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魔術師姉妹の決断


その頃ラメレスの姉であり魔術師のレイアは、ロハン城内にあるサーシャの部屋でたまたま軍の中で知り合った12歳の少年アンドレと話し込んでいた。アンドレは、すっかりレイアに懐いていて、まるで姉代わりだ。

アンドレは、ここロハンでの生活をとても気に入っていたが、やはり家に帰りたいとレイアに話していた。彼には大好きな母親がいるのだから、それは当たり前のことだった。レイアが、その事を白の槍使いサカテに話すと、彼女はいつでも連れて帰って構わないと話してくれていた。そして、最初話した通りレイアにも一緒に行ってやれ!と、注文をつけている。


「本当は、お母さんにもここにきて欲しいなぁ。そうしたら、美味しいご飯をいっぱい食べれるのに…。ねぇ、レイアさん。なんでここには食べ物がいっぱいあるの?僕の村の人は滅多にあんなご馳走食べれないのに…。」


「…なんでだろうね…。私にもわからないわ。」


「王が違うからだよ!アンドレ!」


2人がそんな話をしていると、急にドアの方から声がした。それは、白の槍使いサカテだ。

レイアも彼女が自分たちに危害を加えることがないと分かったので、アンドレと共にゆっくりと彼女を見た。サカテは、ドアもたれ掛かりながら腕組みをして2人を見ている。


「王様が…違うから?」


「ああ、そうだ。ここばかりじゃない。ロハンの北にあるフィルファも、遥か東にあるイストっていう国も、民は食事には困らない。」


「なんで?」


「そういう風に王様が考えているからだ。民が富めば、国も潤う。国が民を大切にすれば、民は国に従う。簡単な事だ。」


「よくわからない…。」


「レイアはお前を大切にしてくれるだろ?それは、お前がレイアを大事におもっているからだ。人も国も同じだ。単純だろ?」


サカテの言葉に、アンドレはキョトンとしながらも小さく頷いた。サカテは、それを無表情な顔で見ながら、やがて視線を魔術師のレイアに移した。レイアもなぜかキョトンとした表情だ。


「レイア!おまえの妹がここに来ている。会わせる!」


「え?ラメレスが?」


サカテの言葉に、レイアは驚いた顔で彼女を見返した。妹がロハンに拘束された話は聞いていたが、まさか此処に送られてくるとは思わなかった。


「おまえは、アンドレを国に返すんだろう?ついでに、あのじゃじゃ馬も連れて行ってくれ!うちの修道士と喧嘩ばかりしてるからうるさい!」


「ちょ…?あなた達はいったい何がしたいの?私たちは、貴女たちの女神を殺しに来たのよ?」


「例えそうでも、今は無力だ。だが、また魔人を連れて攻めてきたら今度こそ叩き潰すけどな!」


サカテは、いつものように無表情でそう言い放った。だが、レイアとてこんな恐ろしい国に攻め込むのは、ほとほとゴメンだった。いくら500年前からの因縁でも、上位の魔術師でないとサーシャにたどり着く事さえ難しいだろう。例えたどり着いたとしても、待っているのはこの連中だ。冗談ではない…レイアは此の事を魔術師の上のものに話そうと決めている。同胞が無駄に死ぬだけだからだ。




やがて廊下から賑やかな声が響きわたった。


と言っても、それは言い合いだ。むしろ罵りあっている様にすら感じられた。


「あいつら、いつまで喧嘩してやがんだろうな…。」サカテも呆れたような声を出してドアから顔をのぞかせる。案の定、廊下を見ると部屋に向かってきたのは修道士のアカネと魔術師レイアだ。


「なんで、おまえらはそう変な真似ばっかするんだ!とっとと殺せばいいだろう!?また我らは悪魔を殺しに来るぞ!」


「あんたねー!そういうのを恩を仇で返すっていうのよ!寛大なサーシャ様とアルバ様に感謝しなさいよ!」


「おまえらが勝手にしたことだ!我は頼んでない!」


「本当に可愛くないんだから!それに女のくせに「我」とか止めなさいよ!おっさんか!」





「おまえら!!いい加減にしろ!!」


城の中枢部で大ゲンカしている2人に、サカテが雷を落とすと2人は急に押し黙った。それは、城中に響き渡るような大声で、さすがのラメレスもその剣幕に驚いて立ち止まってしまう。


「げっ!す、すいません、サカテさん。」


アカネはビビりながら、体を後ずさりしてそう声を出す。



「場所をわきまえろ!子供じゃあるまいし!とっとと、部屋に入れ!」


サカテが無表情にそう諭すように話すと、アカネの横にいたラメレスがサカテを睨んだ。急に大声を出されて、驚いたことに無性に腹が立ったのだ。(たかが人間が!)とサカテを睨む。


「脅かすな!声が大きいんだよ。チビのくせに!」


「あ?」


ラメレスがそう悪態をつくと、急にサカテがラメレスを見据える。サカテは、武道家の出だ。人と人との礼節には特に厳しい。その切れ長の目に、無表情に睨まれるとラメレスは一瞬で体が動かなくなった。(な、なんなの…このチビ…)ラメレスは必死に、睨もうとするがその思いを拒否すかのように体が動かない。


「おい!おまえ!」


サカテがゆっくりと、ラメレスに近づく。だが、小さいはずのサカテが恐怖でとても大きく見えて、ラメレスは、ただただ立ち尽くすことしかできない。。


「ちょっ!あんた、さっさと謝りなさいよ!サカテさんよ!」


やたら礼儀に厳しいサカテを前に悪態をついてしまったラメレスに、アカネはそう言って急かす。


「…サカテ?」


「う〜ん…あんたらの言う所の…白の槍使い…だっけ?」


アカネがラメレスにもわかるようにそう説明すると、ラメレスは慌ててサカテを見直した。確かに小さいはずのその槍使いが…なにかに纏われているかの如く大きく感じられる。と同時に、足が…震える。なにせこの目の前の女は、高位の魔人をも討ち果たしたとんでもない化け物だ。逆立ちしても敵う相手ではない。そして、その白の槍使いからはとんでもない力がみなぎっているのがわかる。(こ、殺される…)ラメレスはそう感じるほどの恐ろしい殺気を感じた。


「す…すいません…」


心では謝る事を拒否していたが、体がそれを許さなかったのかラメレスは、やがて恐る恐るそう謝った。


「とっとと、部屋に入れ!おまえの姉貴が待ってる!」


だがサカテは特にラメレスに何をするでもなく、変わらず無表情にラメレスにそう告げた。






ラメレスとアカネが部屋に、入るとそこにはレイアと10歳くらいの男の子がいた。アカネは、部屋の中にいたレイアに目をやると(げっ!ラメレスが2人に増えた!)と、思わず呟く。ラメレスの姉であるレイアは、まるで双子かと思うほど妹に本当にそっくりだったからだ。


「姉さん!」


ラメレスは、レイアを見るとそう声をあげて姉の元へ走り寄った。


「ラメレス…無事でよかった!」


レイアも彼女を笑顔で迎え、近づいてきたレイアの手を優しく掴んだ。ラメレスは、右腕に包帯を巻いていたが、表情が明るいので大丈夫そうだとレイアはホッとした。


(藍色の髪も、背格好も…顔まで…似すぎでしょう!)


そんな2人を見てアカネは思わず苦笑いした。レイアと共にいた少年…アンドレも思わず2人を見比べながら、目をパチクリしている。それほど2人は似ていたのだ。少しだけ、レイアの方が背が小さいかもしれないが、ほとんど見分けがつかなかった。


「姉さん、大丈夫だった?変なことされなかった?」


「うん。大丈夫よ。ラメレスは、どうだったの?」


レイアの問いに、ラメレスはこれまでの経緯を簡単に姉に説明する。その時の言葉遣いが普通の女の子だった為、(こいつ、普通に喋るじゃん!)とアカネはまたもや苦笑いしてしまった。ラメレスが、キルドでの出来事を話すとレイアは「うん、うん。」と頷いて、特に妹の腕の傷については大層心配していた。だが、自分と同じようにラメレスも捕獲された後は、特にひどい扱いを受けていないばかりか手当までして貰っていたことに驚いたようだ。


そして話を終えるとレイアはアカネの方に目をやって


「私はラメレスの姉で、レイアといいます。妹が世話になった。…ありがとう。」


と、意外にもきちんと頭を下げて、丁寧に礼を述べた。アカネは、そんな彼女を見て自分も小さく頭をさげる。妹のラメレスと違って、姉の方は大分落ち着いているようだった。


「初めまして、レイアさん。アカネです。ラメレスと瓜二つで驚いたわ。」


「これでも、年は5つも離れているの。」


レイアはそう言って笑った。アカネはこの時レイアの顔をきちんと見直したのだが、目が黒くなく、普通の人間と同じ目であることに驚いた。魔術師は、決まって目が黒いと思っていたアカネは驚きながら、


「レイアさんは、目が黒くないのね。」


と、不思議そうに尋ねる。レイアは少し微笑みながら


「普段は黒いわ。ただ、この子が怖がっちゃうから。」


と、アンドレの頭を撫でて微笑んだ。アカネはその言葉を聞いて、ラメレスに視線を移すと興味深々な顔で彼女にも尋ねてみた。


「あんたも、普通の目になるの?」


「なるよ!当たり前だ!」


「お!見せてよ!」


アカネが駄々をこねるのは勘弁とでも感じたのか、ラメレスは珍しく口答えしないでゆっくりと緊張を解いた。すると、ラメレスの目が見る見る白くなっていき、やがて彼女の目は普通の人間の目に戻った。


「なによ!あんた、可愛いじゃん。」


アカネは、普通の目に戻ったラメレスを見て思わずそう漏らした。目が戻ると姉であるレイアより、黒目が大きくとても可愛い顔立ちだ。若干、悔しい感じはしたが、こうして見ると何処にでもいる普通の可愛い年頃の女の子だった。


「あんたさぁ、そのままでいなよ。きっと、モテモテよ!」


「はぁ!?バカも休み休み言え!我ら魔術師は、おまえらお気楽な人間と違って、責務があるのだ!」


「つーかさぁ…その責務や運命やらも大事かもしんないけど、別に恋しちゃいけない訳じゃんでしょ?恋しながら、責務っつうのをすればいいじゃない!魔術師に、恋しちゃいけないって理でもあるの?」


アカネの突然の問いに、ラメレスは言葉に詰まった。いつもながら、この小娘の言動に自分のペースを狂わされてしまう。こっちの都合など考えず、自分の意見をズカズカ遠慮なしに言ってくるからだろう。もしかしたら、この女は自分のことを魔術師として見ていないのではないか…ラメレスはそう勘ぐってしまった。


「あなたは恋すべきよ。恋するとね、いろんなものが許せるわ。」


アカネは何気なしにその言葉を言ったが、魔術師として宿命を背負っていたラメレスには、とても深い意味に聞こえてしまった。そしてこの破天荒な修道士が、ちょっぴり羨ましくも感じられる。自分と正反対で、言いたいことを言えて、自由奔放に振る舞うこの修道士はいつも楽しそうだ…と。



「おい、アカネ。そこらへんにしとけ。」


相変わらずドアに寄りかかっていたサカテが声を上げた。部屋にいた4人は一度にサカテを見返した。


「レイア、どうすんだ?帰るか?」


サカテは、レイアだけを見て尋ねた。それは、勿論自分たちのこれからの事だ。レイアとラメレスは実質自由になった。それは、ここの領主であるアルバとサーシャがそう話していたので間違えがない。更にサカテもモモも自分たちが居たければ、ここロハンに居てもいいと言ってくれた。

ここにいれば、恐らく食べるものにも困らず、魔術師の宿命も捨てて普通に暮らすことができるかもしれない…。だが…


「サカテさん。やっぱり私たちは帰る。あなた達の言う事にも一理あるかもしれないが…やはり、私たちはずっと魔術師として生きてきから。」


レイアは意を決してそう告げた。やはり、そう簡単に自分の人生の大概をかけた魔術師の血は捨てられない…それがレイアの出した答えだったのだ。

サカテは、しばらくレイアを見ていたがやがて小さく溜息を落とすと、胸から小さい袋を取り出し、それをレイアに投げた。


チャリン…。


レイアがそれを受け取ると、コインが重なり合う音がした。


「それは、餞別だ。ロフテンまでの道のりは長い。気をつけて帰れよ!」


「サカテさん…」


「馬が城の入り口に用意してある。一頭だが…無理すりゃ、なんとか3人乗れる。」


サカテはそう話連絡事項だけを簡潔に言い残すとと部屋から、ゆっくりと出て行った。レイアはサカテが消えた扉をしばらくぼーっと眺めていたがしばらくして、小さく頭を下げた。その意外な行動をアカネは見て驚いたものだ。(魔術師もちゃんと感謝の心を持っているのね!)…と。

アカネは今までも色々な人と会ったり話したりしたが、最初は敵だったり怖い人でも、話してお互いを理解しあえる相手なら、いつの間にか普通の人に見えてしまう…そう感じていた。ラメレスも最初は怖かった。だが、手当てをしながらずっと罵り合いながらも話していると本当に只の普通の女の子だ。だいぶ頑固で捻くれてはいるが…。

アカネはそんなラメレスに視線を移して


「ラメレスも帰るの?」


と尋ねた。なにかその寂しそうな言い方にラメレスは「あ?ああ…。」と、アカネを見ながら小さい声で答える。アカネもサカテと同様に、小さく溜息をついて彼女に何かが書かれた紙と小さい袋を手渡した。ラメレスが不思議そうな顔でそれを受け取ると


「そこに私がいるルンとロハンの教会の住所を書いてあるの。帰ったら手紙書きなさいよ!」


と、アカネに言われた。「はぁ?」とラメレスが驚いたような声を上げるとアカネはいつもの調子で話し始める。


「あんたねぇ!こんだけ世話してあげたんだから、涙ちょちょぎれるくらいの感謝の言葉をまってるわよ!あと、私はお金持ってないから、飴玉あげる!独り占めしないで、お姉さんやそこの坊やにもあげるのよ。じゃあね!」


「…。」


なにも答えないラメレスをアカネは、すっと彼女に背を向けると後ろを振り返ることもしないで、そのままサカテの後を追うように部屋を出て行った。

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