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魔人と精霊人の秘密


その晩、サーシャは一人城の最上階にある庭で星を眺めていた。


自分の騎士であるアルバは、約束の期日より一足先にやってきたフィルファの宮廷騎士ジャンに連れられて街へ行っている。ジャンは珍しく真面目な顔で「大事な話があるんで、女神の騎士様をお借りします〜」と、サーシャに言い残していったのだが、あの様子だとただ遊びに行っただけだろうと、サーシャは推測していた。

彼女が空を眺め始めるようになってから、彼此10年以上が経っている。アルバと離れ離れになった10歳の時からずっとだ。今でも、アルバが仕事や遊びで出かけてしまい、一人になるとつい空を見上げてしまう。


黄金色の髪と教団最高位の司祭の証である白ローブが、そよ風に優しくそよいでいる。

月明かりが当たるその姿は、やはり女神そのものだった。


「こんばんは。」


突然、女の声がした。聞き覚えのある声に、サーシャがゆっくりと振り返るとそこには、二日前に助けた魔術師のレイアが一人立っていた。

彼女は、サーシャがあげたベージュのワンピースを着ていて、魔術師の代名詞でもある杖ももっていない。目も漆黒でない今の彼女は、誰が見たとしても魔術師とは気づかないだろう。


「レイアさん、こんばんは。今日はお天気がいいので星がよく見えますよ。」


サーシャがそう答えると、レイアはゆっくりとサーシャに近づく。するとサーシャは再び目線を夜空に向け、優しい笑みを浮かべた。レイアはそのまま女神の横に立つと、彼女と同じように空を見上げた。


「本当ですね…。」


「はい。少し寂しい時には空を見上げると心が落ち着きます。」


「…サーシャ…さんも、寂しいの?」


レイアは無理やり彼女の名を告げてそう尋ねた。生まれてからずっと「悪魔」と呼んでいた教団の女神の名を呼ぶのは憚られたが、意外にもすんなりその名前を口にできた。


「はい。…私の騎士様が遊びにいってしまわれたので。」


「え?それだけで…ですか?」


レイアがサーシャの言葉に少し驚きそう尋ねると、女神はレイアに顔をむけて小さく笑った。


「私はすごいヤキモチ焼きなんです。彼が例え男と遊びにいっても、ずっとお餅焼いてます。さすがに本人に言うことはありませんが。」


照れ臭そうに答えるサーシャにレイアは少し心がほっこりする。(いちいち意外だわ…)そう思えてならなかった。


「なんか意外です。女神も嫉妬とかするんですね。」


「フフッ…。今度は女神ですか。できれば人がいいんですけど。」


「貴女を人と呼ぶのは流石に憚れます。」


レイアはそう言って小さく笑う。レイアはサーシャの事をずっと悪魔と呼んできた手前、人になられると困る…と思って苦笑いしたのだ。(まさか悪魔と並んで話す日がくるとは…)と不思議な気分にもなる。するとそんな微妙な顔つきをしている彼女にサーシャは申し訳なさそうに話し始めた。


「あなたがた姉妹の故郷を、私は無くしてしまいました。ごめんなさいね。」


「え?ああ…。それは気にしないで。どうせあのまま帰っても私たち姉妹は殺されていたから。」


レイアはそう答えると、自身の藍色の髪をゆっくりとなぞるように触った。多少寂しさもあるが、死ぬよりはマシだ。妹のラメレスも命を救われたことを思えば、良かったとさえ思える。


「私たち姉妹は…エディアの「風の島」で育ったんです。」


レイアはふと自分の育ったエディアの島の話をした。勿論、サーシャがエディアの出身ということは分かっての事だ。教団の聖地はエディアにある。


「まぁ…。あそこは草原が多くて心地いいところですよね。」


「えっ?サーシャさんも行ったことがあるんですか?」


「ふふ。私の祖国はエディアです。島は全部行ったことがあります。あなたは、レゴラス宮殿に来られた事はあるんですか?」


レゴラス宮殿とは、カスティリャ家が居を構える場所でエディアの王宮の一部だ。形上は、エディア王国からの借り物ということになっている。だが、レゴラス宮殿は教団の聖地の一番奥にあって、たとえエディア王でも迂闊に近づくことさえできない場所だった。ちなみにエディアは島全体が、空に浮いている。島々といってもそこは全て空の上だ。


「さすがにあそこへは近づけません。だって、私たち魔術師の仇敵が住んでるところですよ?」


レイアはそう言って苦笑いを浮かべた。サーシャも思わず口に手を当てて大きく頷く。


「ああ…。確かにそうですね。でもあんな場所来ない方がいいです。風の島の方がずっと素敵な場所です。」


その意外な女神の言葉にレイアは目を丸くした。まさか女神が聖地を「あんな場所」と呼ぶとは思わなかった。


「サーシャさんは…ご自分の故郷が嫌いなの?」


「故郷というか。あの場所が嫌いなだけですね。あそこは私にとって牢獄なんです。」


「でも…貴女はある意味あそこでは女王さまでしょ?何不自由ない生活が送れたんじゃ。」


「針のむしろに座っているようなものです。毎日息が詰まるし…気が狂いそうでしたよ。」


サーシャはそう言って苦笑いする。レイアは女神の美しい顔をそばに見ながら小さい声で


「それは…意外です。」


と漏らした。教団最高位の司祭ともなれば贅沢三昧、我儘言いたい放題で好き勝手やっていると思ったからだ。だが、サーシャは首を小さく振って再び夜空を見上げながら話を続ける。


「毎日、金と権威にしか興味のない人ばかり訪ねてきて、意味のない行事やしきたりばかり。周りはサーシャさま、サーシャさまって媚びへつらう人ばかで、誰一人、本当の事を言わないのよ。もう、うんざり。あ、聖騎士の中にはまともな人が何人かいましたけどね。」


「でも…偉い人ってみんなそうじゃないの?」


「どうなんでしょうね…。私は他の人は知らないから。でも、私には向いてないってすぐに思いました。」


「へぇ…。でも、サーシャさんは他の生活を知らないのによくそれに気づきましたね。ほら、普通そんな王宮みたいなところに暮らしていたら、外の世界を知らないはずでしょ?」


レイアがそのことを尋ねると、サーシャはとても嬉しそうに、昔を懐かしむように腕を伸ばして話し始めた。


「それを教えてくれた人がいたんです。子供だった私をみんなの目を盗んで外に連れ出してくれた男の子が。」


「へぇ…。それはまた無謀な男の子ね。教団の女神を連れ出すなんて…周りの大人は大騒ぎだったんじゃない?」


「フフッ…。それはもう大騒ぎだったわ。でもね…その子は私にワクワクドキドキすることばっかり教えてくれたの。私は毎日キャーキャー言ってたわ。そして私は彼の事を師匠って呼んでた。もうねぇ…大好きで大好きで仕方なかったんです。」


それを話すサーシャは本当に嬉しそうだった。「ふふ、そんなに大好きって言ったら…アルバさんが怒りそうですね。」とレイアが苦笑いしがらそう話すと、サーシャはパッと大きく目を見開いてレイアの手を掴んだ。


「そう!そうなんです。彼はずっと師匠の事で嫉妬していたんです。でもね…フフッ。あのね、師匠って実はアルバの事なんですよ。」


「えっ!?そ、そうなんですか?でも…」


「はい。彼は実は記憶をなくしていたんです。子供の頃の記憶を全部。だから、彼には子供の時に私と遊んでいた記憶がないんです。だから、彼はずっと子供の時の自分に嫉妬していたんですよ。」


サーシャはなぜかとても嬉しそうにそう話した。レイアには、その出来事自体がとても悲しい物語のように聞こえたが、彼女からは幸せしか感じられなかった。恐らく今が幸せだからなのだろう…レイアにはそう思えた。


「でも…アルバさんはなんで記憶を?」


「うん…。」


レイアは一番気になることをサーシャに尋ねてみたが、女神はその事は話さなかった。彼女の横顔は、先ほどと変わらず幸せそうだったが微かに目に哀しみが見える。おそらく…触れられたくないんだろう…レイアはそう女神の心を感じ取りそれ以上聞くのをやめた。するとサーシャは、ゆっくりとレイアに顔を向けると、今度は自分たちのことを聞き出した。


「ねぇ、レイアさん。魔術師さんってどんな暮らしなの?」


「え?ああ…。つまらないですよ。教団の最高位の司祭様の暮らしぶりに比べたら。」


「もう!私の暮らしは牢獄だと言ったでしょう?」


サーシャはそう話すと顔を膨らます。まさか、そんな言葉通りのことをしている女神がとても可愛く感じられて、レイアは思わず笑ってしまった。そして、昔を懐かしむように魔術師の暮らしを話し始める。


「そうですね…。子供の頃は、意外と普通の暮らし…かな。魔術も遊びみたいなもので魔術師同士で、競いあっていた覚えがありますね。ほら、男の子がチャンバラや弓矢で遊ぶ感じ…かな。」


「へぇ…、子供の頃から「石」を使っていたの?」


「そうです。でも、魔術師にも個人差があって。私は6歳の頃から使えましたけど、妹のラメレスは15まで使えなかったの。」


「でも…私は魔術師の事はほとんど知らなかったわ。エディアでそんなに大ぴらにしてたら伝わりそうなのに…。」


「子供遊びでしたから。でも、16歳になると私たちはエディアを出て、フィスナっていう氷の国に連れて行かれるんです。そこからは、毎日厳しい修行の毎日。自分だけの精霊人ともそこで出会うんです。地下に眠っている精霊人を目覚めさして…。あっ…。」


レイアはそこで話を止めた。いつの間にかベラベラとサーシャに話してしまったことに、少し悪い気がした。追い出されたとはいえ、今でも魔術師の血は変わらない。だが、サーシャはそんなレイアを見て優しく微笑むだけで強要はしなかった。


「話したくないことは、話さなくていいのよ。でも…フィスナには私も行きましたよ。もう寒くて寒くて死んじゃいそうでした。」


「わかります。どうかしてますよね、あの寒さ!」


「アルバなんか、凍傷になりそうだったのよ。でもそこでベアトリーチェに会ったの。」


サーシャがそう話すと、レイアは「へぇ…。」と答えるだけで意外と反応が薄かった。ベアトリーチェは、魔人のプリンセスで魔人の王バロールの娘だと言われている。とんでもない力を持っていて、アルバとサーシャの二人掛かりで本気で戦っても全く敵わなかった。ただ、彼女はとある理由でアルバに惚れていて、死ぬことはなかったが。


「ベアトリーチェ…ですか…。」


レイアは再び彼女の名を言ったがやはり反応が薄い。ベアトリーチェは魔人の中でも最高位の魔人だ。魔術師であるレイアにとってベアトリーチェは、神のように憧れの存在か、敬う相手だと思っていた。だが、彼女からはその様子は微塵も感じられない。むしろ…知らないのではとサーシャは驚いて言葉を続ける。


「レイアさん。もしかして、ベアトリーチェを知らないの?」


「え?あ、はい。知ったかしました。すいません。誰なんですか?」


「えっと…。あなたがたが友と呼ぶ、精霊人のプリンセスです。精霊人の王バロールの娘…です。」


「バロール?いやいや、サーシャさん。バロールは精霊人の王じゃありませんよ。えっと…私たち風の精霊人の王は、ジン様です。もちろん見たことも会ったこともないけど…」


「ジンは知っていますが…。え?バロールは?」


「あいつは、魔の精霊人シェイドの仮の姿です。人間は、精霊人を魔人とよぶでしょう?でもあれは間違いです。私たち魔術師の世界では魔人ていうのは、バロールが率いる魔の精霊人のことを指すんですよ。あんな残忍で醜い輩と同じにされるから、私たちは精霊人を魔人と呼ばれると怒るんです。」


レイアの言葉にさすがのサーシャも思考が止まった。ここで初めてとんでもない勘違いをしていたことにサーシャは気付いた。だが、さらに言葉を続けたレイアはとんでもないことを口にした。


「あの…。私たち、魔術師がサーシャさんを付け狙う理由の一つが、あなたの一族がバロールの手下である魔人を解放できる力を持っているからなんです。私たちがイザナギという人物とともに封じ込めた魔人を…解放するからと…伝承の書には書いてあるんです。」


もはやサーシャは開いた口が塞がらなかった。

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