第53話 魔力玉
「っ! そうか、魔術の二律背反問題……! いえ、しかし……」
セルワーレの呟きを聞いたサイラスさんがハッとし、ぶつぶつと考え出す。
な、なんだか難しい単語が出てきたなぁ。
研究者モードに入ってしまったサイラスさんは一旦置いておいて、僕はセルワーレに訊ねる。
「どういうこと?」
「魔術はどこまでいっても、儂ら精霊が扱う力を人工的に模倣したものに過ぎないからね。儂らには必要のない媒介が、魔術に必要なのはそのためなんだ」
言われてみれば、セルワーレやハヤテたちが精霊魔法を使う時、詠唱や魔鉱石を使っているところは見たことがない。
「媒介を必要とし、そこに魔力を注ぎ込む工程が挟まる分、人の扱う魔術は儂らのそれより威力も効果も著しく劣化する。――だからこそ、シリル。君が使った魔法は特別なんだよ」
「そっか。まほうもばいかいなしだ」
たった二回しか成功していないけど、魔法の発動の時も詠唱とかはしなかった。
だから威力もすごかったのかぁ……。
セルワーレが話している間に整理がついたのか、サイラスさんが入ってくる。
「私たち魔術師の間では、魔術は精霊魔法の劣化版であるという共通認識が出来上がっております。しかしだからこそより強力な魔術を求め、日夜研究が進められているのですが、それはともかくとして」
サイラスさんはじっとセルワーレを見つめた。
「精霊様は、魔術を扱うことはできない――そうでございますね?」
「ああ、その通りだとも。儂ら精霊は君たちのような魔術を使うことはできない」
「どういうこと?」
「つまり、これが魔術の二律背反問題なのです、シリル王子。精霊魔法は魔術よりも優れている。しかし精霊は魔術を扱えない。ならば魔術の方がより高度な力なのでは――と」
サイラスさんに説明されてようやく納得がいく。
より優れた力を扱える精霊であれば、劣化版でしかない魔術も扱えるはず。
なのにそうではない。
どちらが優れているのか、答えの出ない矛盾が生まれているわけだ。
「でも、どっちがすぐれているかなんて、どうでもいいとおもわない?」
どっちも凄い力であることに変わりはないわけだし。
つい率直な感想を口にすると、二人は笑った。
「仰る通りでございますね」
「うん、シリルの言う通りだ。儂らも、君たちの扱う魔術を劣っているなどと思いはしないからね。でもね、シリル。どうして儂らが魔術を扱えないか――それについては大事なんだよ」
「もしかして、まりょくがつよいから?」
セルワーレが僕に向かって言ったことを口に出すと、彼は長い毛を揺らしながら頷く。
「そうだね。儂らは自然が具現化した存在だ。自然を書き換える力である魔力の純度は、人の子よりも高くなる。そして魔術の媒介は人の子が扱えるように調整されたものだ。そこへ力を注いでも、媒介そのものを崩壊させてしまう」
「つまり精霊様は、シリル王子の魔力の純度が高すぎるあまり、魔術の術式に収まりきらないことが発動失敗の原因だとお考えなのですね」
セルワーレは僕を――より正確には、僕の内側を――見つめ、頷く。
「儂の目から見ても、シリルの魔力は人並外れている。……まあそうでなければ、儂を蘇らせることなど到底できるはずがないのだけれどね」
「でも、ぼくはしょきゅうまじゅつをつかえるよ? それにちゆまじゅつだって」
実際、今日セルワーレを撫でている間も、体に溢れてきた熱を抑えるために治癒魔術を使っていたんだ。
僕の魔力が原因なのだとしたら、治癒魔術も使えないはずなのに。
「それは君が成長を続けているからだろうね」
「せいちょう?」
「君が初めてその魔術を扱った時は、まだ人の範疇に収まる魔力だったんだろう。だから無意識に、その魔術を扱うのに必要な魔力を理解している。でもね、シリル。君の魔力は日増しにその量と純度を増しているんだ。思い当たるところはないかな?」
「思い当たるところ……」
言われてみると、確かに僕の魔力量は伸びているんだと思う。
もふもふさんたちを撫で回す時に発する熱を抑えるため、僕は治癒魔術を習得した。
初めは一日に一回しか使えなかった魔術も、二回、三回、五回――と伸びて行って、今では魔力切れを起こす気がしない。
そういえばサイラスさんが以前に言っていた。
魔力量は五歳ごろに確定するって。
今はまだ三歳。今が成長期、ってことなのだろうか。
「……確かに、シリル王子の才覚とお人柄は天界より遣わされた天使か何かかと思ってしまいます」
サイラスさんそんなこと思ってたの!?
「ですが、シリル王子はルーティス陛下とエイダ王妃の間にお生まれになられた歴とした人族です。魔力量が成長しただけならまだしも、純度が高まるなんてこと、考えられません」
「ふむぅ、そうだねぇ。でもそれ以外に説明のしようがないんじゃないかな」
「そ、それは……」
捲し立てていたサイラスさんだけど、セルワーレの落ち着いた返答に黙り込む。
僕もまた、言葉を失っていた。
僕の魔力がどうやら凄いらしい……ということに驚いているわけじゃない。
むしろその逆だ。
このままだと、魔法も魔術も使えないじゃないか。
精霊さんを守る術を身に付けられないんじゃ、魔力の純度が高くても意味がない!
「ど、どうすればまじゅつをつかえるかな」
藁にも縋る気持ちでセルワーレに訊ねる。
「……儂ら精霊は、自然を自然のままに用いることしかできない。それゆえに不可能だけれど……、人である君なら、魔力を弱めることができるかもしれない」
「よわめる」
「魔力操作、とはまた違うのですか?」
サイラスさんの問いにセルワーレは首を振る。
「君のいうそれは、媒介に魔力を乗せる技術のことだろう。澱みなく、均等に、それが人の子に求められる技術だからね。そして君はそれをシリルに教えようとした」
「そ、その通りでございます」
「儂が言っているのは、その前段階だよ。百の純度を持つ魔力を、十に分ければ、魔力の純度は人の領域に収まる。シリルがすでに習得した魔術を使い続けられているのは、無意識にそうしてるからかもしれない」
「しかし、魔力の純度を操作する……そんなことが可能だとは」
長年魔術に携わってきたサイラスさんが渋面を浮かべる。
でも、可能にするしかない。
「ありがとう、せるわーれ。やってみるっ」
要するに。すでに使える魔術は、それができているんだ。
僕は一度、初級魔術の【発火】を使う。
励起した魔力が全身を伝わって、詠唱という媒介へ移っていく。
さっきのような抵抗感はない。
淡い熱が体を離れていき、そうして魔術は完成した。
その感覚。魔力の流れ、いいや、もっと本質。自然を書き換える力の源、そのものへと意識を集中させる。
……させる。させるけど……。
「だ、だめだ」
またしても下級魔術の発動に失敗した。
その後も何度も試してみるけど、やっぱり反動が襲ってくる。
魔力を励起させている間は、全身に魔力が満ちていって、それ自体を操作するのがどうにも難しい。
媒介に乗せる時の魔力は体から離れていく分ハッキリとしていて、わかりやすいんだけど。
……いや、待てよ?
「シリル王子?」
僕は両手を広げ、前に突き出す。
セルワーレが言っていたみたいに、魔力を分ければいい。
そのためにまず、魔力だけを外に出してみるんだ。
「……ッ」
体の奥底から湧き出る魔力が手の先へと伝わっていく。
これまでなら魔鉱石や詠唱に流れていく魔力が、行き場を求めて手の先で滞留する。
それを、その魔力の塊を、無理やり外へと解き放って――。
目の前の空間が捻じ曲がるようにして、六色の光を放つ魔力玉が現れる。
それ自体に意識を集中させて、百を十個に分けて――。
ゆらりと魔力玉が十個に分かれる。
そのうちの一つを引き戻し、詠唱を始める。
「『ひのせいれいよ そのかれつさをもって かのてきをやきはらえ』――【火球】!」
成功を確信した。
衝動は訪れず、魔力は詠唱に乗り、火球が現れ、放たれる。
地底湖の水面を吹き飛ばし、巨大な水柱を上らせて――僕はよしっと拳を作りながらサイラスさんたちへ振り返った。
「ありがとうっ。ふたりのおかげで――」
「シシシ、シリル王子!?!? なんですかそれはぁああ!!!!」
「――えっ?」
水柱の轟音をかき消す勢いで、サイラスさんの叫び声が木霊した。




