取り出した笛
レイアとラメレスの魔術師姉妹は、レダルの少年兵アンドレを連れ、その日の夕方にロハンを旅立った。最初にアンドレを家に返すために、レダルにある彼の故郷へと向かうことになったのだがそこまでの距離は長い。
しかもロハンとレダルの戦争は終わったばかりで、国境付近は混乱していることが予想された。だが驚いたことに、旅立つ直前、「普通の民に絶対危害を加えないこと」を条件に、レイアとラメレスに杖と魔術の道具を彼らは自分たちに返してくれた。しかも、彼女たちの友である魔人たちも負傷はしていたが、ちゃんとこの地にいることも確認できた。ロハン城にいるときは感じなかったが、街を出ると彼らはすぐに2人の元へ寄ってきた。風の精霊に仕える彼女たちの魔人たちは姿は現さないが気配は感じる。どうやら、コルドバとサカテは動きを封じただけで、2人の魔人にトドメを刺さなかったようだ。
魔術師の杖と魔人がいれば野党などの類に出会っても、どうという事はない。
「姉さん、これはどういう事なんですかね…。私たちが弱すぎてあの連中には、どうでもいい事だったのかな…。」
「私にも分からないわ。只、彼らは…」
妹のラメレスの問いにレイアは言葉を詰まらせた。ただ、事実として自分たちは命を救われ酷い仕打ちも受けなかった。そして城の外に出てからも彼らが危害を加えてくるような素振りもない。彼らは自分たちを裏切らせそうとしていたみたいだったが、それを断っても特に何もしてこない。
「悪魔っていい人たちだったね。」
ふと、一番後ろに乗るアンドレがそう口にした。普通ならその言葉を強く否定してきた彼女たちだが、今となってはそれを否定する術はない。何の思惑も持たないアンドレにとって、綺麗な寝床と食事を与えられて、レイアとラメレスに危害を加えなかった彼らを悪く思えという方が無理がある。何とも返事ができないラメレスは、アンドレの言葉をはぐらかすように
「姉さんは、悪魔にあった?」
と尋ねた。するとレイアは後ろに乗るラメレスをチラッと見ながら困った顔で答えた。
「うん。なんか、私を介抱してくれて…彼女が作ったスープまで飲んだわ。エディアの芋のスープだった。…美味しかったわ。」
「そう…。」
姉の言葉に、ラメレスは残念そうに返事をする。
「すごく綺麗な人だったね…。」
「ふふ…ラメレス。人じゃないわ。悪魔よ。」
レイアは、困惑した顔でそう答えると微かに微笑む。その言葉には、ラメレスも思わず笑いが漏れた。辺りは優しい夕日の明かりに照らされ、ロハンの大地はどこまでも美しかった。レイアはそんな夕日の橙に顔を染めながら、溜息まじりに話し出した。
「尻尾とツノでも生えていて欲しかったわ。アンドレが怖がるくらいに。」
「そうね。確かに威厳はあったし。絵も言われぬ「何か」を感じたけど、私には只の綺麗な女としか思えなかったわ。本当にすごい力なんて持っているのかしら。」
「それを言うなら、ラメレス!悪魔の騎士には会った?」
「ふふふ。会ったよ!変な奴だった。ボーってしてて、子供みたいな目をしてた。あいつ、本当に強いの?」
「あはは。本当よね。私は、彼の寝顔を見たけど子供そのもの。ナイフとか持ってたら簡単に殺せそうだったわ。」
姉妹はそう言い合って笑った。確かに、アルバは彼女たちの標的だったが、会ってみれば只の少年で、怖さも強さも微塵も感じなかった。
「あの男は領主だもの。人にいろいろやらせて、自分は城の安全な所でのほほんとしているのかもね。」
「でも、話には必ず出てくるわ。高位の精霊人を倒したり、戦争で大活躍したり。本当かしら?」
「部下が強いもの。怪しいわ。領主は、部下たちの手柄を横取りしてるんじゃないの?でも、サカテさん…白の槍使いの名前なんだけど、あの人は怖かった…。ガスパルとパウロが全く相手にならないし、私の精霊の力も吹き飛ばすし…もう絶対に戦いたくないわ。」
「それを言うなら、コルドバよ!噂以上よ!もうあれは本当の悪魔だわ。空を飛んでるのよ!ありえない…。」
「あはは。悪魔の部下たちは高位の先輩に任せて、私たちは悪魔と悪魔の騎士にしましょう。私は…悪魔の騎士にしとくわ。」
「え〜。姉さん、ずるいわ。私も悪魔の騎士がいいわ。あの男の子なら私の未熟な魔法でも倒せそう…。」
「でも、なんか悪いことしてるみたいで気が引けるわ…。」
レイアはそう呟く。城の中庭で出会った少年はそれほど無力に感じられた。彼女はその後に、サカテから彼がアルバというこの街の領主であることを教えてもらったが、しばらく信じられなかった。
「も〜。姉さん、滅多なこと言わないの。あいつらは私たちの敵よ。彼らを倒したら私たちも宿命から逃れられるわ。そしたら…恋でもしようかしら。」
ラメレスはそう呟きながら、ふとアカネの顔を思い出した。彼女とはずっと罵り合っていたが、いつの間にか一番近くにいると感じられてしまっていた。だが、彼女も悪魔の部下だ。本当に戦うことになったら、彼女も倒さなければならない。(本当にそんな日がきたら…私は彼女に精霊の力を向けられるのだろうか…)ふと、そんな事が頭を過る。
アンドレは2人の会話を馬の一番後ろで不思議そうに聞いていたが
「あの人たちって…本当にお姉ちゃんの敵なの?」
と何とも答えにくいことを口にした。2人は言葉を発することも、頷く事も出来ないまま、夕日が落ちていく大地をひたすら馬で一路レダルへと進んでいった。
その時、ロハン城も夕日が大地に飲み込まれようとしていた。
巨大な街が夕日の橙から闇に移ろうとしている。影がゆっくりとなくなり街の明かりが灯りだす。いつもと変わらない平和な街。
そんな街の中央にあるロハン城の最上階にある庭から、サカテとアルバは並んで街の南側を眺めていた。それは勿論、レイアとラメレスの魔術師姉妹が旅立った方向だ。
さすがの城の最上階でも大きく広がった街が邪魔して、ロハンの南に広がる平原までは見えない。
サカテもアルバも無言で見えない彼らを共に思っていた。
どちらかが言い出したわけでもない。
ただ、申し合わせたように2人はこの場所に来てしまった。
夕日に照らされたロハンの街に一筋の緩やかな風が通っていく。
やがて後ろに彼らが良く知る気配がした。
2人はその後ろの気配を確かめようともせず、ただ小さく笑みを浮かべた。
やがて彼らの元にその気配はゆっくりと近づいてくる。
白ローブを着た黄金色の髪を緩やかにおろす女神と
彼女に使える可愛い修道士だ。
彼女たちもアルバとサカテと同じ事を考えていた。
「モモに話してきたのか?」
サカテが女神に尋ねる。
「はい。言わないと拗ねちゃうから。」
女神はそう言って笑った。
「なんだって?」
「お節介も大概にしろって、笑ってたわ。」
「なら…いいか!」
「はい。あ、ユラさんも行きたいって言ってました。」
「あはは。じゃ、留守番はベルトランか。あいつも今に拗ねるぞ!」
「ですね。でも次の旅には、頑張ってもらわなきゃだから…今回は休憩ですね。」
「モモの見立てはどうだった?」
「私たちと一緒でした。」
「じゃ、九分九厘当たってるな。あいつが言うなら間違えない。」
「ええ、天才軍師様のいうことは100発100中ですからね」
サーシャがそう話すと、誰かがこちらに走ってくる。
如何にもバタバタと落ち着かない走り方だ。
やがて、三つ編みを揺らした鈍臭そうな女が一人姿を現す。
「あいつの力も楽しみだな!」
サカテはそう言うとニカっと笑い、胸元からとある笛を取り出した。




