ジャンが導き出した答え
サーシャ達が敵の魔術師であるレイアとラメレスを再び救い出してきてから2日が経っていた。
彼女たちはその後、ロハンの街に戻ってきていて、アルバ曰く「ここロハンに住んでもらおうと思っている。」といつものお節介が顔を出し、モモをすっかり呆れさせた。敵であるにもかかわらず、二度も助け、挙げ句の果てに自分の陣地に連れ込むという…彼女からしたらそれは自殺行為ともとれる事で、彼女のようなリアリストからしたらとんでもない事態だ。
「やぁ〜、モモ〜。おひさ〜。」
その日、ロハン城内にあるモモの部屋に軽い男の声が響いた。彼女はその声を聞くと小さくため息をついて、机の上に置いたあったお茶に手を伸ばす。軍事大国フィルファの幻影騎士団という組織で諜報活動と軍事戦略を受け持つ部署に所属しているモモは、サーシャとアルバの仲間だ。だが今はむしろ彼らのサポートの方が本職と成りつつあった。
ノックもしないで涼しい顔で入ってきたその軽い声の主は、ジャンという男で彼女の上官だ。その人を食ったような態度と、どこか頼りなさげなチャラい外見と違い、彼は軍事大国フィルファの宮廷騎士筆頭で軍事面の全てを王から任されている。ここロハンの領主アルバと同じくらいの剣の腕を持ち、将軍や参謀としても非常に優秀な男だ。
「あんたさぁ…。宮廷騎士でしょ?こんな何度もロハンにふらふら遊びに来て、怒られないの?」
「…あのさ、僕を呼んだのって君だけど?」
「約束は明日のはずよ?またアルバと飲みに行こうとしてるでしょ?」
モモが呆れた顔でそう突っ込むと、ジャンは明らかに動揺した顔を見せた。大きく手を振ってからだ全体のジェスチャーで大きく否定する。
「け、決してそのような…。」
「あんたそのものが胡散臭いんだから、そんなに動揺したら余計怪しいわよ!」
「そこまでいうか!」
「言われないようにシャンとしてね!ちなみにアルバは、新しく仲間に加わったコルドバと修行中よ。」
彼の直属の部下で付き合いの長いモモは彼にも容赦がない。尊敬はしているのだが、どうにもそれが態度に出ない。彼女はフィルファの幻影騎士団一の美人で有名だが、口の悪さも世界一だ。
「シャン!っといってもねぇ〜」
と、ジャンは戯けると、モモは自慢の赤い髪を触りながらふと彼に目を留めた。「ん?」とふと声を漏らす。彼の横にいるはずの女の姿が見えなかったからだ。
「つーか、あんたの聖女さんはどうしたのよ?連れてきたんでしょ?」
「あ、ああ。まぁね。」
ジャンは先日のとある出来事で、運命を共にすると言われる聖女パオラと出会っていた。聖女というのは、生まれながらに運命を共にする「騎士」という男性が決まっている。それは神が決めたと伝えられる不思議な関係で、騎士と聖女は生まれながら何かの宿命を背負っていて強固な絆で結ばれている。だが、そんな男女が出会うのは奇跡だと言われていて、いろいろな情報が集まるモモのところにも、ジャンとパオラの他には、アルバとサーシャ、アタナトとアカネの3組しかまだ見つかっていない。
「あ、わかった。しょうもない事ばっか言って、パオラに嫌われたんでしょう?聖女に嫌われた騎士なんて前代未聞だわ!」
モモはその美しい顔を意地悪そうに顰めて、舌を出した。勿論、それは冗談だ。元来、聖女は自分が騎士と定めた男とは片時も離れることを望まない。それは彼女の友であるサーシャを見ていれば一目瞭然だ。
「そ、そんなことあるはずないでしょう〜。ちゃんとパオラとは仲良くやってます。彼女は、今はサーシャさんやアカネたちとお茶してます。聖女の集いというやつです。…そんなことより、答え合わせしませんか?みんなに話す前にさ〜」
ジャンは、そうモモに話しかけるとスッと書類を差し出した。モモはその書類を無言で受け取ると、小さくため息をついた。彼が「答え合わせ」といったのは、今この世界で起きている様々な事態を認識することである。2人はその卓越した頭脳と、大国フィルファに集まってくる膨大な情報を照らし合わせて分析していた。それはもはや彼らの祖国フィルファだけでなく世界に関係する大事になっていた。モモは、その書類をパラパラと見ながらゆっくりとジャンに話しかける。
「ジャン…。じつはさぁ。私、行き詰まってるの。」
それは、モモの本音でもある。当初考えていた「エディア」VS「教団+世界の国々」と思われていた全体像はこの半年で大きく変化した。その間に挟まれる魔人もいろいろな秘密が隠されていて、その勢力範囲も謎だ。ジャンは悩むモモの目の前で、呑気に背伸びをして見せた。
「天才モモにしては弱気な言葉だね〜」
「茶化さないで!」
モモは、キッとジャンを睨むと、ジャンは彼女から視線を外して部屋の窓から空を見上げた。彼は目は細いが、真面目な顔をすると精悍で格好がいい。鍛えられた肉体もそれをより増長させていた。
「モモ。君が悩んでいるのは、敵のことじゃないのか?敵の正体、目的があやふやで的を絞れない…とか?」
「…そうね。」モモは顔を落としてそう答えた。だが、そんな彼女を励ますようにジャンは「僕も同じ〜。悩むよね〜」と同調する。モモが、顔を上げると彼は話を続ける。
「…君もそうだと思うけど、エディアが魔人を復活させて、教団を打ち倒し世界を牛耳る…僕もそう思っていた。だが、それだと辻褄が合わないことが多すぎる。みんな目的がバラバラだから。」
「うん…。」
モモが素直にそう応じると、彼は指を一本立ててひとつ提案をした。それは、今分かっていることを原点に戻ってもう一度考え直す事だった。それは、いままでの推測を否定することになるので、中々に骨が折れるがここまできたらしょうがない事だ。それは彼もモモも納得した上で話すしかない。ジャンは言葉を続けた。
「整理してみよう。エディア国は、教団から権威を奪い世界の頂点に君臨しようとしている。これは明確だ。」
「そうね。それは間違いない。」
「そして魔人。魔人の王バロールは、人間を排除してこの世界を魔人の世界にしようとしている。」
「それも500年前の歴史が証明してる。間違えがない。でもコンフィの指輪がこちらにある以上、彼らが眠る地下の迷宮には基本的にはサーシャさんしか扉を開けられないのだから。取り敢えず恐る必要はないはず。だけど…」
「そう!最近、僕らの前に姿を現し始めた魔術師たち。彼らは、その魔人の扉を開けられるかもしれない。だが、彼らの目的は…君の報告書によるとサーシャさんやカスティリャ家の抹殺。それは、エディアが望まない事だ。なにせ彼らは、教団を自分たちの下において人々を支配したいはずだからだ。ということは、カスティリャ家の滅亡やサーシャさん暗殺なんてもってのほか。エディアと魔術師では最終目標が合わない!」
ジャンはそう話すと、手を自分の口に添え何かを考え始めた。モモはそんな彼を見て、彼女が少し前から考えている話しをすることにした。これは憶測ばかりで、ジャンはあまり好きではない…と考えながらも何かのヒントになるのではと思ったからだ。それは先日魔術師レイアに話した内容と同じだ。
「この前、他の人に話したのだけど…。私は、最近本当の敵はエディアでも魔人でも魔術師でもない気がしているの。エディアの野望、魔人の願い、魔術師の宿命、教団の権威…これらを利用してる輩がいるとしたら…。」
モモがそう自信なさげに話すと、ジャンはニンマリと彼女を見直した。
「さすがモモです!僕と同じ意見までくるとは…恐れ入ります。」
「ジャンも…そこに行き着いたの?」
モモは、思わず嬉しそうな声を出した。このジャンという男は、真面目な時には嘘はつかない。自分と同じで大口も叩かない。事実を淡々と述べるだけだ。そして何より深い洞察力で正しい答えを導き出す天才だ。こればかりは、モモも勝てない。
「はい。そしてそれには、必ずファティ大司祭が絡んでいます。そう、500年前の女神。」
ジャンはそう話すと手を後ろで組み、ゆっくりと顔を落とした。ファティ大司祭とは、500年前を生きた教団の最高位の司祭で、サーシャの祖先にあたる。だが、彼女はサーシャを遥かに凌ぐ圧倒的な力を持っていて、神の力だけでなく全ての精霊の力を操っていたことが最近分かってきた。ジャンはその事を前提にしながら、サーシャの話をしだした。
「サーシャさんが、なぜ500年ぶりに神の力を持って生まれてきたか。それも恐らく絡んでいる。教団最高位の血筋カスティリャ家でも神の力が使えたのは、500の時を経てもファティ大司祭とサーシャさんだけ。」
「うん…。」
モモは彼の言葉に大きく頷いた。それはもはや間違いがない。サーシャが、全ての事柄に絡んでいる。そのことは2人でなくても、ロイスやロダンなどは気づいているだろう。
ジャンは、得意そうにモモに渡した書類の最後のページを指差した。
「これが…僕が今導きだした答えです。」
「えっ!!?」
モモは、彼が指差したページを見ると思わず声を上げた。そこには、敵の名前と力関係が明確に記されていたからだ。モモは頭をかきむしりながら、必死に考えた。もちろん彼の推測も多分に入っているのは間違えがないが、これほど辻褄があう話はない。
「モモ、この前報告書にあった魔術師はまだこの城にいますか?」
「ええ。一度、見逃してあげたんだけど…またサーシャに助けられて戻ってきたわ。」
それはもちろん魔術師の姉妹、レイアとラメレスのことだ。
「それは上々。彼女たちの話しを聞かせてもらいましょう。そうしたら、この報告書はより真実に近くなる。」
ジャンはそう言うと、姿勢を正すとさらに言葉を続ける。
「僕たちは大きな勘違いを3つしていた。一つはエディアという名前、二つ目は魔人と精霊人が別物であること、そして最後は最も恐ろしいことだけど…ファティ大司祭は…本当に今も生きているかもしれない…ということ。」
ジャンは最後にそう言って、モモをしっかりと見つめた。それらは、モモもうっすらと感じ取っていたことではある。だが、どれも推測の域を出ない。なにひとつ証拠がないからだ。
「でも、ジャン。どれも証拠がない以上、決めつけるのは早計だわ。」
「ふむ。だけど、もしロハンにやってきた魔術師が本当の事を話してくれれば、2つは証拠が揃うと思うよ。」
「彼女たち…話すかしら?」
モモはそう言って首を傾げる。確かに、レイアとラメレスの姉妹はサーシャ達に2度も助けられたが、彼女たちはずっとサーシャとカスティリャ家をつけ狙っている…。そう簡単に口を割るとは思えない。だが、ジャンはその事については、楽観的だった。
「今度ばかりは、サーシャさんとアルバくんのお節介が「吉」と出る!そう思いませんか〜?」
「そうねぇ。そう願うしかないわ。」
モモがそう話すと、ジャンはゆっくりと彼女に近づき顔を近づけた。モモはその彼の突然の行為に驚き少し体を下げるが、彼はそのまま気にしないで小声で話す。
「僕の仮説が正しければ…。アルバくんとサーシャさんが騎士と聖女として生まれてきた理由がわかっちゃいました!」
「えっ!?それって…本当に…?」
「はい。サーシャさんがなぜ神の力を持って生まれてきたのか…それとも繋がります。ですが、その内容は残酷です。ちゃんと証拠が揃うまで僕の胸の中にしまっておきます〜」
ジャンは凄い謎かけを残して部屋から出て行った。




