修道士になったアルバ
「冗談じゃねぇ!なんで俺が…。」
次の日の昼、傭兵のコプラは、そうブツクサ文句を言いながらアルバの横を歩いていた。昨晩、コプラはたまたま顔を出した「ソンガーの宴」という店で、サーシャとう世にも美しい女性を見初めた。彼女は、ここら辺では滅多にみない黄金色の髪をフワッとおろしていて、肌が白く、美しく、清廉で、優しい整った顔立ちをしていた。すらっとした出で立ち、堂々として高貴さも漂わせる彼女に用心棒として近づこうとしたが、彼女の正体は、女神と称され世界中の修道士から愛されている教団の最高位の司祭だった。挙句、彼女には世界中に名を轟かす、ロハンの領主アルバという男を騎士として連れていて、恋仲だった。
だが、昨日の帰り際そのサーシャから手を掴まれて「お願いがあります。」と、あることを懇願された。そしてその手には、金貨が一枚。
その美しい女神のお願い事を断れるほど、自分は擦れてなかったようだ。女神の手の温もりを感じながら、彼は何気に首を縦に振ってしまった。
だが、よくよく聞いてみれば修道士の護衛として、ロフテンの秘密警察に捕まってくれという無茶振りだった。金貨1枚は大きいが、命をかけるかどうかの判断としては、中々微妙な線だ。そして今、彼の横にはグレーローブを着込み修道士に扮したアルバが呑気に歩いている。
「まぁまぁ、強そうに見える男は、あんたしかいなかったんだ。」
「つうかよ!おまえさんロハンの領主なんだろ?軍を動かして、とっととロフテンを占領すればいいじゃねぇか。」
コプラは鼻を鳴らしてそう文句を言う。確かにロハンの軍は勇猛果敢で名を馳せていて、世界中に名が知られた英雄も多く抱えている。今のロフテンならあっという間に占領は可能だ。だが、アルバは大きく首を横に振って否定した。
「そういう訳にもいかない。戦争をやるにも大義名分がいる。」
「おまえらのトコは、一度ここロフテンに攻め込まれたんだ。その反撃となれば誰からも文句を言われんだろうよ!」
「普通の国ならね。だが、俺たちは教団の女神サーシャを頂きに掲げている。よほどの「義」がなければ動けない。国内を守るとか、他国から救援を求められとか…ね。それ以外ではサーシャの名前に傷がつく。」
「けっ!それで、領主自ら諜報活動かい。ご苦労なこった!」
「ははっ。俺は元々、物売りだ。なんてことはない。」
アルバはそう答えると、コプラは苦々しい顔を浮かべた。彼にしてみればその話は信じられなかったようだ。
「その噂は聞いた事があるけどよ…そりゃ、本当なのかい?」
「本当だ。僅か数年前までは、毎日飯を食うだけで精一杯だった。」
「そりゃご出世なされたもんだ。今は領主で、女神つき!変わってほしいぜ。」
コプラは短い黒髪を撫でながらそう嫌味を言った。なにせ今は自分は、無職の傭兵だ。それこそ食べていくことで精一杯だった。そんな傭兵くずれの彼に、アルバは思い出したように尋ねる。それは、あの店の店主パルマに聞いた話だ。
「コプラさんは、教会の門番をしていたんだろ?」
「そうだ。ここのバカ国主が教団を追放したんで、職を失ったがな。」
コプラはその事をとても悔しそうに話した。アルバはその様子に、この如何にも乱暴者の彼も神を信仰してるのではと思った。
「じゃ、あんたもサーシャを崇めてるのか?」
「バカ言え。俺は金が貰えりゃ、神でも悪魔でも構わねぇよ。あ、でもあの姉ちゃんのおっぱいは崇めてるぜ!」
「あはは。気持ちはわかる!」
コプラの見た目通りの下品な言葉に、アルバは苦笑しながら応えた。コプラが更に彼にサーシャの胸の話を追加しようというとき、ついに声をかけられた…と、いうより怒鳴られた。それは5〜6名の黄色の鎧を着ているロフテン軍の兵士だった。だが、昨日あの店にやってきた秘密警察とは違う普通の軍の所属のようだ。彼らは、2人を見つけると血相を変えて走り寄り、周りを取り囲んだ。
「貴様!!修道士だな!!この国は、教団追放令が出ている。」
その5人の中で上官と思しきマントを羽織った兵士がそう声を荒げた。グレーローブを着ているアルバは、わざと驚いた表情を浮かべ応える。
「え?俺は、旅の修道士です。そんな話は初めて聞いたんだが…。なぁ、コプラ。」
「あ、ああ。そうだな…。」
アルバとコプラのその呑気な物言いに、ロフテンの兵士は槍を突きつけ
「とにかく、兵舎まで来て貰う。抵抗するなら、ここで殺す。」
と激しく威嚇してきた。アルバはその兵士のあまりの剣幕に思わず手をあげて後ずさる。そして軽く、コプラに目で合図した。するとコプラは(やれやれ)と諦めの表情を浮かべ首を振り、腰に差していた剣を地面に捨てた。
「よし!!捉えよ!!」
素直に命令に従った2人を見て、上官がそう大声をあげるといきなり周りの兵士たちが自分たちを羽交い締めにして、手にきつくロープを掛けはじめた。
アルバとコプラが連行された先は、ここコルタカの町にある小さな兵舎だった。2人は一度別々にされて、小さい小部屋に放り込まれた。コプラは、「コラ!もっと丁寧に扱え!」と喚き暴れたため、2〜3発殴られたがアルバは素直に従った為そのままその部屋の椅子に座らされた。
そこは無機質な白い壁に囲まれた狭い部屋だった。机を椅子があるだけの殺風景な部屋だ。おそらくここが取調室なのだろう。
(さてさて、ここからどうなるのろう…)アルバが辺りを見ながらそう思っていると、いきなり目の前の扉が開いた。そして一人の男が入ってくる。それは若い男でアタナトのように、髪を後ろで結んでいた。彼はおもむろにアルバの前に立つと
「私はロフテン軍北方部隊に所属するテーバスだ。」
と名乗り、ゆっくりと椅子に座った。アルバは小さく頭を下げる。すると、そのテーバスと名乗った男は、一度チラッとアルバを見ると尋問を始めた。意外にも物腰は柔らかく丁寧だ。
「すまないがここロフテンは、王の命令により教団追放令が出ている。当然修道士は逮捕される。」
「はぁ…。」
「君の名前と、出身国を教えてくれ。」
「サイの修道士で、アル…です。」
アルバは予め用意してあった偽名を話すと、テーバスは丁寧にそのことをメモをしだした。彼は姿勢も正しく、声も澄んでいる。
「サイは山が多く、自然豊かな国と聞く。」
「そうですね。ただ、民が豊かとは限りませんが。」
「君の国は、各町の領主が強いとか?」
「ですね。あ、教団の力も強いです。」
アルバが今までの旅でサイを訪れた時を思い出しながら感想を述べると、テーバスは小さく頷く。
「ふむ。旅の目的はなんだい?」
「えっと…世界中をこの目で見て聞見を広めるのが目的です。」
アルバがそう話すと、テーバスはメモを書く手を止めてゆっくりとアルバの顔を見据えた。そして、暫くその大きな目を見ていたがやがて、大きなため息を漏らしアルバの予期しない言葉を言い出した。
「アルくん。君の目は澄んでいる。このままサイの国に帰ってくれ。軍でロハンの国境まで送らせる。」
「はい?」
アルバは自分の耳を疑ってそう聞き返してしまった。それでは作戦失敗だ。だがそんな事を露ほども知らないテーバスは書類をトントンと揃えると、微かに微笑み言葉を続ける。
「君は運を持ってる。秘密警察に捕まらなくて良かったな。」
「ちょっと待って下さい。それはどういう…。」
アルバが焦ってそう尋ねると、テーバスは一度ゆっくりと机に肘をついた。微かに目に疑いの心が見て取れる。
「なにか不満かい?それとも秘密警察に捕まった方が都合が良かったとか?」
「…そういう訳ではないが…。」
アルバは元々、嘘が下手だ。そのため、仲間の作戦隊長のモモにも、「それだけが使えない」と揶揄われてもいるくらいだ。この時も、つい本音が顔を出してしまった。
「…君は、修道士じゃないね…。」
「…。」
なにも答えないアルバにテーバスは一度、ドアの方を振り返る。そして誰もいない事を確認すると、そのままアルバの近くに顔を寄せて小声で話し始めた。
「これは私の個人的興味だ。故に報告書に残さない。君は、砂漠の巨大な街から来たのではないか?あ、答えなくていい。合っていたら…目を閉じてくれ。」
砂漠の巨大な街…それは間違えなくロハンの事だ。アルバは少し迷ったがこのテーバスの目は…信じられる…そう感じた彼は、静かに目を閉じた。するとテーバスは無表情を崩さず、しばらく黙っていた。だがやがて、何かを思い立ったように手に持っていた報告書に小さい文字で何かを書き始めた。
「?」アルバが不思議そうその文字を見ていると、彼はよそ見をしながらそっとその書いた文字をアルバに見せる。
女神様は、この地にいらっしゃるのか?
紙にはそう書かれていた。そしてアルバがその文字を見たことを確認すると、その紙を破りそのまま壁に掛かっていたランプの中に投げ入れた。紙はチリジリと燃え、やがて灰になる。
彼が振り返りアルバに目をやると、アルバは再び目を閉じた。
すると彼は小さな小窓に向かって、小さく頭をさげそして目を閉じた。(この男…祈っている)アルバは直感でそう思った。そしてこの男は、なにかしら教団に関わっているとも理解した。教団の教えは世界中に根を張っている。いくら国が教団追放を決めようともそう簡単に割り切れるものではないことを、アルバはこの時強く再認識した。テーバスは祈りを終えるとアルバの方を顔を向けた。
「ひとつ聞きたい。」
「なんだ?」
「ロフテン軍がキルドの街に攻め入った時…あのお方は街にいたか?」
「…いない。」
アルバがそう素直に答えるとテーバスは、わずかに微笑みを見せた。それはテーバスがピュロス将軍とともにキルド街へ陽動作戦で軍を進めた時の事だ。確かな情報網を持つピュロスは、教団の女神サーシャはあの街にいないと言い切った。その事を知っているのは、ピュロスとテーバス…あとはロハン軍の上層部だけのはずだ。その事でテーバスはアルバを信用することにしたらしい。
「我々の軍は、数多くの修道士と信者をある場所に匿っている。特に女と子供はな。それは安心してくれていい。だが、教団の上位の者や影響力の高い人物は、秘密警察の手中にいる。」
「なるほど。」
「取引しないか?」テーバスは再びアルバの目の前に、顔をつけた。
「取引?」
「ああ。」
そう言ったテーバスの目は真剣だった。彼にとってもこれはかなり危ない橋を渡るに等しい。もしアルバが秘密警察の手の者なら、テーバスとて死罪は免れない。アルバは小さく頷いた。するとテーバスは顔を近づけたまま話を続ける。
「秘密警察に捕まっている者の中に、クラクスという方がいらっしゃる。その方だけが、今回この国に起きた全てを知っていると我々はみている。」
「それは…行方不明の王子の名…。」
テーバスの言葉にアルバがそう返すと、彼は一瞬驚きの顔を浮かべたが、やがて小さく頷いた。そのクラクスという王子は、今回旅に同行したピオ司祭が探し求める人物だ。
「貴方が何者かは知らぬが…できれば我らが王子を救ってほしい。いや、居場所だけ教えてくれれば良い。」
「いや、救ってくる。俺もその王子様に用がある。だが、その前に君が描く「絵」を教えて欲しい。」
アルバが真面目な顔で問うと、テーバスは小さく首を振った。さすがにそれは教えられないと言わんばかりだ。アルバのいう「絵」とは、王子を救ったとしてそこから彼らが何をするのかを聞いたのだ。アルバは少し迷ったが、この男を全面的に信用してみることにした。
「俺は、名をアルバという。」
「なっ!?」
流石にその名を聞いたテーバスは驚いて目を見開いた。それは、今やロフテンが敵対しているロハンのトップで、世界中に名が知れ渡った英雄の名だ。テーバスは、しばらく衝撃で体が動かなかったが、やがてアルバから体を離すと小さくため息をつき、笑いを浮かべた。
「飯を食っていってくれ。秘密警察にいったら、当分なにも食えない。」
「ありがとう、テーバス。」
「食いながら、「絵」の話をしよう。」
彼はそう話すと、初めて大きく笑った。




