第6話 魔鉱石
気がつくと朝になっていた。
気を失っていたんだ。
……これはあれかな、魔力切れ、というやつなのかな。
幸いなことに、僕の気絶を周りのメイドさんたちはただ寝ていただけだと思ってくれたらしい。
昨日の高熱の時のような騒ぎは起きていない。
「シリル王子、今日もいい天気ですよ〜」
メイドの一人がいつものようにカーテンを引き、部屋に陽光を取り入れてくれる。
生憎、ベッドに寝かしつけられたままなので外の景色は見えない。
……そういえば、転生してからまだ一度も部屋の外に出されていない。
王子だから色々と難しいことがあるんだろうか。
ってそんなことよりも!
窓から差し込む陽の光を浴びて、僅かに輝く手元の鉱石。
それは昨晩、気を失う寸前に目にした輝きとは違う。
昨夜見たのは、反射とか透過とか、そういう要因で発する光じゃなかった。
お医者さんが治癒魔術を発動する時に見せた、あの魔術の光だった。
つまり、成功した。
僕は治癒魔術を発動できたんだ。
「あぁう!」
「ふふっ、王子は朝から元気ですね」
思わず漏れ出た歓喜の声に、メイドさんが微笑ましげな目を向けてくる。
随分とあっさり成功したけど、成功する分には万々歳だ。
これで僕は思う存分、毛玉さんたちを撫で回せる。
魔力と思しき熱源のせいで高熱を発しても、治癒魔術を使えば倒れることはないはずだしね。
……って、あれ。
治癒魔術を使えても、魔力切れで気絶していたら、毛玉さんたちを撫で回し続けることなんてできないんじゃ……。
…………。
また振り出しに戻った!?
◆ ◆ ◆
絶望してもお腹は空く。というか今朝はいつも以上にお腹が空いた。
メイドさんの一人からお乳をもらう。
「シリル王子、今日はたくさん飲めて偉いですよ〜」
お乳をくれているメイドさんが頭上で褒めてくれる。
「ああう!(そんなことで褒めないでぇ!)」
悶絶しつつも、食欲には抗えない。
褒められ続けながら、僕は母乳を吸い続ける。
ちなみに、僕にお乳をくれるメイドさんは日によって違う。
乳母が何人もいる感じだ。
食事を終え、背中をトントンと叩かれてゲップを終えると、またベッドに戻される。
とその時、まるでタイミングを見計らったかのように、部屋の扉が叩かれた。
「これはサイラス様」
扉の方からメイドさんの声がする。
離れた場所で一言二言会話が行われると、声がこちらへ近付いてきた。
「おはようございます、シリル王子」
ベッドの傍から覗き込んできたのは、昨日のお医者さんだ。
歳の頃は60後半ぐらい。
オールバックに纏められた白髪とよく整えられた口顎髭。
そして柔和な印象を醸し出す褐色の瞳。
一言で紳士と表すに相応しい容貌。
昨日は白衣と魔術しか印象に残らなかったけど、こうして見ると優しそうなおじいちゃんだ。
まぁそもそも、熱に浮かされてそれどころじゃなかったんだけども。
ところでお医者さん……正確には宮廷魔術師らしいけど、そんな人が一体どうしたんだろう。
僕の疑問に答えるように、サイラスさんは恭しく頭を下げてくる。
「失礼いたします」
そう断って、サイラスさんはベッドの中へ手を伸ばし、僕の手元に転がる鉱石を掴んだ。
! そっか、この石を回収しに来たんだ!
「……おや?」
鉱石を手に取ったサイラスさんは、不思議そうに首を傾げた。
「随分と魔力が残っている。出力を見誤った……? いやしかし……」
鉱石を見つめてぶつぶつと呟くサイラスさん。
まずい、あの鉱石を持っていかれるのはまずい!
魔力切れ以前の問題だ。鉱石がないと治癒魔術を使えなくなる……!
いやもしかしたらなくても使えるのかもしれないけど、今の僕には確かめる術と時間がない。
あの鉱石をサイラスさんに持っていかれないようにしないと。
でもどうやって。あの鉱石はケイラスさんのもの。
「返して!」と言っても「いや私のですけど」と一蹴されるのがオチ。
そもそもこの赤子の体では、そう伝えること自体難しい。
「あぁぅ……(どうしよう……)」
こうしている間にも、サイラスさんは鉱石を白布で包み始めている。
丁寧に、貴重なものを扱うように。
「あうう!(やだ!)うあー!(待って!)」
白衣の内側へ仕舞う所作がスローモーションのようにして僕の目に刻まれる。
その光景を見ているうちに、抑えようのない衝動が湧き上がり――。
「うぁぁああああ!」
「!?」
――決壊した。
一度堰を切った涙と泣き声は、もはや自分の意志ではどうにもならない。
前世では会話ができたのに今はできないように、歩けたのに歩けないように。
僕は転生した時ぶりに、大声で泣き叫ぶ。
「シ、シリル王子……?」
鉱石をしまおうとした手を止めて、サイラスさんが困惑の声を零している。
涙で滲む視界でも、彼が困った顔をしているのがわかった。
ごめんなさい、困らせたいわけじゃないんです。
でもその鉱石、もう少しだけ置いてて欲しいというか、何というか。
「うぁぁぁぁあああん!」
頭の中であれこれ考えた分だけ、泣き声の勢いが増していく。
毛玉さんたちがふわふわと近付いてくる。
気遣ってくれるふもふさんたちの姿にに、僕の決壊はさらに砕けていく。
「うわぁああああっっ!」
もうヤケクソである。
泣き止められないなら、思う存分泣いてやる。
「わ、私は何か、王子の気に触ることを……?」
サイラスさんの弱々しい声。
「本当に珍しいです。シリル王子がこんなにお泣きになられるなんて。はーい、王子〜、大丈夫ですよ〜」
メイドさんが僕を抱き抱えてあやしてくれる。
ゆらゆら気持ちいい。
でもそんなんじゃ泣き止まない。
僕の視線はサイラスさんの手の中にある鉱石を捉えて離さない。
「……もしかして、シリル王子はその石をお望みなのでは?」
「魔鉱石をですか?」
魔鉱石っていうんだ、その石。
でもその通りなんだ!
「あーう……」
「ほらやっぱり!」
僕が泣き止むと、メイドさんが嬉しそうに言う。
「ふぅむ、しかしこのような石を王子が欲しますかな?」
半信半疑といった様子で、サイラスさんは白布を取り払うと、おずおずと魔鉱石を差し出してくる。
僕は両手を目一杯に広げて受け取った。
「あーい!(やった!)」
再び手の中に戻ってきた魔鉱石。
その感触に思わず笑みが零れる。
「どうやらメイド殿の言う通りのようですな。……ふむ、ではこちらはシリル王子に差し上げましょう」
「あーう?(本当?)」
首を傾げて確認する。
確認の体裁はしているけど、今からダメですと言われても返したくない。
「……んんっ」
僕の問いに、サイラスさんはなぜか咳き込んだ。
「差し上げますとも、シリル王子。今からその魔鉱石は王子のものです」
「あーい!(やったー!) あぁう!(ありがとう!)」
胸に手を当てて、臣下の礼らしきものをとるサイラスさんに向けて、僕は満面の笑顔を浮かべた。
◆ ◆ ◆
……うぐぐぐぐ。
サイラスさんが出ていき、再びベットへ戻された僕は、魔鉱石を握りしめて悶絶していた。
ない。さっきの振る舞いは大人としてあまりにもなさすぎる!
あんな振る舞いが許されるのは可愛い存在だけだ!
……まぁでも、その甲斐あってか、こうして魔術に必要っぽい魔鉱石は手に入ったわけだし、毛玉さんたちのためと思えば耐えられる。
ありがとう、サイラスさん。
とはいえ、魔力切れからの気絶の問題が解消されたわけじゃない。
解決策としてまず思い浮かぶのは、魔力量を増やすというもの。
魔術を使っても魔力切れを起こさないぐらいに成長する。
まぁ実際問題、あの気絶が魔力切れによるものなのかもわかってないんだけど。
こればっかりは赤ちゃんのうちは仕方ない。もう少し大きくなったら情報も集められる……はず。
一旦、この仮定が正しい前提で進めるしかない。
問題は何をすれば魔力量を伸ばせるのかだけど……。
……待てよ? 毛玉さんを撫でた時に発生する熱の正体が魔力なら、魔力切れを起こした状態――気絶から目を覚ました直後なら、思う存分もふれるのでは?




