80.ヒロインなんですがイベント中に子守をしています
息を切らし、ぜぇぜぇと髪を振り乱したままのクロトン。
クロトンほどではないけれど、明らかに疲れ切った顔で壁際に立つ私とヴィオレ。
美しい装飾とお料理、キラキラと着飾っている生徒や教師の姿にホール全体が輝いて見える。
準備に奔走してボロボロの私達は除いて……。
「お疲れ様、ごめんね私のせいで……」
「ううん。もとはと言えば、ロベリアン様のせいだから」
「もともとはお前らが使っちゃダメって書いてなかったのが悪いだろ」
「生徒会室に出入りする人は生徒会役員しかいないから、皆承知していると思って書いてなかったんですよ。もうジュース飲みにこないでくださいね」
「やだやだやだ、絶対行くもん」
グラスに入ったジュースをもう何杯も飲んでいるロベリアンが頬を膨らませながら抵抗する。この人は本当に甘いものが好きなようだ。
ロベリアンに挨拶をしたそうな教師がチラチラとこちらを見ているが、ロベリアンは関わりたく無さそうでうまくかわしている。
一向に私達から離れようとしないロベリアンを、大人同士のところへ行けるようこちらも促しているのだが、本人が無視をしたり、絶対に近寄ろうとしないので私達も困っていた。
「ロベリアン様、先生同士でお話されなくていいんですか?」
「いいんだよ。俺は特別外部講師扱いなんだから」
「でも、先生方ロベリアン様とお話したそうですよ」
「いいの! ……だって、何話したら良いかわかんないし。年齢が合わないんだよ」
そう言うと、テーブルに置いてある大きなマカロンを一口で口に入れ、もぐもぐと咀嚼し、しばらく話さなくて良いようにした。ぷいっと横を向いて、絶対に行かないという意思表示をしている。
そんな様子を見て私たちは、なるほどと皆手を打った。
「へぇ、人見知りなんだ」
「そりゃ100歳超えてる人と年齢が合う人なんてこの学園にいねぇよな」
「ロベリアン様はどちらかというと、私の妹くらいなら話が合うかもしれませんね」
「お前ら本当好き放題言ってるな。俺は現魔塔の主である魔塔主だぞ。よく心得ておけよ」
そう言うと、またマカロンをぽんっと口に放り込む。
少しむくれた顔でもぐもぐと小動物のように頬を膨らませながら、一生懸命にマカロンを食べている。どうやら、招待されたは良いが知らない人ばかりで心細いようだ。
これではロベリアンから離れられなさそう。どうせ移動してもついてきそうだが。
「クロトン、ヴィオレ。挨拶しに行きたい人とかいない? 魔法の授業の先生とか。私ここにいるから行ってきて良いよ」
「あぁ……えっと……」
クロトンとヴィオレが気まずそうに顔を見合わせる。
星燈祭は想い合っている人たちが星輝石の交換をするといった乙女ゲームイベントでもあるけれど、そういった事をしない生徒や教師たちの基本的な目的は年末に1年のお礼や挨拶を伝え合う場となっている。前世で言う忘年会に近い。
その為、ずっと壁際でロベリアンの面倒を見ているのも、あまり褒められた姿勢ではない。
私がそう提案すると、ヴィオレが遠慮がちに私に尋ねる。
「いいのか?」
「うん、帰ってきたら交代してもいいし。私は話す人ここにいるからね」
「そうか……じゃあ、わりぃけど頼んだよ」
「ロベリアン様、いい子にしててくださいね」
「子ども扱いするな。お前らよりずーっとずっとずっと年上なんだぞ」
ロベリアンがそうまた不機嫌そうに言うと、はいはいと苦笑しながらクロトンとヴィオレは軽く手を振り、賑やかな人の輪へ歩みだした。
クロトンが先生に声をかけようとする前に、ファンクラブの子たちにざっと囲まれてしまった。もしかしたらクロトンはこちらへ帰ってこれないかもしれないな……。ちらりと見えた引き攣ったクロトンの顔に静かに合掌していると、ロベリアンが控えめな口調で私に向かってぶっきらぼうに呟いた。
「お前はいいのかよ、あっちに行かなくて」
「はい、ここに居ますよ」
「ふーん……」
ロベリアンはそう言うと、今度は横に会った小さなケーキを一口であむりとかぶりついた。
なんだかちょっと嬉しそうに見える。こういう風にロベリアンの小さな変化が分かるようになったのも、皆よりは少し長く一緒に居られたからかもしれない。
近くのテーブルにロベリアンが好きそうなものがないか、テーブルの上を見回していると、コツコツと後ろから近づいてくる革靴の音が聞こえた。
「あの……」
くねくねと波打つオレンジの長い髪。銀縁の片眼鏡。会場の男性よりも頭一つ分は大きいすらりとしたモデル顔負けの長身。
この方はまさか……。
「ファ! ファビアン先生!」
「あ、よくボクのことを知っているね。はじめまして、アイリス嬢」
柔和な笑顔で私に向かって微笑むファビアン。
乙女ゲーム『花の祝福≪フルール・ド・グレイス≫』の先生枠攻略対象キャラ。ファビアン先生。禁断の教師と生徒の恋愛ルートだ。
とは言っても、ゲーム内では特に障壁があったわけでもなく、先生と生徒という立場なりの切ない恋愛模様にドキドキしただけだったが。今思うと、あのお父様が学園に大砲を打ち込んだりしなかった事が不思議なくらいだ。……もしかしたら、エンディングの後にやらかしているのかお父様……。
私がそんなことを考えながら、うーんと唸っているところは特に気にせず、不機嫌そうなロベリアンにファビアンは果敢に話しかけていた。
「ずっと、魔塔主様とお話がしてみたいと思っていて。魔法について私も……」
「悪いが、こういう場で仕事の話をする気はない」
ファビアンの言葉にロベリアンは冷たく言い返す。
優しくて温和で素敵なファビアンになんてことを……とハラハラと見守っていると、ファビアンはさきほどから浮かべている笑顔を崩さずにそのまま穏やかな口調でロベリアンへ話し続ける。
「そうですか。それは残念です。ちょうど、数量限定の特別なモンブランが最初に出ていたのを確保していたのですが……」
「なに?」
ファビアンの言葉にパッとロベリアンが反応する。そして、手元にある二つのモンブランが乗った皿に目を落とした。
その様子にファビアンはくすりと吹き出してしまったのを取り繕い、ごほんっと咳ばらいをして少し残念そうな顔をしながら、ゆっくりと頭を下げて立ち去ろうとする。
「こちらを二人でいただきながら、少しお話できたらと思いまして。でもお忙しそうですので、私はこれで……」
「ま、待て……少しなら、いいぞ。別に」
「それは良かった。お忙しいところ、ありがとうございます。あちらにゆっくりと話せるスペースがありますので、よろしければそちらへ。今お飲みのものと同じものもすぐ持ってきてもらえますよ」
う、うまい……。
初対面のはずなのに、さらりとあの気難しい偏屈で子どもっぽいロベリアンをうまく懐柔している。さすがファビアン先生……。
私があまりにも鮮やかな先生の手口に感動して立ち尽くしていると、ファビアンの後ろをちょこちょことついていくロベリアンがハッとした様子で立ち止まり、くるりとこちらに顔を向けた。
「……行ってきて大丈夫か?」
「どうぞどうぞ。楽しんできてくださいね」
そう笑顔で送り出すと、ロベリアンは嬉しそうにひょこひょことファビアンについていった。
ファビアンも私に向かってぺこりと小さくお辞儀をする。私は口パクでよろしくお願いします、と言って頭を下げると、ファビアンもにっこりと笑った。口が「まかせて」と動いている。相変わらずスマートだ。
ファビアンルートは断たれていたし、もう会う機会がないかもと思っていたのに、こんな機会に恵まれるなんて。
小さくなっていく二人の後ろ姿を感慨深げに眺める。
さようなら、前世で私の恋人に32回なった人……。
「ようやく見つかった!」
ロベリアンが居なくなると、すぐさま後ろから声を掛けられた。
私はその声の方を振り返る。
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