第45話 着服
朝食を食べ終えてすぐ、自室でいそいそと外出の準備をしていると、エイダさんが現れた。
「シリル、また今日も外へお出かけ?」
「う、うん」
どこか攻めるような眼差しに、僕の背筋はピンと伸びる。
昨日は突然セルワーレさんの下を訪ねるために領都オリーゴを出て、今日もまたこれから屋敷を離れる。
遊びに出かけるわけじゃないけど、まだ何もハッキリしていないのに憶測で話すわけにもいかないので、僕は気まずく笑うしかない。
ここで止められたらサイラスさんになんとか説得してもらおう……。
他力本願でいる僕に、エイダさんは困った風に眉を寄せ、小さく笑った。
「本当に、シリルはあの人の子どもね」
「父さま?」
「あの人も若い頃はよく、王宮を抜け出して町に遊びに出ていたのよ」
ルーティスさんが……?
王宮区の屋敷や謁見の間で会った時の彼の雰囲気や振る舞いを思い返す。
白色のふわふわもふもふのシマエナガさんが――、いや、そうじゃなくって。
あの時のルーティスさんは大人の余裕と王としての威厳に満ちた、立派な人にしか見えなかった。
それがまさか、やんちゃな子ども時代を送っていたなんて。
……いやでも、よくよく考えてみると、それは当然なのかも。
だって、エイダさんは平民出身の王妃だ。
王族であったルーティスさんがエイダさんと出会える場所があるとしたら、それこそルーティスさんが市井に遊びに行った時ぐらいだろう。
「サイラスも同伴するそうだし、心配はしていないけれど、周りの目も少しは気にしなさいね。あなたはこの領地の領主なんだから」
「は、はぁい」
ルーティスさんみたく遊びに行くと思われているのは釈然としない。
だけどまあ、なぜかエイダさんは嬉しそうだし、ここは一つルーティスさんの子ども時代に感謝しておこう。
◆ ◆ ◆
「シリル王子、突然孤児院へ行きたいなど、一体どうされたのですか?」
屋敷を出て孤児院へ向かう道中、対面に座るサイラスさんが遠慮がちに訊ねてくる。
僕はまだ、昨日よぎった疑問と疑惑をサイラスさんにさえ話していない。
ただ、「今日孤児院に遊びに行きたい!」とだけ言って、その手筈を整えてもらったんだ。
「おないどしのこたちがたくさんいるから、あそびたくって」
「はぁ……」
なんとか誤魔化すけど、サイラスさんは疑惑の目を緩めない。
ただ、それ以上は何も聞いてこなかった。
サイラスさんにだけは話してもよかったかな。
いやでも、疑惑がハッキリとするまでは胸の内に留めておきたい。
僕の考えすぎって可能性は十分にあるからね。
孤児院の前に着くと、私服姿のコーディさんが立っていた。
馬車に気付いて駆け寄ってくる。
「若様! お待ちしていました!」
「こーでぃ、きょうはありがとう」
都市兵であり、領主の館ではなく領都オリーゴ内の寮で暮らしているコーディさんには、昨日別れた後、孤児院への橋渡しをお願いしていた。
以前に訪れた時とは違って、視察という表立った名目がない以上、いきなり訪ねると驚かせてしまうからね。
「院長、恥ずかしがっていましたよ。『あたしのサンドイッチは、王子殿下に見せれるほど大層なものじゃない』って」
「こーれ。そんな話聞かせるんじゃないですよ」
「! かあさ、……院長」
建物の方から温もりを持った声が飛んでくる。
コーディさんはびくりと肩を震わせ、振り返った。
ポリポリと頬をかくコーディさんをよそに、おばあちゃんは僕へ歩み寄ってくる。
「ようこそお越しくださいました。シリル王子殿下」
「ううん。とつぜんごめんねっ」
僕がそう言うと、おばあちゃんは目を丸くする。
そうして僕の頭に手を伸ばそうとして、すんでのところで引っ込めた。
代わりに、にこやかに微笑む。
「この孤児院はアドルフ様とシリル王子殿下のご厚意あってのもの。いついかなる時も、王子殿下の来訪をお待ちしております。さっ、食堂へご案内いたします」
「うんっ」
今日、孤児院へ来た最大の目的は、コーディさんが話していた『たまの贅沢に作ってくれるサンドイッチ』を見るためだ。
本当に豪勢なサンドイッチだったら、僕の疑念はただの杞憂で終わるけど……。
案内された食堂は縦に長い広間になっていた。
広間の中心に長机が置かれて、その周りに子どもたちが行儀良く座っている。
「王子のお席はあちらにご用意しています」
そう言って案内されたのは、お誕生日席のような場所。
子どもたちを見渡せる位置に置かれた小さな机には、白布がかけられていた。
「さ、みんな。こっちを向いてちょうだい。今日はシリル王子殿下が――」
「いいよいいよ、みんなはやくたべたいでしょ?」
「! お心遣いありがとうございます。それじゃあみんな、感謝していただきますよ」
おばあちゃんの言葉で子どもたちは思い思いに手を合わせ、机の上に並んだ籠に手を伸ばす。
そうして和気藹々と食べ始めた。
「王子殿下もよろしければ。ご満足いただけるかはわかりませんが」
「うん、いただくね」
「シリル王子、ちょっと」
僕の前の机にも置かれた籠を開けようとして、サイラスさんがそっと耳打ちしてくる。
「念の為、毒味などは」
「だいじょうぶだよ」
だって、おばあちゃんが僕を殺す理由なんてないしね。
それはサイラスさんも思っていたことらしく、素直に引き下がってくれる。
僕は、ちょっとだけ緊張しながら籠を開け、サンドイッチを覗き込んだ。
「おいしそう……」
新鮮な野菜と立派なソーセージが柔らかそうなサンドイッチに挟まれている。
昨日食べたサンドイッチと比べると多少家庭的な感じがするけど、使われている食材は見劣りしない。
確かにこれなら『たまの贅沢』として違和感はない、けど……。
僕は手元のサンドイッチから顔を上げ、子どもたちの方を見る。
そうして、傍に佇むおばあちゃんに言う。
「ぼく、みんなとおなじのがいい」
「で、ですが」
「こーでぃがすきな、さんどいっち、たべたいもんっ」
子どもっぽく駄々をこねると、おばあちゃんは諦めたらしく、長机の方へと向かう。
その背中を見つめながら、サイラスさんに話す。
「ね、さいらす」
「はい」
「このさんどいっちのしょくざいひ、あとでおばあちゃんにわたしておいて」
「承知いたしました」
戻ってきたおばあちゃんが躊躇いがちに差し出してくる。
「とても王子に召し上がっていただくものではありませんが……」
そう言って机の上に乗せられたのは、さっきとは別物のサンドイッチ。
硬そうな黒パンを薄く切られているのは、少しでも食べやすくするための工夫かな。
そしてそのパンに挟まれている具材は、芋と豆をすりつぶしたペーストに、野菜の中でも比較的安価な玉ねぎのスライス、それと控えめに入っているお肉。
「いただきますっ」
手を合わせて齧り付く。
子どもでも食べやすいよう工夫された具材たちの甘みと旨みがパンに溶け出す。
僕は、どこかハラハラと見守るコーディさんとおばあちゃんへ振り返る。
「おいしい!」
「こ、光栄でございます」
「でしょ〜! やっぱ母ちゃんのサンドイッチは最高なんだって。あでっ!」
おばあちゃんにコーディさんが叩かれていた。
それを見ていた子どもたちが口々に笑って、食堂が賑やかになる。
その雰囲気も相まって、さらに美味しく感じる。
エイダさんと一緒に食事できるようになっただけでも美味しく感じたもんね。
やっぱり食事は大人数で食べる方が美味しくて楽しい。
とはいえ、浮かれてばかりもいられない。
確かに美味しいサンドイッチだし、愛情がたっぷり注がれている。
これが毎日の食卓に並んでも、何の文句もないどころか嬉しい。
だけど、たまの贅沢になるほど豪華な食材かと言うと……。
孤児院の運営費を考えると、これぐらいの食材は常日頃から使われていて当然のはずだ。
……信じたくはないことだけど、アドルフさんの私財と領地の税金が投入されている孤児院の運営費は、どこかで誰かに着服されているらしい。
でも一体誰が。
「うめぇ〜! ずっと変わらないこの味、最高っす」
子どもたちに混ざってサンドイッチを頬張るコーディさん。
その姿を見て、僕はハッとした。
「……ずっと?」
「シリル王子……?」
サンドイッチを手にしたまま固まった僕に、サイラスさんが気遣わしげに声をかけてくる。
そんなサイラスさんに、僕は珍しく真剣に告げる。
「さいらす、おねがいしていい?」




