第50話 招待状
クロヒメを吸い続けて、ようやく疲労が落ち着いた。
これまでされるがままでいてくれたクロヒメを感謝の気持ちと共に撫で回していると、サイラスさんがおずおずと訊ねてくる。
「シリル王子、やはりクリフ殿を家宰に指名なさいますか?」
「どうしたの? くりふをよぶこと、さいらすはさいごまでいやがってたのに」
相談役、というだけでも渋っていたサイラスさんがそんな提案をしてくるなんて意外だ。
「もちろん、今すぐにということではありません。もうしばらくの仕事ぶりと人間性を見て、判断する形になるでしょう」
コーディさんの時といい、サイラスさんは警戒心が強い。
「正直なことを申しますと、シリル王子が領地の実権を掌握なさったその手腕には感服すると共に、心躍ったものです。しかし、そのために私は失念しておりました。シリル王子がまだ三歳であられることを」
いやまあ、見かけはだけどね。
こんなハードワーク、本当の三歳児がこなせるわけがない。
「エイダ王妃もこの数日、シリル王子の多忙ぶりを心配なさっておいででした。……もしシリル王子がクリフ殿を信頼できると判断なさるのでしたら、領内のことを再び一任されてもよいのでは――と具申いたします」
エイダさんの名前を出されると弱い。
フラウス商会とアドルフの不正を暴き、家宰の任を解いたあの日のエイダさんの驚きようといったらものすごかった。
事の仔細をサイラスさんが説明してくれたけど、「シリルが横領を暴いた……そんなわけが……」とまったく信じてくれなかったのだ。
そしてようやく信じてくれたかと思えば、「本当にどこまでもあの人に似てるわね」と少し寂しげに言われた。
僕ってそんなにルーティスさんに似てるの?
な、なんだか複雑だ……。
とはいえ、僕も考えを変えるつもりはない。
「くりふをかさいにはしないよ」
「……そうでございますか」
「あっ、くりふをしんじてないわけじゃないよ?」
クリフさんのことは信じている。
だけどそれとこれとは別。
「ひとにまかせるなら、じぶんでもできるようになってからにしたくて。じゃないと、だれかのまちがいにもきづけないでしょ?」
「――――」
決裁作業をしながら、文字の勉強も兼ねて公文書には目を通していたけど、そのすべてが理解できていたわけじゃない。
前まではそれでいいと思っていたけど、僕の押す判には領民の生活がかかっている。
領内の状況を理解した上で法案を決定するのと、よくわからないけどみんながいいと言ってるのだからいいだろう、で決定するのとでは、意味合いがまったく変わってくる。
そのことを、今回の騒動で痛感した。
「なにかおきたとき、むねをはってせきにんをおえるようにしないとね」
そのためにも領地について知らないと。
会議に僕が出席していることで、以前よりも会議時間は長引いているけど、そこは申し訳ない。
でももうしばらくだけ我慢して欲しい。
「……出過ぎた真似を。このサイラス、改めてシリル王子のおそばにお仕えできること、光栄に存じます」
「きゅ、きゅうになに!?」
深々と頭を下げるサイラスさんに思わず引いてしまう。
サイラスさん、度々よくわからないところで変なスイッチが入るんだよなぁ……。
そんなやり取りをしていると、自室の扉が外からノックされた。
「シリル、少しいい?」
エイダさんの声だ。
僕がクロヒメたちに視線を向けると、みんな僕の意図を察して、シュババッと精霊魔法で姿を隠してくれる。
申し訳なく思いつつ返事をすると、エイダさんが入ってきた。
「あら、サイラスもいたのね」
「私はシリル王子の護衛でございますので」
「ふふっ、頼もしいわ」
「母さま、もうゆうしょくのじかんですか?」
昨日は夕食の時間まで会議が長引いてしまって、エイダさんが呼びにきた。
でも今日はクリフさんのおかげで早く終わったはずだけど。
僕の疑問に、エイダさんは頭を左右に振り、後ろに控えている執事さんへと目配せをする。
執事さんは銀色のお盆を手に僕の方へ近づいてくると、軽い会釈と共にそのお盆を机の上にそっと置いてきた。
「これは……?」
執事さんと入れ替わるようにして執務机の前に歩み寄ってくるエイダさんへ訊ねる。
お盆の上には四通の封筒が載せてあった。
「近く開催する祝宴へお招きする来賓への招待状よ」
「しゅくえん? だれのですか?」
首を傾げる僕に、エイダさんはふふっと笑う。
「あなたのよ、シリル。あなたがこのニール公領の領主になったことをお祝いする宴を開くの」
「えっ」
寝耳に水、とはこのことだ。
「以前の視察が領民へのあなたのお披露目だとしたら、領主着任の祝宴は近隣の領主へのお披露目になるの」
「! なるほど」
ご近所付き合い、というやつか。
「来賓の選定や宴の調整をアドルフと進めていたのだけれど、こんなことになってしまって。先に伝えておこうと思ったの。もちろん、あなたも領地のことで忙しいでしょうから、来賓の選定や日程の調整はわたくしが行うわ。ただ、祝宴での振る舞いや来賓についてのお勉強はしてもらわないといけないけれど」
「わかりました」
それについて否はない。
エイダさんが準備してくれたパーティーを台無しにするわけにはいかないしね。
「ここにあるのはすでに招待することが決まっている四家へお送りする招待状です。シリル、あなたのサインと判を押してもらえるかしら」
それなら任せて欲しい。
判を押すのには自信がある。
何せこの数日、何百回も押してるからね!
一通一通、封筒から取り出した書状にサインと判を押していく。
その間、エイダさんはその来賓についての説明を交えてくれる。
……エイダさん、僕と同じくずっと王宮で暮らしていたのに、随分近隣の領主について詳しいんだなぁ。
きっと僕が森に行ったり孤児院にいったり、はたまた会議をしている間も、祝宴の準備を進めていたんだろう。
「母さま」
「なぁに? お腹が空いた?」
「ありがとう」
「どうしたの、突然」
僕の感謝の言葉に、エイダさんは何に感謝したのか伝わっていないみたいだった。
でもまあいいんだ。
詳しく伝えたら、僕が領地運営に奔走していることに引け目を感じそうだし。
そんなこんなで最後の封筒を開いて、かろうじて読める文字に目を通していく。
そうしてある一文に目が止まった。
「あれ? このひと、おうこくのひとじゃないんだ」
ここまで出てきた三人の来賓は、いずれもオブライエン王国の侯爵だった。
だけど四通目の人は違う。
王国の北側に広大な版図を築くフィーニス帝国の貴族のようだ。
僕の疑問に、エイダさんは澱みなく答える。
「オリーゴの北方の構える山脈の向こう側を治める貴族よ。国は違うけど、領地は隣接しているから、『新任の領主ですけど、争うつもりはないですよ〜』という意味を込めて招待状を送るの。他国だから、招待に応じてくれることはないでしょうけれど」
なるほど、建前というか、義理として送っておくという話か。
貴族の世界も中々難しい。
そんなことを思いながらサインしていると、サイラスさんがぽつりと呟く。
「テルミヌス伯爵ですか。確か上位精霊と契約している優秀な魔術師と、塔でも名を聞いたことがあります。ただ、素行について悪い噂も耳にしましたが……」
「! じょういせいれい!?」
「シリル!?」
がばっと顔を上げた僕に、エイダさんが驚きの声を上げる。
ごめんなさい、でもそれどころじゃなくて。
サイラスさんが「しまった」と口を押さえている。
それを意に介さず、僕は好奇心のまま訊ねる。
「さいらす、そのせいれいってどんなもふもふ!?」




