第7話 成果
毛玉さんたちをもふり続けることで生まれる熱の正体が魔力なら。
治癒魔術を使って魔力切れを起こせば、思う存分もふり続けられるのでは――?
閃いた瞬間には、試さずにはいられなかった。
何せ本来であれば四六時中もふりたいところを、発熱以来、抑え続けていたんだ。
前世のように、スマホの画面越しにもふもふたちを見ていた時とは比べ物にならない苦痛。
今も目の前を毛玉さんたちがふわふわと揺蕩っているんだから。
「あぁぅ……(落ち着け……)」
僕は一度、深呼吸する。
逸る気持ちを宥める。
焦りのまま、勢いのままに撫でても、毛玉さんたちには心地よくない。
自分の欲望を満たすことよりも、相手のことを考えて。もちろん嫌がられたらすぐにやめる。
もふる時、心に決めていることだ。
よし、大丈夫。僕は落ち着いている。
不思議なもので。
僕がそうやってもふる準備を整え終えると、毛玉さんの方から近づいてきてくれた。
今はお昼前なのでたくさんの色の毛玉さんたちがいる。
みんなが僕の頭上で列をなしていく。
僕に撫でられるために順番待ちなんて、いいんですか!?
というかちゃんと並んでて偉すぎるぅ!
「んきゃ、きゃぁ!」
「ふふっ、王子、ご機嫌ですね」
「サイラス様にいただいた魔鉱石が余程嬉しかったんでしょう」
「それにしても珍しいですね、王子が可愛いもの以外に興味を示すなんて」
僕がはしゃいでいると、部屋にいたメイドさんたちがほんわかとした声で話していた。
それに構わず、僕は最初に飛び込んできた青色の毛玉さんを撫で付ける。
「あう、あぁあい……(ごめんね、起きたらすぐに再開するから)」
僕の言葉が伝わったのか、毛玉さんはまん丸のお目目を何度か瞬かせ、僕の胸の上に丸まった。
黒い毛玉さんよりも明らかに小さなその体を撫でつけ、体の内側から湧き上がる熱を感じ取り、魔鉱石に手をかざす。
魔鉱石が煌めいたのを確認して、僕は治癒魔術の詠唱を行い、そして意識を失った。
次に目を覚ますと、部屋全体がオレンジ色に染まっていた。
夕方だ。
室内にメイドさんはいるみたいだけど、僕が眠っているのを静かに見守ってくれているみたい。
「!」
ふと胸に重みを感じて視線を落とすと、そこにはあの青い毛玉さんが丸まったままだった。
パッチリとした黒いお目目は僕を捉えている。
僕が気を失ってからも、ずっと待っていてくれたんだ……!
感動に打ち震えながら、僕は毛玉さんへ両手を伸ばす。
そうして、なで、なで、なで……。
これまでなら、体の奥底から熱が湧き上がる。
でも――。
「あーう(熱く、ない)」
なでなでもふもふなでなでなでりすりすりもふもふもふ――。
久しぶりに気兼ねなく撫で回す。
青い子の次に緑の子、そして次に赤い子。
贅沢にもたくさんの毛玉さんたちをもふり続け――、また、体の奥底に熱を感じた。
「あぅぅ……(そんな……)」
一度生じた熱は、これまでと同じように体の中を駆け巡り、手の先へと伝わっていく。
高熱になる前に手を離した僕は、一度落胆のため息をついた。
上手くいったと思ったんだけど。
……いや、何もしないよりはたくさん撫でることができたし、完全な失敗というわけではないはずだ。
それに今の僕には治癒魔術がある。
このまま熱を出しても、治癒魔術で治す。
治癒魔術を使ったら、魔力切れで気を失う。
気を失った後は、またたくさん毛玉さんをもふることができる。
……実質、永久機関の完成じゃないか!?
毛玉さんの撫で回しを再開する。
全身が熱くなる。
それを見計らって、僕は魔鉱石に手を翳した。
「あいあううあ、あうあーい、あああーあう(『水と風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を癒したまえ』)。ああーい!(【癒しの手】!)」
「王子……?」
訝るメイドさんの声をよそに、僕を淡い光が包み込む。
全身の熱がすっと引いていき、僕はまた気絶した。
◆ ◆ ◆
気絶、起きる、もふる、治癒魔術を使う、気絶。
そんな一連の流れを、僕はメイドさんやエイダさんに怪しまれない範囲で行い続けた。
恐らく、体感で三ヶ月ほど。
それだけの時間が経てば日常にも変化が生まれる。
まず、離乳食が始まった。
野菜や肉を極限まで細かくして煮込まれたスープ。
味付けは控えめで、食感も限りなくゼロに近い。
それでも、それまで母乳だけだった食生活に比べれば劇的に改善したと言える。
ちなみに、中空を浮かぶ毛玉さんたちは食事はいらないらしかった。
この間、メイドさんの目を盗んでスープを差し出してみたけど、まったく興味を示していなかったのだ。
……本当、この毛玉さんたちって一体何者なんだろう。
相変わらず誰にも見えていないし、不思議な存在だ。
可愛いからなんでもいいけどね!
そして、もう一つの変化で言えば、食後に部屋の中を動き回れるようになったこと。
動き回るといっても、ハイハイでだけど、これがかなり嬉しい。
きっともう少ししたら歩けるようにもなるはず。
そうなれば色々な疑問を解消するために情報収集を行える。
そんな日々を送る中、僕はその違和感に気が付いた。
「あぅぁ?(あれ?)あーう(まだお昼だ)」
気絶から意識を取り戻した僕は、ベッドの柵越しに窓の方を見て、首を傾げる。
今日は朝食をとった後に毛玉さんたちを撫で回して、それから治癒魔術を使い、気を失った。
なのにまだ空は青い。
以前までなら、とっくに夕方になっていたはずだ。
ずっと気のせいかなと思っていたけど、回数を経るごとに、意識を取り戻すまでにかかる時間が減っている。
それがいいことなのかどうかで言えば、間違いなくいいことだ。
だってそれだけ一日のうちに毛玉さんたちをもふれる時間が増えるわけだし。
なんて呑気に考えていた僕だったけど、いよいよ無視できない出来事が起きた。
毛玉さんたちをもふり、体の奥底から湧き上がる熱を鎮めるため、そして何よりも魔力切れを起こして気絶するために。
僕はまた治癒魔術を使う。
「あいあううあ、あうあーい、あああーあう(『水と風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を癒したまえ』)。ああーい!(【癒しの手】!)」
熱が引いていく。
そしてそれに続くように、意識が――、意識が……意識が、あれ……?
手に伝わってくる、毛玉さんのもふもふの感触。
開かれた視界。見慣れた部屋の光景。遠くで掃除をするメイドさん。
これは、もしかしたらそういうことなのだろうか。
疑問に思いながら、僕はまた治癒魔術を使う。
するとその瞬間、これまでのように視界がブラックアウトし、意識が遠のいていく。
完全に意識を失う間際、僕はその成果を噛み締めた。
――これって、魔力量が伸びているってことなのでは!?




