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サーシャと修道士たち



サーシャは、ミナミの話を黙って聞いていた。


彼女は言い訳を一切せず、事実をありのままに話す。それは、司祭ですらない一介の修道士である自分が、カスティリャ家の者しか羽織ることを許されていない白ローブを着てしまったことだ。ミナミは、キルドの街にサーシャがいることが敵軍に広まれば絶対に攻めてこないとよんでいた。結局、その行為はサーシャを暗殺しようとしていたラメレスを引き寄せてしまい、その結果アタナトに大怪我を負わせてしまったが。


「私はどうのような罰も覚悟しています。サーシャ様のお言葉に従います。」


ミナミは最後に、そう話し畏まった。サーシャは、少しの間、無言だった。ミナミは目の前の女神が懸命に自分を助けようと考えているだろうと思い、逆に申し訳なくなる。少ないが、キルドの修道士たちにもこの行為は見られている。罰がなければ、白ローブを軽んじる者も現れるかもしれない、ミナミはそう思った。


「ミナミ。」


サーシャは暫くして、ようやく声を出した。ミナミは、小さく「はい。」と答える。


「あなたの勇気には、本当に頭が下がります。」


「えっ…。」


「私に出会ってくれて、本当にありがとう。私はあなたが大好きよ。」


サーシャはそう話すと、優しく彼女を包み込むように抱きしめた。その予想もしない言葉と行動に、ミナミは驚きで言葉が出ない。女神の心の中など分かるべくもないが、サーシャの言葉はいつもミナミの予想を遥かに超える。最初に助けられた時もそうだった。売春婦だった自分を二つ返事で修道士にしてくれたばかりか、自分を蝕んでいた集団にサーシャ自ら乗り込み自分の正しく進むべき道を阻む輩を跡形もなく消し去ってくれた。その時の気持ちはとても言葉で言い表すことができない。


「その白ローブは、貴女に差し上げます。いつ如何なる時でも貴女はそれを着て構いません。貴女にはその資格があります。」


「ですが…それでは、白ローブを軽んじる者がでるのでは…。」


サーシャの言葉にミナミはそう心配そうに話すと、横にいたアルバが彼女の持っていた白ローブを見ながら言葉を挟む。


「ミナミさんらしくない。このローブは、心が邪な者が着てもすぐにメッキははがれ陳腐なものに見えます。俺から言わせれば、それは只の白い布。ただ、それを着ている人が懸命に頑張るから、人はそれを着た人を愛する…そう思うんです。」


そんなアルバの言葉に、大きく頷きながら執政のロイスも同調する。


「法は大切です。特に私のような大きな大義も志ももたぬ人間は、それを遵守しなければならない。ですがその中で生きる事はある意味、楽です。それを飛び越えてでも、今なすべきことを出来る、それはそういう人が着るべきモノです。勿論、人からの批判もある、様々な妨害も受けることでしょう。ですが、貴女は元々そんなことを意に返さない人ではありませんか。だいたい、サーシャ様や貴女のような人でないと、とてもではないですが恥ずかしくてそれを着られません。アルバ様が仰られたように、その白ローブそのものに価値があるわけではない。歴史を作ってきた多くの修道士たちによってその価値は作られたのです。その多くの人の想いがそれを着る人を選ぶからこそ、価値があるのです。」


「そうですよ、ミナミさん。あの時のセドリーヌ司祭をみたでしょう?私が着てたら烈火の如く怒ったのに、ミナミさんが着ることには目を瞑った。それはセドリーヌ様もあなたがそれを着ていることに違和感がなかったからですよ。ただ、彼女は真面目なのでサーシャ様の許可を仰いで欲しかっただけです。」


アカネもそう言って、微笑む。まさかこの場にいる偉大な人々に怒られることもなく、むしろ勧められるとは夢にも思わなかったミナミは、驚きでなにも答えられなかった。そんな彼女を見てサーシャは


「はい、この話はこれでおしまいです。罰など、とんでもありません。もし、そのことで文句をいう人がいたなら私の所に連れてきなさい。お説教してあげます。」


そう言ってにっこり微笑んだ。



ミナミが呆然としながらも、サーシャに丁寧に頭を下げた。流石に今回は、なにか怒られるかと思っていたミナミは、自分の小ささを感じずにはいられなかった。手の中では、サーシャの白ローブがある。(この白ローブはやっぱり私はまだ着てはいけなかった…。)彼女は自分自身で戒めて再び席に戻り、ソファに腰を落とした。だが、サーシャはそんなミナミも見ながら、思っていた。


(ミナミ…、貴女ならなんでもやり遂げられるわ。)


サーシャは、実は嬉しかったのだ。自分と同じ意思を持つ彼女を、誇らしく思った。アルバの仲間たちは、みんな自分の重みを少しづつ一緒に持ってくれている…そう思わずにはいられなかった。だから。サーシャはミナミに「ありがとう」と言ったのだ。



サーシャがそんなことを考えていると、次に彼女の元へとやってきて跪いたのは、ロフテン地区の教会を束ねていたピオ司祭だった。彼は、司祭の証である赤ローブをロフテンの宿屋に置いてきてしまった為、今は戦士のような格好だった。


「サーシャ様、お久しぶりでございます。ロフテン地区を束ねる司祭ピオでございます。いえ、おそらくサーシャ様は覚えていらっしゃらないかとは存じますが、私は聖地にて4年前に貴女様との謁見を許された事がございます。」


ピオ司祭は緊張した顔を崩さず、そう丁寧に話した。だが、サーシャはこのとても司祭とは思えないこの大きな男の事は、ちゃんと記憶にあった。


「ピオ司祭。私はあなたを覚えていますよ。司祭襲名の時に、大きな鉞を背負って私に会いに来てくれましたから、忘れるはずもありません。その後、聖騎士になりたいと言って皆を驚かせてらっしゃいました。」


サーシャは黄金色の髪を揺らしながら、そう頭を軽く下げた。確かにピオは、鉞を背負ってサーシャに謁見した。今おもえば、よく彼女を守っていた聖騎士が許したものだと思う。だが、頭を下げたサーシャを感じ、ピオは慌てて深く頭を下げる。教団で生きる敬虔な修道士たちにとって、サーシャは神そのものなのだ。


「あ、ありがたき幸せ。」ピオはそう言って、ゆっくりと緊張の面持ちで顔を上げた。もしここが聖地ならば、側近くに仕える者以下は、この女神の顔を見るだけでも許可がいる。だが、今の彼女はそんなことを意に返さないように感じた。そして、4年前とは、彼女の表情も大きく違う。前も美しかったが表情が乏しい人形のようであったはずだ。


「サーシャ様は、あの頃と比べますと、お変わりになられましたね。あ、もちろんいい方にでございます。」


「私も年をとります。老けましたか?」


「そうではありません。より美しく人間らしくなられました。」


「まぁ…。私はもともと人間ですよ。ね、アルバ。」


「人間は雷を落とせません。」


アルバが彼女の問いにそう答えると、「もう!」と言って女神はアルバの腕を軽く叩いた。ピオは、そんな2人を見て急に心が温かくなり、ニンマリとした。サーシャが、変わった理由が分かったからだ。(彼があのエディアの小倅からサーシャ様を救った英雄か…)と心で思う。それは、すべての修道士が嫉妬し、そして愛する男だ。


だが、ここは世間話をする場ではないことを彼は思い出し、姿勢を正す。ピオは再び大きく頭を下げた。そして、言葉を続ける。


「私はロフテン国の司祭でありながら、王たちの陰謀に気づきませんでした。それにより、カスティリャ家が築いたロフテンでの教団の信用を失墜させてしまいました。私は司祭を辞して、もし許されるならこれからも一修道士として神にお仕えしたいと願っております。」


彼は今の気持ちを正直に話した。なんとか女神の慈悲にすがり、これからも修道士として生きていきたい…彼はそう思っていたのだ。だが、彼に対する女神の言葉は意外だった。


「ピオ司祭。そんなことは許されません。ロフテンでの教団の灯火は消えていません。修道士が追放されても、あの国には多くの信者の方がいらっしゃいます。あなたは彼らを見捨てるのですか?」


「いえ、しかし、私は一度間違えを犯した人間です。とても、ロフテンにいた修道士を導びくのに値しません。」


「ここ、ロハンにもロフテンから多くの修道士が避難してきました。ですが、彼らは口を揃えて、ピオ司祭に指示を受け助かったと言っていました。貴方は混乱するロフテンで、たった一人で教会を周り、修道士をここロハンへと導いた。それにキルドに来られた時も貴方は勇敢にも、兵士に捕らえられていた修道士を見捨てず自分の命を懸けて彼らを助け、導いたではありませんか。誰一人あなたを批判する修道士は見当たりません。司祭を解任する理由が全く見当たらない以上、貴方には責務を全うしていただきます。」


「…サーシャ様。しかし、司祭評議会で私は間違いなく解任されます。」


「司祭任命の評議会には、私から手紙を送ります。貴方に懸けられた嫌疑を全て抹消するよう指示します。貴方は何も気にせず、司祭としての仕事をなさい。そして、あなたを敬愛する修道士と信者を導くのです。」


サーシャはそう言い切った。その姿は全ての修道士を導く最高位の司祭であり女神の姿そのものだ。いかな様々な思惑が交差する評議会でも、サーシャの言葉は何よりも重い。そのことはエディア出身でないセドリーヌが司祭に任命されたことでも実証済みだった。


「な、なんと…。わたしは…。貴女様になんとお礼を言っていいのやら…。」


「私の力で司祭に留まれたわけではありませんよ。あなたが立派に司祭を勤めていたからこそ、ロフテンの修道士たちは、あなたが司祭である事を認めたのです。これ以上に明確な判断基準はありません。私は皆の話を聞いて判断する立場にいます。あなたのような立派な司祭をクビにするわけがありません。」


「…。私はあなたが最高位の司祭にいる時代に生きることができ、本当に幸せです。」


ピオはそう言ってサーシャを見た。彼女は変わらず笑みを湛えている。それはまさに教会にある女神像そのものだ。自分はこんなに大きな女神に仕えていたのかと嬉しくなった。


「ピオ司祭。これからどうされますか?ロハンにいても構いませんし、エディアに戻るなら手紙を書きますが?」


「サーシャ様。お気遣い、ありがとうございます。ですが私は、ロフテンに戻ります。この我儘、お聞きいただけますでしょうか?」


サーシャの言葉に、ピオはしっかりとした目でそう話した。サーシャは軽く頭を傾げ


「それは構いませんが…。あそこは今や敵地です。なにか為すべき事があるのですか?」


と尋ねた。ロフテンは教団追放を掲げている。今、戻るのは中々に危険だ。だが、ピオの意思は変わらないようだ。


「まだ残されている修道士がおります。それに…気になることがあるので調べに行きたいのです。」


「まぁ…。それはどのような事ですか?」


サーシャが不思議そうな顔で尋ねると、ピオは顔を落とす。彼は、一度小さく首を振って


「はい。実はひと月ほど前に、親しかった王子が姿を消してしまったのです。今の王は強欲で残忍ですが、その第一継承者であるクラクスという王子は慈悲深く、偉大な王になる素質がございました。彼の足取りを追いたいのです。」


と、話した。ピオの顔は、なんとも心配そうであった。クラクスは教団にも造詣が深かったこともピオは付け足した。サーシャは、その話を聞いてアルバと顔を見合わる。そのクラクスという王子は、なにかの陰謀に巻き込まれた可能性が高いだろうと、サーシャとアルバは同時に思った。


「ピオ司祭。私たちの次の目的地もロフテンなのです。共にまいりませんか?」


最後にサーシャはそう言って、微笑んだ。

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