第44話 サンドイッチ
穏やかな時間が流れる洞窟でのんびり過ごした後、僕たちは森の入り口へと戻っていた。
前よりも早い時間に引き上げることになったのは仕方ない。
今日は本当は休日じゃないからね。屋敷に戻って決裁作業をしないと。
「! お、おかえりなさいっす! ……あ、いえ、です!」
馬車の前で立哨のように佇んでいたコーディさんが、僕たちに気づいて胸をピンと張る。
慌てて語尾を整えている辺り、屋敷を巡回していた時や馬車に乗っていた時は、やっぱり気を張っていたらしい。
僕としては堅苦しい口調や態度はやめてほしい。
でもそういうわけにもいかないんだろう。
王宮を追放されたとはいえ、一応僕は王子だし、ここの領主だし。
だからまあ、せめて僕の方だけでも素の自分で接する。
「ただいまっ」
右手を上げてぶんぶんと振り、コーディさんと、そして御者台に座っている御者さんに笑顔を向けた。
なぜか固まる二人をよそに、僕とサイラスさん、そして姿を隠している精霊さんたちは馬車へと乗り込んで行く。
コーディさんも慌ててサイラスさんの隣へ座り、馬車が動き出した。
「あ、あれっ?」
車内を見回して戸惑うコーディさん。
「出ていいんですか? 精霊の姿がないみたいですけど……」
「心配いりませんよ」
よかった。精霊さんの姿と気配はちゃんと隠れているみたいだ。
問題は、僕にも感じられないってこと。
なんとなーく、傍にいてくれている、みたいな感覚だけを頼りにしている。
僕の魔法でみんなの姿を隠した時は、みんなの気配を感じられたから、やっぱり魔法の習得が急務だ。
傍にいてくれているとしてもその存在が感じられないのは寂しいからね。
改めて気合を入れ直していると、車内に突然「ぐぅぅ……」という小さな音が響いた。
一瞬精霊さんたちの声かと思ったけど、いや違う。
音の出所を探し、辿った先には、コーディさんがいた。
「し、失礼いたしましたっ」
顔を赤くし、お腹を押さえるコーディさん。
どうやら腹の虫が鳴いたらしい。
そういえば、コーディさんは夜勤明けでそのまま付き合ってくれているんだっけ。
僕は遅めの朝ごはんを食べたけど、コーディさんが満足に食事できたかは怪しいところだ。
そりゃあお腹も空くよね。
「ねえ、さいらす。きょうってさんどいっち、ある?」
「はい。お持ちしております」
そう言って。精霊さんたちに入ってもらっていた木籠とは別の、小さめの籠の中から、紙に包まれたサンドイッチを取り出してくれる。
前に森を訪ねた時にも、サイラスさんは軽食を持ってきてくれていた。
今日も、もしかしたら……と思っていたけど、やっぱり持ってきてくれていたんだ。
「こーでぃ、よかったらどう?」
「えっ、いやしかし、これは若様のお食事では……?」
「ぼく、まだおなかすいてないからだいじょうぶ! いいよね、さいらす!」
「シリル王子がよろしいのでしたら」
時間的にはお昼を回ったぐらい。
昼食には遅いけど、夕食には早すぎる、そんな頃合いだ。
サイラスさんも僕がお腹を空いた時を想定して持ってきてくれていたんだろうし、このまま食べないよりもお腹が空いてる人が食べた方がいいに決まってる。
「いえ、で、ですが……」
遠慮がちに顔を伏せるコーディさん。
しかしその目はチラチラとサンドイッチに向けられている。
領主である僕のために作られたサンドイッチの具材はそれなりに豪勢で、一都市兵であるコーディさんの目には魅力的に映っているはず。
しかも空腹のスパイスまであるんだし。
ぐぅぅと、さっきよりも大きく主張する腹の虫。
それでもサイラスさんが差し出すサンドイッチを掴もうとしないコーディさん。
僕に遠慮してるのかな。
だったら!
「じゃあぼくといっしょにたべよ! それならいいでしょ?」
「は、はいぃ?」
「さいらす、ちょうだい!」
両手を前へ突き出すと、サイラスさんがサンドイッチを渡してくる。
真ん中あたりを掴んで、縦に引きちぎろうと……ひき、ちぎろう、と……。
「んぐぐぐぐ……」
か、硬い。
分厚めのバゲットは、三歳の手ではとても千切れない。
悪戦苦闘していると、サイラスさんが「失礼いたします」と言って、僕の手からサンドイッチを取り返した。
そうしてサンドイッチへ手をかざし、何事か詠唱するサイラスさん。
ヒュパッと鋭い風が吹き付け、サンドイッチが綺麗に二分割された。
ま、魔術って便利だ!
「どうぞ」
「ありがとう!」
「コーディ殿も」
「……で、では、ありがたく」
恐縮しつつも、コーディさんはようやく受け取ってくれた。
「さいらすのは?」
「では、私もいただきます」
サイラスさんはにこりと微笑むと、もう一つのサンドイッチを二つに割って、片方を手に取った。
「いただきまーす!」
綺麗な切断面に噛み付いた。
小さな口がバゲットの香ばしい香りで包まれる。
なんとか噛みちぎってもぐもぐと咀嚼していると、塩辛いハムと中の野菜、そして柔らかくなったバゲットが混ざり合って絶妙なハーモニーを奏で始めた。
「おいひぃ」
「うめぇ……あ、いや、美味しいです」
コーディさんも思わず笑みが零れている。
屋敷の料理人さんの見事な仕事だ。
いつも美味しいご飯をありがとうございます。
お腹は空いていないと思っていたけど、不思議なもので食べれば食べるほどお腹が空いてくる。
しばらく車内に咀嚼音だけが響く中、不意に顔を挙げると、こちらを見つめて微笑むコーディさんと目が合った。
「ふぁに?」
「あ、いえ、その……僭越ながら、昔を思い出して懐かしく、つい」
「むふぁし?」
「孤児院にいた頃、よくこうやって周りの子どもたちと一緒にサンドイッチを食べていたなって。もちろん、こんなに上等なものではありませんでしたが」
「こじいんって、りょうとの?」
「若様、ご存知でしたか」
「うん。しさつでいったよ! いいところだった。いんちょうのひともやさしくて!」
優しいおばあちゃんがいて、元気な子どもたちの声が響いていて、精霊さんたちも気に入っていて、とても居心地がよかったことを覚えている。
そういえば、あの時に会った獣人さん、今どうしているんだろ……。
それにしても、コーディさんがまさかあの孤児院出身だったなんて。
僕の言葉に、コーディさんはふっと笑う。
「そうなんす。孤児院の生活は決して楽なものじゃなかったですけど、院長はたまの贅沢に、サンドイッチを作ってくれて。俺たちはそれが楽しみで楽しみで……」
しみじみと語るコーディさん。
その表情からは先ほどまでの緊張や遠慮は消えて、子どもっぽい穏やかな笑みを湛えている。
「都市兵の応募に受かった時もそれはもう喜んでくれて……休みの日に顔を出すと、自分の分のご飯を分けてまで食卓に招いてくれて……それで俺、申し訳なくって、孤児院に行く時は弁当を持って行ってるんすよ。もちろん子どもたちへのお土産と一緒に」
思い出話に浸るコーディさん。
すっかり口調が崩れている。
でもそれがなんだか嬉しい。
僕がチラリとサイラスさんの方を見ると、彼は「参りました」と言わんばかりに軽く頭を下げてくる。
言ったとおりでしょ。コーディさんはいい人だって。
なぜか自分で得意げになりつつも、僕はサンドイッチを食べ進める。
食べ進めながら――ふと、不思議に思った。
孤児院ではサンドイッチがたまの贅沢って、そんなに豪華な食材を使ってるのかな。
だって孤児院の運営費は、アドルフさんの私財に合わせて、このニール公領の税金も投入されているのに。




