86.ヒロインなんですが親離れはまだ難しいようです
いよいよ、今日から冬期休暇が始まった。
待ちに待ったこの日、私は朝からずっと課題もそこそこにしてそわそわと窓の外を眺めている。
そう、今日は何故ならあの大切な二人がやってきてくれるからだ。
まだ来ないかな、とチラチラ窓を見ていると、その内に馬車の音がカラカラと小さく聞こえてきた。私はその音が聞こえた瞬間に、ピョンと体を跳ねさせ、窓を開けて背伸びをしながら外を見る。
そうしていると始終落ち着きのない様子を、ついにデイジーに嗜められた。
「危ないですよ、アイリス様」
「だって、きっとこの音はついにきてくれたんだよ! デイジー!」
「……そうですね、こんな日がようやく来てくれたらそうなっちゃいますよね」
デイジーが目を潤ませながら、私の側に来て同じように窓の外を見つめた。
そして、ギィッと荘厳な音を立てながら門が開いた。
いよいよだ、と私は走って玄関まで駆けていく。バンっと扉を開けると、既に扉の外で待っていたお父様が息を切らせてやってきた私を出迎えた。
「お父様! もうこちらにいらしていたんですね」
「……公爵様はもう1時間もこうしてお待ちになられています」
お父様の代わりにげっそりとした顔の執事が答える。また、仕事をほっぽり出してしまっていたのだろう。お父様の気持ちも分かる私は、苦笑しながら執事にごめんねと一言言った。
「仕方ないだろう、今日この日をどんなに待ち望んでいたか」
「そうですとも。だから、私がお姿が見えたらすぐにお声がけすると……」
「あ! 来た!! 馬車が来ました!!」
門から馬車が入ってくるのが見えた。
私は思わず執事の声を遮り、興奮しながら馬車を指差す。お父様も執事もパッと門の方を見た。
私とお父様ははやる気持ちを抑えながらも、玄関の小階段を降りて馬車を待つ。
馬車はついに目の前に止まり、扉が開いた。
「アニス! カメリア!」
「お母様! カメリア!」
お父様と声が揃う。
扉の向こうで座っているお母様がそんな私達を見てくすくすと笑った。
「ふふふ、はしゃぎ過ぎですよ。お出迎えありがとうございます」
「お父様、お姉様ただいま!」
扉から見えるようにカメリアもひょっこりと顔を出して、元気な声でそう話す。
お父様がお母様を、私がカメリアをエスコートし、馬車から降りさせた。
そして、私達は再会の喜びを抱擁で分かち合う。
「おかえり」
お父様が涙を流しながら、強くお母様を抱きしめる。
それを見て、屋敷の皆も同じようにハンカチで目を抑えた。
今日はカメリアの出産日以降、初めて家族四人がこの公爵邸で集まる事のできた記念すべき日なのだ。
身体の弱かったお母様とカメリアが、ようやくこの屋敷に帰ってくる事ができた最高の日。
待ち望んでいた日がようやく来てくれた。
私達は早速屋敷に入り、ダイニングルームで昼食を取ることにした。
今日は腕を振るいながらも、お母様やカメリアの体にも馴染みやすいあたたかく体に優しい料理でテーブルが埋め尽くされている。
皆で談笑しつつ食事を召し上がりながらも、お母様は時折じっと私を見つめていた。
会話が途切れた際に、お母様は私に質問を投げかける。
「アイリス、学校はどう? それに、オリヴィア様のサロンに行ったとは手紙で聞いていたけど、本当にとても痩せて……大丈夫なの?」
心配そうな顔で私を見つめるお母様。
今までが太り過ぎていただけで、今はようやく標準体型になっただけなんだけど、あの頃の私しか見ていなかったお母様からしたら非常に心配なようだ。
「いえ、今までむしろ太り過ぎていたので……それに、今がようやく標準体型といいますか……痩せている訳でもないというか」
私が苦笑しながらも、そう返す。
ただ太っていただけで心配をかけて、申し訳ないやら恥ずかしいやら情けないやら……。
私がそう笑っているのに、お母様の表情は晴れる事がない。
どうしたんだろう、と見つめ直すと、お母様は神妙な面持ちでさらに質問を重ねた。
「……魔法を使ったからの影響、という事はないのよね?」
お母様があまりにも重い質問かのように言うから、思わず呆けてしまった。
「え? えぇ、はい。そうですよ、毎日の運動とデイジーのマッサージの手腕のおかげだと思います。ごめんなさい、変に心配をかけてしまって」
「いえ、私が心配しすぎてしまったわね。ごめんなさい」
そう言うと、漸くお母様はいつもの穏やかな笑顔を私に向けた。
久しぶりにあった娘が20㎏近く痩せていたら、そりゃあびっくりするよねと改めて恥ずかしさに顔を俯かせてしまった。
もうほぼ現状維持で良いんじゃね、痩せすぎも体に悪いぞなんてヴィオレも言ってくれたくらいだし。ヒロインに近づく為の努力は実りつつあると言っても良いだろう。……ヒロインとして恋愛の事はどうかな、って感じだけど。
私がヒロインとして活躍が出来ていないまま一年が終わりそうな事実に改めて乾いた笑いを漏らしていると、お母様がパンっと手を叩いて嬉しそうに話題を変えた。
「それよりね、カメリアが二人に話したい事があるの。ね? カメリア」
「うん!」
カメリアの嬉しそうな声に顔を上げた。隣に座っているカメリアの顔を覗き込むと、嬉しそうにへへと笑った。
「お友だちもできたからね、お泊まり会をしたんだよ。お友達と!」
「えぇ!? そうなの!?」
「お外に出られるようになって、お友達も沢山できたの。お姉様やお父様を驚かせたくて、お手紙で言わなかったんだ」
カメリアが胸を張りながら誇らしげに言う。
手紙で友だちが出来たとは聞いていたけど、そこまで仲の深まった友人が居たとは。
嬉しそうなカメリアの顔を私とお母様が温かい目で見つめる。
「私もだから最近は、あちらで小さなお茶会をしたりもしているんですよ」
「そうか、アニスも……。ところで、そのお泊まり会まさか男の子が居たなんて事は……」
お父様だけはピクピクと口角をひくつかせながら、引き攣った笑顔でいるけど、これもまた恒例行事のようなものだから放っておこう。
何はともあれ、このようなあたたかな雰囲気のまま、久しぶりの公爵邸での家族団欒の時間は穏やかに幸せに過ぎていった。
しかし、夜になると長い馬車の時間や久しぶりの公爵邸で過ごした事がお母様の身体に負担をかけてしまったようで高熱を出してしまわれた。
すぐに休み、お医者様の手配をしているが、久々に体調を崩された事にカメリアが動揺している。
私が魔法を使おうとすると、そこまでひどくないわとお母様がやんわりと断り、そこにすぐにお医者様がいらして、私達は部屋から追い出されてしまった。
バタバタとメイド達やお医者様、お父様がお部屋を出入りしているのを、私たちはすぐ近くの部屋でただただ見ている事しか出来ない。
「お母様、大丈夫かな」
何度目かのこの吐息の混じった質問を受け止めた。
目を潤ませたまま俯くカメリアの肩を、そっと抱く。
「冬の長距離馬車がご負担だっただけだってお医者様も仰っていたし、お薬を飲んだら元気になるよ。大丈夫大丈夫」
そう声をかけるも、すぐに不安になるようでしばらく経つと、また同じような言葉を漏らすカメリア。
就寝時間になったので、カメリアの側で本を読んであげてもみたのだが、うとうとと寝てはくれても、いつもの天使のような寝顔ではなく、不安そうに顔を顰めたままの寝顔に胸が痛んだ。
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