予想外の反応をされたからであった。


 また彼女は彼が罹っている病が伝染する事を嫌がり避けたいとは思っているが、彼自身に関わるのは苦手とは思っていても、嫌ってはいなかった。

 彼に触る事を生理的に嫌だ、身体が拒絶するような事は無かった。


 そして、彼の自尊心を傷つけるつもりも無かったし、従者として、全く適切では無い振る舞いを主人に行ってしまった事も自覚していた。


 そういった事などがあるにも拘わらず、彼に誤解させてしまい辛い思いをさせてしまったように感じたからでもあった。



「…………本当に、申し訳ありません。……」



 その口調は低く沈んでいた。

 彼女は謝る以外の適切な関わりが思いつかなかった。

 そんな自分自身に対する失望と悲しみが心の中から拡がっていった。

 酷い顔をしているんだろうなぁと、謝りながら今の彼女自身の表情をそう自覚してしまう。


 彼は彼女が謝る姿を見ていたが、何も言わずに背を向けた。そして再び愛馬の観察をし始めた。


 ズゼルーマーは首を伸ばし路肩に生えた草を穂先から咥え食べ続けている。

 二人の関りなど頓着する様子を全く示さなかった。



 このような事があったにもかかわらず、レイリーリャはハイリアルに対して関心を持ち続けていた。

 そのような自尊心を傷つけるような振る舞いをされた故であろうか、彼は彼女に自らの身体の状態など、自らに関する事を語る事など無かった。


 相変わらず重く沈んだようで、眉間に皺を寄せた表情のまま何かを堪えるように振る舞い続けていた。


 そして、彼女に自らの病名を伝えるどころか、苦しいという独り言を呟く事さえ無かった。


 道中の所々で、独り森の奥など誰も居ない所へ入っていくと、苛立ちを発散するかのように怒号を上げ、魔法か何かの攻撃方法で轟音を響かせ破壊している事も変わらなかった。


 例え彼女が尋ねても、『魔物がいたから倒した』という、紋切り型の応答で返す事も変わらなかった。


 ただ彼の方でも、独り遠くを見つめ、何も語らずに溜息を吐くような事があった。


 しかし彼女にそのような振る舞いをしている事を気付かれるような事は全くなかった。


 その目が入る所でそれを行う事は全く無く、予め意識するかのように距離を置き、心の内を一切漏らす事は全く無かった。


 要するにハイリアルは、レイリーリャの眼前で自らを曝け出す事は全く無かった。


 そのような壁を作るような振る舞いに対して、彼女は親しみや信頼感を感じる事さえ拒絶するように思え、無力感と寂しさみたいなものを感じるのだった。


 レイリーリャとハイリアルの二人の間を隔たる川は拡がり濁流となって激しく流れていく。



 それから幾日が過ぎ、二人が乗った馬の歩みは半島南岸の港町キムタカシンに向かっていた。


 その町を目指し街道を進み続け、丘の上まで辿り着いた。

 丘を下った道の先には、目的地である港町の町並みが港を中心に囲むように拡がり、その向こうには地平線まで拡がる群青色した海があった。


 レイリーリャはこの光景が目に入ると、感動し心奪われた。



「……なにこれッ!すごーい!」



 思わず昂る叫びが口から飛び出してしまう。

 生まれて初めて見る海だった。

 想像以上に広く大きかった。

 そして鮮やかで深い色合いだった。



「海って、こんなに綺麗だったのぉ。」



 その両目が驚きで見開き、喜びで両口許が上がる。



「…………何を騒いでる。」



 その叫びが耳に入ると、ハイリアルは振り返り彼女の顔を見る。



「……お前は海見るの初めてか。」



 眉間の皺が緩んだ彼の表情は柔らかかった。

 そんな彼女は彼に見つめられる事に耐えきれず顔を下に向け、その視線から逃れるように俯いてしまう。



「…………はい。そうです……。今まで領都から出た事がありませんでしたので。」



 思わず騒いでしまった自分自身に対して恥ずかしくなってしまう。

 生まれ育った孤児院のある領都ズゼロスコエブラーゴから出た事が無く、海どころか大きな湖さえ見た事が無かったのだった。



「そうか……。」



 彼はそう一言だけ返すと、正面に振り返り馬を進める。

 その口許に微かな微笑みを浮かべている。

 振り返る一瞬顔に浮かべていたその表情を、彼女は下に俯いていて、読み取るどころか気付く事も出来なかった。


 彼女は俯いた顔を上げると、改めて道の遙か先にある海を見つめる。身に染みこむような感慨に浸ってしまう。



……………あれは船があるから港だよね。……ホント、海ってどれだけ大きいんだろう……。



 目に入る港に泊められた船や建物と大きさを比べて、思わず呆然としてしまう。


…………この海の遙か先にある大地に、ネレイステセシア様達が渡って楽園を創ったって言われるけど、…………見える訳ないか。…………



 彼女はネレイス教に伝わる神話を思い出す。

 海原の波が陽の光を反射し鱗のように燦めき、水平線の彼方から白い雲が覗き見るように湧き上がる。

 

 ふと目を向けると、いつの間にか彼が乗った馬は先に進んでいる。



「……いっけない。ハイリアル様に置いてきぼりにされちゃう。」



 その呟きは軽やかで楽し気だった。

 彼女は彼が乗る馬に追いつこうと、乗っている馬ズゼルーマーの脇腹を突っつくようにつま先で軽く蹴った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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