第55話 孤児院の変化
「! 若様!!」
午前中の会議を終えて屋敷の玄関ポーチへ出る。
すると、目の前に停まっている馬車の傍に立っていたコーディさんが、ぶんぶんとこちらに手を振ってくる。
どうして彼がいるのかというと、今日はこれから孤児院の視察へ向かうのだった。
アドルフと一緒に不正を働いていたフラウス商会は現在、細かな調査が行われている。
過去に行った横領の規模を調べ上げ、賠償させるためだ。
それが終わるまで、商会は営業停止処分になっている。
だけどその間、孤児院の運営を止めるわけにはいかない。
孤児院に必要な物資の手配などは、僕の名前で別のいくつかの商会に依頼していた。
昨日、商会が変わってから初めての物資の搬入が行われたらしいので、実際に僕が確かめにいく、というのが今回の視察の目的。
別に新たな商会も不正をするんじゃないかって疑ってるわけじゃない。
どんな悪い人間でも、フラウス商会とアドルフへ下された処分を見た後で横領を企もうとはしないだろう。
とはいえ、「ちゃんと見ているぞ」というアピールは欠かせない。
商会に対しても、この町の人たちに対しても。
それに僕も、孤児院の生活がどう変化したかは気になるしね。
「きょうのとうばんはこーでぃだったんだ」
「はい! 非番だったんですが、若様が視察へ行かれると聞いて!」
「そ、そっか。ありがとう」
「とんでもないっす!」
目をキラキラと輝かせ、元気よく答えるコーディさん。
な、なんだろう。
フラウス商会の商館とアドルフの屋敷へ乗り込んだ日から、コーディさんの態度が変わったような……。
どことなく、サイラスさんっぽい。
「ささっ、若様、サイラスさん! 準備はできてますんで、参りましょう!」
◆ ◆ ◆
「シリル王子殿下! ようこそお越しくださいましたっ」
「こんにちは!」
孤児院へ着くと、中からおばあちゃんが出迎えてくれる。
今日は以前のように遊びを名目に、コソコソと探りを入れる必要はない。
堂々と視察として来ているので、その目的も伝えてある。
予算通りの物資が搬入されているなら、以前よりも孤児院の暮らしぶりはよくなっているはず。
その際たるものとして挙げられるのが食事で、今日もまた一緒に昼食をとる流れになっている。
「ん? あれは……」
おばあちゃんの後に続いて孤児院内へ入る道中、建物の傍に何両もの荷馬車が停まっていた。
僕の呟きに、おばあちゃんが答えてくれる。
「あれはマーリス商会の荷馬車でございます」
「しょうかいのにばしゃ……?」
マーリス商会は、孤児院への物資の手配をお願いした商会のうちの一つだ。
でも記録だと孤児院への荷運びは昨日行っているって聞いてたけど。
「恐らく、シリル王子の視察を知り、追加の物資を用意したのでしょう」
「ついかって、ちゃくふくしてたってこと?」
僕が来なかったら孤児院へ下ろすはずの物資を渡さなかった、となると大問題だ。
でも、サイラスさんは首を振る。
「予算通りの物資は昨日のうちに記録通り運び込まれたのでしょう。ですから今運ばれている物資は、マーリス商会個人の寄付かと。シリル王子にマーリス商会の名を売るために」
「なるほどね」
サイラスさんの説明で合点がいった。
慈善事業を僕にアピールすることで、今後も贔屓にしてもらおうという算段だったのか。
「許し難い話です」
「どうして?」
なぜか憤るサイラスさんに首を傾げる。
「こじいんのひとたちがゆたかなくらしができるんでしょ? ならいいじゃん」
「……私が浅はかでございました」
「そんなことないとおもうけど……?」
サイラスさんは恥じるように顔を伏せた。
不思議に思っていると、傍で僕たちのやりとりを聞いていたコーディさんが、突然大声をあげる。
「俺、一生若様についていきます!!」
「きゅ、きゅうになに!?」
「俺の剣は若様のもの――あでっ!?」
前のめりになるコーディさんの頭を、おばあちゃんが呆れ混じりに叩いた。
「あんたについてこられても、シリル王子殿下が困るだけだろう?」
「そ、そんなことねえってば。ねぇ、若様!」
「う、うん」
まあ護衛はいてくれた方がエイダさんも安心できるだろうしね。
そんなやりとりをしているうちに、目的の食堂へ辿り着く。
おばあちゃんが木製の扉を開けると――。
「わぁ! りょうしゅさまぁ!!」
「おうじさま〜!」
「おにいちゃぁん!!」
子どもたちの賑やかな声が、僕たちを出迎えた。
この間とは全く違う光景だ。
あの時は広間の中心に置かれた長机の前に行儀よく座り、食事の時間を今か今かと待ち望んでいた子どもたちが、席を立って僕たちの方へ集まってくる。
明るい表情で口々に何かを捲し立てるから、音が混ざって聞き取れない。
「え、ええっと……」
僕が困っていると、おばあちゃんが小さく笑う。
「みんな王子に感謝しているのです」
「かんしゃ?」
「ええ。王子が悪い奴をやっつけてくださいましたから」
そう言って、おばあちゃんは子どもたちの奥――広間に並ぶ長机へ視線を向けた。
辛うじてその目の先を追うと、そこには湯気の立ち上る料理の数々が並んでいる。
遠目からでも、料理に使われている食材の質も量も、以前のサンドイッチより改善されていることがわかった。
よかった。予算通りに物資が渡されたら、みんなちゃんとした食事を食べられるんだ。
アドルフたちの不正への怒りが少しだけ湧き上がるけど、それ以上に安堵の方が勝る。
そ、それにしても。
「おにいちゃんってえらいんでしょ?」
「ばか、つよいんだよ。おとなをやっつけたんだから」
「どうやったの? ねぇねぇ〜!」
……なんというか。
孤児院の子どもたちには、変な誤解をされているような気もする。
◆ ◆ ◆
「……ぁ、あの」
みんなと食事をとって、それから孤児院に運び込まれている物資の確認も終え、さあ屋敷へ帰ろうというところで、遠慮がちな声に呼び止められた。
さっきまでの子どもたちの元気で遠慮のない声と比べると、かなり控え目だ。
「あ!」
振り返ると、そこにはニット帽を深めに被った長袖長ズボン姿の子どもの姿。
忘れるはずがない。
初めて孤児院にいた時に出会った、獣人族の子だ。
おばあちゃんからこの子について聞いた。
怖がらせないように、落ち着いて訊ねる。
「ぼくにようじ?」
こくんと頷く。
と同時に、僕の両脇に控えるサイラスさんとコーディさんをおずおずと見上げ、またパッと目を逸らした。
「ふたりとも、ちょっとまってて」
僕は二人にそう言って、その子にゆっくりと歩み寄る。
「ぼくもきみにいいたいことがあったんだ」
「……?」
「その、このあいだは、こわがらせてごめんね」
「っ! そ、それ、おばあちゃんから、ききました」
そっか。
おばあちゃん、ちゃんと伝えといてくれたんだ。
「それで、その、わたしもいいたいことが……」
「いいたいこと……?」
きゅっと口元を引き結んで、俯かれる。
そしてそのまま、消え入りそうな声で呟かれた。
「その、わたしのしっぽ、ほめてくれて……ありがとう、ございましたッ」
「あっ」
それだけ言って、いつぞやの時のようにパッと背を向けて走り出す。
よ、よかった。嫌じゃなかったんだ。
安心しつつ、その子へ手をあげる。
「ぼくは、しりる! またあおうねっ、える!」
「……!」
ぴたりと立ち止まったその子は、一度こちらを振り向くと、ぺこりと頭を下げてまた走り去っていった。
嫌じゃなかったなら……もしかしたら、あのもふもふのしっぽを触らせてくれたり……いやいや、ダメだって。
……ダメだからね、僕。




