91.ヒロインなんですが、救世主にはなれないようです
私たちは大急ぎで音のした方へ駆け抜けた。
幸い、まだ早朝だったこともあり、走っている間に見た生徒は非常にまばらだった。
その生徒達に音のした方へは近づかず、安全な避難場所へ移動するように指示をしながら、私たちは現場へと向かう。
怯えていた様子の生徒達も、ローランの指示を聞くと少し戸惑いながらも、ほっとした表情を見せてすぐに立ち上がり、移動をしていた。
生徒会長でありこの国の王子であるローランの存在は、生徒達にとってやはりとても大きいものなんだろう。
大変だな、なんて事を考えていたら、ヴィオレに「しっかり走れ。置いていくぞ」と窘められ、私は再び前を向き、しっかりと走り出した。
現場に着くと、ファビアン先生を筆頭に上級生たちと教師が複数名、学園の塔に爪をたて、こちらに火を噴いているドラゴンと応戦していた。
子どもの大きさ程度のドラゴンであるエリオントしか見た事がなかったが、成獣であるドラゴンはひどく大きいようだ。
塔の半分ほどの大きさの大きな体、蝙蝠のようなツバサや爬虫類のような皮膚、ギョロリとした目。こんなにも離れていても、たじろぐような口から出る炎の熱さ。見た瞬間、恐ろしさに立ちすくんでしまった。
「な、何? この大きなドラゴンは!?」
「エリオント!」
「エリオント!?」
クロトンがドラゴンを見て悲痛な声を上げながら叫んだ。
そして、その正体に生徒会一同は驚きながら、クロトンを見る。
まさか……これがエリオント?
「いや、ドラゴンの成長は早いと聞いていたけど、もうこんなに……よく腕引きちぎれなったね」
「愛がなせる技だったんだろうな」
「こんなに大きいのを世話してたら、本当に休暇どころじゃなったよな。いや、ほんとすげぇデカくなってる……」
「ローランもセージもヴィオレも! 呑気にそんな事言っている場合じゃないだろう!」
エリオントのあまりの成長ぶりに呆気にとられながら口々にそう言う生徒会メンバーに、クロトンが全力でそうツッコむ。そんな事をしていると、私達に気が付いたファビアン先生がこちらに急いでやってきた。
「ここは危険ですから離れて下さい!」
「あれはエリオントなんだ、すぐに辞めさせないと。あの子が怪我をする!」
「怪我をするのはこちらの方ですよ、もう興奮状態だ。あの状態のドラゴンは一度倒さないと、こちらが死んでしまいます」
「そんな……まだ、子どもなのに」
ファビアン先生の言葉に絶句するクロトン。
事の重大さに私達もどうするべきか、と立ち尽くしてしまった。しかし、クロトンはファビアン先生の制止も振り切り、風の魔法でエリオントの元へ飛びながら近付いていく。
大声でファビアン先生や私達もクロトンの名前を叫んだが、クロトンは振り返らずにまっすぐにエリオントの元へ向かった。
そして、エリオントの吐き出す炎が当たらない位置で叫んだ。
「エリオント! 僕だ! ママだよ!」
エリオントがこちらを向いたような気がしたが、ファビアン先生がすかさずエリオントの顔に魔法を食らわせた。
「無駄です! 瞳が赤くなっている! 興奮状態のドラゴンに正常な判断はできません! 早く戻ってください! あの炎をくらえば、ただではすみませんよ!」
ファビアン先生がそう叫んでいる間に、エリオントはぶるぶると顔を振り、こちらに向かって大きく口を開けた。クロトンはすぐに上空へ逃げ、クロトンが居た位置にエリオントの炎が吐き出される。
クロトンはひどくショックを受けた顔で私たちの元へ戻ってきた。
「先生……エリオントはもう少しで3か月のまだまだ子どもです。そんな子どもにこんなにも攻撃魔法を当てて、大丈夫なんですか」
クロトンが震えながら教師や上級生と応戦しているエリオントの姿を見ながら、そう呟く。ファビアン先生はクロトンの質問にしばらく口を閉ざしていたが、ようやく重い口を開けた。
「……生徒たちの命には代えられません」
「そんな! 繁栄と平和のドラゴンですよ! ローランもなんとか言ってよ! 国として、エリオントは守らないといけない対象でしょう!」
ファビアン先生の言葉にクロトンは悲痛な声を上げながら、ローランを見た。ローランもファビアン先生と同じように苦しい表情をしながら、しかしはっきりとクロトンに話す。
「……クロトン。申し訳ないが、僕もファビアン先生と同意見だ。これしか生徒を救う手立てがないなら、こうするしかない。でも、僕たちも最大限努力する。先生、僕たちも応戦します。生徒会として、この国の王子としても、国民であり生徒である皆をこのまま自分達だけ平和な場所へ逃げる事はしてはいけないので」
ローランが魔力を体中に纏いながら、力強い表情でエリオントを見据える。セージとヴィオレもそれに続いた。眩い黄色、青、赤みがかった光がやんわりと彼らの体が放たれる。クロトンもそんな彼らの様子を見て、同じように自分も体に風の魔力をまとわせた。
「分かりました、無理はしないでください。あと、アイリス様!」
「は、はい!」
緊迫した空気。
私は何をすべきかと、同じく真剣な表情でファビアン先生を見つめる。
「アイリス様の実力は職員会議で聞いています。なので、避難誘導をお願いします」
「は、はい! ……ん? 避難誘導……」
「くれぐれもこちらには来ないで下さいね!」
そう言うと、ファビアン先生を筆頭に5人はエリオントの元へ向かった。
避難なぞとうにほぼ終わっているところでポツンと取り残された私は遠巻きにエリオントと激しい攻防戦を繰り広げる皆を見ながら、ポツリと呟く。
「足手纏いか……」
新学期早々、改めていかに自分がダメヒロインかを思い知らされながら、皆の無事を祈り立ち尽くした。
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