第42話 魔法
セルワーレさんたちへのもふりがひと段落ついたところで、僕は精霊さんたちを見つめて現状の問題点に思い至る。
「きょうみたいに、せいれいさんたちをかくしつづけるのはむずかしいよね……」
外出時、ずっと布を被せた木籠に入ってもらって持ち運ぶなんて、精霊さんたちにとって居心地が悪いはずだ。
今まで通り自由に動き回っていて欲しいから、できればこんなことは続けたくない。
「まさに、そのことを精霊様にお伺いしようと思っておりました」
サイラスさんが一歩前に出る。
「どうにかこの精霊様たちの姿を隠すことはできないでしょうか」
「ううん? 儂の知識では、精霊に愛され、稀有な才能を有することは人にとって喜ばしいことではないのかな? それに君の呼び方からして、シリルは王族なのだろう。どうしてそこまで秘匿しようとするのか、儂には不思議で仕方がない」
「それは……」
セルワーレさんが頭をもたげた。
サイラスさんはちらと僕を窺うと、悩ましげな表情を浮かべる。
「……ふむ、どうやらシリルには聞かせたくない話のようだね」
ふわりと、風が辺りに巻き上がった。
「――!? ……――…………?」
「……――……」
セルワーレさんとサイラスさんが向き合って、何事か話している。
話しているのに、その声がまったく聞こえない。
もしかしてこの風、声が周囲に漏れるのを防いでいる……?
す、すごい。
セルワーレさん、そんなこともできるんだ。
――って、僕だけ除け者で何の話をしてるんだよぉ!
◆ ◆ ◆
風の結界? が消え、セルワーレさんが僕の方を向いてくる。
「シリル、君も随分と難儀な立場にいるようだね」
「えっ?」
ま、まあ王子なのに王宮を追い出された身の上ではありますが。
「儂は君と契約を結ぶことはできない。だけれど、友として君の力になろう」
「! とも!」
その響きに前のめりになると、セルワーレさんは首を傾ける。
「いやかな?」
「ううん! ともだちになろ!」
もふもふさんと友だちになれるなんて、幸せすぎる。
僕がひしっと抱きつくと、セルワーレさんはくすぐったそうに笑い、不意に真剣な声音で呟く。
「残念なことに、儂は風を司る精霊だ。気配や音を中和し、かき消すことはできても、姿を消す力は有していない。だけれど、彼らは別だ。ただの偶然か、あるいは何かが生んだ必然か。シリル、君の周りにいる六体の精霊たちは、みなそれぞれの要素を司っている」
「! そうか、光と闇、風の精霊魔法……!」
サイラスさんがハッとする。
「そう。他でもない彼ら自身の力で、その姿を隠してもらうんだ。彼らなら、それが可能なはずだよ」
「みんなじしんのちからで……」
思い起こされるのは、ヴェロニカを吹き飛ばした突風に、サイラスさんを閉じ込めた闇の結界。
確かに、あんなにすごい現象を引き起こせるみんななら、姿を隠すことだってできるかも。
でも……。
「それって、せいれいさんたちのちからを、つかうってことじゃないの?」
セルワーレさんが言っていた。
精霊も死ぬ。
そして精霊にとっての死は、己の力を使い果たすことだって。
人目のある間、精霊魔法で姿を隠し続けていたら、みんなも力を使い果たしてしまうかも。
その懸念に、しかしセルワーレさんは穏やかに笑う。
「君は精霊たちに力を与えることができる。今まで通り、彼らを撫でてあげれば、その心配もないだろう」
「そっか……」
そういえば、精霊魔法は精霊たちに魔力を与えて奇跡を起こしてもらうものだってサイラスさんも言っていた。
つまり僕が与えた分の魔力を使って、精霊魔法を使ってもらうってことになる。
精霊さんに動いてもらうのは気が引けるけど、それならいい……のかな?
そう思った矢先、ハヤテさんとユキさんとクロヒメさんが僕の足元に集まってきた。
「チュンチュン」「キュキュー」「ンナァ」
「み、みんな?」
任せろ、とでも言うようにみんなは僕を見上げて鳴くと、三人から不思議な緑と黒と白の玉が溢れ出した。
それは螺旋を描きながら上っていき、僕の頭上で合体する。
「これは……」
サイラスさんが息を呑む。
三色の光玉は渦巻き、混ざり合う。
そうしてくすんだ緑色に収束すると、僕の周りにいる六人の精霊たちへ光が降り注ぐ。
そうして光が精霊たちを覆うと――。
「! 姿が、消えた。気配も感じない……これが、精霊魔法……ッ」
「い、いやぼくまだなにもしてないよ」
まだ魔力を渡していない。
みんな、思い思いに力を振るっている。
「っ、そうだ」
ヴェロニカの時も、サイラスさんの時も、僕はみんなに魔力を与えていないし、お願いしてもいない。
みんな、僕の気持ちを汲んで、僕の助けになろうと動いてくれていたんだ。
「どうやら君と彼らの絆は、人と精霊を超越したもののようだね」
セルワーレさんが羨ましそうに呟く。
それは……嬉しいよ?
嬉しいけど、でもこんな風に力を使われるのは困る。
だって、姿を隠してもらいたいのは僕たちの勝手なんだから。
「みんな、やめてっ」
「シリル王子……?」
僕の声に応じて、六人の精霊さんたちが姿を現す。
正直、僕だって変なところで意固地になっているのはわかっている。
けど、僕の傍にいることでみんなの負担になるようなことはさせたくない。
精霊魔法だって、魔力は僕のものだとしても、使い続けるのは精霊であるみんな自身だ。
そこにまったくの負担がないとは思えない。
そうだ、街道で魔物と遭遇した日に、僕は決めたはずだ。
精霊さんたちの力を頼らなくても、みんなを守れるようになるって。
幸い、僕の魔力は六属性すべてへの適性がある。
それぞれの要素を司る精霊さんたちが僕の魔力を好きでいてくれているおかげ。
風と光と闇への適性がある僕にも、似たような魔術を使えるはず……!
そう思って、今し方みんなに見せてもらったばかりの精霊魔法を脳裏に思い描いた瞬間――ドクンッと胸が跳ねた。
――――【Σόμσιελκοπα】
あの時と……街道で、魔物を闇の中に閉じ込めた時と同じだ。
よくわからない、音とも判別できないような何かが脳裏を掠める。
僕はただ、不思議な確信と共に精霊さんたちへ手をかざす。
全身が一気に熱を帯び、魔力が溢れ出す。
手の先から緑と白と黒の光玉が現れ、それは螺旋を描き、融合し――姿と気配を隠す結界として、精霊さんたちへ降り注ぐ。
「お、っとと」
「シリル王子……!」
全身から力が抜け、僕は思わずその場に手をついた。
サイラスさんが慌てて駆け寄ってくる中、僕は精霊さんたちを見上げる。
さっきと同じように、精霊さんたちの姿が消えていた。
でも、僕がこの現象を引き起こしたからか、さっきと違って僕だけは精霊さんの気配を感じ取ることができる。
よ、よくわからないけど、これなら精霊さんたちに大変な思いをさせずに済む。
そう思って安堵する僕の頭上で、セルワーレさんがぐわりと口を開いた。
「シリル、君はまるで妖精族のようだね」
「ぼくが?」
「うむ。君の扱うそれは、妖精族の中でもごく限られたものしか扱えない力――魔法だよ」




