サーシャと姉妹
アルバとユラがその圧倒的な力で、魔術師部隊の隊長であるライサを追い詰めている光景をレイアとラメレスの魔術師姉妹は驚きの顔で見ていた。
「姉さん…こんなことって…。」
「本当に信じられないわ…。」
勿論、彼女たちはこのサーシャの仲間が強いことは十分承知していたが、ここまで差があることは意外だった。特に、いつもぼーっとしていて、2人が使えない「悪魔の騎士」と呼び侮っていたアルバの圧倒的な力には度肝を抜かれてしまっていた。
2人が呆気にとられてその方向に目を奪われている時、後ろの暗闇からスッと白の槍使いサカテとサーシャに直に仕える修道士アカネが姿を現した。サカテは、足を痛めた少年兵アンドレを見据えると「大丈夫か?」と声をかけ、小さい彼を軽々と優しく抱きかかえる。アンドレは意外にも顔は元気そうで、サカテに抱きかかえられるとすぐに笑顔を見せた。
「また、サカテさんに助けられましたね。」
「森に入ってしまったんで、見失った。遅くなってすまなかった。…痛むか?」
「多分、足を挫いただけです。大丈夫!」
「一応、サーシャに診てもらえ!すぐに良くなる!」
サカテは、そう言って笑顔を見せた。彼女にはちょうどアンドレと同い年のキエイという槍を作る職人の知り合いがいる。キエイも様々な困難を背負っていたが、今はサーシャに救われ元気に暮らしている。
アンドレとサカテがそんな事を話していると、修道士のアカネはすぐにラメレスとレイアの元へと駆け寄った。アカネは、右腕から血が滲み出ているラメレスの元に膝間づいて、彼女を抱きかかえると、
「ちょっ!?あんた、大丈夫!?」
と、目を大きく見開いて話しかけた。ラメレスは、その可愛い修道士を見上げながら「え?」と言葉を漏らして彼女を驚きの顔で見る。
「…アカネ、なんで…?」
「モモさんがね…。きっとあなた達は襲われるって言うから…こっそり後をつけてたの…。まぁ、それはいいから!」
アカネはそう話すと、ラメレスの黒の法衣を捲り怪我している箇所を確認する。優しく右腕の付け根の部分を摩ると
「良かった…。右腕はちゃんとくっついているわ。これなら…きっと治る!」
と彼女を励ました。ラメレスは、すこし前にユラことコルドバに、腕ごともがれた事があった。その時は、彼女の魔人とアカネの献身的な看病によりラメレスの右腕はなんとか元に戻ったのだが、今回ライサの折檻によりその傷口が開いてしまっていたのだ。ラメレスは痛みで顔を歪めていたが、アカネの大きな目を見つめながら
「な、なんで、おまえらは…、敵である我らを助ける?」
と、尋ねた。それはレイア共々甚だ疑問だった事だ。元々自分たち姉妹は、アカネたちが女神と崇めるサーシャを殺しに来たのだ。普通なら、とっくに殺されていてもおかしくないのに、怪我は治してくれ、何もされず自由にして貰ったうえ、また今度も助けられた。
「知らないわよ!女神様が助けろって言うんだもの。それにね!貴女の怪我が治ったら、私は貴女を一発引っ叩きたいの!アタナトの仇だもん。それまで死んでもらったら困るのよ。」
「…なんども言うが、おまえの彼氏は死んでないだろ?」
「死んでたら、あんたなんか切り刻んでるわ!」
アカネはそう文句を言いながら、胸元からナイフを取り出してラメレスの肌着を切っていく。そして、傷口を確認すると「痛そ〜」と顔を顰め、持っていた小袋から小瓶と白い布を取り出す。やはり傷口は半分ほど開いてしまっていた。
「すぐにサーシャ様に治療してもらうのよ。」
アカネは真面目な顔でそう話すと、白い布に小瓶から透明な液体を垂らすとそのまま傷口に塗り込んでいく。
「い、痛い!」
「うるさいわね!魔術師なんでしょ?これくらい我慢なさい!」
「それ、魔術師とか関係ないだろ?」
ラメレスが呆れてそう言うと、アカネは布で傷口に液体をつけるのが面倒になったのか、小瓶からそのまま液体を傷口にドバドバ垂らし始めた。何事も大雑把な彼女らしい行動だ。
「ちょっと!痛いってば!浸みる!!」
ラメレスがそう騒ぎ始めたとき、あたりが急に清廉な雰囲気につつまれる。その変化を魔術師であるレイアとラメレスは敏感に感じ取った。レイアが顔を上げると…やがて、黄金色の髪をなびかせながら、白いローブを着たサーシャがゆっくりと現れた。
「あ、悪魔…。」
レイアは小さく呟く。
その女神は、最初にアンドレを抱えたサカテに目をやった。
「サカテ、アンドレ君は大丈夫ですか?」
「ああ。あのバカ女に叩かれたアザはあるが酷くはない。しいて言えば足を挫いてる所かな!」
サカテがそう話すと、サーシャは優しい笑みを湛えながら小さく頷く。するとサカテに抱きかかえられたアンドレは、サーシャを見て小さく頭を下げた。
「悪魔さん、ありがとう。さっき、僕の頭に中に来てくれましたね。」
「ふふ。あなたはよく頑張りました。レイアさんとラメレスさんを救ったのは、アンドレ君よ。さすが、男の子です。」
サーシャはそう言うと、今度は倒れているラメレスに目をやった。アカネに半身を抱きかかえられたその魔術師は、不思議そうな顔でサーシャを見ている。だがもはや殺気も恨みも感じられなかった。
サーシャは、ゆっくりとラメレスに近ずくと彼女の前に腰をかがめた。そして、アカネを優しい笑みでチラッと見て尋ねる。
「アカネ、あのお薬は塗りましたか?」
「はい!たっぷりと!」
「ふふ。ありがとう。さて、ラメレスさん。目を瞑ってくださいね。動いてはダメですよ。他の方も、目を少しだけ瞑ってください。」
サーシャはそう話すと、ラメレスの傷口に優しく手を添えた。そしてすごい速さで古代語をつぶやき始める。そして、やがて逆の手で姉のレイアの手をやさしく握る。
「あなたも、傷を治しましょう。貴女を待つ、将来の殿方のために。」
サーシャは、古代語の合間にレイアの目を見てそう呟いた。レイアは何も言わずに微かに、体を震わせたが、やがて静かに目を閉じた。
サーシャの力も、自らの騎士であるアルバとの出会いにより、前とは比べものにならないほど進化していた。それは自身も分かっている。もはや、神の一撃である稲妻も自由に落とせ、威力は倍増。癒しの力も速さ、影響力も増している。
「アンドレ、目を瞑れ!」
サカテが抱きかかえているアンドレにそう話すと、彼は素直に目を閉じた。やがてこの森の一箇所にやさしい温かな風が揺らぐ。サーシャから白く尊い光が漏れ始め、その周りを真っ白に染めていく。そして僅かな時間でその癒しの空間は消え去った。
「皆さん、もう目を開けても大丈夫です。」
サーシャがそう皆に声をかける。そっと目を開けたアカネは、抱きかかえたラメレスの傷口を見て驚いた。傷口は…まるでそこに傷口があったことが嘘であったように塞がれていて、ラメレスの美しい肌が覗いていたからだ。
(サーシャ様って…やっぱり凄いわ。)アカネは、手に持っていた空になってしまった小瓶を見つめて、そう呟いた。
「サーシャ、終わった?」
やがて、彼女たちの後ろから呑気な声が聞こえた。皆が同時にその声の主を振り向くと、魔術師の隊長ライサを片手持ち上げたアルバと、世界に名をとどろかす戦士コルドバことユラが立っていた。
「アルバ!終わりましたよ。そちらも無事片付いたようですね。」
サーシャはアルバの声を聞くと嬉しそうに笑みを浮かべて、いつの間にか偉大な女神の顔がただの女の子になって彼を迎えた。アルバは、まず持ち上げていたライサから手を離す。すると、その魔術師はそのまま大地に転がった。もはや恐怖で腰が抜けていて、立つことも儘ならなかったからだ。だがサーシャはその女は見ないで、まずはレイアに声をかける。
「レイアさん。あなた達の両親や兄弟、親戚の方は、魔術師集団の中にいたりしますか?」
「あ、いえ。両親は殺されていません。親戚とかも…聞いたこともないので多分いないはずです…。」
「まぁ…。それは失礼な事を聞いてしまいました。許してくださいね。」
サーシャはそう申し訳なさそうに謝ると、そのまま立ち上がった。そして、アルバの足元で蹲るライサの元へと歩いていく。
「ぐぐっ…。」ライサは、こちらに向かってくるサーシャを見てうめき声をあげて、睨む。サーシャは歩きながら、ゆっくりと腰にかけてあったレイピアを抜くとそのままライサに向け、立ち止まった。「ひっ!?」ライサは、その自分に向けられた刃とサーシャのあまりの威光に恐れをなし体を硬直させた。
「で?あんたは何なの?」
サーシャの声は、先ほどとは違い冷たく恐ろしかった。だが、ライサは歯をくいしばるだけで答えようとはしなかった。サーシャは、その鋭い目つきを崩さないで
「あら…あなたには口がついていないの?下位の魔人さんより低い知能のようね。」
と見下した口調でそう言い足した。彼女は、子供に手を出す人間がことさら嫌いで、容赦がない。いつもとは違い辛辣な言葉を並べ連ねる。と、流石にその言葉にはライサは睨みながらサーシャを見返した。
「あ、悪魔が!!このままでは済まさぬ!我ら魔術師の500年の恨みを思い知れ!」
「その恨みと、あの少年を叩くことに何の関係がある?」
「その子供は、生贄だ!!われらの力を…」
ライサがそう体を前に出して訴えようとすると、サーシャはいきなり手に持っていたレイピアと大地に突き刺し、そのままの勢いで再びライサの頬を思いっきり打った。その女神の一撃に、ライサは再び大地に倒れこんだ。アンドレを叩いただけではなく、生け贄として殺そうとしていた事が彼女の逆鱗にふれた。
「きさまら魔術師は、もっと崇高で気高い一族ではないのか!?」
「なっ…!?」
そのサーシャの意外な言葉に、ライサばかりでなくレイアやラメレスも思わず女神を見据えた。サーシャは、大地に刺したレイピアに手を置き、立ったままライサを見下ろしていて、微かに吹くそよ風に黄金色の髪はそよいでいる。その姿は如何にも神々しく、何者も寄せ付けない女神そのものだ。
「私にそのことを教えてくれた姉妹がいる。」
サーシャはそう言葉を発すると、思わずレイアとラメレスは目を丸くした。(この人は…いったい)と姉のレイアは思わず口走った。ライサは悔しそうにレイアとラメレスに目をやったが、その姉妹はもうライサの視線は気にならない。ただただ、サーシャを見据える。ライサはその様子を苦々しく思いながら再びサーシャに目を向けると、怒りの表情で女神に問う。
「あ、あいつらが…裏切ったのか!?」
「裏切る?この愚か者!魔術師の志を裏切ったのは、おまえだ!!」
サーシャはその魔術師の隊長の言葉を厳しく一喝すると、大地からレイピアを引き抜いた。
「人は、いろいろな事情を持っている。運命を背負っている人間もいる。だが、それでも人の道を逸らさず素直に生きれる人と、おまえのように歪んだ思惑をもつ愚か者がいる。」
「あのような下等な魔術師など…」
「この大馬鹿者が!」
サーシャはそう大きな声を出すと、顔を近づける。そして、もはや話すことはないとばかりに、レイピアをライサの目の前に向けた。
「おまえらの首領に伝えよ。わがカスティリャ家に文句があるなら、私に直接言いにこいと。話ならいくらでも聞いてあげる。戦いをお望みなら、いくらでも受けて立つ。但し、今回のように何も知らぬ民や魔術師、精霊人を巻き込むな!いいか?私は必ず魔術師たちがなぜカスティリャ家を滅ぼそうとしているのか、その理由を仲間とともに見つける。そしてその真実を解き明かす。そしてそれをレイアやラメレスにも見てもらう!」
サーシャはそう言い放った。その言葉はライサですら混乱させる。
「レイアもラメレスも、お前を恨みに思っている。なぜ…」
「なぜ…だと?」
サーシャは恐ろしい目でライサを見据えた。その彼女に潜む強大な力が、ライサの心臓を鷲掴みにする。まるで、心臓を握りつぶされそうな重圧が彼女を襲う。
「私は、あの姉妹が好きなの。ただ、それだけ。でもあなたは嫌い。大嫌い。」
「な、なんだ、それは!!」
「あら、あなた、私の事をただの慈悲深い女神や神だと思っているなら大間違いよ。私は只の人間よ。自分が好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。それのどこが悪いの?」
「ぐぐっ…。」
「ラメレスは、単身でキルドに命をかけて突っ込んできた。遥か500年前の宿命に準じてね。レイアは、あの戦いの中で白の槍使いを前にしても少年を助けようと自分の命を投げ出そうとした。仲間を盾にして逃げようとしたあなたとは、根本的に違うわ。それにね…」
サーシャはそう話すと、ゆっくりと周りにいる仲間を見渡す、そして言葉を続けた。
「私の仲間があの2人を好きなの。それが、決定的。私は、アカネやサカテが好きになった人は信じるわ。もし、この中にあなたを擁護する人物がいたなら考えるけど…まずいないでしょうね。」
「自分勝手な…!」ライサはそう吐き捨てた。だが、サーシャはその言葉にも微かに表情を緩めただけで、一切怯まない。
「そうよ。さっきも言ったでしょ?私は、人間なの!それもかなりワガママで傲慢よ。あなたたちが呼んでる悪魔っていうのは案外当たっているわ。」
「ぐっ…」そこまで言い切られたら、ライサは言葉がなかった。
「さっさと仲間の魔術師をつれて私の前から消えて。目障りよ!あ、レイアとラメレスはロハンで引き取る。あの心優しく純粋な姉妹はとてもじゃないけど、あなた達に任せておけないから。」
「バカな…自分を殺そうとした魔術師を助けるのか!?」
ライサはそう尋ねたが、サーシャはもう彼女と問答を続ける気がなかった。
「あのね…私たちはあなたに怒っているの。モタモタしていると、私の騎士様が黒剣を見舞うわよ?それとも私たちの軍師の尋問を受けたい?死ぬよりつらいわよ?モモの言葉の刃は、私の騎士様の黒剣より厳しいわ。…3日で精神崩壊しちゃうでしょうね!」
サーシャが呆れるような顔でそう話すと、魔術師部隊の隊長であるライサは、必死に地面を這いながら暗い森の中へと消えていった。残された魔術師5人を見ることもなく…。
「レイア、ラメレス。恩を着せるわけじゃないけどさ。一度サーシャと話してやってくれないか?あいつは、ああ見えて話が分かる奴だ。」
最後にサカテは、アンドレを抱えながら姉妹にそう話した。




