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死を司る者を捜して  ――だけど従者レイリーリャはそんな事どうでもいい――  作者: 一三一 二三一
第一章

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25.叱責


…………用足し……なのかなぁ。


 急いでる感じはなかったけど、どうなんだろう?

 


 レイリーリャは乗っている馬ズゼルーマーから降りた。降りて視点が低くなり、薮の奥へと進んでいるその背中は、薮に隠れてしまい見えなくなってしまう。


 彼女は彼が怒る事を想像すると気持ちが沈む。

 思わず俯き溜息をついてしまう。



…………それにしても、ハイリアル様はまだ怒ってるよねぇ。……やっぱり、叱られッ!!



 突然右腕の筋肉をつまむような感触が伝わる。

 驚き顔を向ける。

 今まで乗ってきた馬であるズゼルーマーの顔がそこにあった。

 愛馬ズゼルーマーに右腕を噛まれたのだった。

 甘噛みで歯は立てておらず痛みは無かったが、生暖かい感触が腕に残る。


 馬はそれをしただけでは満足していないようで、真っ直ぐに彼女を見つめる。

 そして今度は鼻っ面でその右肩を押しつける。

 馬からの圧力は痛くは無かったが力はあり、背を向けてしまう。



「ズゼルーマーちゃん。なんでそーゆーイタズラするのっ?!」



 レイリーリャにはズゼルーマーの意図が解らず困惑する。

 丸めた背中から首筋が現れると、馬は隙を突くかのように噛む。



「ひゃっ?!」



 その首許を生暖かくべとつくものが纏う。思わず声を上げ両手で首許を隠してしまう。



「ズゼルーマーちゃん、ホント止めてっ。やめてよ。」



 彼女は身をよじって逃れようとする。

 愛馬からのちょっかいによって、ハイリアルから怒られる恐れが紛れてしまっている事を、意識せず気付いていなかった。 


 突然薮の奥にある森の中から轟音が響く。


 彼女は驚き轟音のした方を見る。

 ズゼルーマーも彼女を噛むのを止め、彼女が見る方向と同じ方に顔を向ける。


 ハイリアルの怒号と魔物の絶叫、それに何かが破壊される音だった。


 彼女は音のする方を凝視し、尻尾の動きが止まる。


 愛馬は確認するかのようにちらっと彼女を見ると、再び同じ方を見つめる。


 彼が殺気を込めて怒鳴り続ける声と木が砕かれ地面に倒れ落ちる音に混じって、魔物達の断末魔の叫びが響く。


 彼女はその声が目の前で戦っている時よりも、激しく攻撃的な事に気付く。

 


…………もしかして、ハイリアル様、苦戦してるのかな?



 彼女は少し不安を感じながら疑う。

 そして音がする方に意識を集中する。

 微かな音でも拾おうと両耳が拡がる。


 彼の怒号が耳に入ってくるが、それ以上に破壊音と魔物の絶叫がより多く耳に入ってくる。



……なんか恨んでる相手に、憎しみをぶつけているみたい……。



 彼女はその怒号に怖ろしさよりも、不自然な怪しさを感じる。

 森からの怒号と破壊音に絶叫が続いていたが、やがて消える。

 空気が変わる。

 山から吹く風の音が流れてくる。

 薮草をかき分け擦れる音と共に足音が近付いてくる。

 薮の中からハイリアルの姿が現れる。

 髪型は乱れ着衣の上に木の葉や草が纏わり付いている。



「森に入ったら、食人花ラフレシ・アンスどもの群に襲われそうになってしまった。」



 ハイリアルの顔は口許を歪め忌々しそうだった。



「…………お聞きしたいのですが、食人花ラフレシ・アンスとは、どんなものなのでしょうか?」



 レイリーリャは彼が激怒しないか怖さを感じつつ、口調を丁寧にして尋ねる。



「それは赤茶色した直径3ルートメ位の、魔物化した花だ。吸うと身体が麻痺する花粉を放つから、見つけたらそうされる前に速やかに倒さねばならないヤツだ。」



 彼は衣服に付いた葉や草を手で払いながら応える。



……そんなのがいるのに気付いたから、知らせようとしたのかな?



 彼女は振り向き愛馬ズゼルーマーの顔を見つめる。


 ズゼルーマーは誇らしげにその顔を見下ろす。だが尻尾が下がり両耳は落ち着かずバラバラに動き続けている。


 そのような態度を示す馬の本心を、彼女が読み取る事は出来ない。



「それに腕付妖虫や蔦や蒟蒻の魔物どもまで出た。

 鬱陶しかったが殲滅させてきた。」



 彼の表情や口調には不快さが残っているが、身体に過剰な力は入っていなかった。



「そんな魔物まで出たのですか。大変でしたね。」



 魔物相手に怒りを発散出来たという彼の内面の変化を、彼女は気付いておらず、内心怖々しながら丁寧に返す。



「そんな物など大変ではない、が……。」



 彼は淡々と返す。だが何かが心の中に引っ掛かるように思いに沈む。



「いえいえいえ。そんな事はありませんよぉ。私みたいに倒す力の無い人間から見たら凄い事ですよぉ。」



 彼女は片手を左右に振る。

 その本心を理解する事無く、ただ怒られる事を恐がりつつフォローする。


 彼は彼女に視線を合わさず口を開かなかった。


 薮の中より飛んで現れた小鳥が薮草の上に止まった。左右を見回し一鳴きすると、薮の向こうへ飛び立っていった。


 彼は決心したかのように視線を上げると、彼女の顔を凝視する。



「……そういえば、言うのが遅くなってしまったが、」



 彼がこう言葉を切り出すと、彼女の身体は叱られる怖れを感じ強張ってしまう。



「……お前は勝手に、先程までいた村の司祭に我の治療を頼んだな……。」



 顔を下げ俯く。

 口から噴出しそうになる心火を鎮めるようであった。 

 そして気持ちの整理が付いたように、顔を再び上げた。


 彼女は緊迫する。

 息が止まり喉が詰まる。


 飛び回っていた橙色した蝶が木の幹に止まると、両羽を合わせて閉じた。

 羽の裏側に描かれた木目のような模様が現れ、木と一体化する。



「…………我に関わる事は、予め、我に許可を取ってから行え。」



 彼の口調は昂りを抑えているようであった。


 彼女はその言葉を聞いた瞬間、想定外の言葉で脱力感と安心感が混ざったような感覚を感じた。

 しかしその目が合ってしまった。真正面から彼女を鋭く貫く。



―――恐い。


 怒らせてはいけない。



 彼女は彼に頭を下げ詫びる。

 


「…………申し訳ございませんでした……。」



 頭を下げ続けている間、心の中にあるわだかまりが再び中でうねり始める。


 もういい、頭を上げろと彼が促す。


 彼女は顔を上げるとそのの目が合う。

 凝視するその姿を見て怯んでしまう。

 気付かぬうちに尻尾が下がり前で合わせて握る手に力が入っている。

 しかしその姿は怒って怒鳴りたいものとは、彼女は捉えていなかった。

 心を奮い立たせ、口を開く。



「…………は、ハイリアル様、おっ言葉ですが、……わったしは、ハイリアル様のお身体の事が心配になりましたので、あの神父様にお願いしました。」



 心の奥底でうごめいているものを言い放った。

 合わせて握る両手に力が入り、身体に汗が滲んでしまっている事を自覚していない。


 彼に怒られる怖れを感じながら、ある種の解放感みたいな物も感じている。


 彼の眉間の皺に力が入る。



「……それでも、止めろ。


 ……あの手のように過剰に媚びを売り、欲の強い者は、何か頼むと何かと見返りを求め、後々面倒な事になるのだ。」



 その口調は彼女の想像よりも、大分落ち着いていた。

 


「……それに、負傷者を治療術で治せなかった原因を、『信心が足りないから治らなかった』などとでっち上げて、治療費だけを巻き上げる悪質な司教や牧師もたまにいるのだ。


 自ら行う治療術が未熟な場合や、最初から金を騙し取る詐欺目当ての場合があるがな。」



 その眉間の皺は深く刻まれたままでいるものの、その目は彼女に向けていなかった。記憶を辿り、思っている事を纏めているようだった。



…………わたしのいた孤児院の司祭様達はそんな事しそうになかったけどなぁ…………。



 彼女はその話を聞きながら、自分がかつていた孤児院の司祭達の普段の態度を思い出した。

 その言葉に意見したい気持ちが起こる。

 しかし、それを行って非難や激怒されたくなかったので、口は開かずにいた。


 彼は視線を彼女の顔に戻すと再び凝視し始める。

 彼女は身体が強張り緊張してしまう。



「あと、…………我の身体はおまえの物ではない。

 我の物だ。

 我の物だから、我が意思の思う通りに扱いたい。


「……他人に自分の意思を無視されて、自分の身体を勝手に扱われるのは…………おまえも不愉快であろう。」



 ハイリアルはレイリーリャに凝視したまま質問をする。

 その目は質問というより同意を求めている。

 ただその口調は、怒りによる圧力はまだ残っているものの柔らかかった。


 彼女はその説明する振る舞いに対して、彼の怒りはある程度鎮まっており、説明して理解させようとしていると捉えていた。


 そして彼が説明する事に対して、自分も似たような経験があり感覚的に同意が出来るので、反対は出来なかった。



 また彼女は、自らが想像する他者像と実際の他者は、同じとは限らないという事を理解していなかった。


 それどころか、想像する他者像と実際の他者は別物どころか、そうやって区別する事自体、意識して一度も考えた事など無かった。



「……はい。そうです。」



 彼女が同意する声は沈むような声だった。


 しかしそう同意しながらも、心の奥底にある何かの上に覆いを被されたような感覚を覚える。



「おまえが自らの思いをないがしろにされる事が嫌だと思うなら、我もそう思うのだ。自分が嫌な事を相手にしないよう、これから気を付けよ。」



 彼はその顔を正面から凝視する。


 彼女はその目に力を感じ動けなかった。

 身体は強張り、ピンで刺された標本の虫のようだった。


 同意する事だけしか許されない。反対したら人として認めないと言外に言っているように感じた。



「…………以後、気を付けます。」



 再び頭を下げて詫びる。

 理屈では受け入れられるが、心の奥底にある物は消えずに残っている。



「解れば良い。」



 彼の目から鋭さが弱まる。そして言い終わったとばかりに、愛馬を留めている方に向かおうと振り返る。

 この場から立ち去ろうとするその背中が見える。

 彼女はこの背中を見た途端、言いたい思いが喉から込み上がる。



「…………ハイリアル様の、おっしゃる通り、……ですが、」



 彼は立ち止まって振り返り彼女を見つめる。自らの言い分を反対する事を警戒するようだった。


 彼女の口から溢れる言葉は止まらなかった。 



「…………本当に、お身体は、苦しく、辛くありませんか?


 ……そんな辛い思いをずっと続けて苦しむのが、……本当に良い事なのですか?」



 彼女は言葉にし終えた途端、彼の反応を恐れずに口にしてしまった驚きと、治さずに苦しみ続けて大丈夫なのかという疑いを感じる。



「……そして、今罹られてる病気は何なのでしょうか?」



 彼の表情は変わった。

 視線が下がり閉じた唇を食いしばり、触れられる事が嫌そうな、沈んだ表情をしていた。



「…………病名は、お前に教える程の物では無い。


 ……大丈夫だ。



 …………その辺りは我にも考える所は、ある。……」



 彼の声は刺すような鋭い口調では無かった。言葉の内容と乖離する悩むような重く沈んだ口調だった。



「……だから、お前が余計な心配をする必要は、無い……。」



 彼は彼女の顔を見つめる。頼むような口調だった。

 眉を下げ苦しみや悲しみを我慢するような表情に、今までみたいな内から発するような力を感じられなかった。


 彼女は想像していなかった彼の態度に対して、どう受け止めれば良いのか解らず戸惑う。



「…………わ、わかりました。」



 適切に応答する言葉を口にする事が出来ず、思わず言葉が相槌のように漏れてしまった。



…………なんで、ここまで身体の状態について聞かれるの嫌がるんだろう?……



 彼女はそう疑問を感じずにはいられなかった。



…………罹ってる病気は何なのか、ハイリアル様は知っている、ような感じだよね。


…………なのに、なんでわたしに教えてくれないんだろう。



 何も置かれていない空洞の部屋の中に独り置き去りにされたような、自らに対する無力感と裏寂しさを感じる。


 これ以上ハイリアルの身体の状態について尋ねて詮索する事が出来る雰囲気も感じられなかった。



「…………それでも、苦しくなりましたら、私に伝えて下さい。」



 咄嗟に思いついた言葉が口から出てしまった。

 口にしながら、伝えてもらっても私に何が出来るんだろうと、自らに対しても疑問を感じる。



「…………。」



 彼は彼女を見つめる。

 何も言わなかった。

 同意や反対の言葉は出さなかった。

 眉間に皺を寄せ閉じた唇に力が込められている、探りや悩み、苦しみや悲しみなどが混ざったような複雑な表情であった。


 彼女も無言で見つめるその表情を、どう捉えて良いのか解らなかった。


 彼は何も言わずに自らの愛馬を留めている方に振り返ると歩いて行った。

 

 彼女はその後ろ姿をただ見つめる。


 自分に苦しいと伝えて欲しいという想いを上書きするように、そうしてくれる事はないだろうと想像してしまう。

 そして自らの言葉が彼に届かないだろうと想像し、無力感と寂しさを感じる。


 そう感じた途端、報われない自分自身が可哀想に感じた。


 悲劇の主人公のようだった。


 そんな自分自身の思いと振る舞いを想像すると、そのような世界に浸る心地よさを感じるのだった。


 そのように陶酔している自分自身に気が付くと、辛い状況のはずなのに悦んでいる自分自身に驚きを感じるのだった。



 鳥達が親しげに囀りながら、森に生える木々の間をこまめに行き交わす。

 ズゼルーマーは頭を下げ二人を一切気にする事無く、淡々と草を食べ続けている。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

わたくしも嬉しいです。


街にある本屋が減少し、棚に陳列された本の背表紙を眺め、興味を感じる本を手に取って読んでみるような事は減ってしまったように感じます。


『丸善』の棚の上に『檸檬』を据え置くように、下 ↓ にある星評価とリアクションをクリックしてみてはいかがでしょうか。


そうしていただけると、この作者の心が嬉しさで大爆発したようになり、これからの物語を創る励みと自信になります。

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