不思議な馬車
馬車に乗った不思議な一行が、ロハンの門を潜ったのは朝だった。
馬を引いていたのは見慣れない地味な女で、なにか思いつめた表情をしている。馬車は、荷運びに使うような大型のモノで布で覆われたその荷台は天井も高く、ぱっと見何を運んでいるかわからない。
門を守るロハンの兵士は慌ててその布で覆われた馬車を止め、荷物を検めるさせるよう求めたが、その布から顔を覗かせた可愛らしい修道士を見ると「ああ。おかえり。」と急に表情を崩し、そのまま馬車を通過させた。
「ふう。ようやく着いたわ。お尻がいたい…。」
馬車の中でそう呟いたのは、ルンの修道士でサーシャに直接仕えるアカネだ。彼女は、黒髪のショートカットで目が大きく肌ツヤがいい元気な女の子で幼く見えるが、今年17になる。馬車の中では、背中に傷を負ったロハンの近衛兵隊長のアタナトとキルドの修道士ミナミ、元ロフテン地区の教会を束ねていたピオ司祭、そして魔術師のラメレスの姿もあった。
魔人2体を引き連れ、単独でロハン軍の守るキルドの街に攻め込んだラメレスだったが、突如現れたコルドバという剣士に敗れ、ロハン軍に身柄を拘束されていた。ちなみにそのコルドバは今回馬車を引いている地味な女だ。
「あなたさぁ、大人しくしてなさいよ!」
アカネは、右腕を包帯でぐるぐる巻きにされて、馬車の隅で不貞腐れている魔術師のラメレスを見るとそう文句を言った。
「うるさい!チビ!そんなの我の勝手だ!」
「はぁ!?あんた怪我が治ったら覚えてきなさいよ!引っ叩いてやるから!」
「おまえなんか、返り討ちにしてやるわ!」
「やれるもんなら、やってみなさいよ!アタナトの仇は絶対うつからね!」
「てめーの彼氏は、死んでねーだろ!?敵討ちもへったくれもあるか!」
アカネとラメレスの不毛な言い合いを聞きながら、ミナミは急に笑いが漏れた。アカネは、キルドにいる間中、自身の騎士であるアタナトの手当をしながらも、並行して腕を捥がれたラメレスを必死に看病し、彼女の腕はなんとか繋がっていた。どうも、その看病している時間に2人は罵り合いながらも、お互いのことがわかったようだった。
「ふふふ、アカネ先輩たちは、本当に仲がいいわね。」
ミナミがそう2人を揶揄うと、2人は同時にミナミを振り返り
「ちょっと!ミナミさん、変なこと言わないでよ!」
「そうだ!偽物は余計なこと言うな!」
と、文句が帰ってくる。ラメレスが偽物と言ったのは、ミナミがキルド防衛戦の戦いの時に白ローブを着てサーシャに扮していたからだ。元々、ラメレスはサーシャを暗殺しようとしてたので、彼女が偽物であったこと最後まで悔やんでいるようだった。
「あらあら、ごめんなさいね。」
2人に睨まれて、ミナミはそう言って口に手を当て小さく頭を下げる。ラメレスの処遇については、ロハンの領主であるアルバと教団の最高位の司祭サーシャに委ねることとなっていたが、この馬車に乗っている他の面々もそれぞれにロハンを治める2人に用件があった。
ミナミはキルドの攻防戦の時に街を守るためとはいえ、サーシャの白ローブを勝手に羽織ってしまっていたことの報告があった。元来、修道士の白ローブはカスティリャ家の直系しか着ることを許されていない。何事にも寛容な女神だが、この理を破った修道士は歴史上初めてのことだろう。
アタナトとアカネは、暗剣について彼らに問いたいと思っている。特にアタナトは、アカネを守る騎士として魔人との戦いに有効な暗剣をどうしても手に入れたかった。それは、聖騎士のトモエや水の騎士として世界に名を轟かせているコルドバにも言われたことだ。
ピオ司祭は、ロフテン地区を束ねる司祭であったが、急遽ロフテン国の王が教団追放の命を発令したため国を追われた。彼は、教団最高位の司祭であるサーシャにそのことを報告し、司祭を辞する気だった。エディアが絡んでいるとはいえ、先に手を打たなかったピオの落ち度は明白だったからだ。
そして馬車を操るため馬にのっている、ユラことコルドバは就職先を探す上でアルバに是非会ってみたかった。もうすぐ30になろうかという彼女は、放浪と傭兵の旅に終止符を打ち、骨をうずめる地と君主を決めたかったのだ。彼女は、世界に名を馳せる英雄だが自分が納得する相手でないと仕える気はない。噂通りなら、アルバはそれに値する領主のはずだった。
それぞれの思惑と想いを抱えながら、馬車はロハン城へと入っていった。
「皆さん〜、おかえりなさい〜」
キルドから戻った面々を城の入口で迎えたのは、この町の政治と治安を束ねる執政ロイスの書記官であるカエデという可愛らしい女性だった。ただ、名執政と謳われるロイスの片腕らしく彼女の顔は知性に溢れている。
「カエデ殿。只今戻りました。早速で申し訳ないのですが、キルドでのご報告と数々の相談事項がございます。我らが領主様とサーシャ様のお時間はいつ頃、空きますでしょうか?」
アタナトが生真面目にそう尋ねると、カエデは小さく笑った。近衛兵隊長という出世を遂げたアタナトであったが、ペーペーだった頃の彼とその固い態度は何ひとつ変わってはいなかった。
「ふふ…、アタナト様。あのお二方のスケジュールは、もう何ヶ月も先までいっぱいです。ですが、あなた方はお友達なのですから、会うのに伺いを立てる必要など有るわけないでしょ?それに貴方は今や近衛兵隊長なのですよ。公務でもあなたが会いたいといえば、アルバ様たちはすぐに時間をあけて飛んできますよ。」
カエデはそう言ってにっこりと微笑むと「どうぞ。ご案内します。」と言って、そのまま彼らを城の中へと案内した。
カエデは、彼らを要人や他国の者と折衝する場である「謁見の間」ではなく、直接アルバの執務室に案内した。城の最上階に作られたその部屋は、アルバとサーシャが旅から戻ってきたときに溜まった仕事を熟す部屋で、サカテやモモたち仲間も自由に出入りしている。
大きなソファが幾つも置かれている大きな部屋で、中庭と直結し風通しもいい。
「もうすぐ朝の会議が終わるので、少しお待ちくださいね。」
カエデは、彼らを部屋に通して一通りお茶を配り終えると、そう皆に告げて部屋から出て行った。部屋に入ると、流石にその場にいた面々はアカネを除いて緊張し始める。特に魔術師でサーシャ暗殺を企てていたラメレスは、まさか自分がこんな場所に通されたことを信じられず、キョロキョロお部屋を見渡すばかりで完全に挙動不審になってしまっていた。
「なに、そわそわしてるのよ?落ち着きなさい。」アカネがやけに体が震えているラメレスにそう話しかけると、彼女はアカネをキッと睨み返事を返す。
「これが落ち着いていられるか!そもそも、なんで我は普通にここにいれるんだ?おまえら、危機管理無さすぎだろ!」
「はい?危機管理って…なによ?」
「そんな事も知らないのか?もし我が、剣を忍ばせていたらどうすんだって言ってるんだ!魔法だって使うかもしれんだろ?我の一族は悪魔サーシャの暗殺が悲願なんだぞ。」
「バカじゃないの?そんな事をしたら、あなた一瞬で真っ二つよ。ラメレスは絶対化けてでるタイプだから、死んでもらっては困るわ。私、お化け嫌いなの!」
「ふ〜ん。いい事聞いたわ。どうせ、我は死刑だろうから、絶対あなたの枕元に立ってあげる!」
「もう!それ冗談でもやめてよ!」
アカネが泣きそうな顔をするのを見て、ラメレスは嬉しそうにニンマリと笑った。
「これこれ、そなたちいい加減にせんか。サーシャ様がもう観えるのだぞ?」ピオ司祭がそう2人を宥めるように言うが、2人はまったくその言葉を聞かなかった。ピオは、体が大きくとても司祭とは思えない戦士のような格好をしていて、普通の人間なら道を譲るほど迫力がある。だがこの2人には、そんなことは脅しにもならないようだった。ラメレスは元々人間など恐れていないし、教団の司祭などなんの関係もない。アカネは修道士だが、彼女が恐れるのはセドリーヌという自分の司祭だけだ。
ガチャ。
アカネとラメレスの言い合いは続いていたが、やがて扉があいた。皆が一様に椅子から立ち上がると、ラメレスとアカネの2人以外は大きく頭を下げた。その中でも、ピオ司祭とユラはそのまま床に膝間付く。
「みんな、お帰りなさい。待たせてすまない。」
最初に部屋に入ってきたのは、ここロハンの領主であるアルバだった。前に比べるとその物言いは随分と立派になったが、声は相変わらず優しい。そして少し精悍になったとはいえ童顔で可愛い顔をしていることも変わっていなかった。
「皆さん、よく戻ってくれました。あら…今日は人がいっぱいですね。」
アルバに続いて、サーシャも部屋に入ってくる。いつものようにふわっとした黄金色の髪を揺らしながら、大きな瞳でみんなを見つめ優しい微笑みを湛えていた。そして彼女が羽織る白ローブは今日も輝いていて、それがまた信じられないほどの清廉さと威光の双方を放っている。
「!!?」
魔術師のラメレスは、体が一気に緊張するのを感じた。血が静かに煮えたぎり、激しい目線でサーシャを睨む。だが…それと同時に絵も言われぬオーラが彼女から滲み出ていることも感じた。それは、まるで壮大なものに守られているようにも、彼女自身が守っているようにも感じとれる初めての感覚だった。
(こいつは…)
ラメレスは、本物の女神の「何か」に押しつぶされそうだった。どんなに殺気を発しても、呪っても全て飲み込まれてしまう。強い…とはまた違い、全ての邪心を包み込まれてしまい何もできないような不思議な感覚だ。やがて、ラメレスはその圧倒的な「格」の違いに、無気力になった。あまりにも…力の差がありすぎることを感じ取ってしまっていたのだ。
「サーシャ様!」
逆にアカネは、彼女の姿を見るとすぐに近づいて、女神の腕に抱きついた。
「まぁ、アカネ。あなたは変わりませんね。」サーシャは和かにその修道士を迎えると優しく頭を撫でた。いつものその光景に、アカネの騎士であるアタナトは若干苦笑いしながら
「アカネ殿。サーシャ様に甘えるのは後になさい。今日は、話すことが山ほどあります。」
と彼女を嗜めると、「は〜い。」とアカネはサーシャから体を離し、少し残念そうに自分の席についた。そして最後に、一藍色のローブを着た男が部屋に入ってくる。彼は知る人ぞ知るロハンの執政、ロイスだ。アルバとサーシャがいない時のロハンの最高責任者で30代半ばと歳は若いが、その手腕は世界中の政を司る執政たちから天才と呼ばれている人物だった。
「皆さん、お疲れさまでございました。」
ロイスはよく通る声でそう述べると、サーシャと共に正面のソファに座ったアルバの横に、スッと立った。彼はその場所から皆を見渡すと、頭をさげる面々を見ながら
「はは。今日は皆さん、固いですね。あなた達は、お二人の友なのです。ここは、謁見の場ではありません。お座りになったらどうですか?」
ロイスがそう話すと、それぞれは遠慮気味に腰をソファに下ろす。だが、ピオ司祭とユラはその場に畏まったままだ。2人と初対面になる彼らにとっては当たり前の事なのだが、その様子を見かねたアカネが
「お二人さん、ソファに座って。そんなに畏まっていると、サーシャ様とアルバ様が困ってしまうわ。」
と口添えすると2人は恐る恐る頭を上げて、静かにソファに座った。
アタナトは全ての面々が席についたのを確認すると、痛めていた背中を抑えながらゆっくりと立ち上がる。そして、形式に則りアルバ、サーシャ、ロイスに丁寧に一人づつ頭を下げるとゆっくりと話し出した。本来なら、アルバとサーシャに丁寧な挨拶から始めるのが通例だが、彼らはそんな長い挨拶をすると苦笑いしてしまう。特にアルバは赤面してしまうので、アタナトはいきなり本題から話を始めた。
「キルドでの戦いについて、領主様に御報告いたします。一週間前の藤和の月24日、朝未明に、ロフテン軍約1万がキルドの街を攻めんと軍を発しました。彼らは、キルドの街南30kmに陣を設置していましたが、カエルサ軍団長とキルド修道士であるミナミシスターとの協議により、彼らが囮の軍であると推測し兵3,000をキルドに残し残りの兵を全てロハンに向けて移動させました。その後、彼らは動きを見せることなく駐留していましたが、此処にいるエディアの魔術師ラメレスが魔人2体を引き連れ、急遽我らがキルドに奇襲を仕掛けてきました。」
アタナトはそこまで話すと、正直にラメレスに顔を向けた。その言葉に、アルバ、サーシャ、ロイスが一斉に彼女に視線を送る。だが、3人とも無表情でラメレスは彼らの感情を読み取れなかった。アタナトはチラッとアルバを見ながら話を続ける。
「予期せぬ奇襲により、ミナミシスターが魔人を通常の槍で攻撃したため軽症。ルンの修道士アカネは、魔術師ラメレスの魔法を跳ね返した際に、突如気を失って倒れたため同じく軽症。恥ずかしながら、私アタナトも魔人の精霊の力により背中を撃たれ、傷を負いました。」
「ふむ。しかし、キルドに残っていた兵士の中では、アタナト殿が一番強かったはず。と、なると誰が、魔人封じ込めたのですか?」
アタナトの報告に、ロイスが真っ当な質問をした。彼らが傷を負いながらも此処にいるということは、誰かが魔人を倒したということになる。アタナトは、ロイスに小さく頭を下げて
「実は、ここにおられるユラ殿が助勢くださいました。彼女は、遥か西の国アトラスからきた旅の方だったのですが、同じくここにおられるピオ司祭にと共に、教団追放の命を出したロフテン国から修道士10数名を連れて我らがロハンの逃げてこられました。サーシャ様の命に従い、我らは彼らを助けましたがその時に知り合ったのです。ですが、ユラ殿は実はコルドバ殿という世界に名を馳せた剣士であられました。彼女が一人で、魔人2体とラメレスを封じ込めてくだされたのです。」
と、言うとユラに大きく頭を下げた。これには、アルバとサーシャも驚きながらユラとピオ司祭を見ると2人してスッと立ち上がって
「ユラ殿、ピオ司祭。ありがとうございました。」
と同時に礼を言い、丁寧に深く頭を下げた。ユラは突然の事に驚き、自身も立ち上がって頭を下げる。様々な国や軍を回っていたが、仕えてもいないのに頭を下げられたのは初めてだったからだ。ピオは更に驚いたいたようで、大きな体を縮ませながらその場に跪いた。教団の最高位の司祭を務めるカスティリャ家が頭を下げたのだ。それは教団の世界ではありえない事だった。
アタナトはその様子が落ち着くのを待つ。やがて、4人が再び席に着くと彼は話を続けた。
「その後、エディアの魔術師ラメレスの拘束を敵軍将校に伝えると、ロフテン軍はすぐに兵を引きました。念のため、諜報部隊をロフテンに忍び込ませ調べさせましたところ、彼らはすぐに軍を解散させ、兵を村や町に戻したとの連絡がありました。それゆえ、キルドの危機は去ったと判断し、ここに報告しにきた次第でございます。相手の出方がわからなかった故、手紙等の報告は控えました。尚、魔術師ラメレスの処分を我らでは判断しかねる故、アルバ様、サーシャ様にご判断いただきたく、ここに連行しました。全ての詳しい内容は、軍報告書にてステラ将軍に提出する予定です。報告は以上でございます。」
アタナトはそう話すと、再び正面の3人に頭を下げた。一通り話を聞いたアルバは、彼に小さく頭を下げて礼を言うと、真っ先に
「アタナトさん、怪我は大丈夫なのか?」
と、心配そうにそう声をかけた。アタナトは自分の領主をしっかりと見ながら
「はい、ありがとうございます。怪我は順調に回復しております。」
と、丁寧に返事をした。
「それなら、いいけど。一応、後でサーシャに診てもらえ。精霊の力で傷を負ったんだ。万一の事もある。」
「そ、そのような事…恐れ多いことにございます。」
アルバの言葉に驚いたアタナトは、手を振って畏まった。一介の兵士である自分が女神に治癒して貰うなど聞いたことがない。だが、サーシャは彼ににっこりと微笑むと
「アタナトさん、遠慮は無用ですよ。ミナミとアカネも後で部屋にいらっしゃい。一緒に診てあげます。」
と優しく話しかけた。そもそもサーシャがアルバの頼みを聞かない訳がない。それを知っているアタナトは2人に再び大きく頭を下げた。
(なんだ、この猿芝居!)ラメレスはその様子を冷めた目で見ていたがとりあえず無言を通した。
そんな時、スッとミナミが席から立ち上がった。彼女は、手にサーシャの白ローブを抱えている。ミナミは、静かに正面に座るサーシャに近づくと、その手前で畏まる。
「まぁ…、ミナミ。どうしたのですか?」
女神の不思議そうな声を聞いて、ミナミは静かにキルドの教会にあった白ローブをそっと彼女の元に差し出した。
「サーシャ様。私も報告があります。」
彼女はそう言うとサーシャの目を見て話し始めた。




