第46話 帳簿
昨日はログインできず予約投稿ができなかったため、本日2話更新となっております。
前話の読み飛ばしにご注意ください……!
表向き、僕は孤児院に遊びにきていることになっている。
なので、食後の運動のために裏庭へ飛び出した子どもたちに混ざるように、僕もその後に続いた。
毛玉さんたちは以前と同じように裏庭の上空をふわふわと気持ちよさそうに飛んでいる。
姿は見えないけど、コムギたちもきっと羽を伸ばしているに違いない。
以前に来た時は気づかなかったけど、走り回る子どもたちをよく見てみると、確かにみんな痩せている気もする。
食事の終わり際には、残っているサンドイッチを巡って熾烈なジャンケン大会が繰り広げられていたし、やっぱり食事が十分に行き届いているとは言えなそうだ。
「あれ? そういえば……」
そんな風に子どもたちを観察していると、ふと思い至る。
僕は付き添うように傍に立つおばあちゃんを見上げた。
「じゅうじんぞくのこは、いないの?」
「! エルのことをご存知でしたか」
あの子、エルって言うんだ。
そういえばお互いに名前を名乗ってなかった。
「まえにきたとき、すこしだけはなしたんだ。すぐにどこかにいっちゃったけど」
僕がそう言うと、おばあちゃんは寂しげに笑う。
「お気を悪くされないでください。あの子は人目が苦手なんです」
「ひとめが?」
「あの子はこの町より北方に位置する獣人族の村出身なのです。獣人族を迫害する集団に村を焼かれ、命からがらこの町に流れ着き、路地裏で縮こまっていたところをあたしが見つけて、それで孤児院に」
そ、そんな壮絶な過去が。
暮らしていた村を焼かれた。
その言葉の裏に、言葉にできないぐらい悍ましく悲惨な出来事が隠されているのがわかる。
獣人族が一部で迫害を受けていることは、この世界について学ぶときに教わったことだ。
魔力を体の外に放出できない劣等種族だとか、なんとか。
でも、少なくともこのオブライエン王国ではそうした迫害は禁止されている。
そもそも獣人族の数が少なく、人族中心の国家ということも関係しているけど。
それにしても、あんなに素敵な獣人さんを迫害して危害を加えるなんて、その連中、許せないな……。
僕の憤りはおばあちゃんに伝わったのか、「王子殿下は本当にお優しい方ですね」と嬉しそうに呟いていた。
いや、僕が優しいっていうより、その迫害する奴らがおかしいだけだけどね。
「そんな過去もあって、他人に心を開くのが苦手なようで。自分の容姿にも引け目を感じているのか、いつも隅で縮こまっているんです。今日は部屋に閉じこもっているようで……」
「そっか……」
あのもふもふをもう一度拝見したかったけど、そういう事情があるなら仕方ない。
悪戯に刺激するのもよくなさそうだし、それに。
「このあいだのは、よくなかったなぁ」
あの子が僕の前から逃げるように去っていったのは、間違いなく僕が「かわいいもふもふ」なんて無神経な言葉をかけたからだろう。
嫌われて当然だ。……悲しいけど。
「ねぇ、そのこにつたえておいて。ぼくがごめんっていってたって」
「わ、わかりました……?」
首を傾げるおばあちゃん。
本当は僕が直接謝った方がいいだろうけど、かえって逆効果になりそうだからね。
「……ん?」
ふと、どこからか視線を感じた。
振り返ると、そこには孤児院の建物。裏庭にあたるこちら側は通路になっていて、壁には窓代わりに木製の鎧戸がはめ込まれている。
そのうちの一つが、風に揺られてキィキィと動いていた。
きのせい……かな?
◆ ◆ ◆
「こちらですべてになります」
孤児院から屋敷へ戻ると、サイラスさんが大量の紙を僕の部屋へと運んできてくれた。
「ありがとうっ」
「シリル王子のご要望通り、保管室に残っているニール公領の帳簿、そのうち孤児院の運営費について記された物を集めましたが、一体どうされたのですか」
「ちょっときになることがあるんだ。……ねっ、ここがおぶらいえんおうこくのりょうどになったとしは、どのちょうぼ?」
「それでしたらこちらに……」
僕の質問に、サイラスさんは澱みなく答えてくれる。
時々サイラスさんがただの護衛であることを忘れそうになる。
宮廷で働く人って優秀なんだなぁ……。
僕はサイラスさんが示した紙の前後五年分の帳簿を見比べる。
そうして確信を持って頷いた。
「やっぱり」
「……?」
覗き込みながらも不思議そうに首を傾げるサイラスさん。
ここまできたらもう話してもいいかな。
僕は、十年分の帳簿を机の上に並べて、運営費の項目を順々に指差していく。
「まえに、あどるふがいってたでしょ? こじいんは、あどるふのおとうさんがはじめたって」
「ええ、そう申しておりました。お父君が亡くなられた後、アドルフ殿が運営を引き継ぎ、その運営費はセンツベリー家の私財で賄っていたと。そしてルーティス国王陛下の直轄地となってからは、陛下の許可を得て税収の一部を孤児院へあてるようになったとも」
サイラスさんの要約に僕は頷く。
いずれもこの領都オリーゴに来た日にアドルフさんが話していたことだ。
「それで、ぼくがりょうしゅになってからも、おなじようにうんえいするよう、きょかをだしたんだ。しさつのときに」
「聞き及んでおります。ご立派でございます」
誇らしげに頭を垂れるサイラスさん。
美談で終わっていればよかったんだけどね……。
「でもね、こーでぃのはなしをきいてふしぎにおもったんだ」
「コーディ殿の?」
「ねぇ、さいらす。……このうんえいひ、どうおもう?」
最新の帳簿を指差す。
サイラスさんは僕の指先を目で追い、吟味した後にこりと笑う。
「十分な額かと思われます。一般の暮らしであれば何不自由なく送れるかと」
「そうだよね。じゃあさ、きょうたべたさんどいっちは、このおかねがあればまいにちたべられる?」
「それはもちろん可能でしょう。シリル王子に最初用意されていた物となると難しいでしょうが……」
「だったらさ。……あのさんどいっちがたまのぜいたくなのはおかしいとおもわない?」
「……? ……ッ、――!」
僕の言葉に眉を寄せるサイラスさん。
次第にその目が見開かれていき、最後には前のめりになる。
「シリル王子、まさか」
「うん。……このちょうぼには、ぜいしゅうがあてられるまえのうんえいひも、かかれてる」
孤児の増加は治安悪化の原因の一つ。
だから、オブライエン王国では孤児院の運営費などは税金の免除などの特別措置がなされている。
私財を投じた分の帳簿が残っているのは、その措置を受けるためのものなんだろう。
そして、アドルフさんが話していた通り、ルーティスさんの領地になってからは、センツベリー家の私財と税収の一部といった二つの財源からの拠出が記録されている。
当然、その運営費は跳ね上がっている。
そのおかげで今サイラスさんが語った通りの暮らしを、孤児の身であっても送れる素敵な町になっている――はずだった。
「しさつのひ、いんちょうはあどるふに、『ずっとかわらないごしえんを』――っていってた。でもそれっておかしいんだ」
「――ッ!」
変わっていないはずがない。
単なる私財に加えて税収が加わり、孤児院の運営費は大きくなってるんだから。
あの時は単なる言葉のあやだと思って気にも留めていなかったけど、本当に変わっていなかったなら――。
愕然とするサイラスさんに、僕は訊ねる。
「こじいんへは、おかねじゃなくて、ぶっぴんをわたしているんだよね?」
「……そのようですね。過去に孤児院の院長へ金銭を直接渡していた例がありますが、いずれも不正の温床となったようで、その対策でしょう」
となると、おばあちゃんが着服している可能性はない。
まあ元々疑っていなかったけど。
サイラスさんは慌てて帳簿をめくり始め、そこに記されている文字を追う。
「……記録では、フラウス商会が仲介し、必要な物品を揃えて孤児院へ引き渡しているようです」
「じゃあそのしょうかいがあやしいね」
「至急、調べてみましょう」
……いやサイラスさん、本当に護衛だよね。
まあ巻き込んでいる僕が言うことじゃないけど。
帳簿を読むのも早いし。
「さいらすはすごいね」
思わず感嘆の声を漏らすと、サイラスさんは絞り出すように言う。
「それは私の言葉です、シリル王子。……やはり私や陛下の目に、狂いはなかったっ」
「へいか?」
「いえ、それでは早速調べてまいります。失礼いたします」
帳簿を抱え、どこか軽い足取りで部屋を出ていくサイラスさん。
僕はふぅと一息つくと、周りを飛び交う精霊さんたちを眺める。
思いがけず大変なことになって、精霊さんたちをもふる時間が減っている。
でも見て見ぬふりはできないし、仕方ない。
全部片付いたら、思う存分精霊さんたちをもふるんだ。
幸い犯人の目処はついたわけだし、すぐに片付くはず。
こんな面倒ごとに巻き込まれることなんて、早々ないだろうしね!




