第52話 難度と反動
「ぬぅ、ふむぅ……」
頭上からセルワーレさんの心地良さそうな声が聞こえてくる。
セルワーレさんが過ごす洞窟の地底湖へ辿り着いてから小一時間。
僕はセルワーレさんのもふもふを堪能していた。
今は体の両サイドに伸びた長毛の中へ潜り込み、セルワーレさんのお腹周りを撫で回している。
これで今回も全身制覇だ!
「シリル王子、そろそろお時間の方が……」
セルワーレさんの長毛の向こうからサイラスさんの声が聞こえてくる。
そうだ、魔術の練習をしないと。
「せるわーれさん、ありがとう。またこんどきたときもなでさせてね」
「礼を言うのは儂の方だよ。君の愛撫は本当に心地がいい。それに君の力が伝わってきて、元気が出てくる。それにしても……」
お腹の下から這い出てきた僕を、セルワーレさんの萌葱色の瞳がジッと捉えてくる。
草原みたいな澄んだ色で綺麗だけど、なにかを言いたげな目だ。
「シリル」
「……? どうしたの、せるわーれさん」
「……ふむ」
この目、最近どこかで向けられたような。
不思議に思いながら周りを見ると、コムギたちが飛び込んでくる。
……あ!
この目、前にみんなの名前をさん付けで呼んだ時に向けられたものだ。
ということは……。
僕は少しだけ躊躇いつつ、セルワーレさんを見上げて口を開く。
「これから、せるわーれってよんでもいい?」
「――、もちろんだとも。我が友、シリル」
どうやら正解だったみたいだ。
うぅん、セルワーレ……はなんだかおじいちゃん的な雰囲気がして呼び捨てにするのには少し慣れが必要そう。
だけど精霊にとって名前がどれだけ大事なものかは、以前に聞いたことでもある。
僕がもう一度「せるわーれ」と繰り返して呼ぶと、彼は嬉しそうに僕の名前を呼び返してくれた。
◆ ◆ ◆
さて、楽しい時間はここまでだ。
いよいよ魔術の鍛錬に入る。
ちなみに精霊さんたちの姿を隠したり、闇で囲う魔法の発動を試した身だけど、やっぱりダメだった。
前に聞こえた世界の声、と言うやつはあれっきり僕の脳裏に響いてこない。
あの声が聞こえないとダメなのかなぁ……。
まぁそれはそれとして。
「またせてごめんね」
「とんでもございません」
何やら魔術の本を携えて、僕のもふりタイムを待ってくれていたサイラスさんにぺこりと頭を下げた。
「少しだけ魔術の整理をいたしましょう。魔術はその難度に応じて上から帝級・王級・上級・中級・下級・初級の六つの位階が存在いたします」
精霊さんの格と力を表す位階とほとんど同じだ。
違うのは微精霊の区分が初級になっていることぐらい。
だけど、同じ位階の魔術と精霊魔法でも、その威力は一位階分以上離れているらしい。
「属性適性を調べるためにシリル王子にお教えした【導きの灯】などの魔術は、この中では初級に分類されるもの。ですがシリル王子はすでに中級魔術をご習得されておいでです」
「それって、ちゆまじゅつのこと?」
「ご明察でございます。【癒しの手】は、水と風の複合中級魔術に分類されるのです」
「じゃあほかのちゅうきゅうまじゅつもつかえるの?」
難度、というからには、それぞれの位階の魔術を使うために必要な技術とかそういうのがあるはず。
一つでも使えているということは、その位階の魔術は他にも使えるはず――と思って訊ねたけど、サイラスさんは首を横にふる。
「複数の属性を掛け合わせた魔術は、それだけで位階が一段階上がるのです。ですので【癒しの手】は単純な難度でいうと、下級魔術に分類されますね」
「そっか……」
「ですが! シリル王子のお年で……それも独学で下級魔術を扱えるというのは、とてつもないことでございますよ!」
「あ、ありがとう」
また変なスイッチが入ってしまった。
しばらく勢いよく捲し立てた後、サイラスさんはこほんと咳払いを挟む。
「シリル王子は強くなりたい、とのことでしたので、下級魔術の中で最も威力の高い火属性の魔術――【火球】の詠唱をお教えいたしましょう」
「ふぁいあ」
何それ強そう。
サイラスさんがセルワーレの許可をとって、地底湖へ手をかざす。
そうして始めた詠唱に乗じて、サイラスさんの手の先に火の渦が生まれ、それは確かな熱気を帯びていく。
「――【火球】」
轟ッと炎の軌跡を描いて、球状の火が地底湖に向けて飛んでいく。
水面に衝突すると爆発音と共に水飛沫が吹き上がる。
「す、すごい」
「恐れ入ります」
街道で出会った魔物を倒すことは無理だろうけど、もしこの魔術が使えたら、最低限逃げるぐらいはできるかも。
……いや、無理?
でもでも、習得していないよりはマシなはずッ。
ふわりと僕たちの周りに風が吹く。
洞窟の天井付近まで伸びた水柱の飛沫から、僕たちを守ってくれている。
「せるわーれ、ありがと」
流石は風の精霊さんだ。
よし、僕も負けてられない!
魔力の扱い方を覚えてからは、魔鉱石の勘違いを除いて僕は魔術の発動に失敗していない。
それなりに自信もあるのだ。
サイラスさんの隣に立ち、地底湖へ向けて手をかざす。
そうして体内の魔力を昂らせる感覚と共に――同じ詠唱を口にする。
「『ひのせいれいよ そのかれつさを――』」
詠唱の呼応するように、励起させた魔力が手の先へと伝わっていく。
手応えを感じたその瞬間、異変が起きた。
「ッ!?」
詠唱という媒体に魔力が注がれるその瞬間に、バチチッと体の中の魔力が跳ねる。
同時に僕の口が動かなくなる。
初めての感覚に戸惑う僕に、サイラスさんが告げる。
「シリル王子、今のが魔術発動に失敗した時の反動でございます」
「は、はんどう?」
「詠唱はすべての節が繋がり、一つの塊となっております。詠唱に上手く魔力を乗せられなかった場合、その先の詠唱を口にすることはできないのです」
「いまのがしっぱい……」
サイラスさんへの返事は澱みなく声に出せるのに、詠唱は一切口にできなかった。
不思議な感覚。
でもそれ以上に、あれだけ自信があった魔術行使に失敗したショックが大きい。
「っ、もういっかいやってみる!」
意気込み、気合を入れ直して再び詠唱を行う。
でも何度やっても同じ節で魔力が乱れ、詠唱が滞る。
「おかしいですね。治癒魔術に成功しているシリル王子が苦戦するなんてことは……」
サイラスさんが神妙な面持ちで訝る。
僕だって、ここで手こずるとは思っていなかった。
たまたま上手くいって勘違いしていたけど、もしかして僕は、魔法がうまく扱えないのと同じように、魔術の才能もないの……?
そ、それは困る。
「さいらす、どうしよう」
「そうですね。ここは一度基礎に立ち返って――」
別の本を取り出すサイラスさん。
その後ろで一部始終を見守っていたセルワーレが、不思議そうに口を開いた。
「その必要があるのかな?」
「えっ?」
「シリル、君の魔術が発動しないのは、技術が足りないのではなく、単に魔力が強すぎるからじゃないのかい」




