第9話 部屋の外
「あーい!(朝だ!)」
目を覚まして早々に、僕はベッドの木枠越しに窓の外を見る。
陽光が顔を覗かせて、世界が白み始めていた。
そのことに歓喜の声を上げていると、メイドさんが慌てて駆け寄ってくる。
「シリル王子、今日は随分と元気ですね」
「きっとお外に出られることをわかっているのよ」
そう。歩けるようになってから三日が経ったこの日は、エイダさんたちと共に部屋の外へ連れ出してもらう約束となっていた。
まあ正確には約束されたわけじゃなくて、エイダさんとメイドさんの話を聞いていただけなんだけど。
それにしても、我ながら完璧だ。
僕はメイドさんからお乳をもらいながら、自画自賛する。
昨日の未明ごろに、この日五度目の治癒魔術で気絶して、この時間に意識を取り戻すように時間を調整していたんだ。
これで朝ごはん後には、エイダさんと合流できる。
少し残念なのは、せっかく魔力切れを起こしている今このタイミングに毛玉さんたちをもふれないこと。
けどまあ、治癒魔術を何度も使えるおかげで、あまり魔力切れにこだわらなくてもいい。
というより、今は魔力切れを起こさない方向を目指してる。
もしこのまま魔力量が成長していけば、何十回治癒魔術を使っても、意識を保ち続けられる。
そうなれば何も気にせず、毛玉さんたちの気の向いた時にもふることができるのだ。
なんにしても、お外、楽しみだなぁ。
目論見通り、朝ごはんを食べ終えると、エイダさんが部屋に現れた。
「シリル、今日はお外に行くのよ」
「あい!(知ってる!)」
「ふふっ、今日も元気ね」
「エイダ王妃陛下。どうやらシリル王子は外出のことをわかっておられるようです」
「本当!? シリルは賢いわね」
頭を優しく撫でられる。
僕は撫でられるよりも撫でるほうが好きなんだけど……それでもやっぱり、エイダさんの手は安心するし、彼女の笑顔は嬉しい。
これが血の繋がり、というやつかもしれない。
その後、僕はベビーカー……というより、乳母車に乗せられた。
四つの大きな車輪の上に揺籠が載っていて、その中にちんまりと寝かせられる僕。
早速歩き回らせてくれるのかと期待していたけど、それはまだらしい。ちょっと残念だ。
メイドさんが乳母車を押して、隣にはエイダさん。
乳母車の中の僕を覗き込んでは、にこにこと微笑んでいる。
そうして乳母車は部屋の外へと出た。
◆ ◆ ◆
「あーう!(うわー!)」
建物の外へ出た僕を、陽の光が出迎える。
部屋の中にいるよりも強い日差しが照り付け、なんというか元気が出てくる。
気候は温暖。日本でいうところの春ぐらいかな。
湿度も低くてとても気持ちがいい。
「シリル、ここがあなたが暮らしている場所よ」
エイダさんの言葉に合わせてメイドさんが乳母車を回転し、たった今出てきたばかりの建物を見せつけてくる。
三階建てのシンプルな立方体の建物。
赤褐色の石で組まれたシンプルな外観。
……思っていたより、普通だ。というか、小さい。
もちろん前世基準では十二分に豪邸なんだけど、王族や王様が暮らす場所は、もっと大きいと思っていた。
でもパッと見たところ部屋数は二十室程度に見える。
こんな広さで、みんな暮らせるんだろうか。
僕は以前に部屋に現れた王子や王女たちを思い返す。
彼らだけで部屋が埋まりそうなものだが。
なんて考えていた僕の疑問は、すぐに解消される。
「わたくしやあなたのお父様が暮らしている宮殿は、この建物の向こう側にあるのよ。あなたも今よりもっと大きくなったら、一緒に暮らせるわ」
「あーう!?(なんと!?)」
どうやらこの建物に暮らしているのは、僕だけらしい。
正確にはメイドさんたちも住み込みで働いているみたいだけど。
う〜む、王族というのは僕の常識外の生態系をしている。
僕もそんな王族の一員であることを思うと、少しだけ気が重くなるなぁ。
いやでも、王族だからこそ出会えるもふもふさんも、きっといるはず!
なんて考えている間も、乳母車は押されていく。
建物の前方に広がる生垣の向こう側には小さな庭園が広がっていた。
よく整えられていて、綺麗だ。
ずっと部屋の中にいたんだ。この開放感と自然の調和が心地良すぎる。
そして何よりも。
僕は生垣の上に目を向ける。
そこには部屋からずっとついてきてくれている毛玉さんたちの姿があった。
あの黒い毛玉さんの姿はないけど、他の子たち、赤や青、緑や黄、そして白色の毛玉さんたちは、僕のそばをくるくると舞うようにして飛んでいる。
え、勘違いじゃないですよね!
僕のこと、追っかけてくれているんですよね!
思いあがっちゃってもいいですか!!
「あう、あー!!(尊い、尊すぎる〜!!)」
歓喜する僕を見て、エイダさんたちはくすりと笑う。
「よかった、シリルも気に入ってくれたみたい」
「シリル王子は本当に可愛らしいです。っと、失礼いたしました」
「いいのよ、もっと褒めてちょうだい。母親冥利に尽きるわ」
和やかに話すエイダさんたち。
そんな中、僕は周囲を見回す。
うーん、外に出たら毛玉さんたちみたいなもふもふさんがたくさんいるかなって思ったけど、今のところ姿がないなぁ。
それなりの広さがあるとはいえ、あの狭い室内にあれだけの毛玉さんがいたんだ。
もしかしたらこの世界はもふもふで溢れたパラダイスなのかと思っていたけど、違ったみたい。
少しだけしょんぼりとする僕の耳に、甲高い声が響いてきた。
「あら、そこにいらっしゃるのはエイダ王妃ではありませんか」
「……ッ」
エイダさんの息遣いと共に、それまで丁寧に押されていた乳母車が急停止した。
反動で少しだけ前に押し出されながら、僕は声の方をおずおずと見る。
そこには赤と黒の入り混じった扇子で口元を隠した麗人が立っていた。
……誰?




