第5話 熱の正体
――魔術。
アニメや漫画のもふもふを堪能する過程で、そうしたファンタジーな設定のある作品はいくつも目にしてきている。
およそ現実ではあり得ない力を使って活躍するキャラたちの姿に、もふもふ目当ての僕でさえ、時に魅了され、虜になった。
思い返せば、ライオンさんに導かれてこの世界に転生したのなんて、それこそラノベの鉄板の展開だ。
だというのに、今朝まで僕の頭からは〝魔術〟というファンタジーな力が存在する可能性がすっかり抜け落ちていた。
たぶん、今も目の前を漂う毛玉さんの可愛さにすっかり意識を奪われていたからだろう。
……いや、それだと毛玉さんたちのせいにしてるみたいだ。
毛玉さんたちは何も悪くない!
悪いのは僕!
正直なところ、この世界に魔術が存在すること自体にはワクワクする。
するけど、毛玉さんたちのように、この世界にいるであろうまだ見ぬ可愛いもふもふさんたちへの興味には劣る。
例えば魔術を極めてやろうだとか、その力で何かを成し遂げてやろうとか、そういった野望は微塵もない。
そりゃあ、せっかくの異世界。少しぐらい使えたら楽しいだろうとは思うけど。
「ああう……」
でも状況が変わった。
真っ暗なベッドの上で、僕は拳をぎゅっと握る。
理由はわからないけど、僕は毛玉さんを撫で回し続けると、高熱を出して倒れてしまう。
僕が倒れると、母親であるエイダさんが悲しむ。それは嫌だ。
じゃあ毛玉さんを撫でなければいいじゃないかって? それはもっと嫌だ。
こんな可愛い存在を前にして何もしないなんて、ペットを飼うことを我慢していた前世よりも生き地獄だ。
どちらの嫌も跳ね除けるには、この世界にあるファンタジーな力――魔術を利用するんだ。
「あぅう……」
お医者さんが置いていった青と緑が入り混じった色の鉱石を両手で掴み、ごろんと寝転がってうつぶせになる。
もちろん、魔術の使い方なんてまったくわからない。
わからないので、とりあえずお医者さんの真似事をやってみる。
「あいあううあ、あうあーい、あああーあう(『水と風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を癒したまえ』)。ああーい!(【癒しの手】!)」
……何も起きない。
両手の中の鉱石は煌めくこともなければ、僕の全身を淡い光が覆うこともない。
失敗である。
「ああうぅ……(なんでだ……)」
魔術が発動しない理由はいくつか考えられる。
第一に、やり方が間違っている場合。
第二に、やり方は合っているが、正確にできていない場合。
そしてそもそも、魔術を使う資格や適性がない場合。
原因がどのパターンでもかなり高いハードルだけど、最後のパターンだった場合は、僕の『異世界もふもふさんたち撫で撫で生活』が幕を閉じてしまう。
そんなのは最悪だ。
……でも考えてみれば今日に至るまで、実際に魔術を目にしたのはお医者さんが使った治癒魔術の一度きり。
もしかしたら、僕が思っている以上に魔術がかなり高難度の技術である可能性はある。
だとしても絶対諦めないけど!
「あう?(ん?)」
ふと脇腹を小突かれる感触を覚えて視線を下に向ける。
黒い毛玉さんが僕の隣に添い寝するようにして、ぽすんとベッドに横になり、ぐりぐりと体を押し付けてきていた。
僕が気付いたことに毛玉さんも気付いたのか、その動きをやめて、おずおずと顔を向けてくる。
「……ぁぁぅ……(ごめんよぉ)」
毛玉さんを心置きなく撫で回すためとはいえ、無視する形になってしまったのは忍びない。
……仕方ない。僕の信条には反するけど、毛玉さんが悲しむ方が嫌だ。
僕は右手を鉱石に添えたまま、もう片方の手で、毛玉さんのもふもふな体躯を撫で付ける。
こんな片手間で撫でるなんて、毛玉さんに申し訳ない。
治癒魔術を覚えさえすれば、熱のことなんて気にせず思う存分もふれるのにぃ……!
歯噛みしながらも、毛玉さんを撫で始めたことで、また体の奥底から熱が生まれる。
それはいつものように体の中を動き、両手へ伝わっていく。
くそぅ、この熱が憎い。どうして毛玉さんをもふるだけで、体の奥底から変な熱が生まれるんだ。
この熱の正体さえわかれば、もう少し、やりよう、が……。
思考が、止まる。
右手を添えていた鉱石が、お医者さんが魔術を使った時のように、煌めいていた。
「うぅ?」
驚きのあまり手を離すと煌めきが収まっていく。
また手をかざすと、輝き始める。
さっきまでうんともすんとも言わなかったのに、どうして――。
自然と視線が左手に向かう。
さっきまでとの違い。それは毛玉さんを撫でているかどうか。
そして体の奥底から湧き上がって、体内を巡り、手の先へと移動するこの熱。
もしかしてこの熱って。
魔術の発動に必要な力――魔力なの?
だとしたら!
「あいあううあ、あうあーい、あああーあう(『水と風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を癒したまえ』)。ああーい!(【癒しの手】!)」
体の奥に満ちた熱が急速に引いていく。
寒ささえ覚える中、鉱石が一際強い光を放つ。
そして、お医者さんが見せたあの淡い光が僕の全身を包み込み――。
僕は、意識を失った。




