第4話 魔術
暑い、熱い、あつい……。
体が熱い。息が熱い。頭が熱い。
高熱で朦朧とする意識の中、必死に呼吸を続けていると、部屋の扉が乱暴に開かれる音がした。
「シリル!!」
母であるエイダさんの悲鳴が飛び込んでくる。
僕が王子ということもあってか、部屋は広い。
だから扉からベッドまではそれなりの距離があるのに、声がしてすぐ後には視界にエイダさんの顔が現れた。
彼女は焦燥した様子で僕を見下ろすと、室内のメイドたちを向く。
「シリルは?」
「今朝方、シリル王子の寝汗が尋常ではないことに夜番が気付き、額にお触れしたところ、発熱が認められました。お顔などの熱りも酷く、息もままならない様子で」
「なんてこと……」
「今、宮廷魔術師を呼んでおります。間もなくお越しになられるかと」
「……そう」
エイダさんは少しだけホッとした様子だ。
ん? きゅうてい、まじゅつし……?
もしかしてこの世界、魔術が存在するの!?
◆ ◆ ◆
「ふぅむ……」
宮廷魔術師と呼ばれた人は、僕の想像に反して、医者のような装いだった。
白衣を身に纏い、僕の首元や胸元を丁寧に触診している。
地球でも昔は医術が魔術や魔法と呼ばれていたこともある。
魔術師というのは、たぶんお医者さんのことを指しているんだろう。
なんだ、ないのか魔術。
少しだけがっかりする中、エイダさんが先生へ不安げに訊ねる。
「シリルは大丈夫ですか?」
お医者さんは丁寧に僕から手を離すと、エイダさんへ向き直る。
「疲労が蓄積していただけのようですな。呼吸は荒いですが、少しずつ落ち着いています。安静にしていれば問題ないでしょう」
「そう、よかった……」
安堵するエイダさん。
周りからも同様の息遣いが聞こえる。
部屋にいるメイドさんたちだ。
反して、中空を飛び交う毛玉さんたちは今朝からずっと慌ただしい。
いつもはゆったりと動いているのに、今は僕の頭上をぐるぐると回っている。
毛玉さんたちも心配してくれてるのかな。
だとしたら光栄すぎて気絶してしまいそうだ。
あれ……?
色とりどりの毛玉さんたち。
その中で、昨夜も共にしたあの真っ黒の毛玉さんが目に留まった。
気のせいかな。
他の毛玉さんたちよりも、少しだけ大きくなっている気がする。
具体的には、僕(赤子)の手の平、二つ分の大きさ。
というかあれって、脚!?
黒い毛玉さんの体の下から飛び出た、小さな四本のもふもふ。
あれは見紛うことなき、脚だ。
かわ、かわいぃぃいい!!
ちょこんとしたあんよ、なんて可愛いんだ!
というか僕、毛玉さんのあんな可愛いあんよ、見逃してたの!?
自分の節穴に絶望する。
毛玉さんの魅力を見落としていただなんて。
……でも、昨夜も僕のお腹に載ってくれた時、毛玉さんのあんよの感触はなかったんだけどなぁ。
周りの毛玉さんたちも、僕のこれまでの認識通り、丸々としたまさに毛玉で、脚なんて見えない。可愛い。
中空へ視線を巡らせながら心の中で首を傾げていると、傍でお医者さんがまた「ふぅむ」と声を漏らした。
「しかし、まだまだ熱に浮かされているご様子。どれ、念のために治癒魔術を施しておきましょう」
そう言って、お医者さんは鞄から何やら青と緑が入り混じった色の鉱石を取り出すと、そっと僕の胸の上に載せて、手をかざした。
「『水と風の精霊よ その慈愛をもって 彼の者を癒したまえ』――【癒しの手】」
胸の上の鉱石が煌めく。
不思議な淡い光が僕の全身を覆う。
そしてその瞬間、全身の熱りが落ち着いていくのが感じられた。
お医者さんは「ふぅ」と一つ息を吐くと、エイダさんへ向き直る。
「触媒はシリル王子の下へ残しておいてください。後日、回収に参ります」
「先生、ありがとうございます」
「とんでもございません。これが私の仕事ですので。では、失礼いたします」
仕事を終えたと言わんばかりに、お医者さんは部屋を出ていく。
その背中――正確には去っていく足音を聞きながら、僕は愕然と胸の上の鉱石を見下ろした。
まじか! あるのか魔術!!
◆ ◆ ◆
真夜中。熱を出してからちょうど丸一日が経ち、日中の慌ただしさが嘘のように静まり返っている。
それにしても、エイダさんには余計な心配をかけてしまった。
お医者さんが「疲労が蓄積していただけ」という見立てをしたからか、エイダさんは僕の額を撫でながら「ごめんなさいね、突然たくさんの人に会わせて」と謝ってきたのだ。
兄姉に紹介したことを悔やんでいる様子で、そのことをまったく負担に思っていない僕からすれば、誤解させてしまって申し訳ない。
エイダさんは悪くない。そう伝えようにも舌足らずな僕では言葉にできない。
精々笑顔を浮かべて両手をパタパタと振るだけ。
だが僕の想いは伝わったのか、エイダさんは優しく微笑みながら「シリルは強い子ね」と褒めてくれた。
なんだかこそばゆい。
「あう……?」
僕が考え事をしていたら、心配してくれたのだろうか。
この時間、唯一起きている真っ黒の毛玉さんがふわふわと降りてきた。
そういえば、他の毛玉さんはこの時間、どこにいるんだろ。
一瞬よぎった疑問を脇に置き、毛玉さんに意識を全集中する。
やっぱり大きくなったような体を両手を精一杯に広げてわしわしと撫で回す。
そうしていると、体の奥底がじんわりと熱くなってきた。
体の内側を移動して、腕、手、指先へ伝わっていく。
構わず黒い毛玉さんを撫で続けると、熱はさらに昂り、内側を移動するまでもなく、全身が熱くなってくる。
……昨夜、意識を失う間際、これがさらにエスカレートした状態だった。
もしかして僕の高熱、毛玉さんを撫で回したことで発生した?
「あうぅ……!」
いいや気のせいだ!
そんなはずない!
もしそんな理不尽なことが起こるとしても、こんなもふもふを前にして、撫で回さない選択肢があるのか!? いや、ない!!
「――ぁ」
構わずわしゃわしゃと撫で回す僕の脳裏に、エイダさんの不安げな顔がよぎった。
ピタリと手を止めると、黒い毛玉さんが何事かと身動ぎする。
「あぅう……」
もしまた熱が出たら、エイダさん、悲しむかな。……悲しむよね。
エイダさんのそんな顔は、見たくないな。
……でも。
暗闇越しに。黒い毛玉さんの催促するようなキュートな目が僕を射抜く。
我慢できない。でもしないと。うあぁあああ!!
一度毛玉さんの眼差しから逃れるように、横を向く。
そんな僕の視界に、お医者さんが置いていった青と緑が入り混じった色の鉱石が飛び込んできた。
「…………! あう!(そうだ!)」
あのお医者さんが使っていた治癒魔術を僕が使えるようになったら、熱が出ても自分で治せるじゃないか!




