第54話 ご飯
魔力とは、この世に存在するものすべてが有する、世界を改変する力。
人にも、生き物にも、草木にも、そして空気そのものにも、この世を形作る以上その保有量に差があっても、魔力は宿っている。
だからこそ、自然が具現化した精霊もまた強大な魔力を備え、人では扱えない精霊魔法を振るえるそうで――。
とにかく。僕の魔力玉は、そんな世界の常識と反する現象らしい。
「自分自身の体から放出した魔力は、ほどなく周囲の魔力と反発し、溶け合い、霧散いたします。だからこそ私たち魔術師が魔力を扱う際、詠唱などの媒介が必要となるのです」
そして、精霊がそうした媒介を必要としないのも、まさにこの点に尽きるようで。
自然そのものと言っていい精霊は、自然と対立しない。
だからこそ、自身の魔力をそのまま用いて望む現象を引き起こせるのだった。
サイラスさんはその後も、魔力玉がいかに現象としておかしいのかを力説してくれた。
「そんなこといわれても、さいらすからそんなはなし、きいたことがなかったよ」
魔力は魔術を発動するための力。
今日まで僕の中の認識はその程度のものだったのに、急に世界を改変する力だの、魔力の純度がどうのと言われても……。
ただ、そんな僕の不平をサイラスさんは「こんな専門的な話、研究者でもなければ必要ないのです!」と頭を抱えていた。
な、なんだか申し訳ない……。
ともあれ、そんなあり得ない現象をなぜか行えたおかげで、下級魔術の習得には成功した。
これでもしもの時は、少しぐらいは精霊さんたちの力になれるぞ!
◆ ◆ ◆
火の下級魔術である【火球】を習得した後も、他の属性の下級魔術を教わって、この日はオリーゴに帰ることになった。
屋敷へ戻り、夕食をとってから、入浴を済ませて自室へ戻る。
そうして僕はベッドの中央に座り、今日一日のご褒美時間。
精霊さんたちのもふもふタイムを始めた。
まずは今日も姿を隠す精霊魔法を使ってくれたハヤテたちを労いの意味を込めて撫で回す。
僕の中の熱――魔力が、手のひらを通じてみんなに流れ込んでいく。
僕が頼りないばかりに、毎日力を使わせてごめんよ……。
それが終わると、周りにいた毛玉さんたちが順々に僕の足上に飛び乗ってくる。
そんな毛玉さんたちをもふっていく。
部屋を埋め尽くすほどたくさんの毛玉さんたちを一晩でもふり切ることは、残念だけどできない。
そのことは毛玉さんたちもわかってくれているのか、一晩のうちに僕の膝の上に乗ってくるのは十人ぐらいで、毎晩譲りあってくれている。
みんな賢いし可愛いし、最強だ。
僕も一人ずつ丁寧にもふりたいからね。
そんな日課を終え、明日の会議に備えて寝ようかなと思った僕だけど、ふと気付く。
魔術の鍛錬はどうしても周りに被害を及ぼしてしまうから、室内で行うことはできない。
火球を部屋で放ったら大変なことだから。
でも、魔力玉を生み出すぐらいなら、自室でもできるんじゃないかな。
初めての攻撃魔術を習得するという進展はあったものの、実は新たな課題も抱えていた。
それは、魔術の発動が遅いということ。
魔力玉を生成して、それを分割して、ようやく詠唱を始められる。
ワンテンポ工程が増える分、普通に魔術を発動するよりもどうしても隙が生まれてしまうんだ。
それに魔力玉を生成するのにはかなりの集中が必要で、もし目の前に魔物が現れた時、同じように魔術を使えるかは自信がない。
「……よしっ、すこしだけれんしゅうしようっ」
セルワーレのところへ行けるのは一週間後の休みだし、それまで何もしないわけにはいかない。
毎日少しでも続けていたら、きっと上達するはずだ。
バッと両手を突き出し、体の奥底から魔力を呼び起こす。
――熱。そっか、魔力が熱いのは、それ自体が膨大なエネルギーを秘めているからなんだ。
今さらながらにそのことを悟りながら、昼間も繰り返した工程を思い出す。
手の先へ魔力を動かし、その先へ放出する。
でも遠くへは行かないように、近くに留めて、操れるように。
この工程を今よりも早く、正確に、丁寧に――。
「って、みんなどうしたの?」
僕の体の前に生まれた六色の光が混じった光玉を、ハヤテやコムギたちが興味津々と言った感じで取り囲んでいる。
そういえば、洞窟で同じことをしていた時も、みんな魔力玉に集まっていた。
あの時は魔術の習得に必死でそれどころじゃなかったけど……。
「クゥン」
コムギが甘えるような声と共に、上目遣いで僕を見上げてくる。
か、かわいい。
……いやいや、そうじゃない。
みんな僕に何かを言いたげだ。
その意図を汲み取ることこそ、僕の責務であり責任!!
魔力玉を生み出すのに費やす集中を超える思考で考えを巡らせ、僕は思いつく。
「もしかして、これがほしいの?」
「ワン!」
正解だったみたいだ。
「もちろんいいよ。はい、どうぞ……って、ちょっとおおきすぎるかな」
魔力玉をそのままコムギに与えようとしたけど、光玉はコムギよりも大きい。
昼間は魔力玉の純度を下げるために分離させたけど、純度しか変わっていないから、魔力玉の大きさ自体は変わらない。
でもその要領を応用して、魔力玉自体を小さくしていけば……。
「はい! これあげる!」
ぎゅぎゅぎゅっと、おむすびを握るみたいにして小さくした魔力玉をコムギに渡す。
「ワンワン!」
拳サイズにした魔力玉をコムギは鼻先で器用にヘディングする。
遊び道具に欲しかったのかな、と思って見ていると――。
「た、たべるの!?」
足元へ置いた魔力玉をパクッと頬張り出すコムギ。
考えてみれば、僕が精霊さんたちに与えている力は魔力。
その魔力で構成された魔力玉を、精霊さんが食べても不思議じゃない。
そ、それにしても……。
「ぱくぱくたべてるの、かわいい……」
前世でも、動物たちの食事動画は癒しの一つだった。
それがまさかこうして目の前で見られるなんて。
「チュンチュン!」「キュキュー!」「ンニャァ!」「コンコン!」「キュ!」
「ご、ごめん! みんなにもあげるよっ!」
コムギの食事(?)する姿に見惚れていると、傍からみんなの抗議の声が飛んできた。
慌てて魔力玉を生成し、みんなの足元へと差し出す。
するとクロヒメはペロペロと舐めるように食べ始めて、ハヤテは嘴でツンツンと啄む。
ミナモはお腹の上に魔力玉を乗せて、覗き込むようにして食べ進めている。
グレンはコムギと同じ要領で頬張る。
「……あ、ゆきにはおおきかったかな」
魔力玉の前で鼻をふすふすと動かす白兎のユキ。
食べづらそうにしていたので、魔力玉の形をもう少し小さくしてみる。
「キュー!」
「どういたたしまして」
ありがとう、と言ってくれるユキ。
その小さな口で魔力玉の端に噛み付くと、そのままもきゅもきゅもきゅと、魔力玉を口の中へと頬張っていく。
はぁ……癒される。
魔術を使うために編み出した方法だったけど、まさかこんなことになるなんて。
やってみるものだなぁ。
「みんなもいる?」
宙に浮かぶ毛玉さんたちに訊ねてみる。
だけど誰も近付いてはこない。
どうやら毛玉さんたちは魔力玉はいらないらしい。
大きくならないと食べられないのかな?
「ワン!」
「おかわり? もちろん、たくさんたべておおきくな〜れ!」
最初に与えた魔力玉を食べ終えたコムギの催促の声に応じて、新たな魔力玉を作り出す。
その後もみんなへ魔力玉を与え続け――僕はそのまま、気絶するように眠りについた。
――翌朝。
「み、みんなどうしたの!?」
朝陽の到来と共に目を覚ました僕は、ベッドの上の惨状に飛び起きた。
「クゥゥン……」「チュゥゥン……」「キュ、キュゥ」「ンナァ……」「コン……」「キュ……」
昨夜の楽しそうな姿はどこへやら。
ベッドの上でぐでぇ〜と倒れるコムギたち。
ご、ご飯、あげすぎちゃった!




