アンドレの言葉
レイアたち3人はリディツェという村で宿をとることになった。リディツェは、ロハンから南に150キロほどの場所にある村だが、この村は他国の街などより大きい。なにせ村の周りには大農場が広がり、ロハンが支配する地域の食料の30パーセントほどを支える農業の中心地だからだ。村という名称は、農業中心の産業ゆえそう呼ばれているだけで、一歩村に入るとそこは貧しい国の王都より栄えている。
日がどっぷりと暮れ夜も深まっていた為、村の入口にはロハンの兵士が門番として5人ほど詰めていた。当然レイアたち3人も止められたが、レイアがサカテより預かっていた通行証を見せるとすぐに村の中に入れてくれた。
そして、石造りの建物ときっちりと固められた幹線道路は、整備されつくされておりロハンと遜色ない景色が、3人を迎えた。
「ここって…本当に村なの?」
魔術師のラメレスが村の中に入った途端、そう呟く。村の入口の門を潜ると、石畳でできた美しい道がまっすぐに伸びていて、道の周りにはいくつもの店があり無数の光が灯っていた。そして夜中だというのに人々が多く往来している。
「ここら辺は、軍の待機施設みたいね。」
レイアは辺りを見渡しながらそう答える。確かに村の入口付近には大きな建物がいくつもあり、ロハンの青い旗が揺らいでいて、多くの兵が行き来しているのが見えた。まだ戦争が終わったばかりで、警戒を強めている様子がありありと伝わって来る。
レイアとラメレスは、顔を落としてゆっくりと歩いて街の中へと向かっていったが、この夜更けに若い女2人と子供、そして馬を持っていたことが災いして兵士に声をかけられた。
「お疲れの所、すいませんね。他国の方ですか?」
話しかけてきたのは若い兵士の2人だった。声は特に威圧的でもなく、まるで世間話をするように近づいてくる。
「あ、はい。」
レイアはなるべく落ち着いてそう答えると
「旅の行き先と、目的は?あとは…お名前と出身国も教えていただきたい。」
と、兵士は手慣れたように黙々と質問を重ねてくる。レイアが言葉を詰まらせると兵士は、チラッとアンドレを見て再びレイアに話しかけてきた。
「お答えいただけないようでしたら、詰所でお話を聞かなくてはなりません。最近、子供の誘拐が頻発してましてね…。」
「門番の方は、普通に通してくれましたけど…。」
「門番はこの村の通関を司る部署なので、よほど怪しくなければ通行証のみで通れます。ですが、我々は治安部隊です。ロハン領内の方なら身分証がありますので心配はしないのですが、他国ですと…戦争が終わったばかりなので一応確認を。」
兵士は姿勢を正してそう尋ねてくる。さすが治安がいいロハン領内だと感心はするが、この事態は、彼女たちには想定外だった。
「私は、レイア。彼女は、ラメレスで、この子はアンドレといいます。」
「ご出身は?」
「…私とラメレスは、北の国フィスナです。アンドレは…レダルです。」
レイアがそう話すと、急に兵士たちの顔が険しくなった。レダルとロハンはつい先日まで戦闘状態だったから当然といえば当然だ。
兵士は、アンドレの前にゆっくりと体を屈めて視線を彼と合わす。
「君は、どうしてここにきたのかな?」
「えっと…。友達に呼ばれたんです。」
「友達?それは誰かな?」
兵士がなるべく和かにそう尋ねると、アンドレは胸のポケットから二つに折られた一枚の紙を取り出した。「はい!」アンドレがその紙を丁寧に兵士の前に突き出すと、彼らは怪訝そうな表情でその紙を受け取り開いた。
「あっ…。」
兵士は、その紙を見ると思わず声をあげた。どうやら兵士はその紙の主を知っていたようだ。納得した顔でその紙を丁寧にアンドレに返すと
「なんだ、君の友達は修道士か。アカネさんといえば…」
「はい。アタナトさんという立派な方を紹介してもらいました。」
「そうそう。アタナト近衛兵隊長の彼女さんだ。ぼうや、早く言ってくれ。あの人、怖いんだから。」
兵士は顔を顰めながらそう漏らすと、一度アンドレの頭を撫でてから、ゆっくりとレイアとラメレスに目を移すした。
「アンドレ君の護衛、お疲れさまでございます。」
と、和かに笑った。2人の魔術師はキョトンとしてしまったが、これはサーシャがいるこのロハンならではの風習だ。修道士は各人とも正式な身分証を持っている。彼は、アカネからその身分証の写しを貰っていて、その写しにはアカネの一筆が書き揃えてあったのだ。サーシャがロハンの領主と共にあるということが世界に広がり、世界中の修道士がロハンを訪れることになってしまった為、ロハン領内はこの方法で他国の修道士を確かめている。
また修道士の護衛や伴、友人も多い為、修道士たちは自分の身分証の写しに友の名前を書いて、証明書とする事が増えていたのだ。
「宿は、ここをまっすぐ進むと5分ほどであります。」
兵士たちはそう言って、3人に一礼するとそそくさと兵舎のほうへと戻っていった。
アンドレがアカネから託された身分証のお陰で、3人はそのまま宿屋に泊まることができた。宿屋でも身分証の提示を求められたことは驚きだったが、やはりアカネの書いた身分証ですんなりと宿泊が出来た。
「アンドレ、助かったわ。」
レイアは宿の部屋につくと、まず彼に礼を言った。
「本当ね。ご褒美あげる!飴玉!」
ラメレスもそう戯けるとアカネから貰った飴玉をアンドレに手渡した。アンドレは、「ありがとう!」と喜びながら、飴玉を受け取る。アンドレもそれが、アカネに貰った飴玉だと知っていたが素直に喜んでみせた。ラメレスはそれを姉のレイアにも渡し、自分も口に入れる。
「あら…美味しい。」
と思わず口が綻ぶ。それは、ほんのり甘い優しい味だった。レイアも、うんうんと頷き目を見開いて喜んでいる。あまり、甘いものを口にしない2人には一入美味しく感じられたのかもしれない。
ラメレスは、飴玉を美味しそうに舐めているアンドレを見ると、身分証のことを尋ねた。
「でも、アンドレ。その身分証いつ貰ったの?」
「アカネさんが別れ際にね…。これ、渡すの忘れてたって大慌てで持ってきてくれたんだ。本当は、飴玉と一緒に渡すはずだったらしいけど…」
「ふふ。おっちょこちょいなアカネらしいわ!」
アンドレの答えにラメレスはそう言って笑った。レイアは、その話を聞きながら、魔術師特有の黒い法衣を脱ぎ、ロハンから勝手に拝借してきてしまったベージュのワンピース姿になった。アンドレはどうやら、黒の法衣よりワンピース姿のレイアの方がお気に入りらしく、「そっちの方が、レイアさんっぽいです。」と真面目な顔で話す。
「ありがとう。でも、さすがにこの姿で帰ったら怒られそうね。」
「そうね…。間違いない。ライサ様に怒鳴られるわ。」
レイアの言葉に、ラメレスもそう同意する。ライサというのは、2人が所属する魔術師集団の隊長の一人で、直属の上司だ。風の精霊を扱う「フウキ」という中位の魔人を従えている強者でもある。
だが、ライサとはロハン軍の奇襲を受けて以来、連絡がとれていなかった。
「なんで、怒られるの?レイアさん、今の方が似合ってるけど。」
「う〜ん。それが私たち魔術師の仕来りだからよ。決まりごとがあるの。」
「ふうん。」
アンドレはどうもイマイチ納得できないような声をあげた。そして、ラメレスの方を向くと彼女の黒い服を眺めながら
「魔術師の服もピンクなら、女の子っぽいのにね。ラメレスさんは…そういう服着たことないの?」
と尋ねてきた。ラメレスは、一瞬「ん?」と不思議な顔をしたが、やがてレイアと目を合わせると大きく笑い出した。アンドレはなぜ笑われたのか分からずその場で戸惑っている。そんな彼にレイアが話を始めた。
「アンドレ。魔術師の黒はね、とっても綺麗なのよ。女の子の服でも黒はあるでしょ?とても高貴で、大人の女に見せる色なのよ。」
「高貴?立派ってこと?」
「うん。黒い服って悪いイメージがあるけどね。」
レイアがそう丁寧に説明すると、ラメレスはアンドレの横にちょこんと座る。そして、彼の頭を優しく撫でながら
「そうね。子供の絵本とかにも、悪い魔法使いはいつも黒い服着てるもんね。」
となんとも言えない表情で彼を見た。それは、少し寂しそうでもある。アンドレは、そんなラメレスを見上げながら元気な笑顔を見せ、励ますように話し出した。
「確かにそうですね…。でもなんで絵本の悪い魔法使いはどのお話でも黒い服をきているんだろう…。」
アンドレはそう話すと、考え込むように下を向いた。それは、教団が魔術師集団を貶めるために、そう触れ回った…というのが彼女たち魔術師の総意だが、もちろん彼にそれをいってもしょうがないことだ。だが、彼は顔を上げて話を続けた。
「でも。レイアもラメレスも、僕にとってはいい魔法使いです。2人とも…とっても綺麗だし!」
「あはは、やっぱり男の子ね。女の子を褒めるのがうまいわ。」
「ねぇ。僕も魔法使えるかな?レイアさんみたいに使ってみたい!」
「う〜ん。前も話したけど、私たちの使っているのは正確には魔法じゃないの。簡単に言うと、魔法の元が詰まった「石」にお願いして、力を借りるのよ。」
「それは聞きました。でも、それなら僕でもできるの?」
アンドレは、素朴な疑問をレイアにぶつけた。石が力を発するならそのお願いさえ出来れば、使えそうな気がしたからだ。だが、彼の横に座るラメレスは彼に微笑みながら
「ふふ。残念ながら、今の君には無理よ。いっぱい訓練しなきゃできないの。私なんか、小さい頃から修行して、使えるようになったのって15歳の時よ。」
と言い聞かせるように話した。すると、アンドレは体を乗り出してきてラメレスを見ながら
「へぇ。修行かぁ…。どういう事するの?」
と興味津々で尋ねてくる。どうやら、その魔法の力を使うことに相当ワクワクしているようだ。レイアはそんなアンドレを見ながら、ラメレスの代わりに話し始める。
「まずは、精霊人にお祈りすることから始めるの。修行といっても、基本はそれだけよ。自分の思いが、精霊人に伝わるようにするための修行なの。」
「へぇ…。じゃ、あの大きな精霊人とお話し出来るようになればいいの?」
「そうね。でもそれだけじゃダメよ。彼らと心を通わせて、お友達になって貰うの。そうしたら、彼らは私たち魔術師のお願いごとを少しづつ聞いてくれるようになる。」
「仲良くなればいいってことだね!」
「そう。そして、常に彼らに感謝して儀式をおこなうの。ほら、この間アンドレにも見せてあげたでしょ?」
「動物の肉や血を捧げるってやつ?」
「そうそう。でも彼らはそれを食べたりするわけじゃないのよ。それを彼らに捧げて、後から私たちが自分で食べるのよ。」
「げっ!レイアさんも、血を飲むの?」
「ふふ。血は舐める程度よ。動物たちも自然の精霊から与えられた大切な食べ物。精霊人にその事を感謝して、捧げるの。」
「ふうん。なんか魔術師って…いい人たちだね!悪魔の人たちも、すごく食べ物に感謝してたから…そこは同じだね!」
アンドレは、レイアの話を聞いてそう嬉しそうに言った。「え?ああ、そうね…。」レイアは彼の言葉で小さく頷く。確かに、ロハンで知り合ったサカテやモモは食べ物への感謝を大事にしていた。レイアは、城の食堂で一度モモから注意されたこともある。魔術師は、食べる動物に感謝するが、彼らは料理した後のものに感謝する。順番は違えど、思いは同じだ。アンドレはその事を子供心に見透かしていたのかもしれない。
「僕ね。お姉さんと悪魔さんたちって似てるって思ったんだ。どっちも優しいし、強いし、大切にしてることも同じこと多いし。あとね…カッコイイ!」
「カッコイイ?」
「うん。レイアさんは、あの崖で必死に僕を守ってくれた。ほとんど他人の僕を、あんな大きな岩が落ちてきてるのに…。レイアさんは命がけで僕を守ってくれた。そして、悪魔さんたちも…僕はもちろんレイアさんも助けてくれた。」
「…アンドレ。」
「人を守れるってカッコイイね。僕は、今回その事をすごくお勉強しました。僕は、喧嘩が苦手だから、レイアさんやラメレスさんみたいになれないけど…戦いとは違うことで人を助けられたらって思うな!あ、でもできれば僕もいつかレイアさんたちを守れるくらい強くなりたい!」
アンドレのその健気な言葉に、レイアは泣き出したいほど嬉しかった。それは現実的ではないのかもしれないが、この小さい子供が自分を守ると言ってくれた気持ちが嬉しかったのだ。
「いつか、レイアさんとラメレスさんに恩返しします!」
アンドレはそう言っていつものように、大きな笑みをみせた。




