第8話 成長
魔力量を増やす。
それは、初めて魔力切れによる気絶を経験した時に、その解決策として頭に思い浮かんだものだ。
でも方法がわからないので、一旦保留にしていた。
それがまったく意図しない形で実現した。
初めて治癒魔術の行使に耐えてから――正確には、治癒魔術一回分以上の魔力量にまで成長してから二ヶ月。
僕は今まで通りの生活を続けている。
その結果――。
「あーう、あいー(これで、四回目)」
夕空を眺めながら、僕は全身の熱が引いていくの感じる。
この日、四回目の治癒魔術の行使。
昨日は四回目で気を失ったから、また一回分、記録更新だ。
正直、魔力量が伸びている理由について、はっきりとしたことはわからない。
もしかしたら治癒魔術に慣れることで、消費魔力を抑えられているのかもしれないし、他の要因で成長している可能性もある。
でも、現にこうして成果が出ているし、何より毛玉さんたちをもふり続けるにはこの方法が一番。
辞める理由なんてなかった。
……それにしても。
僕は本日五回目のもふりに向けて、天井を見上げる。
中空に浮かぶ毛玉さんたちは、いつものように僕に向けて並んでくれていた。
……いつものように。そんな贅沢、僕なんかに許されていいのかな。
いやいや、他でもない毛玉さんが望んでくれているんだ。
僕のような下僕はただもふもふ様のご意向に従うのみ!
胸元に飛び込んできた白色の毛玉さんを受け止め、もふりを始める。
両手いっぱいに広がるもふもふ。ずっしりと体に感じる重み。そして可愛いあんよの感触。
うーん、やっぱり気のせいじゃないなぁ。
僕は改めて周りの毛玉さんたちにも視線を巡らせながら思った。
最初は黒い毛玉さんだけだったけど、この二ヶ月で、毛玉さんたちはみんな大きくなっていた。
まん丸だったもふもふからはキュートなあんよがその姿を覗かせている。
元々赤ん坊の手のひらサイズだった毛玉さんたちが、今では頭ぐらいの大きさ。
自然、部屋の頭上を埋める毛玉さんの割合が増している。
――なんて、素敵な光景なんだろうか。
もしかしたら毛玉さんも僕同様にまだ生まれたばかりで、成長途中にあるのかもしれない。
このままどれだけの時間共に過ごせるのかわからないけど、少しでも長い間、毛玉さんたちと一緒にいられたらいいなぁ。
などと思っていると、また熱が出て、僕は治癒魔術を使った。
本日五度目。僕は意識を失った。
◆ ◆ ◆
治癒魔術と並行してこの二ヶ月間、僕が取り組んでいたことはもう一つある。
それが――。
「シリル王子、その調子ですよ〜!」
「頑張ってください!」
「踏ん張ってぇ〜!」
周りでメイドさんたちが前屈みになって、こちらへ向けて手拍子混じりに囃し立ててくる。
僕はふかふかの絨毯が敷かれた床で、小鹿のようにぷるぷると両足を震わせていた。
そう。僕が取り組んでいたこと――それは歩行訓練だ。
転生してから、僕はこの部屋でしか過ごしていない。
外の世界のことをまるで知らず、そのせいで求めている情報が一切入ってこない。
魔術のことや毛玉さんのこと、この世界のまだ見ぬもふもふたち、そしてもちろん、僕の生まれとこの場所、国について。
それらの情報を集めるには、ある程度自分で動けるようになる必要がある。
そのための歩行訓練だ。
前世では歩くことができた僕だけど、赤ちゃんの体は中々に勝手が違う。
体の重心も違えば、そもそも歩くのに必要な筋肉が成長しきっていないのだろうか。
立つことさえままならない。
ベッドの木枠を掴み、踏ん張る。
その一挙手一投足ごとに、メイドさんたちから歓声が上がる。
視界が少しだけ高くなる。
僕はゆっくりと木枠から手を離す。
そうして片足をゆっくりと前へ踏み出した。
一歩、二歩、三歩。
歩幅はないに等しいけど、僕はようやく歩くことに成功した。
「あーい?(あれ?)」
先ほどまで部屋に響いていた拍手や歓声が聞こえない。
僕は不思議に思ってメイドさんたちを振り返る。
メイドさんたちはみんな固まっていた。
僕はもう一歩だけ踏み出して、メイドさんたちにこの成果を訴える。
「あいあいー!(歩けました!)」
「! すごいです、シリル王子!!」
「早速エイダ王妃にご報告を!」
「ずっと歩こうと頑張ってましたもんね!」
弾かれたように騒ぎ出すメイドさんたち。
行動範囲を広げるためにアピールしたんだけど、これじゃあまるで褒めてほしかったみたいじゃないか。
……いや、喜んでくれるのは嬉しいんだけどね?
僕が歩けるようになったことを知ったエイダさんは、その日のうちに部屋を訪ねてきた。
メイドさんに抱えられて僕は床に下ろされる。
「さっ、シリル王子。お母様はあちらですよ」
少し離れたところで膝をつくエイダさんを示して、メイドさんが囁いてくる。
期待に満ちた目を向けてくるエイダさん。そしてソワソワしているメイドさんたち。
ここまでお膳立てされたら、彼女たちが何を期待しているのかは考えるまでもない。
「あーい!」
僕は一歩、二歩と歩き出すと、そのまま勢いに任せて加速する。
そしてエイダさんの前で立ち止まろうとしたその時、足がもつれた。
「ぅぁ!」
床へ向けて盛大に倒れ込む。
深紅の絨毯が目前に迫ったその時、大きくて優しい手のひらが僕を受け止めた。
「シリル、すごいわね。本当に歩けるようになったなんて!」
エイダさんである。
彼女は、僕を受け止めたその手で僕を抱っこしてくれた。
「おめでとうございます。エイダ王妃」
「あなたたちのおかげよ。いつもありがとうね」
「そんな、とんでもございません」
メイドさんたちと言葉を交わしたエイダさんは、そのまま何気なく切り出した。
「歩けるようになったことだし、そろそろシリルを外に連れ出してもいいかもしれないわね」
……!
外だって!?




