第43話 名前
――魔法。
それは、自然の化身である精霊が扱う特別な力、精霊魔法とも――。
精霊魔法を目指し、模倣することで生まれた魔術とも違う。
言わば、人の操る精霊魔法。
「ゆえにこそ、儂ら精霊と契約を交わすことなく、精霊魔法と同等の現象を引き起こすことができるんだ」
「そんなこと、聞いたことが……」
セルワーレさんの説明を聞いたサイラスさんは、驚きの声を漏らす。
僕も驚いている。
これまでのサイラスさんの読み聞かせや本の数々には、精霊魔法や魔術についての記載はあっても、魔法なんて単語が出てきたことはなかったもの。
「人族の間に伝わっていないのも当然だろうね。先ほども話したように、魔法は自然と精霊に限りなく近しい存在である妖精族、その中でもごく限られた者しか扱えない力なんだから」
「ごく限られた者、でございますか」
「たとえば長老と称される者、とかだ。長い時を自然や精霊と共に暮らしていると、その境界があやふやになり、世界の声が聞こえるようになる」
「せかいのこえ……」
「シリル、君も魔法を使う直前に聞こえたんじゃないかな? 世界の声が」
「――――」
確かに、何か聞こえた。
音とも声ともわからない、妙な響きを伴った何かが。
あれが、世界の声?
思い出そうとしても、口に出そうとしても、言葉にはならない。
そのことが妙に収まりが悪くて黙り込んでいると、サイラスさんがどこか強張った声を発する。
「で、では、シリル王子はその魔法を――精霊魔法を、自らのお力でお使いになれる、ということですか」
「そうなるだろう。君のような小さな、それも人族の子が、どうして妖精族の長老の如き境地に至っているのかは不思議だけれどね」
「それはやはり! シリル王子が選ばれたお方ということでしょう!」
両手を広げて踊り回る勢いのサイラスさん。
だけど僕はそんなに素直に喜べない。
「でも、そのまほう……? じゆうにつかえないんだ」
セルワーレさんの話からして、街道で魔物を覆った闇の現象も、僕が使った魔法だったということだろう。
それを理解した上で、試しにあの時の魔法を使おうとしてみるけど、やっぱり発動しない。
魔術は詠唱したら発動するのに。
「何か助言できればいいのだけれど……、生憎と儂にその悩みは理解できない。儂は精霊。こと風に限っていえば、その操り方は息をするように理解できてしまうからね。妖精族がどのように魔法を操っていたかも、これ以上のことは知らない。契約者である彼女は、魔法を扱えなかったんだ」
「ううん、ありがとう。せるわーれさんのおかげで、ずっとふしぎだったことに、こたえがみつかったよっ」
僕の力が魔法である。
そのことがわかっただけでも十分だ。
あとはそれをどうにか自分の力として振るえるように頑張るだけ。
「もしこの森に妖精族が訪ねてきたら、君の力になれないか聞いてみよう。彼らの多くは俗世や人を忌避するけれど、その分、自然や精霊を愛する者には寛容だ。きっと力になってくれるはずだよ」
「ありがとう!」
セルワーレさんの尽力に感謝していると、頭上でふわりと風が吹いた。
見上げると、精霊さんたちを覆っていた光玉が霧散して、みんなの姿が露わになる。
魔法の効果切れみたいだ。
重ねがけを試してみるけど……うん、やっぱりできない。
「そういえば、シリルが魔術を特訓する場所を探している、と言う話だったね」
僕が中空を見つめて、んぐぐぐぐ……と気張っていると、セルワーレさんが思い出したように言う。
視線の先にはサイラスさんの姿。
さっきの密会の間に話していたらしい。
首肯したサイラスさんに、セルワーレさんはこの洞窟空間を見回す。
「ならば、ここを使うといい」
「えっ?」
「ここであれば、人目など気にしなくてもいいだろう。もし覗きに来るような輩がいても、この領域であれば、儂が気付くことができるからね」
「いいの?」
元々、精霊さんたちのためにも森林には週一ぐらいの頻度で通うつもりだったけど、魔術の練習なんかして、うるさくないだろうか。
僕がおずおずと見上げると、セルワーレさんは萌葱色の瞳を細める。
「儂らは友だちだろう? 遠慮することはないよ」
「う、うんっ。せるわーれさんも、してほしいことあったらいってねっ」
「ふふふ、そうさせてもらおう。……いずれにしても、君が魔法を自分のものにできるまでの間は、彼らを頼るといい。彼らもまた、それを望んでいるはずだ」
そう言って、セルワーレさんは精霊さんたちを見つめる。
僕の魔法が解けて姿が露わになっている精霊さんたちを。
そして精霊さんたちは、僕の方をじ〜っと見つめていた。
まるでセルワーレさんの言ったことを肯定するみたいに。
僕が《精霊眼保持者》であり、魔術が使えることを隠しているのは、サイラスさんにそうするように言われたからだ。
正直、どうして秘密にした方がいいのかは、よくわかっていない。
でも、秘密にするように言ってきたサイラスさんの顔と声はすごく深刻で、真剣で、たぶん僕が勝手に明かしたらサイラスさんたちが大変なことになるであろうことは想像に難くない。
だからサイラスさんがいいと言うまでは、僕は秘密にしておきたい。
それでも、そんな身勝手なことに精霊さんたちを巻き込むのはやっぱり気が引ける、けど。
僕が魔法を完全に自分のものにできるまでなら――。
「お、おねがいしていいかな? はやてさん、ゆきさん、くろひめさん」
姿と気配を隠す精霊魔法を扱った三人の精霊さんたちに訊ねる。
すると――。
「……」「……」「……」
みんな、じとぉーっとした目で僕を見てきた。
や、やっぱり勝手だよね!
そうだよね、下僕の分際で調子に乗ってました!!
自らを戒め、改めて一刻も早い魔法の習得を志す。
そうしていると、セルワーレさんが「ふふっ」と笑った。
「シリル、君が彼らにつけた名前は、そういう名前だったかな?」
「えっ? …………あ」
いまだ見つめ続けている精霊さんたち。
その眼差しに、僕はハッとする。
「はやて、ゆき、くろひめ……?」
「チュンチュン!」「キュキュー!」「ンナァ〜!」
三人は一斉に返事をすると、また三色の光玉が現れ、混ざり合い、精霊さんたちを覆う光になる。
……思い返してみれば、精霊さんたちの名前をつけてから、サイラスさんとセルワーレさんに紹介する時を除いて、僕はまだみんなの名前をちゃんと呼んでいなかった。
唖然としていると、体に何かが触れた。
その瞬間に光の泡が弾け、中から精霊さんたちの姿が現れる。
ミナモさんにコムギさんにグレンさんだ。
「――ぁ」
その期待に満ちた眼差しに、僕は微笑み返す。
「ふつつかものですが、これからもよろしくね。こむぎ、ぐれん、みなも」
「ワン!」「コンコン!」「キュ!」




