第47話 覇道への足がかり
「ももも、申し訳ございませんでしたぁぁ――!!」
領都オリーゴの住宅地。
その一角に、アドルフの絶叫が轟く。
ここはアドルフが暮らす屋敷の応接室。
僕はふかふかのソファに腰を下ろし、目の前で床に頭を擦り付けるアドルフを淡々と見下ろしていた。
「どど、どうかご慈悲を、ご慈悲をぉおお!!」
髪を振り乱し、目と鼻から液体を垂れ流して必死に訴えるアドルフ。
なりふり構わないその姿からは、いつもの余裕のある家宰らしさはすっかり抜け落ちていた。
室内にいるサイラスさんや都市兵の皆さんも戸惑いを通り越して若干引いている。
どうしてこんなことになったのか。
僕は一度天井を仰ぎ、今日一日を振り返ることにした。
◆ ◆ ◆
帳簿の調査を行なった翌々日の朝。
僕はまた屋敷を後にしていた。
向かう先は商業区にあるフラウス商会の商館だ。
この二日でサイラスさんが彼の商会の不正への疑念を深める証拠を集めてくれたので、これから立ち入り検査に向かう。
途中、都市兵の詰め所で都市兵数名と合流する。
その中にはコーディさんの姿もあった。
都市兵たちに囲まれて町を歩く僕に、町の人からの視線が集まる。
視察の時を思い出していると、隣を歩くサイラスさんがそっと屈んできた。
「シリル王子がわざわざ出向かれずとも、私の方で証拠を押さえることも可能でしたが」
「そのはなしはもうしたでしょ?」
どうやらこういった立ち入り検査は荒事になりかねないらしく、僕が同伴することをサイラスさんは嫌がっている。
でも、都市兵さんへの命令権を有しているのは僕だし、サイラスさんがいかに優秀とはいえ、今の立場は単なる僕の護衛魔術師。
そんなサイラスさんが商会の不正捜査の指揮を取るわけにはいかない。
――ということは、昨日の話し合いでサイラスさんも納得してくれたはずだ。
「承知いたしておりますが……しかし、エイダ王妃も心配しておいででした」
「母さまには、ぜんぶおわったらはなすよ」
エイダさんにはまだ話していない。
というか、アドルフさんにさえ話していない。
家宰として領地の運営を任せているからね。
僕が見つけた不正ぐらい、僕が片付けないと。
「全員その場で動くな! オリーゴ都市兵だ!」
客で賑わう商館に都市兵さんたちの怒声が飛ぶ。
突き出された手には僕のサインが記されている令状。
なんだろう、昔テレビで見た「大●や!」を思い出す。
少し呑気に構えていると、商館の奥から若い男性が慌てて駆け出してきた。
「こ、ここ、これは一体なんの騒ぎですか」
「こちらの商会で孤児院の運営予算を不正に扱っている疑いが出ている。都市兵の権限に基づき、これより検分させてもらう」
「そ、そんな、どうして。っ!」
ん……?
今この人、肩越しに後ろに視線をやったような……。
「さいらす。あのへやがあやしい」
「……っ!?」
都市兵の合間から姿を現して、僕は彼が見ていた方を指差す。
明らかに動揺する素振りからして、今まさに何かを隠蔽しようとしているんだ。
「! 直ちに」
僕の意図を汲んだサイラスさんが部屋へと直行する。
コーディさんたちもその背中を追って行った。
捜査は半日ほどかかった。
商館の中にいた通常客は今はもう解放され、残すところは関係者のみとなっている。
商館の一室で報告を待っていると、サイラスさんたちが紙束を抱えて現れた。
「シリル王子のご指示で突入した部屋には帳簿が保管されておりました。突入したところ、この書類を持ち出そうとしていたところでして、中には孤児院へ引き渡す物品の取引記録が」
「どうだった?」
サイラスさんのことだ。
中身を精査してから僕のところへ報告に来たんだろう。
……護衛、だけどね。
「シリル王子のご推察通り、やはり帳簿に改竄が。孤児院へ持ち込まれた物品と数や物は合致しますが、その購入費用が明らかに水増しされております」
「じゃあやっぱり、しょうかいがちゃくふくしていたんだね」
「そのようです」
こうして不正を目の当たりにすると心が沈む。
まあここまでの騒ぎを起こして何もなかったらそれはそれで問題だけど。
僕は都市兵の隊長さんを見上げた。
「うんえいがわのひとはつめしょに。しょうかいはしばらくえいぎょうていしそちをだしておいて」
「は、はっ!」
僕の言葉に隊長さんは少し固まり、慌てて動き出す。
ここまで真面目に職務をまっとうしてくれていることだし、後のことは大丈夫だろう。
この後の処理とかは、アドルフさんに任せよう。
法律とか、詳しいことはよくわからないし。
「……って、うん? あれ?」
「いかがされましたか?」
帰るまでの間、手慰みに帳簿を眺めていると、一つ気がかりなことが見つかった。
「ここにかかれてるよさん、おかしくない? ぜいきんからのよさんぶんしかないよ?」
「それが何か……ああ、いえ、確かに仰る通りです」
孤児院の運営費は、ニール公領の税金と、センツベリー家の私財で賄われている。
その私財についての記載が、商会の帳簿にはない。
「これはまさか」
サイラスさんが呻いた。
正直、僕も信じられないし、信じたくない。
それでもこれは、そういうことだ。
僕は立ち上がり、サイラスさんに命じる。
「たいちょうさんをよびもどして。これからあどるふのいえにむかう」
◆ ◆ ◆
――そして今に至る。
時刻は夕方。屋敷での仕事を終えたアドルフが自宅へ戻ってきたところを、僕たちは出迎え、帳簿を突き出した。
するとアドルフは自らの不正を白状したのだった。
僕は天井から視線を戻し、いまだ這いつくばるアドルフを見下ろす。
「まさか商会がそのようなことをしているとは存じておらず――」
「うそでしょ」
「!」
「あどるふが、しらないはずない」
アドルフが行なった不正は、私財の一部を孤児院への寄付金として計上し、不当に税の免除を受けたこと。
でも、彼ほど優秀な人が、商会の着服に気づかなかったとは思えない。
「もしかして、しょうかいときょうぼうしていたんじゃない?」
「……っ、そ、それは」
息を呑むアドルフ。
青い目はしばらく空中を彷徨い、伏せられる。
顔にはこれでもかと汗が滲み出していた。
……そういえば。
精霊さんたちで部屋がぎゅうぎゅうになって、のんびり過ごせる場所を探すためにアドルフを部屋へ呼び出した時の彼もこんな様子だった。
あの時は体調が悪いのかなと思ったけど、なるほどそういえば、あの日は領内の公文書に目を通していた。
自分の不正が見抜かれたんじゃないかって、不安でいっぱいだったわけだ。
下手な否定をしてボロを出すのを恐れているのか、言葉を選ぶアドルフ。
だけどまあ、ここで問答に付き合うつもりはない。
すでに証拠も十分手に入っているわけだし。
「もろもろのちょうさはみんなにまかせるよ。あたりまえだけど、かさいはきょうでかいにんだから」
「そ、そんな……私がいないと、この領地が立ち行かなくなりますよ!」
涙と鼻水で汚れた顔に怒りを滲ませて、アドルフが立ち上がる。
その憤慨ぶりに事態を静観していた都市兵さんたちが割って入ってくれる。
「だから、みのがせって?」
「どうか、ご賢明な判断と、お慈悲を! これからは心を入れ替えて粉骨砕身、殿下のお力になると誓います!!」
勝機を見出したのか、アドルフは自信に満ちた声で言ってくる。
ふと見上げると、僕のそばについてきていた毛玉さんたちがアドルフへ向かって威嚇するようにあんよを広げていた。
まるで僕に「こいつを信じるな!」って忠告してくれているみたい。
いや、うん、わかってるよ。
僕はアドルフへ向かって一歩近付く。
そうして、笑みを浮かべるアドルフを見上げた。
「あどるふ。きみがいなくてもなんとかなるよ。だってここには、まじめにいきているひとが、たくさんいるんだから」
「――ッ」
「いちどふせいしたにんげんを、ぼくはしんじない。それじゃあね」
「っぁ……」
がっくしとその場に膝をつくアドルフの横を通り過ぎて、僕はサイラスさんと共に彼の邸宅を後にする。
そうして表に停まっている馬車へ乗り込んで、屋敷への帰路についた。
「……母さまには、なんてせつめいしよう」
「よろしければ、私の方からいたしましょう」
「うん、おねがい」
窓の景色を眺める。
僕の馬車に気づいた町の人たちが、一斉に頭を下げてくる。
今日の騒ぎはすでに町中で知れ渡っているんだろうなぁ。
でもまあこれで一件落着。
これでようやく、精霊さんたちを思う存分もふれるぞ。
そんなことをぼんやりと考えていると、向かいでサイラスさんがどこか誇らしげに呟く。
「これでシリル王子は、名実共にこの地の領主でございますね」
「へっ?」
「家宰であったアドルフ殿を解任なさいましたから。なに、今回の実績を思えば、シリル王子が実権を握られることに異を唱える者はおりますまい。まったく予想だにしない展開ではございますが――覇道への足がかりとして、見事な第一歩かと」
感服し切った様子で頭を垂れてくるサイラスさん。
なに、覇道って。
ようやく一息ついたと思ったのに、精霊さんたちをもふる時間はないの!?
「明日からまた忙しくなりますな」
「……そ、そうだね」
いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて二章【領主着任編】完結となります!
次章も新たな出会いや貴族たちとの交流などなど、書きたいことがたくさんあるので、お楽しみに!




