第100話 武装集団占拠
列車を出て、駅弁を売っている場所は立体ディスプレイの案内板を見るとすぐに見つかった。
ちょっと距離があったけど、土星列車の駅のホームを見ていくのは新鮮だった。
宇宙空間が見える開けた天窓は開放感があり、レールの方を視線を移すと巨大な土星列車が二車両並んでいる光景は壮観だった。
「さあ、ダイチさん! ここにある弁当を全部買ってください!!」
ミリアは元気にそう告げる。
「勘弁してくれよ……そんな金持ってるわけねえだろ」
「え、持ってないんですか?」
「いや、そんなに露骨にガッカリされても困るんだが……」
「まあまあ、ダイチならそのくらいの甲斐性をみせてくれるという期待の現れじゃな」
「俺にどんな甲斐性を期待してるんだよ? そういうのはエリスにしとけよ」
「エリスには期待していません」
「え、そうか……?」
めちゃくちゃ期待しているように感じたけど、そんなものかとダイチは思った。
「さっさと買わねえと列車が出ちまうんじゃねえか?」
デランが言われて、ダイチは思わず時計を確認する。
「いやまだ十分時間はあるぞ」
「そんなこと言って乗り逃すんじゃねえか?」
「そこまで間抜けじゃねえよ」
「それではそこのドーナツ弁当の三色全部、小惑星ナン、ドライカレー弁当……」
ミリアは次々と弁当を選択していく。
「おいおい、遠慮しとけよ!」
ミリアをダイチは諌める。
「これでも遠慮していますよ」
ミリアは悪びれもなく言い切る。
「なんていうか、お前は火星人っていうより金星人らしいな」
デランが評する。
確かに、たくましい女性が多い金星人と今のミリアはイメージが結びつきやすい。ダイチは密かに同意した。
「お褒めに預かり光栄です」
金星人に憧れの感情を持つミリアにとっては何よりの褒め言葉になった。
「もちろん、いい意味でだよな?」
「俺が皮肉をいうほど器用に見えるか」
「ああ……そんな皮肉を言えるくらいには器用じゃねえか……」
ダイチは呆れながら言う。
ミリアの無遠慮なところは、確かに強い女性の多い金星人の特徴に当てはまる気もする、とダイチは密かに思ったがそれは口に出して言うつもりはなかった。
ブオオオオオオン!!
そこへ汽笛が鳴る。
「な!? まだ出発には早くねえか!?」
デランはざわめく。
「いや、落ち着け。まだ時間がある。ただ鳴らしただけだろ」
「いや、何か様子がおかしいような……」
落ち着いているダイチに対して、フルートは汽笛の音がした方を見る。
シュシュシュシュ
先頭車両は遠すぎてよく見えないが、煙が出ている。
この煙は、本物の蒸気列車が石炭を燃やして出す煙を、土星列車が演出するために出しているもので、本当に石炭を燃やしているわけではない。と、イクミから聞いた。問題はそれが発車する直前の演出だということだ。
「まだ、時間じゃないはずなのに……!」
ダイチは時計を確認する。
この駅での停車時間は確か三十分。まだ十分程度しか経っていない。発車するにしてはいくらなんでも早すぎる。
シュシュシュシュ
しかし、車輪まで回って走り始めてしまった。
「お、おいおいおいおい!!」
ダイチ達は慌てて追いかける。
「まだ弁当買っていませんのに!」
ミリアは文句を言い出す。
「言ってる場合か! 俺達まだ乗ってねえんだぞ!」
「走れ! まだ間に合うぞ!」
デランが先頭を走る。
「ダイチ!」
フルートが呼びかけて、ダイチの背中に飛び乗る。
身体が小さく、速く走れないフルートはダイチに飛び乗って走ってもらう。フルートは合図一つでそれをやったが、ダイチはその意図を理解していた。
(緊急事態だし、やむを得ない!)
フルートを乗せて走るのは何度もしてきたことだし、身体も火星でのエリスとの訓練、金星での騎士養成学校での戦闘訓練、木星での戦争といった経験をしたきたおかげか、かなり無茶ができるようになっていた。
「うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ダイチは裂帛の一声を上げて、全速力で土星列車を追いかける。
文字通り風を切って、音より速く走る。
「おりゃぁッ!!」
そして、十分に車両に接近したところで、ジャンプして飛び乗る。
「ハァハァ……!」
なんとか列車の開けているテラスに飛び移ることができた。
「デラン! ミリア!」
ダイチは手を伸ばす。
ミリアはジャンプしてその手を掴む。デランは自力でそのスペースに飛び乗る。
「こんな乗り方でいいのか?」
デランが問いかける。
確かにこんな乗り方は前時代的極まりない。
「緊急事態だ、しょうがないだろ」
ダイチはそう割り切る。
「本当に緊急事態なんでしょうか? お弁当をほうっておくほどの」
ミリアは不満の混じった疑問を呈する。
「それは……」
確かに、予定より速く列車が走り出す事態を緊急事態だと言い切ったものの、それは単なる予定変更なのかもしれない、とも思えてきた。あと弁当云々はスルーするに限る。
「まだわからねえな。とりあえず、入ってみるか」
ダイチは出入口の方へ歩む。
「……しかし、なんだか嫌な予感がするぞ」
背中に乗っているフルートに言われて、少し背筋が冷たくなる感覚に襲われる。
「お前の予感はシャレにならないからな」
フルートの冥皇としての器は、時に常識を超えたチカラを発揮している。
その超人的な感覚で何かを察したのか、あるいは予知能力が発言していてもおかしくない。
嫌な予感がする。ということは、ろくでもないことが起きることなのではないか。
「こりゃ列車強盗か?」
バァン!
ダイチが軽口をついた直後に、銃声が轟く。
「わあッ!?」
ダイチは身をかがんで、銃弾を避ける。
「おっと、つい撃っちまったぜ」
見るからに柄の悪い男三人のグループでやってくる。
銃を撃ってきたのは、確認するまでもなくこいつらだ。
「なんだなんだお前ら!?」
「お前らこそなんだ! アナウンスを聞いてなかったのか!?」
「アナウンス?」
「妾達は今乗ったばかりじゃぞ」
「無断乗車か!」
「悪い奴らだぜ、ククク!」
「ヒトのこと言える面かよ。お前ら、ちゃんと切符買って列車に乗り込むような顔してねえだろ!」
デランが言い返す。
「言うじゃねえか! 俺らの十分の一も生きてねえような若造が!?」
この男達が土星人なら見た目が三、四十くらいでも、ダイチの十倍くらいは生きていてもおかしくない。
「俺あと十倍生きたらそんなにガラが悪くなるのか」
デランが嫌そうに言う。
「ご心配なく、十分ガラが悪いですよ。まあ、彼らはその十倍以上ガラが悪いですが」
ミリアは嫌味を容赦なく言う。
当然男達は激怒する。
「こんのやろう!!」
銃口を構える。
「へ、わかりやすいぜ!」
デランは鼻を鳴らして、斬りかかる。
「何ィッ!?」
男は、間合いを一瞬で詰めるデランの踏み込みの速さに驚愕する。
ブゥン!
抜剣とともに放たれた一撃で男の一人は吹っ飛ぶ。
「なッ!? てめえッ!?」
他の男の一人がデランへ銃口を向ける。
バァン!
その銃をダイチが放ったレーザーガンで当てて飛ばす。
「とおりゃッ!」
そのままレーザーブレードを引き抜いて男を斬る。
「ぎぃぃぃやッ!?」
その一撃を受けた男は電気ショックを浴びたように悲鳴を上げて倒れる。
残った男二人をミリアが分身を作って、拳打と蹴りで吹っ飛ばす。
「強さってのは、ガラの悪さと反比例するのか?」
デランがそんなことを言う。
「その理屈でいうと、あなたはこの狼藉者達と大差ないことになりますよ」
「なんだと!?」
ミリアの物言いに、デランは思わず食ってかかる。
「まあ、落ち着けよ。それよりもこいつら、どうみても列車強盗だぞ」
「こやつらが列車を勝手に走らせたのか?」
「さあ、わからねえな。だとしたら、こいつらは下っ端だろうな」
この規模の列車を瞬く間に占拠して、勝手に走らせる手腕は相当なもののように感じる。
「ひとまず、エリス達に連絡だ」
「エリスがこんな状況で大人しくしているとは思えませんが」
ミリアが冷静に言う。
「嫌なこと言うなよ」
ピコ
ダイチがそう言うなり、通信ウィンドウが開かれる。
「イクミか!」
『ダイチはん、なんとか乗れたか!』
「ああ、なんとか追いついて飛び乗ってな」
『そっか。それはよかった。いやそれもいいとは限らんな』
「なんでだ?」
『この列車、武装集団に占拠されたみたいなんや』
「武装集団? 占拠?」
『あっちゅうまにコントロールルームを乗っ取ったみたいで急発進したみたいなんや。犯行声明も出とる』
イクミは通信ウィンドウにその犯行声明から再生される。
『今から我々が土星列車を占拠した。乗客はみな人質となってもらう。大人しくしていれば命は保証しよう』
野太い男の声だった。
まさに力づくで要求を通そうとする男の圧力ある声明だった。
「いかにも強盗の親玉らしい。単純明快じゃな。して要求は?」
『要求は無いんや。ただ大人しくすることや』
「大人しくしていれば命は保証する、って、言ってたしな」
「だったら、連中の狙いは何だ?」
デランは疑問を口にする。
『……おそらく列車の物資かもしれんな』
「物資? 強盗が欲しがるような物資を積んでんのか?」
『そこまではわからんが、この列車に軍事物資を積んで土星の各都市に運び込んでいるのはよくある話らしいんや』
「なんてものを……観光用、とかじゃないのか」
ダイチはぼやく。
列車である以上は、移動手段であり、運送手段でもある。
この列車の規模ならそれなりの兵器の運搬もできそうではある。けど、一般人も乗り込んでいるのに、そんな物騒なものを積んでいるのはダイチの感覚からすると考えられないことだった。それとも、それが土星での常識であるのだろうか。
「ま、今そんなこと言っても仕方ねえか」
「ええ、そうですね。今は強盗をなんとかしないと、ですね。大人しくしていれば無事に帰してくれるのでしょうか?」
「大人しく、な……」
デランは吹っ飛ばした男達を眺めて言う。
「命の保証はない大人しさですね」
「お前、人のこと言えるのか?」
ミリアがしたり顔で語るものだから、ダイチは思わずツッコミを入れる。
「ところでエリスはどうしました?」
「なんとなく想像がつくが……」
『――飛び出していった』
ダイチとミリアは揃って、あぁ、やっぱり、という顔をした。
「ちゃんと手綱をしめておけよ」
デランが面倒そうに言う。
「こんな状況になったら仕方ねえだろ、いくぞ」
「目指すは親玉かのう」
「エリスのところだよ」
「一緒じゃろう。どのみち、あやつは親玉のところへ向かっているじゃろうし」
「それもそうか。親玉と一戦やらかしてても驚かねえよ」
そんな会話をしながらダイチ達は車両の継ぎ目までやってくる。
「それじゃ、まあ物見遊山で見に行くか」
デランは気軽に言って、追いかけてくる。
そこへガラの悪い男達が前の車両がドカドカとやってくる。
「おう、てめえら! 大人しくしてやらねえのか!?」
「大人しくしてなかったら、どうするんだ?」
「こうするんだ!!」
男がそう答えるなり、カチンと列車の壁を叩きつける。
ガシャアアアアアアン!!
すると列車のけたたましい音を立てる。
「うおおお、やりやがったあッ!!」
ダイチ達は走り出す。
連結部分が外したということは、今ダイチ達がいる車両は切り離されてしまうこと。
エリス達と合流できなくなってしまう危険がある。
「何が起きるかわからんが、みなのもの急げ!!」
フルートが号令をかける。
男達と前の車両への道に天井から隔壁が降りてくる。
「うおおおおおおおおッ!!」
デランが剣を引き抜いて、隔壁を斬ろうとする。
「待てデラン! そいつはヤバい!!」
ダイチが制止しようと声を掛けるも、デランの踏み込みは止まらなかった。
ザシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!
抜刀の一閃により、隔壁を綺麗に斬り裂く。
「うおおおおおお、お前ら、なんてことをおおおおおッ!!?」
男が悲鳴のように叫ぶ。
ダイチもこの後、起こることを想像すると叫びたくなる。
ガチャン!
それは、やけにおもちゃじみたようなチープな音に感じた。
そう聞こえたのはダイチの感受性によるものだったのかもしれない。
まるでおもちゃのように車両が取り外された、と。
「ミリア! フルート!」
デランは既に前の車両に飛び乗っているので安全を確認していた。
ゆえにダイチはその二人の安否を確認した。
ミリアは分身を前の車両側に二人作り出して、人間はしごをつくらせる。それで、本体のミリアを引っ張り上げた。
フルートは自分と同じように、前の車両にたどり着けていない。
つまり、デランが斬った隔壁のせいで宇宙空間に投げ出された。
「ちくしょぉぉぉぉぉッ!!」
ダイチは裂帛の叫びとともに跳躍する。
何も無いはずの宇宙空間で何かを蹴るような感触とともに勢いよくフルートの元へ飛ぶ。
「フルート!!」
「ダイチ!!」
フルートが呼びかけに応えた。意識ははっきりしているということだ。
ダイチは安堵とともに、フルートを抱きかかえる。
「妾に任せよ!!」
フルートがそう言うと、ダイチとフルートの身体を白い蒸気のような気流が包み込む。
「おおッ!?」
すると、二人はその気流とともにジェット噴射のごとく勢いで車両へ追いつこうとする。
しかし、車両は安全のため、隔壁が閉じようとしている。
「追いつけるか、フルート!?」
「やってみせよう!! ぬうううううッ!?」
フルートの苦悶の声が聞こえる。
この気流は、木星の戦争の時にも似たようなものに体感したことがある。
あのときもこの光り輝く気流に包まれて、自分自身が流星になったような感覚があった。
ただ本物の流星のように燃え尽きるわけにはいかない。
「フルート!? これどうするんだ!?」
「わからん! とにかく追いついてみせる!」
「ああ、お前のおかげで追いつきそうだ! そのあとは!?」
「追いついたあとは……――ダイチに任せた!!」
「無茶言うな! 俺に何ができるっていうんだよ!?」
「できる! 信じておるぞ!」
「んなこと言われてもな! こうなったら!!」
ダイチはレーザーガンを列車に構える。
バァン!!
窓に向かってレーザーガンを放つ。
窓は強化ガラスだけど、レーザーの照射に耐えるほどの強度は無かった。
「フルート! あそこに向かって飛べるか!?」
「やってみる! ぬうううううッ!!」
フルートの歯を食いしばる声が聞こえてくる。
「もう少しだ! もう少し頑張ってくれ!!」
ダイチは必死に呼びかける。
フルートがそれに応じてくれようと必死にチカラを振り絞っているのが背中越しにも感じてくる。
できれば「もういい、十分だ」と言って、労ってやりたい。
しかし、今は列車に追いついて再び乗り込むことができるかどうかの瀬戸際であった。
ダイチにしてやれるのは、こうして声をかけて応援することだけ。
(俺がジェットにでもなれればよかったんだが!? ああ、くそ!!)
自分の無力さを噛み締めつつ、自分が穴を開けた窓を見つめる。
「――!!」
窓越しから自分を狙って放たれたロケットバズーカが飛んできた。
「フルート、避けろ!!」
「なぬッ!?」
そこで、フルートはロケットバズーカが飛んできていることに気づいた。
「そんな急な方針転換はできんぞ!」
「ああ、だったらああああああッ!!」
ダイチはレーザーブレードを引き抜いて、ロケットバズーカを斬って捨てる。
「お見事!!」
フルートはそう言ってくれたように、フルートに飛ばされている体勢、ロケットバズーカの速度を見切ってレーザーブレードを引き抜くタイミング、我ながら神業だったとダイチは思う。
それだけにもう一度やれといわれても、無理だろうとも思った。
だから、間髪入れずに放たれた二発目のロケットバズーカはどうしようもなかった。
バァァァァァァァァン!!
爆風と衝撃でダイチの視界は闇に埋め尽くされた。
その闇の正体は、瞼なのか、宇宙なのか、ダイチに判断がつかないまま、意識を失った。




